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異世界転々  作者: 赤井天狐
異世界転々
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第三百三十三話


 追っ手を警戒しながら、僕らは無事に街まで戻ることが出来た。近付いてくる気配は無し、大丈夫。またエンエズさんの時のような悲劇を繰り返さない為に、わざわざ遠回りまでしたんだ。

「さて、じゃあ仕入れられるものは早いうちに仕入れてしまおう。ミラちゃん、必要な物を挙げてくれるかな」

「それはその……いえ、分かりました。まず攻撃手段……魔具を二点。長射程のものと広範囲を拘束出来るもの。これは手元の材料でなんとか出来そうです。それからアギトの防御手段。食料に飲み水、薬も買い足しておきましょう。ポーションは…………その、提出したものって……」

 もちろんちゃんと持ってるよ。と、マーリンさんは頷いた。今ミラが問われているのは、マーリンさんがいない前提での必要装備だろうか。もちろん、だからといって手を貸さないなんてつもりではないだろうけど、あくまでもこの旅の目的が勇者としての適性審査であることを思い出させる。しかし……

「攻撃手段……か。なんとも物騒な話だよな。それってつまり、武器……兵器が欲しいってことだよな……」

「逆よ、逆。結局、私の魔術は人間相手に使う前提で…………殺さない前提で仕込まれてない。いくら加減したって、その本質は変わらないの。可能な限り無傷で拘束する為には、使い切りでも出力の高い魔具の方が適してるのよ」

 ふむ、使い切りとな。それは使える魔力が減って、前みたいに連発出来る魔具が作れなくなったからだよね? と問うと、ミラは嫌そうな顔で沈黙し、マーリンさんはなにやら慌てた様子でミラの様子を窺っていた。うん……?

「…………ま、そうとも言えるわね。そもそも、魔具ってのは使い切りの物なのよ。っていうか、アンタが一番分かってるでしょ。魔弾の使用回数は一発につき一撃。お姉ちゃんの魔具が特別製なんであって、本来はそういうものなのよ。無知故の贅沢ってやつね……はぁ」

「うっ……な、なんだよ。そんな冷たい言い方……」

 まあまあとマーリンさんは間に入って、僕らふたりの頭を撫でた。そしてミラをぎゅうと抱き締めるとそのまま顔だけ僕の方へと向け、眉をひそめて困った顔で笑う。

「ほんと、デリカシー無いぞ。回数無制限の強力な防御手段なんてものがあるなら、誰よりも欲しているのはこの子なんだから。そんなものが作れたらどれだけ君が安全になるか、ってね。まあ悪気があったわけじゃないのは、ミラちゃんも分かってるだろうけど」

「…………んむ。ま、そういうことよ。初めて手にした魔具がお姉ちゃん謹製の短刀だったから、その勘違いも無理も無いんだけどね。ごめん、勝手に拗ねて」

 ぺこりと頭を下げるミラに、こっちこそ悪いと僕も急いで頭を下げた。そんな様子を、マーリンさんはまあなんとも微笑ましそうに見つめているではないか。素直にごめんね出来たね、ではないんだ。子供扱いするんじゃない。

「…………しっかし、使い切りってなるとタイミングがかなり重要になってくるな。上手く使えたら魔力の温存にもなるけど、下手こくともう取り返しがつかないのか……」

「だからこそ用途を絞るのよ。今の私には弱点が多い。広範囲、遠距離への攻撃力が低い。長時間戦えない。他にもあるけど、とりあえずこの点を魔具で補ってしまおうって作戦よ。徒手での格闘でも負けない自信はあるけど……」

 それはついこの間、強化魔術込みでも負けているからな。あれからそう日も経ってないし、白衣マンがあの場所に潜んでいる可能性も十分に考えられる。だからこそ、十全な準備が求められるわけか。

「さて、情報の整理をしておこうか。まず目的地だが……残念ながら、地図の上では何も無いただの原っぱとなっている。もっとも、僕らの目にも何も映らなかったんだけどね。いったい何があるのか、どんな場所でどの程度の規模なのか。それらは一切不明、困ったものだね」

「ううむ……あ、そうだ。マーリンさん、ザックに乗って空から行けないですかね? それで偵察とかして……」

 僕の提案にマーリンさんはいい顔をしなかった。なんだよぅ、僕に頼らず解決してごらん、なんて言うんじゃないだろうな。そんな疑念は彼女の言葉にすぐに晴らされた。

「…………出来ないね。もし集いのアジトだとしたら、そして例の鉄の馬車が集いのものだとしたら。今度は荷馬車に搭載した固定砲台ではなく、射角無制限な砲撃が飛んでくる可能性を考慮しなくちゃならない。さしものザックも、僕らを乗せたままそれを避け切るのは難しい…………こともないけど、そんなアクロバット飛行に僕らが耐えられない」

「うぐ……そっかぁ。そうだよなぁ…………馬車…………かぁ……」

 すっかり忘れていたけど、馬車の問題も解決してないんだった。あれ? そういえば目撃証言の無い鉄馬車…………見えない結界……もしかして…………

「うん、君の考えた通りだ。もしかしたら、ここで一気に解決まで辿り着くかもしれない。だからこそ絶対に失敗出来ない。君の視点はなかなかユニークだ、どんどん意見を出して欲しい。ほんの僅かでも成功率は高めたいからね」

「…………はい。しかし……ユニークって……褒められてる気がしないというか……」

 世間知らずってことよ。と、ミラに毒突かれた。お前が言うなと噛み付いてやりたかったが、どうもそんな空気ではない。ミラもこの作戦の重要さにとっくに気付いているようだった。そりゃずっとピリピリしてるわけだ。

「さて、次に敵戦力の想定をしておこう。あの白衣の男、それに結界を張った術師。最低でもこのふたりはいると仮定しよう。それから馬車に積まれていたような砲が数門、有象無象と切り捨てられない厄介な騎士崩れが一個小隊くらいはいておかしくない。もっとも、これはあそこがアジトだった場合という仮定のもと、だけどね」

「本拠地は別にあるとしても、結界で覆うくらいですから、何かの重要拠点である可能性は高いですね。そもそも、初めて現れた時からあの白衣のゴートマンは兵を率いていましたし、隊を構えている可能性は大いに……」

 ほむほむ、成る程な。なんだろう……うへへ、こういっちゃ不謹慎だけどさ…………ちょっとだけワクワクしてきたよね! なんていうの、ほにゃららの野望的な? 戦争シミュレーション的な、ゲームじみた感覚を覚えてしまう。いや、ついさっきジャストガードまがいなことしたからかな? なんていうか……こう…………胸が高鳴るというか…………

「…………やっぱり君は向いてない。勿論、ミラちゃんにもこんなことは、僕が個人の主張を通していい立場ならさせたりなんかしない。君達はやっぱり、人が傷付くことに慣れてないし、そんなことに慣れなくていい。こんなの……僕ひとりでやってしまえたら良いんだけど……」

「…………マーリンさん……っ」

 バクバクと心臓が強く脈打っているのが分かる。高鳴りなんていいもんじゃない、恐怖に脈が早くなってるんだ。これはゲームじゃない、本当に人が傷付くんだ。そんなのが分からないほどゲーム脳でもなければ、これまで見てきた惨劇や悲劇を忘れてしまえる程の能天気さも持ち合わせていない。そうだよ、本当に怖くて怖くて仕方がないんだ。ミラが、マーリンさんが傷付くのも勿論、ふたりが人を傷付けることが怖い。

「……任せときなさい。もし本当に魔人の集いのアジトがあって、そこに大勢の魔人がいたとしても……私はきっと無事に帰るし、誰も大怪我なんてさせない。敵も味方もみんな無事で大団円。ま、ちょっとくらいは怪我させちゃうかもしれないけど……それは聞き分けのない馬鹿へのお仕置きってことで」

「…………ああ。悪い、いつも守られてばかりでこんなこと言うのもなんだけど…………お前なら悪者さえも守り切ってみせるって信じてる」

 当然。と、ミラは笑って言い切ってみせた。勇者の力なんて関係ない、ずっとこうだった。もしかして、勇者の力がこいつに宿ったのは、この過ぎる程の正義……善性に惹かれたのだろうか。あるいはその逆か。無意識の内に勇者足りうる正義の心を育んでいた……とか。いやいや、そんなわけない。ミラはどんな事情があってもきっとこうなった。それこそ、魔王の生まれ変わりだったとしても、だ。

「さて、じゃあ僕は買い出しに行ってくる。ふたりは出来る準備を終えたらすぐに休むこと。特にアギト。君はたまに変な無茶をするからね、先に釘を刺しておくよ。何かあったら……いいや、何かある前に僕が動くから。これは君達を見定める試験じゃないからね」

「あはは……耳が痛いです。でも…………はあ……頼もしい…………くそぅ……」

 なんで悔しがるのさ。と、マーリンさんはちょっとだけ不服そうだった。だって……悔しいじゃないか。こんなに美人で、華奢で、でももっちりしてるとこはもっちもちで。比較的小柄で、黙ってさえいれば本当に守ってあげたくなるこのマーリンさんに守られる立場なのだ、僕は。うぐぐ……いや、別にミラだって同じなんだけどさ。女の子に守られてるってのは…………男としては…………悔しいんだよ…………っ。

 その後、買い物に出かけるマーリンさんを見送って、僕らは部屋に閉じこもって準備を…………魔具の精製を始めた。まあ、僕に出来ることなんてそう多くないから、もっぱらミラの小間使いとして顎で使われただけなんだけどさ。ミラはいつも使っている短刀と、それから僕の使っていた銃に魔力を込めてふたつの魔具を準備すると、そのまま僕を引きずって布団へとダイブした。

「…………あのー……つかぬことをお聞きしたんですが…………魔弾って作って貰えたりは……」

「しないわよ。材料も魔力も無駄遣い出来ないし、そもそも銃を魔具に改造しちゃったから撃てないじゃない」

 ですよねーっ。はあ……僕は明日、銃も弾丸も持たずにホルスターだけ巻いていくのか…………なんだかそれは…………かっこ悪いなぁ……はぁ。


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