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異世界転々  作者: 赤井天狐
異世界転々
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第三百三十五話


 目が覚めたのは、まだまだ…………まだまだ日なんて昇る気配の無い、真夜中二時半だった。そりゃそうなるよ、夕方前に寝たんだもん。しかし僕より先に寝息を立て始めていたミラはというと……

「…………ま、お前はむしろその方が健全だな。無茶してたツケ……か。もしかしなくても、俺が来るまでのアーヴィンでの頑張りも含まれてんのかね」

 むにゃむにゃじゅるりと寝ぼけながら、ミラはまた僕の首元にしゃぶりついていた。歯を立てられると、とてもじゃないが痛いとかそんな優しいダメージで終わらない。甘噛みはこう……でへってなっちゃうくらい可愛い。でもこのパターン……ちゅうちゅう首の皮を吸っているような時は……あの、アレだ。木の幹になった気分がするからあんまし好ましくない。

「カブトムシかお前は。あーあー……よだれで服がベチャベチャになって……はぁ」

 勇者様の力とやらに目覚めてから、起きている間はちょっとだけ凛々しい瞬間が増えた気もする。嘘つきました、全然そんなことないです。ただ、最近というか、昨日は厄介ごとの気配を感じたからか、ずっとピリピリしてた。だから……まあなんだ。こうして間抜けな顔で眠れていることに、安堵するというかなんというか。

「…………どうして……俺には何も…………」

 ああ、この感情は悪いものだ。そう思って、分かって、忌避していても溢れ出て来る。どうして僕には何も無い。小さい身体でいつも頑張っているミラにご褒美があるのは当たり前、むしろまだまだ少ないくらいだ。一生怪我なんてしない能力くらいくれたっていいじゃないか。でも……何も持ってない僕が、何も頑張れないからとご褒美を貰えないのはちょっとだけ辛い。勇者の力なんて欲してるわけじゃない。僕には過ぎた……いいや。過ぎるも過ぎる、釣り合わせる為の天秤にすら乗せられないくらい大それたものだ。これはミラにこそふさわしい。だけど……

「…………俺はなんなんだろうな。マーリンさんには背中を押して貰ってるけど、お前の隣にいるべきは本当に俺なのかな」

 拘束も緩い、顔も緩い。口元は緩過ぎてもうヨダレが滝のようだ。こうしてだらしない姿を見ていても、本当に対等な立場に居られるなんて思えない。夜中だからかな、思考がどんどんネガティブになってくや。

「………………ずっと、一緒にいていいんだよな。ずっと…………家族だもん……な」

 ごろりと寝返りをうって少しだけミラと距離を取る。するとミラは小さな手を動かして何かを探しているようだった。ああ、それは僕を探してくれているの? それとも……なんでもいいの? 誰でも、寝付けるのならばなんだっていいの?

「……夜中にひとりは嫌だな。これからはなるべく夜になるまで耐えてよう。なんでお前にこんな感情を抱かなくちゃいけないんだよ……なあ?」

 ぎゅうと抱き締めると彼女は小さな声で僕の名前を呼んだ。そうだ、コイツには僕が必要なんだ。自惚れでも勘違いでもなんでもいい。要らないと言われるその時までは……きっと…………


 朝が来てもミラは寝ぼけたままだった。おい、コラ。流石に起きろ。正面から抱き締めてるから、動きやすくてそう大きな問題にはならない…………のが最大の問題。お兄ちゃんはね……出来る限りの範囲でお前を甘やかしてあげちゃうんだ…………っ。つまり、僕の行動に制限が無い以上、ミラを起こさない言い訳を繰り返してしまうのだ。

「…………ダメなお兄ちゃんだなぁ、ほんと。かといって、マーリンさんにお願いしても起こせるわけないしな……あのクソポンコツ……」

 おっと、今の発言はここだけの話にしておいてくれたまへ。あんまり言うと拗ねられちゃうんだ。ま、拗ねても可愛い…………い、いかんな。最近マーリンさんがとても可愛く見えてしまう。いや、美人で間違い無いんだけどね? アレは僕の仲間だ、同種だ。クソ雑魚童貞女なんだ。正直話しやすい、とっつきやすいというメリットになりつつあるな、この暴言も。

「おーい、アギトやーい。ミラちゃんは寝てるかなー?」

「はーい、まだ寝てまーす。ほら、遂にマーリンさんがお前は起きてない前提で来ちゃったぞ。いいのか、それで。かっこいいとこ見せなくていいのか」

 お腹いっぱい。と、幸せそうな寝言を繰り返しながら、ミラは僕の肩を噛んでいた。お腹いっぱいなら食べるのやめてよ、もう。はあ……しょうがない。とりあえずマーリンさんを引き入れて、準備と打ち合わせだけしておこう。と、入っていいですよって声をかけると、じゃじゃーんと嬉しそうにマーリンさんは現れた。くっそ…………不覚……可愛い…………っ。

「えへへー、良いだろーっ! 念の為、ローブに手を加えたんだーっ!」

「はあ……いや、あんまり変わらな…………っ⁉︎ な、なんでそんな変更を加えたんですか⁈」

 はて、ローブに? と、以前のシルエットを思い浮かべながらマーリンさんをじっと見つめていると………………こう、なんて言うのかな。いや違うな。なんて表現したら……怒られないかな……? ブカブカというかダルダルというか、厚手の生地で作られたローブだったから、シルエットがこう…………寸胴…………着ぐるみ…………着ぐるみ! そう! ゆるキャラっぽかったんだ! それなのに…………ほう。腰回りにちょっとだけ絞りがついてしまって…………あのー……ね。

「…………それ、前のに戻せないんですか……? わざとやってないですよね?」

「ふっふっふー、さてね。でも……うふふ。君は本当にいいリアクションをしてくれるね」

 わざとかい! 今ままでよりもずっとずっと体のラインが分かりやすくなって……それでも結構着膨れして見えるんだけど。ウエストを軽く絞ってる都合、こう…………お山が、ね。お山の頂上からずどーんと垂れ下がっていたカーテンが絞られて……キュッとなって…………はあ。

「…………今すぐ前のに戻しなさい。俺だけじゃない、道行く男衆の為にも。アンタの正体を知ってる人ならいざ知らず……いつか道端で襲われますよ」

「あっはっは。君、本当に僕のこと好きだよね。しょうがない、この格好は君の前でだけしてあげよう」

 そういう発言をやめてちょうだいって言ってるのッ! ほ、本気にするよ⁉︎ やれやれと言った面持ちで背中に手を回し…………ッ⁉︎ 胸を張るな、今のその格好で胸を張るんじゃない。しゅるりと絞り紐を解いていつものだらんとした格好に戻ると、不思議そうな顔で僕を見つめた。それは自覚無しかい…………ゴチですけど。

「さてと、ミラちゃんが起きるまでは待機だ。その間、君に逃げ延びるすべを仕込めるだけ仕込んでも良いんだけど……」

「待機……ですか。起こせば良いんじゃ……」

 僕もそうは思うんだけどね。と、前置きした上で、マーリンさんは苦い顔でミラの背中へと視線を移した。

「…………自己治癒の呪いによって怪我や病気に侵されることはなくなったわけだけど、それでも体力は増えてないし特別回復もしない。もともと無茶する子だからね、身体が自然と求めている、必要な休眠である可能性は考慮しよう」

「身体が自然に、ですか。そうしてくれるとありがたいですよ、本当に。こいつ昔、指一本動かすのも辛いって状態なのに仕事しようとしたことがあって……」

 その話は初めて聞くかな? と、マーリンさんは興味津々で耳を傾けてくれた。そう、アレは蛇の魔女討伐より帰還してすぐの…………蛇の魔女、か。

「…………マーリンさんとこうして話してるのも、きっかけは蛇の魔女だったんですよね。いや、あんなの無くても、貴女はミラを…………新たな勇者を求めて、きっとアーヴィンに辿り着いたでしょうけど」

「うーん、それはどうだろう。あの時はたまたま視えただけだからねぇ。ああいう大きな引っ掛かりが無かったらもっと遅れてたかも」

 そうなの? そうなんだよね。と、僕らは揃ってミラを見つめた。はあ……思い出すのも嫌になるよ、はじめての魔獣との遭遇した時のこと。あの時はまさか、こんな小さいのがあんなに強いなんて思わなかったなぁ。そして……まさかアーヴィンを出てこんな旅をするとはなぁ。

「…………アレ? そういえば、マーリンさんは会う前からこいつの星見をして…………? あれ? 知らない人は出来ないって…………⁇」

「ああ、それか。確かに、全く知らない他人の未来は視えない。でも、ミラちゃんには彼の力という大き過ぎる目印があったからさ。長いようで短い冒険だったけど、君とミラちゃんみたいに絆は深められたと思ってるからね。その力を目標として星見をしてたら……でへへ。まさかこんな美少女に出会えるとはねぇ」

 あははと愛想笑いをすると、マーリンさんはちょっとだけ不服そうに口を尖らせてぶーとわざとらしく呟いた。くそ…………ッ! 落ち着けアギト、そして秋人、更にはリトルアギト。目の前にいるのは、およそ僕と同じタイプの三十路童貞……あっ、魔法使いってこういうこと。ではなく。推定三十路の、女の子に全く耐性のないクソ雑魚…………あれ? 最近ミラを抱き締めても平気な顔して…………っ⁈ お、置いてかれてる⁈

「むにゃ…………ふわぁ……あれ、アギト……? マーリン様も…………? むぐ…………あぐ……」

「おはよ……おい。なんで起きたのに噛むんだ。起きろー、起きてー。ほら、マーリンさん。今だけ許します。さっきのせくし…………おしゃれなローブ見せてあげてくださいよ。飛び起きますよ、きっと」

 その後すぐに飛びついて寝るだろうけど。ともかく役者は起きたわけだ。あれ? 結局話し込んじゃって何も教えて貰ってなくない⁈ 生き残るすべを云々って話どこ行った⁉︎ 僕らはそれ以上の予定延期はせず、身支度を整え軽い朝食を摂ると、またあの場所へ向けて出発した。ちなみに、ローブの絞り紐はミラがじゃれつくおもちゃになった。ミラの猫力が四上がった。お前……


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