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異世界転々  作者: 赤井天狐
異世界転々
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第三百四十六話


 ひとまず腰を落ち付けようと、僕らは軽い食事の取れそうなお店へと入っていた。流石に人が多いだけあってどこも混み合っている。こりゃ注文するのにも一苦労だな……なんて僕の不安は、意外な形で払拭された。ただしそれは……悪い方向に、だが。

「…………ふむ。あはは、困っちゃったね」

「困っちゃった、じゃないでしょうが。もう……変なとこで気を抜くから……」

 面目無い。と、ざわつく店内で笑っているのは、星見の巫女様ことマーリンさん。そう、知ってる人からしたらとんでもない重鎮……重鎮? 偉い人なのだ。だから、普段からローブを着てフードを深く被ることで人目を遠ざけてきた……のだが。髪を纏める際に顔が出てしまったが運の尽きと言うべきか。

「……あ、あはは……ごめんね、ふたりとも。先に出ててくれると嬉しいかな」

「あう……あうう…………分かりました……」

 ミラはなんとも寂しそうな顔で僕と一緒に店を出た。それはマーリンさんとちょっとの間でも離れたくなかったから? それとも…………食べられると思ってたご飯をおあずけされたから? 別にどっちでもいい疑問は飲み込んで、遠巻きに惨状を眺めながら、僕はミラを連れてそそくさとその場を後にした。

「…………しっかしまあ……はあ。王都に近付いてる証拠でもあるのかな。それにしたって……」

 振り返った時には既にマーリンさんの姿は見えなかった。お店の外から見えるのは、ひとつの席に人々が押し寄せている異常な光景だけ。無理も無いことなのだ、これは。そもそも本人が言ってたしね。マーリンさんは政治家である以前に勇者のひとりなのだ。むしろその人気を利用する為に政治家にさせられたとは本人の談だが、成る程納得の大人気ぶり。そもそも人々の興味を惹きそうな勇者の冒険譚を、政治的に利用する為に国が推して広めたのだ。そりゃあ…………

「……いいのかねぇ、俺達と一緒にこんな呑気に旅をしてて。たまーに、本当にたまーに心配になるよ」

「偶に、なのね…………そう」

 偶に、だよ。いつもはだって、情けないくらいだらしない顔でデレデレしてんだもん。威厳もへったくれもない。たまーに見せる格好良さとか、風格とか、人望の厚さとか。この国のことも勇者の冒険のことも知らなかった僕からしたら、それらは基本的に彼女の持っている特性のうちの小さな一部に過ぎないのだ。余所者で良かった。そんなイメージに引っ張られてあの人の本質に触れずにいたら、きっとこんなに打ち解けられなかった気がする。

「…………いや、しかし……これ、出てこられるかな……? どうする、ミラ。どっかで何か食べてるか?」

「ううん、待ってましょう。マーリン様を置いて何処かへ行くなんて出来ないわよ。偉いからでも凄いからでもなく、仲間としてこれからは一緒に戦わなくっちゃいけないんだから」

 おう、かっこいいこと言って。でも、その台詞は出来たらお腹をさすりながら言わない方が良かったかな。僕はカバンから小さな干し肉を引っ張り出して、ひもじそうな妹に差し出した。これで僕のカバンに備蓄してあった食料は終わり。あとはマーリンさんが管理してる荷物の中だ。

「でも、思ったより普通そうで良かったな。初めは、人は多いけど笑い声が無いっていうか……忙しいばっかりで楽しそうにしてる人がいない感じがしたから。有名人が来たら押しかけてもみくちゃにするくらいの元気はあったんだなぁって」

「ん、そうねぇ。言われてみれば、ガラガダともボルツとも違う、活気って感じじゃない賑やかさだものね。焦ってる……訳ではないんでしょうけど、何かに追われて余裕の無いように感じるわ」

 なんでだろうな。と、ちびちびと干し肉を齧るミラを撫でながら往来を眺めていても感想は変わらない。どうにもみんな急ぎ足というか…………都会のサラリーマンチックというか。立ち止まる人が殆どいないのだ。僕らが入った店以外は混み合っていつつ、お客さんの回転も早そうだし。立ち食いそば屋って感じ、行ったことないけど。

「……もし。御二方、旅の方かえ」

 あ、はいそうです、こんにちは。ぼーっとマーリンさんの脱出を待っていると、ひとりのおばあさんに声を掛けられた。腰の曲がった小さな姿に、少しだけこの街に似つかわしくないと……この言い方はちょっとだけ違うか。この街で過ごすには難がありそうだと、この早い人の流れに付いて行けなさそうだと思ってしまう。

「そこの店、どうやら星見の巫女様が来ておるらしいんでな。あんまり近付かん方がいい、離れておきなさい。食事にするなら、どうしてもというのでなければ向かいの店にしなされ」

「ああ……あはは。確かにこの感じだと野次馬に巻き込まれそうだし、中々席も空かなさそうですもんね」

 おばあさんは僕の言葉に首を振って、そして耳を貸せとその小さな手で僕に手招きをした。うん? なんだろう、他に理由があるのだろうか。ミラも興味深そうにおばあさんの言葉に耳を傾けていた。

「…………星見の巫女は魔女なのじゃ。かつて勇者を見出し、そして殺した。関わらん方がいい。物語に出てくるような気の優しい娘ではない」

「っ。な、何言って…………」

 おばあさんはそれだけ言うと、周囲をキョロキョロと伺いながら僕らから顔を離した。ミラは目を丸くしておばあさんを見つめたまま黙っている。いったい何を言って……勇者を殺した……? 馬鹿な、どうしてそんな……

「………………誰も信じぬ話だ、どう言われても別段気にはせん。ただ、勇者の最期にはあまりにも不可解な点が多過ぎるのじゃ。戦って、戦って。戦い抜いた先で死んだにしては、あまりにも腑に落ちぬ」

「いや……だからってマ……巫女様が勇者様を殺す理由が……」

 理由ならあるとも。と、おばあさんは小さく呟いた。周りにいる人に聞こえぬように、小さな小さな声で。このままだとミラが怒るだろうか。今はその突拍子も無い話に面食らっているだけだが、これ以上何か言われては…………尊敬している、そして大切な仲間だと言ったばかりのあの人をこれ以上悪く言われては、老人相手とはいえミラだって我慢が効かなくなりそうなんだけど……

「……三人には間違いなく魔王を倒すだけの力量があった。だがそれを成し得なかった。早い話が仲間割れ、同士討ち。表立っては流布されぬが、裏で情報を仕入れておれば嫌でも耳に入ってくる。魔女マーリンと悪鬼フリードは、手を組んで勇者を葬ったのだと。魔王と戦う危険を避け、この国の要人となることで安全を手に入れたのだ、と」

「っ! そんな話……っ! なんの根拠もないデタラメじゃないですか……そんなこじつけで巫女様を悪く言うのは……」

 分かっておる。と、おばあさんは僕の言葉を遮ってまた首を振った。いくらなんでも酷過ぎる。あの人は戦って、負けて。大切な仲間を失ってもなお、この国の為にと慣れない政治に関わって。そして今も魔王討伐の為に勇者を求める旅をしていたのだ。それをそんな……言いがかりも甚だしい噂話で……っ。

「信じずともよい、じきに分かる。星見の巫女も、黄金騎士も。どちらも結局人の子だということ。己可愛さに仲間を裏切ったとて不思議は無かろうて」

 それだけ言って、おばあさんは僕らに背を向けよろよろと歩いて去って行った。追いかけて訂正させてやりたいくらい酷い話だ。でも……こいつが我慢してるのなら。と、僕はまだ立ち止まっておばあさんの背中を眺めているミラを見て、握っていた拳を一度解く。

「……なんなんだよ、まったく。言いたい放題だったな。あんな噂が流れてるなんて……人気者には必ず足を引っ張るやつが出てくるとは言うけど、お前にもいつかあんな風にデタラメな噂を流されるのかと思うと、頭が痛くなってくるよ」

「…………そうね。うん、酷い話だった」

 そうね……って。それ……だけ? もっとこう、腹を立てて地団駄を踏むと思ってた。むきーっ! ふしゃーっ! とか、気を荒くして僕に八つ当たりしたりも予想してた。なのに…………それだけ? 酷く冷静におばあさんが消えた曲がり角を見つめているミラに、むしろ僕が怒りを覚えそうだ。なんでお前が怒らないんだよ、と。大好きなマーリンさんが貶められて、いったいどうしてそんなに冷静で……

「……でも、別に怒ることじゃないわよ。実際、今の話を否定するだけの材料を持ってない。魔王の元へと赴いたのは三人だけ。誰も真実は知らないの。もしも本当にそんなことがあったとして、マーリン様やフリード様がそれを隠すのは当然でしょう?」

「お前…………っ。あんな話信じるのかよ……っ!」

 まさか。と、ミラはため息をついた。じゃあなんで……そんな肩を持つようなことを……? そう尋ねると、ミラはまた更に大きなため息をついて僕の脇を小突いた。

「バカアギト。あんな話、信じる信じない以前の問題じゃない。私達は本物のマーリン様をそばで見てる。あの噂はどこからともなく出てきた、根も葉も無い下らない妄言。比べるまでもないじゃない、こんなの。私達は私達の目を信じたらいいのよ」

「…………くそ、なんでお前にそんなこと諭されなきゃいけないんだ。うぐぐ……」

 無言で脛を蹴られた。いッッッ⁉︎ たい…………痛いです、とても。うむむ……まあでも、その通りだよな。自分の目で見て確かめた情報を何より信じないとな。ネットの偏った知識だけで生きていてはダメだぞ。なんて、今更言われなくても身に染みてるってのに……はあ。

 その後しばらくすると、マーリンさんは随分疲れた顔で僕らの元へ合流した。お、お疲れ様でした。うむ……この如何にもなお人好しが勇者を……仲間を殺すなんて。それこそミラが寝坊と噛み癖と大飯食らいをやめるくらい有り得ない話だ。


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