第三百四十八話
この旅のその行方について、僕とミラは色々と議論を交わしていた。勿論、なんの脈絡も無く始まったわけじゃない。マーリンさんからの今日の課題だ。あんまり外を出歩けないなら、せめて部屋の中でお勉強をしようというのだろう。
「結局、魔王ってのはどこにいるんだろうな。それが分かんないことにはなんとも……」
「別にそれはさして重要じゃないでしょ。問題なのは、王都で何をすべきか。私達はこれから勇者として王様に謁見しなくちゃならない。少なくともその時点でなんらかの成果を上げてないと、マーリン様の推薦だけじゃ認めて貰えない可能性だってあるわよ?」
え? それは困る。ああでもないこうでもないと議論を交わす……ごめん、見栄を張った。僕に出せる意見が、とても貧しい想像力と知識からなるものだから、大概はミラの意見に伸るか反るかという内容だ。そして、肝心のマーリンさんはといえば……
「……あの、見てるのはいいんですけど……気が散るんで、そのふわふわした空気出すのやめてもらっていいですか?」
「っ? ふ、ふわふわした空気⁈ 僕何もしてないだろう⁈」
いやいや、気が散るんだよ。マーリンさんは僕らふたりだけで話し合いをするようにと言って、そばでにこにこ笑いながらおままごとみたいな議論を眺めていたのだ。君達は可愛いなぁ。と、これまでに何度言われたか分からないその顔で、愛らしい小動物でも眺めているかのような目で。ぐぬぬ……本当に美人だちくしょうめ……じゃなくて。子供扱いしよって……
「ほら、ちゃんと話し合いをして。君は集中力が無いなあ」
「う、うるさいな。黙って見てるにしても、そんなに凝視しなくったっていいでしょうって言いたいんですよ。そんな見られたら……」
見られたら? と、マーリンさんは首を傾げて僕を見つめる。うぐ……うぐぐ…………き、緊張するでしょうが……っ。すっかり慣れた、とっても仲良し。ではあるものの…………あの、仲良しでいいよね……? えへ、えへへ……一緒に旅をする仲間だもんね……? ごほん。打ち解けたからって、別にマーリンさんが美人であることには変わりないのだ。美人だし、おっきいし……おっきいんだよ……おっきいからさぁ………………
「…………視界に入らないとこにいてください。気が散るんですよ、マーリンさんって。なんかいつもふわふわした気の抜けるオーラを纏ってて」
「な、なんて失礼な……はあ。分かったよ、まったくもう。気の小さい男だ」
ち、小さくないけどッッ⁉︎ べ、べべべべっ別に小さくないし! むしろ立派だからな! そりゃ……まあ…………その………………アーヴィンにはとんでもねえサイズのふたりがいたけど、別にあれがワールドスタンダードではないし。そ、そもそも見たことないだろうが! 見たこと……見た…………よく考えたら一度元気な姿でお会いしたことがありました…………? いや、いやいやいや⁈ ズボン越しだから…………はて? なんの話だったっけ?
「アーギートー。バカやってないでちゃんと集中しなさい。ともかく、マーリン様のおっしゃった通り、私達は人々の規範にならなければいけない。誰からも認められていなければいけない。魔王を倒して世界を平和にさえすれば他はなんでもいいなんて、そんな身勝手は許されないのよ」
「お、おう! そ、そうだよな。別にあんな状況じゃ大きさなんて……」
大きさ? と、ミラにすごく訝しげな顔をされてしまった。ち、違うんだ! と、慌てて首を振ると、全然話を聞いてないじゃないの。と、怒られてしまった。よ、良かったぁ……余計な考えごとしてたのはバレてないや。いえ、全然良くないんですけどね。
「…………そうだよな、やっぱり。はあ、とても重たい一歩を踏み出してしまった感じがする。俺はただ、のんびりアーヴィンで過ごせたらそれで良かったんだけど……はあぁ」
「それについては私もおんなじだけどね。市長としてちゃんとあの街で生活出来れば、って。そう思って始めた旅が、まさかこんな脱線の仕方するなんてね。でも……だからって手を抜いて諦めていいわけじゃないわ。選んだからにはやり遂げないと」
分かってるよぅ……うう……お前は本当にそういうとこの精神力すごいよなぁ。人に頼られるとか、注目されるとか。先頭に立つことへの躊躇の無さはとても僕には真似出来ない。日陰者には日陰者になるだけの理由がある。勇気を育む機を逸したり、育てた勇気を削ぎ落とされたり。もっとも……
「……お前は本当に凄いよな。お前以外に思いつかないよ、勇者なんて」
「ど、どうしたのよいきなり……」
お前は勇気なんてゆっくり育てる時間は無かったし、急拵えのソレもあっさりと踏み潰されてしまったってのに立ち上がったんだもんな。はあ……僕がミラと同じ境遇なら、とっくに自分の命なんて諦めてたかもしれないよ。あれだけぐずぐずな最低の生活の中でも、その一歩は踏み出さなかったってのに。それくらいつらい道のりを来たんだ、ミラは。はあ…………本当に…………
「アギト……? ねえ、どうしたの……わっぷ。ちょっ、ちょっと! いきなり抱き着くな……えへへ。どうしたのよ、もう」
「お前は本当の本当にすごいなぁ。偉いなぁ。良い子だなぁ。はあ……可愛いなぁ……」
結局そこに至るよね。うちの妹は世界一可愛いんだ。世界一勇気があって。世界一前向きで。世界一優しくて。世界一負けず嫌いで。世界で一番愛されるべき妹だ。ほらほら、世界よ。ここにいるのは世界一可愛い勇者だぞ。もっと愛でろ、もっと褒めろ。僕はお前らの三倍は可愛がってみせるけどな。
「こら、アギト。本当に集中力の無い男だなぁ、君は。僕はなんの理由も無く、ただ楽しくお喋りをしてくれとは言ってない筈だぞ」
「いてっ。いてて……ご、ごめんなさい」
杖で頭をポカッと殴られた。見れば、マーリンさんは呆れた顔でちょっと怒っているではないか。も、申し訳ごめんなさい。流行れ。恐る恐るミラを離すと、どうやらこっちはまだスイッチが切り替わってなかったみたいで、また真剣な顔でちゃんとしなさいと微笑みかけて来た。うう……お前も立派になったなあ。抱き締められたらすぐに寝ちゃってたのに、いつもなら。今はマーリンさんの指示に従ってちゃんと議論をしようって、背筋をピンと伸ばして立派にしてるではないか。
「……でね、王都に着いたらまず、マーリン様の下で働かせて貰うのはどうかしら。やっぱり、突然やってきた田舎者がいきなり勇者の称号を与えられても、みんな不審に思うばかりでしょう? 勇者の力を継承しているってマーリン様が言ったとしても、そもそもその勇者様が人気者なんだもの。そんなの信じられない、勇者はあの方だけだって意見は絶対に出てくるでしょうし」
「ん……んー、そうだなぁ。それってマーリンさんの部下になるってことだろ? 星見の巫女の部下……か。直属の騎士団ってんなら何度も見てるし、イメージが湧くけど。そうじゃない仕事って何があるんだろう……」
騎士になる気は無いんだね。と、背後から声が聞こえると、そのまま腕が二本首の横から伸びてきて、背中にむぎゅうと甘い匂いを纏った体温がのしかかってきた。ちょっ⁈ ちょっと‼︎ 首! 首にっ! なんか凄いのがっ⁉︎
「口を挟む気は無かったけど、ちょーっとまだアギトには早かったみたいだからここで打ち切ろっか。ミラちゃんは本当に優秀な子だ、いい子いい子してあげよう。それに引き換え君は…………もう。言っとくけど、この先大勢の前で演説をするなんて機会もあり得るんだぞ? そんな問い前提の受け答えじゃ困っちゃうよ。もっと自分からいかないと」
待って! それどころじゃないの! わざとやってんだろ、知ってんだぞ‼︎ うりゃうりゃとヘッドロックまがいに腕で首をゆるく締められて…………あ、あかん。これはダメだと観念して、僕は両膝を抱えてその場で小さく丸まった。
「アギト……? どうしたの、そんなに落ち込んだ? 別に今すぐどうこうって話じゃなんだから、ちょっとずつ慣れてけばいいじゃない。マーリン様だってそのつもりで……」
「ああ……えっと…………ごめんね、アギト。ミラちゃん、これはそういうことではなくって……」
やめてぇえ! ミラにそんなこと説明しないで! 体育座りでただ遠くを見つめるしか出来ない僕を、マーリンさんは気を使ってその場にごろりと転がして、ミラの話し相手を代わってくれた。うう……気を使うのが遅いよう…………でも、ありがとう。今の短い時間はきっと忘れられないかけがえのない思い出になるだろう。ありがとう、マーリンさん。ありがとう、隠れ巨乳。最近は隠れてない感じもあるけど。
「さて、じゃあ今の話し合いに僕から答えをあげよう。まず魔王の居場所については……僕とフリードが同行する以上、気にする必要は無いよ。次に勇者として王様に認めて貰えるかって話だったね。それについては……」
ああ……出来ればそれ、僕も混ぜて欲しいんだけど。でも……今視線をこっちにやられても困る。だから……うぐぐ、聞いてるしか出来ないのね。僕とミラの会話の中に出てきた疑問や目的について、マーリンさんは片っ端から解答をくれた。ええと、じゃあ今回は…………現状と目的の再確認だったって感じかな? 出来れば自分達だけでそれが出来たらいいね、的な。
マーリンさんは終始ミラを褒め続け、しかしその一方で部下として仕事を与える気は無いから、他の方法をちゃんと考えておくようにと付け加えた。ううむ……? えーと……それってつまり、今回は自分で辿り着くべき答えに辿り着けなかったってこと……なのかな? うーん……?




