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異世界転々  作者: 赤井天狐
異世界転々
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第三百四十九話


 人間はご飯を食べなければ生きて行かれない。それは別に大飯食らいのミラだろうが、少食なマーリンさんだろうが関係無い平等な真理だ。多少の個人差はあれど、生物として食事というのは本能的な欲求のひとつなわけで…………で、何が言いたいかっていうとですね。

「マーリンさん、よっぽど堪えたみたいだな。怯えてたと言っても言い過ぎじゃなかったよな……」

「きっと普段は普段で別の苦労を背負ってるんでしょうけど、それにしてもいつも囲まれてる気がするわよね。気さくで接しやすいかただけど、意外とアレで人と関わるのは好ましくないのかしら」

 好ましくないだろうな、特に男に囲まれるってのが。女の子に囲まれるってんならきっと喜んで…………喜ん……で…………気絶してしまうかなぁ。この街には、これまでに無かった忙しなさを感じる。その原因のひとつに、足早で行き来する背の高い男衆の存在があった。人口が多いから男も……王都に移っていない若い男も多いのだろう。それと関係があるのか無いのかは知らないが、表に出ている女性の姿をあまり見かけない。あの時マーリンさんの周囲に集まっていたのだって、殆どがむさ苦しい男どもだった。まあ……そんなとこに女の人が混ざって行く方が難しいんだろうけどさ。

「いつも囲まれて…………お前も勇者として有名になってしまったらあんなことに…………? チビだから踏み潰されちゃいそうだな……」

「噛むわよ。でも、そうね……いつかあれだけの求心力を得られたら、きっと自信を持って勇者を名乗れるのでしょうけど。今はまだまだ、アーヴィンの市長とだって名乗りたくないわ。はあ……何も知らなかったとは言え、よくもまああのザマで長を名乗ってたわね、昔の私は」

 それは別にいいじゃん。と、頭を撫でてやると、不機嫌そうに手を払われた。胸の奥の方が握り潰されたかのように痛んだ。苦しい……つらい…………妹に冷たくされるだけで息が出来なくなってしまいそうだ。そんな僕の精神的大打撃なんて知らん顔で、ミラは何やらそわそわと落ち着きなく髪を弄っていた。

「……ガラガダでご老人に大見得切っちゃったりもしたじゃない? ま、何も知らないアンタの手前、偽物の市長ですなんて言えなかったんだけど。それにしたって……はあ。色んな街で色んな人を見て、私がどれだけ子供だったのかを知ったのよ。エルゥなんてあんなにつらい仕事をしてるのに、いつもニコニコしてて……私よりしっかりしてるあの子が受付で働いてるのに、私がそれより上の役職にって考えたら……」

「そうかなぁ……お前以上にあの街の市長にふさわしい奴なんて思い当たらないけど。ロイドさんもボガードさんも、お前に一目どころか五十目くらいは置いてたぞ。ふたりともすっごく感謝してたし」

 あのふたりは私が受け入れた難民だもの。と、ミラはどこか寂しそうに呟いた。難民、移民。ミラが自分の居場所欲しさに受け入れた、アーヴィンの真実を、過去を知らぬ人々。僕がそれなりに打ち解けたのってあのふたりくらいなもんだから、昔から……レアさんが市長の頃からいる人のことはあまり分からない。いや……事情を知っているからこそ、遠巻きに見守ってくれていたのかもしれない。あまり踏み込んで僕がミラから離れないように……ミラを支える人が減らない様に、と。考え過ぎかな? でも……そんな暖かさをあの街では感じた。

「…………あっ。あー……ああぁー………………そういうこと。そういえばむかーし、本当に俺がアーヴィンに来たばっかりの頃さ。ボガードさんに釘を刺されたことがあったよ。お前と地母神様の関係が怪しいって。中々な慧眼だなぁ、あの人も。今になってみれば……いやいや、関係がどうこうなんてレベルじゃなかったな」

「ううっ⁈ あ、怪しまれてたの……? まあ、緘口令かんこうれいが出されたとはいえ、記憶が書き換わったわけでもないし。みんなの話の辻褄が合わないって違和感を感じたのかしらね。それに……はあ。良かれと思って引き渡したけど、工房や金床を一式そのままってのも悪手だったかしら……」

 あの時のボガードさんの話は今でも覚えている。嬉しかったもんなぁ、ミラが褒められてるだけで。行く先々でみんなが褒めてた昔のミラとは違う。レアさんの思い出に上書いたミラではない、ミラ自身の頑張りを聞いたからなのかもしれない。無意識に差が分かってたんだろうか。いや、流石にそんなわけないか。

「お前らしいエピソードっちゃそこまでだけどさ。驚いてたぞ、こんな重たい金床を脇に抱えて飛んで来たんだ! って。アトリエ・ハークスの看板も残してた。ちゃんと手入れしてるのか知らないけど、綺麗なもんだったよ」

「っ。へ、へー……そっか。まだ残ってたんだ、あの看板」

 ちょっとだけ複雑そうな面持ちでミラは俯いた。なんだよ、てっきり喜ぶもんだとばかり。ミラにとって、家族の思い出はかけがえのない宝物なのだ。例えそれが今の自分には向けられていないものだとしても。それはいつかに、ちょっとした事件が発生した程だ。

「…………勇者になって、魔王を倒して帰ったらさ。みんなどんな顔すると思う? ロイドさんはまず間違いなく大喜びして……その前に心配してくれそうだな。いつもの教会の神父さんは驚くかな。あの小柄なシスターはどうだろう」

「…………そうね。でも……ダリアには怒られそうだわ。お姉ちゃんを守らずに、いったいどこで何をしてたのか、って。でも……報告は入れないとね。友達なんだもの」

 そうだな。と、やっと笑ったミラをまた撫でて、辿り着いたのは先程とはまた別の飲食店だった。はい、大いに話がズレ続けましたがここで本題。腹が減ってはなんとやら、けれど表立って食事を取るのもままならない。となれば……テイクアウトするしかないよね、って。いやはやこういうの久しぶりだなぁ。フルトで入院してたこいつとオックスに色々買って行ってやったなぁ。

「いらっしゃい。見ない顔だな。しかし汚らしい格好だ、旅の人かい」

「うっ……あ、あはは。そうです、申し訳ない……」

 早速失礼なやっちゃな。でも……飲食店としては正しい対応なのかも……? 言われずとも分かってはいるが、僕ら赤貧旅団(三人)はお世辞にも綺麗な身なりとは言えない。結局服も新調出来てないしね。僕もさることながら、ミラのシャツはもう泥だらけ煤だらけ、更に繕いまみれでまるで浮浪者と言われても反論出来ない。マーリンさんはまあ……洗濯とか頑張ってはいるから汚くは無いけど、正直あの厚手のローブを着込んでるだけで一番不審者感は強い。面と向かって言えることじゃないから指摘出来ないけど。

「まったく、泥は払ってから入ってくれよ。それで、何にする。別に余所者だからってボッたりしないから変に警戒しなくてもいい。むしろ歓迎するよ、いらっしゃいませ外貨殿ってね」

「随分真っ直ぐに、言いにくいだろうことも言ってのけるわね。社交辞令も建前もあったもんじゃないわ。でも、嫌いじゃないわよ、そういうの。とりあえず持ち帰りで五……七人前包んで頂けるかしら」

 随分ませたお嬢ちゃんだねぇ。と言われると、ミラは地団駄を踏んで、もう十六になるわよ! と、叫んだ。どうどう……しかし言われてみれば。うむ、初めて会った時から見た目の割にしっかりした受け答えが出来るとは僕も思っていた。市長として頑張っていたから、頑張る為に大人みたいに振る舞う必要があったから。きっとレヴが参考にした人は、お姉さん以外にもいっぱいいるんだろう。今更ながら、ミラのころころ変わる百面相に合点がいった気分だ。

 レディにはサービスしなくっちゃね。と、店員さんは会計に色をつけてくれた……らしい。いえ、定価が分からんからなんとも言えないけど。でもミラが食いかかってないってことは嘘はついてないんだろう。大きな紙袋いっぱいにホットサンドイッチを詰め込んで、僕達はまた宿に戻る。ファストフードみたいなテイクアウト用の紙の箱なんてそう無いからしょうがないけど、持ち帰りだと大体買えるものって限られてくるよね。

「ただいま戻りました、マーリン様」

「うん、おかえりふたりとも。あはは……またいっぱい買って来たね。そろそろどこかでお金稼がないといけないな……」

 うぐぅっ。お金稼ぎ……か。その単語は僕によく効く。なにせ僕が一番役に立たない分野だからな。金額の低い簡単な依頼……要は雑用ならば僕にも出来る。けど……その間、ミラも僕と一緒にいるのだ。決して二手に分かれて、なんてことは出来ない。そうすると稼ぎは雀の涙となってしまう。それでは旅なんて出来ないから、賞金の高い危険な魔獣の討伐依頼をいつもいつも…………そう、いっつも僕が役に立てない、本当に危なっかしい魔獣の相手ばかりをしている。

「……アギトにはちゃんと役割がある。僕の口からそれを告げるのは簡単だけど……それには自分で気付こっか。だからそんな顔しないでよ、まったくもう」

「…………ほんと、なんでもお見通しですよね。実は俺の未来ばっかり見てるんじゃないでしょうね……?」

 そんな暇は無いよとミラから受け取ったサンドイッチを頬張りながら、彼女は僕の鼻を指で弾いた。うぬぬ……やはり子供扱いだ。

「んむんむ……ごくん。ふひぃ、辛いねこりゃ。いつかアギトの悪戯した激辛ソースもペロリと平らげてたし、ミラちゃん意外と辛いもの好き?」

「まぐまぐ……もぐ。いえ、私は大体なんでも好きです!」

 なんて馬鹿みたいな回答だろう。えへへぇ、可愛い。僕もマーリンさんも無邪気にご飯を頬張る可愛い可愛いミラの虜になっていた。はあ、可愛い。冬眠前のリスか、お前は。口にいっぱい物を詰め込むんじゃないの、お行儀悪い。まったく、こんな犬か猫かリスかわかんない生き物で本当に勇者になんてなれるのか…………あ。

「……むぐ。そうだ、マーリンさんに一個聞きたいことが……」

「ふむ、僕に。一個だけなのかい? それを答えたらもう他の質問には答えなくてもいい?」

 ああっ、そんな意地悪言わないでよ。にやにやと笑う姿に、今自分がからかわれているのだとはすぐに分かったが………………さ、最近こうやって掌の上で弄ばれてるのも癖になって来た。新たな扉が開きそう……デュフフ。ではなくって。

「あの、マーリンさんは勇者に一番必要な素質ってなんだと思いますか? その……勇者様の力を抜きにして、で。勇気なのか優しさなのか、とにかくミラのどこに勇者としての素養を見出したのか。俺が頑張るべきこととして、指標みたいなものが欲しくって……」

「…………勇者の素質……か。ふむ…………もぐ」

 これは向こうでちょっとだけ考えてた、自分なりの勇者になるためのアプローチ。魔獣を倒すのは無理、魔獣から誰かを守るのも厳しい。でも、誰かの規範になるとか、みんなを勇気で引っ張るとか言われちゃったから色々考えたんだよ。ミラはなんだと思う? と、横で嬉しそうに四つ目のサンドイッチを咥えている食いしん坊に話を振ると、うーんと考え込むようなそぶりをしながらもぐもぐと口を動かしていた。食い気しかない……

「…………ミラちゃん、先に答えてあげなよ。でへへ……ご飯は逃げないからさ」

「むぐ…………マーリン様がおっしゃるなら……ごくん。私はそりゃ強さだと思うわ。もちろん腕が立つだけじゃない、大勢を守るって覚悟の強さ。私にはそれが一番足りてない、まだアンタを守るのですらおぼついてないんだもの。もっともっと強くならなきゃ」

 うおう、めっちゃかっこいいこと言うじゃん。口の周り食べカスだらけな癖に。マーリンさんはデレデレとにやけながらそんなミラの顔を拭いて、そしてちょっとだけ苦い顔をして笑った。

「……僕は何よりも、死なないことかな。ごめん、これじゃ素質ってより僕の願望だね。でも……うん。それが何よりだと思う。勇者として人気になって、人々の期待を背負えば背負うほどに逃げ道は塞がれていく。だから……そんな狭くて息苦しい場所でも頑張って活路を見出してくれる…………ああ、ごめん。だめだ……思ったより私情が入るや」

 しまった。と、気付いた時には遅かった。ああもう、いつもミラに対して思ってたことなのに。マーリンさんにとって勇者は過ぎた昔の話じゃなくて、今に地続きな重たいトラウマなんだ。大切な仲間……だったんだ。分かってたのに……ミラやオックスが目を輝かせてその話を望むのを傍で見て、ちょっとだけ怖いって思っていたのに…………

「……だから、ふたりとも絶対に無茶はしないように。逃げても良いんだから。だって、僕とフリードは逃げ出した。勇者を失って、勝機と士気を失って敗走した。今度もダメだったって石を投げられるなら、全部僕が受けるからさ。だから……ふたりは絶対に無理しないでね」

「……はい。ごめんなさい、嫌な気分にさせて……」

 僕が勝手に凹んだだけだよ。と、マーリンさんは僕の口を拭いて、タオルに着いたソースを見せびらかして笑った。また子供扱い……も、しょうがないのかな。自分達がこの人にとってどんな存在なのか、ちょっとだけだけど理解出来た気がした。


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