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異世界転々  作者: 赤井天狐
異世界転々
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第三百四十二話


 今日の売り上げが悪かった? 否、むしろ絶好調といっても良いくらいだ。過去最高記録じゃないかな、平日の売り上げでは。では……またお腹が空いた? 否、そんなことで拗ねるのはうちの妹だけ……とも限らないけど、多分違う。やっぱり……カロリーを気にして……? それも否。はい? なんの話かって? それは……

「……そんなムスッとしないでよ……調子良かったのに、どうしたの?」

「…………別に……」

 営業後、クタクタになって片付けをしている時、花渕さんの様子がおかしいのに気付いたのだ。朝言っていた味の向上について悩んでいる……というんではない。なんていうのかな……うーむむ。これで意外と人を見る機会が増えたからか、今の彼女の不機嫌が、悩みや不安からくるものではなさそうだとくらいは分かる。ん……この言い方は語弊がありそうだ。お店の将来について、毎日あれこれ考えていることに対しての不安からではない。が、正解。じゃあ何に対する不満なのかって? 流石にそこまでは…………いや。

「…………えーっと、あのさ。もしかして……お昼時に来たお客さんの……」

「ん、言わなくていいよ。はあ……やだやだ、子供みたい。自分でも呆れちゃうし」

 やれやれと両手を広げておどけてみせるその姿はどこか痛ましかった。どうやら……いいや、ほぼ間違いなくその件らしい。その件、ってなんぞや? 早く話せ? お前の能書きはいらない? まあまあちょっと落ち着きたまへよ。そう、ことの発端はお昼過ぎに来た五名のご婦人客だった。

「……別にさ、文句があるわけじゃないんだよ。ただ…………結局(あたし)は子供で、子供の力しか無くて、子供なりに頑張っても……やっぱり……」

「花渕さん……」

 単純な言い方をするならば、ここ最近の売り上げの好調は、彼女の努力の成果ではなかったのだ。僕らの知らない間に、知らない場所で。僕らと同じだけの努力なんてヌルい話で終わって良いわけがなかった店長の努力が実を結んだのだ。早い話が、配達や移動販売の際に店長が独断で行なっていた宣伝や営業が、お客さんを呼んでいた。店長のお店で店長の独断ってのも変な言い方だな。ごほん。勿論、だからといって、彼女の頑張りが無かったことになるわけでもないし、当然その努力によって足を運んでくれたお客さんもいる。けど……まあ、ここからはもっともっと単純な話。

「…………はぁ。自信無くす、顔から火が出そう。散々カッコつけておいて……結局、私がいなくてもこの店はなんとかなったんじゃないの。そりゃそうだよ、高校も行ってないガキと、体育会系で社会経験もある店長とで人脈に差があるなんてのは当たり前の話じゃん。ああ……アキトさん、悪いけど一回蹴飛ばして貰って良い? 恥ずかし過ぎて死にそう……」

 かっこいいと思っていた花渕さんは、ただ僕らの前で格好をつけていたのだ。はい? 意味が分からない? そのまんまだよぅ、そのまんま。頼りになる花渕美菜として振る舞う為には、自分の力でお客さんが増えた証明が必要だったのだ。詰まる所中二病のようなもの。自分が特別であるという勘違い。まあ、それが勘違いだってのもまた勘違いだと思うけどね、僕は。間違いなく特別なのだから。はい⁇ お前が特別ヘボなだけだろう、だって⁈ それを加味しての採点だよ! 誰も僕と比べて優れてるなんて話はしてない! ぷんすこ!

「あーきーとーさーんーっ。お願いだから笑うか蹴っ飛ばすかしてってば。はあ…………あああぁぁ…………穴があったら入りたい…………」

「え、ええぇ……そんなに思いつめる必要あるかなぁ。別に、店長の力だけで売上が上がったわけじゃないし、事実花渕さんがいなかったら改善されなかった物もいっぱい……」

 かん。と、手にしていたトレーを乱雑にテーブルに置いて、花渕さんはゆっくりこちらを振り返った。頰と耳のあたりがまだ少し赤い……のは別として。目が赤いのは……

「…………流石にそれは思いつめ過ぎだよ、やっぱり。そこまで背負うのはいくらなんでも……」

「分かってる、死体蹴りどうも。はあ、物理的に蹴っ飛ばして欲しかったんだけど」

 若さ故の、というやつかな。初めはきっと、お店の為に頑張ろう、とだけ。しばらくやっているうちに、僕らがあんまりにも持て囃すから、その気になったというか、そうであると誤認したというか。ともかく、自分の背中にお店の行方が乗っかっているのだと、無意識に、そんな考えがあるなんて自分でも知らぬうちに思っていたのだ。それがまああっさりと積荷を降ろされて、腰を曲げて背負っていた筈のものが、実は誰かが持っていたものだったなんて突き付けられたもんだから。僕じゃこうはならない。そうなる程自分から何かをやれるタイプじゃないから。

「……帰りにまた田んぼに寄ってこう。少なくとも、僕は自分の成長とクビが花渕さんに預けられてるって思ってるからさ。もうちょっとだけ手は離さないでいて欲しいな」

「はあ…………おっさんにまで気を使われる始末…………なんて無様…………」

 ちょっとっ⁉︎ なんでそこで僕を下げるの⁉︎ と、食ってかかると、ようやく笑顔が戻って冗談だと笑ってくれた。冗談に聞こえないんですけど……? バシバシと頬を叩いて、彼女は置いたトレーをまた持ち直して片付け作業を再開した。

「お疲れ様、ふたりとも。表の片付けが終わったらあがっていいからね」

「はいはいはーい。店長様の言うことですから。ちゃーんと聞きますよ。ただのアルバイトのガキですから」

 なんて拗ね方だ。困って笑うしかない店長に花渕さんは不満たっぷりな顔をして、突っ込むかイジるかして欲しいんだけど! と、激昂した。おうおう、自信を無くしたという割にはまだまだ元気じゃないか。というか……それでもなお店長の方がヘコヘコしてるのはなんなの……? もしかしてそういう趣味があるの…………?

「あーもうっ! 先に言ってよ! いつどこでどんな相手にどんな売り込みしたかとか! 全部情報は共有しといてよ! バカみたいに張り切ってるなぁって笑ってたに決まってるし! ああぁーーーっ! もうっっ!」

「ど、どうどう……あはは。確かに何も言わずというのはちょっと寂しい感じだったかな? でもまあ……経営者は僕だからね。僕が頑張ってお店を盛り上げないといけない。それこそ花渕さんに負けてるようじゃ、君がいつか学校へ戻るなり就職をした時にお店が保たないだろう?」

 店長の言葉に、彼女はまた悔しそうに地団駄を踏んで…………いや、悔しそうなふりをした。もう切り替えたのか。いやいや、まさかそんな。思春期のまだ未成熟な精神がそう簡単に切り替えられるわけがない。やっぱりどこか悔しそうに、負け惜しみを口にし始めたではないか。

「…………でも、そうだねぇ。原口くんも、花渕さんも。どちらかが欠けてたらきっとダメだっただろうね。他の人じゃ多分こうはいかないよ。特に若者の視点ってのは、僕ではどうしようもないからねぇ……大いに助けられてます。美味しい所をかっさらってしまった形になっちゃったけどね」

「そうだよ、花渕さんがいなかったら僕も店長もまだきっと…………あれ? 店長? 今僕も欠かせないって言いました⁉︎ 僕にも手柄があるんですね⁉︎ え? いったいどこら辺に…………?」

 君はもう少し自信を持ったらどうかな? と、とても困惑した顔で言われてしまった。だ、だって。向こうならいざ知らず、こっちの僕は役に立てる場面が殆ど無いし。え? でもちょっと……ええ? うふふ、気になるなぁ。うふ、僕のどの辺が役立ったんだろう。意外と愛嬌のあるマスコットとして人気だったりするのかな?

「……あー……っとね。厳しい言い方になるけど、花渕さんと打ち解けてくれたのが最大の功績かな? 勿論、お店を回す為には欠かせない人材だけど…………」

「あっ、はい」

 売上には特に関わってないとの通達を貰った。え、突然突き放すじゃん。いつもいつもニコニコしてて、僕の無能をオブラートに包む天才と呼ばれた(呼ばれてない)店長にしては随分…………ぐすっ…………直球で来るじゃん…………ずびっ。

「えっと……今のは売り上げが伸びた要因の話であってね。そうして忙しくなったお店を支えてくれた原口くんにも、勿論助けられてるよ。花渕さんが色々考えて、原口くんがそれをこなす。実際、僕が配達に行っててもお店が回ってるのはふたりのおかげであって、片方が欠けていいなんてことはないんだから」

「おお…………おおお…………おお……なんだか言いくるめられた感じもあるけど褒められた。でも……それはつまり僕以外のアルバイトでも特に問題ないんじゃ……」

 そうでもないけど。と、花渕さんは口を挟んだ。お? おお? もしかして花渕さんから褒められるターンキタコレ⁈ 待ちに待った瞬間ですよ! さあ、皆さん準備はよろしいですか? なんの準備かって? 決まってるだろ! 勿論……

「他のまっとうなバイトがいたら、こんだけ危機感抱いて動き回ってないし。言ったじゃん、店長も。私と打ち解けたのが……私をやる気にさせたのが最大の功績って。もっとも、その功績も意味があったのか知らないけどね」

「はい、知ってた。知ってましたとも、ええ」

 お約束のずっこけの準備だよ。せーの、ずこーっ。え? 古い? そんなことないよ! まだどこか根に持っているのかジロジロと店長を睨む花渕さんを諌めながら、僕は誰も慰めてくれない胸の痛みをひとりで押さえ込んでいた。ぐすん。

 今日はまっすぐ帰る。と、花渕さんは、少しでも自分の価値を高める為にメモの復習をしている僕を置いて、さっさと帰ってしまった。ああ、今日は割と本気でケーキが食べたい気分だったのに。まあしょうがない。あの子がいないんじゃむさ苦しいばかりだし、僕もまっすぐ帰って早く寝よう。

 色々不満のある子はいるけど、それでもお店は繁盛し始めてるんだ。お店を支えるのが僕の役目なら頑張りますとも。なにせ、勇者ですから!


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