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異世界転々  作者: 赤井天狐
異世界転々
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第三百四十七話


 さっきの一件で僕らは少し行動を制限されてしまった。大人気のマーリンさんを連れて人混みを歩けば、それはもう旅どころか街を散策することすら困難になってしまう。囲まれて、話をせがまれて。場合によっては、僕とミラにも飛び火しかねない。だから……というわけでもないんだけど、僕らは早い時間から宿に引き篭もることにしたのだった。

「ふひぃ……いや、ふたりともごめん。でも、こういうのにも慣れていって欲しい。いずれは星見の巫女マーリンの周囲に人が集まるのではなく、新たなるふたりの勇者のその雄姿に人々が集まる日も来る。言ったろう? 君達の行動は、民の規範とならねばならない。あんまり適当にあしらってしまえば、僕ら勇者というのは信用も信頼も、尊敬も憧憬も何もかもを失ってしまう。その先にあるのは勇者失格の烙印だ」

「なんというか、まあ……人気商売ですね、随分。もしかしてこの旅が終わった後でも、ゆっくり田舎で隠居……とはいかない感じです?」

 田舎という単語に反応したんだろう、ミラに思い切り足を踏まれた。ごめんってっ! いった…………い…………ぐうぅ。

「ま、そうなるね。そういう意味でも、本当は君達が勇者になるのは反対だった。でも……残念ながら、君達に並び得る素質を探し当てるのは困難極まりない。時間が無いんだ、もうなりふり構ってられない。ごめんね……ほんと。全部終わって、君達が望むなら、アーヴィンに帰すことだけは約束しよう。僕の全権限を行使してでも必ず、成果に相応な報酬と共にね」

 それまた有難い話だ。でも……問題はなのは今の発言の“アーヴィンに帰すことだけ”という所。それはつまり……しょうがないんだけど、アーヴィンでも勇者として働いて欲しいって言いたいんだろうか。人々を元気付けるシンボルとして、そして人々を守る盾として。ただでさえ市長って仕事があるってのに…………このチビ助で大丈夫かなぁ。こなせるこなせないではなく、成長とかの話。あんまり仕事詰めで寝不足になったら、本当に背伸びなくなっちゃうぞ……

「……ところでマーリンさん。ここはいったいどんな街なんですか? 見たところボルツ並に人通りは多いし、その分賑わって見える。けど……なんて言うのか、本質的な所であの街とは違う。ちょっとだけ……そう、クリフィアとか……それから…………名前は知らないけど、初めて俺達が魔獣退治のクエストでお金を稼いだあの街に似てる……気がする……」

「ふーむ、クリフィアと、か。成る程、言わんとしてることは分かる。ボルツやアーヴィンとは根本的に違う点、それはこの街が排他的である点だろうね。良く言えば警戒態勢が整っている。悪く言うと難民の受け入れ態勢が整っていない。財政がギリギリなのも相まって、余程のことが無い限りは外の街の人がここで暮らすというのは殆ど無い。もちろん、お金を落とすだけで仕事を奪うことの無い、僕らみたいな根無し草は別としてね」

 根無し草て。アンタは凡そ家庭菜園とはかけ離れた大庭園に咲く花でしょうに。僕とミラが、というのならまあ分かるけどね。

「ま、そう悪く捉えないように。特にアーヴィンって街は異常なんだ。ミラちゃんの事情があって難民を多く受け入れていたここ数年は勿論、お姉さんの頃からそういう傾向が強かったみたいだしね。むかーしはどちらかというと閉鎖的だったんだけど」

「あれ? そうだったんですか? もうあの街はずっとあんな感じで誰でもウェルカムなもんだと…………ちょっと、流しそうになりましたけど異常とか言わないでくださいよ」

 褒めてるんだよ。と、不服そうにマーリンさんに膨れっ面を向けていたミラ共々僕は頭を撫でられた。や、やめなさいってばいい加減。子供扱いはやめてください、目覚めますよ。

「うん、心の底から感心するばかりだ。いくら結界があるとは言え、来る人来る人皆受け入れてしまえばお金が足りなくなる。難民がお金なんて持ってる可能性は低いしね、街の中の総資金は変わらない。けれど人が増えたならその価値は跳ね上がってしまう。同様のことが土地にも言えるね」

「うう…………それを言われると耳が痛いです。事実、アーヴィンの財政は火の車でした。国から送られてくる貨幣も人口に応じて増加してはくれますが、なにせこんな状態ですから。受け入れた矢先から増えてしまって、どんどんお金は足りなくなる一方で……」

 ミラは青い顔でブルブル震えながらそう言った。そ、そうなん……? いまいち実感が湧かないというか…………実感って言葉すらおこがましいですね。はっきり言おう、何言ってっか分かんない。社会のお勉強は小学校で止まってるんだ…………っ。

「あはは……似たような街は他にもあるけどね。アーヴィンほど積極的に受け入れてはいないものの、受け入れざるを得ない事情があったりする場合もある。そういった街は大体働き手と働き口のバランスが崩壊してしまったね。中には造幣を始めて街ぐるみで引っ捕らえられた、なんて話もあるくらいだ」

 ミラは目を泳がせてあははと乾いた笑い声を出した。うん……うん? 造幣ってマズイんです? お金が無いんだから作ってしまえ、は当然なのでは? なんか問題が…………あるんだろうな。いつになく真剣な表情でマーリンさんはミラの両肩をガシッと掴んだ。

「…………ミラちゃん。正直に答えて欲しい。すぐには罪に問わない、この旅が全部終わったらしっかり調べさせて貰おうか」

「ちっ、違いますっ! そういう意見が議会で出たことがあったってだけで! キチンと否決されました! 私には発言権が無かったので、危うくお飾りの市長どころかスケープゴートにされかけてたんだなぁ……って思っただけで……」

 なんて悲しい目をしてるんだ。ミラはひどく絶望した暗い目を、マーリンさんから背けて地面を見つめていた。おお、痛ましい。とでも思ったのだろう、マーリンさんはちょっとだけ申し訳なさそうにミラを優しく抱き締めた。あの……その、お金って作っちゃダメなんだね? 良く分かんないけど……

「…………アギト、そんな間抜けな顔をするんじゃないよ。国が指定した造幣局以外での貨幣の製造は重罪だ。お金の価値ってのは国が担保して初めて生まれるからね。その価値を著しく、それも身勝手に変えてしまえるような行為は認められていない」

「ん…………んー…………んん? 良く分かんないですけど、とりあえずお金は作っちゃダメ、と」

 本当に君は大丈夫なのかい……? と、とても怪訝な顔で憐れまれてしまった。悪かったなぁ! 最終学歴は一応の中卒なんだよ! 行ってないから実質小卒なんだぞ! もう…………ぐすん。

「アギト、要は勝手に作ったお金ってのは偽物にあたるのよ。それが出回ればみんな混乱するでしょ? 値段はそのままに、突然お金が増えたら商品の価値が下がっちゃうんだし」

「おお…………おう…………おう? 偽物は良くないな、良くない。で……それが出回るのも良くないな、知らないうちに偽物摑まされてたら困るもんな。で…………商品の価値が下がる…………? ごめん、お金が増えたらその分みんな買い物出来るから、お店は繁盛するんじゃないの? なら、偽物じゃなくて本物のお金をバンバン作ればいいのに」

 ふたりにとても冷たい目で見られてしまった。や、やめてよぉ! 悪かったな! お勉強出来なくて! だって……だって…………ぐすん。そんなに冷たい目で見ないでよ…………そこまでなの……?

「簡単に買えるようになるってのは、そのままつまり価値が下がったってことなんだよ、市場的にはね。うーん……どうにもアギトにはイマイチ教養が足りないというか……」

「うぐぅうぅぅうう…………そ、そんな直球でバカって言わないでくださいよ…………っ」

 いつも割とバカにされてるわよ、アンタ。と、ミラにトドメの一撃を貰った。か、勘弁してください…………っ。でも……ううむ、なんとなく理解は出来た気がする。で、だ。お金の話は一度置いておこう。僕が分かんなくて困るからじゃないよ! 話が脱線しちゃったからだよ!

「おっと、そうだったね。お金を増やすの反対、人が増えて一人当たりが持ってるお金の量が減ると、物の価値が上がり過ぎてしまう。だから、毎年人口の増減をしっかり国に報告してるんだよ。多くの避難民を受け入れたとか、子供が多く生まれたとかした街には、税金の軽減や一部免除がある。それに援助金も出る。でも、それらが追いついてないって話だ」

「あー……ああ、成る程。でも……やっぱり逃げてきたってことは、帰るわけにもいかないってことだし……受け入れるしかないですよね……」

 そうなるね。と、マーリンさんは寂しそうに小さく頷いた。みんな事情があるもんなぁ……ロイドさんなんて顕著だよな。というか、オックスもそうなんだっけ。ふたりとも魔獣の所為で生まれ育った地を離れて生活している。ううむ…………

「ふむ。他のことはそれなりに理解出来る。ってことは、お金のことはイマイチ分からないというより、理解したって気分に勝手になったらマズイんじゃないかって歯止めが掛かってるんだな、無意識に。多分、きっと…………」

「本当でしょうね……? ただ分かってないだけじゃないでしょうねぇ…………?」

 な、なんでそんな疑いの目を向けるのさ! ちゃんと理解したよ! お金を勝手に作るとみんなが困って、でもお金を増やさないとみんな何も買えなくて。ううむ、怪しいな……

「………………って、それって…………その。集いの奴らがそういうことしてる可能性も……」

「大いにありえる。で、済ますつもりはない。ほぼ間違いなくやってるだろう。そうでもしなきゃ財源の確保なんて不可能、組織の空中分解は免れない。かといって、正規なルートでそこそこ規模の大きい組織を維持するだけの資金は調達出来ないだろう。銀行も貸し付けてなんてくれないだろうしね」

「銀行…………ちょ、ちょっと一回休ませてください。ええと…………オカネ……ムズカシイ…………」

 そこ。バカって言うな。おい、そこのお前だよ。分かんないものはしょうがないだろ! だって習わなかったんだもの! むしろ、こうして今になって頑張って勉強してることを褒めてよ! ふたりに経済の常識についてぎゅうぎゅうに詰め込まれた頭は、しばらくの間パンクしたように考えごとが出来なくなってしまった。そう、ふたりに。流石、仮にも市長を務めただけはある。マーリンさん共々とても…………先生チックで………………ぐふぅ。


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