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異世界転々  作者: 赤井天狐
異世界転々
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第三百二十八話


 久しぶりの外出である。何を突然とお思いだろうが、もうそんなの気にしてられないくらい精神的に追い詰められているので、そこはそういうもんだと納得して欲しい。そう、今僕らは久しぶりの外出をしているのだ。

 ことの発端は、明朝に目を覚ましたばかりの僕の元へと届いた一通のメッセージ。昨晩はなんとも可愛いこと言ってくれた妹をぎゅうぎゅうしていたら、暖かすぎてそのまま寝ちゃったらしいんだよね。まあそれは今はよくって。そんなわけで早起きした所へ届いたメッセージってのが……僕にメールくれる人って限られてるから、もうそこの説明はいいよね。

「…………ねえ、デンデン氏。本当になんでこんなこと提案したの……? もう既に満身創痍なんだけど、ねえ」

「でゅ……でゅでゅでゅでゅふふふ…………いえね……最近肌寒い日が増えたんで、温もりが欲しくって…………うぷ……お腹痛いでござる……」

 ねえねえアギト氏。拙者猫カフェに行ってみたいでござる。なんて、なんとも唐突で脈絡も無く、それでいて似合わない願望を叶える為に、僕らはオフ会以来の電車に乗っていた。説明しよう。猫カフェとは、猫ちゃんがいるカフェのことである。以上、説明終わり。だって僕も行ったこと無いんだもん! 分かんないよ!

「温もりって……ところで今日はお店大丈夫なの? 定休日とかあったっけ?」

「お休みは割と不定期に設けてますな。端的に言うと、休みたいときに休んでますぞ。まあ、事前に決めてるときは告知もしてますし、ホームページで営業状況とかキチンと更新してますから、意外とこれでなんとかなってるんですな。SNSでもお休み報告入れてますし」

 え? なんだそれ、適当過ぎない? と、思ったけど、そもそもひとりでやってるなら体調不良イコール休みになっちゃうのか。しかし意外とやることはやってんのね。そうか……ホームページ、SNS……その辺は活用してかないとな、うちの店も。

「まあ個人店だから許されることですな。というか、拙者ひとりでやってるからお休み無しの休憩なしが三百六十五日続いちゃいますぞ、下手こくと」

「うわぁ……そう聞くと途端に夢がなくなるなぁ。子供の前でそういうの言わないでよ?」

 それはもちろん。と、なんともまあ青い顔で答えるデンデン氏に、微妙な劣等感を抱いてしまう。いや、今更こんな風に思うのはおこがましいというか、デンデン氏はこれまでの道のりで想像も出来ないような努力を積み重ねて来てる筈だから、比べるのも失礼なんだけど。僕とは全然違うなぁって……つい思ってしまう。

「…………あ、あぎとし…………もう帰ろう……? お腹痛くなってきた…………よく考えたらおっさんふたりで入っていい場所かどうかも分からないでござるし、やっぱりやめにしないでござるか……?」

「…………言い出しっぺでしょうが。エプロン脱ぐと途端にボロボロになるよね……」

 だってぇ……とか情けない声出すな、キモいぞ。というか僕は僕でちょっと楽しみなんだよ。動物は嫌いじゃない……というか可愛い猫や犬の動画を漁る時があったり無かったりするくらいだ。え? さてはお前、さほど動物好きじゃないだろうって? う、うるさいな。こうして電車に乗ってしまったから、ちょっとそういう気分なんだよ。あるだろ、別にそんなに行きたくないなぁ、って思ってても、いざ近付いてくるとワクワクする現象。

「…………しっかし、果たして食べ物扱う人間が猫カフェって、大丈夫なの? その……お店の衛生的に」

「そこは大丈夫でござるよ、心配し過ぎですな。そりゃそのまま働いたらマズイかもですが、ちゃんと着替えるしお風呂にも入る……というかお店のバックヤード、コロコロ七個くらい常備してますしな。こう見えて綺麗好きでござるよ」

 へえ、綺麗好きか。言いたくないけどキモいな。いや、悪いことじゃないし、パティシエとしてむしろ優秀なんだろうけどさ…………いい歳こいたおっさんが綺麗好きアピールって。いや、良いことなんだけど…………なんだろう、このモヤモヤ感。別に汚いよりずっとずっと良いんだけど……

「…………アギト氏? なんだか目が冷たいでござるよ……?」

「いや、なんていうか……おっさんが綺麗好きでも嬉しくないなぁって……」

 なんでそういうこと言うの? と、とても悲しそうな顔で言われてしまった。ち、違うんだよ。こっちの話というか…………ほら、僕は可愛い子の部屋が汚いのとか好きなんだよ。ギャップ萌えというか……めっちゃ美人だけどプライベートだとぐうたらみたいな、近寄りがたいくらいの外見とあんまりにも人間味あふれる内面、みたいな。そういうのがとても好きで…………割と筋肉質でワイルドな感じのデンデン氏に……あ、外見の話ね? 見た目だけは男らしい氏に、ケーキ屋さんとか綺麗好きとかの意外性ポイントが付与されてるのに……

「…………うーん、別に。やっぱりこういうのは二次元の女の子限定か」

「おふっ。なんだか手厳しこと言われてますかな? かなかな? でゅふっ」

 おう、そういうのだよ。かっこいいのに中身がキモオタというギャップ。やっぱりこれは可愛い女の子にしか適用されないんだな。シンプルにキモい。いえ、アレですよ? 僕自身、ギャップが無くても汚らしいおっさんであることは重々自覚しておりますとも。キモいっていうのはあくまでもそう表現するほか無いが故の言葉であって、僕はデンデン氏のこと大好きですから。ええ、早く爆発したら良いのにとは思ってますけども。

 電車に揺られること三十分。猫カフェなんて洒落たものがあんな中途半端な田舎にあるわけもなく、県内屈指の人通りを誇る街へと辿り着いた。そして……さっきまでの猫ちゃんへのワクワク感は何処へやら。あまりにも場違いな空気に、デンデン氏はもちろん僕ももう帰りたくなっていた。ナウなヤングが闊歩しておる……

「で、でんでんし……はやくいこう……ささっと癒されて早いとこズラかろう」

「ズラかるとかなかなか言わんでござるよ、昨今……」

 そんなこと無いやい。と、デンデン氏とぼそぼそとやり取りをしつつ案内されたのは、表通りからは少し離れた小さなお店だった。ふむ……外から見た感じ、普通のおしゃんな喫茶店って感じですが……

「いらっしゃいませーっ。二名様でよろしかったですか?」

「おひょっ⁈ ど、どどどどうも。よよ予約した田原でござ……です……でゅふ」

 なんでそれで接客業が務まってるんだ⁈ って叫びたくなる気持ちを抑えながら、僕はやたらと準備のいいデンデン氏の後ろに付いて、お店の奥へと進んで行った。ふむふむ……確かに何か小さな生き物が走り回っている音が聞こえるような…………聞こえないような……

「…………おお、おおお……アギト氏、猫ちゃんですぞ! そこかしこに猫ちゃんがいますぞ‼︎」

「いや、そりゃいるでしょう。その為に来たんだし……」

 目の前には、数えようにも多いしじっとしてないから数えらんないくらいの猫ちゃんズがいた。そんな光景にテンションぶち上がって、もう帰りたいなんて言い出さなそうなデンデン氏に正直ちょっとだけ安心した。いやいや、僕もテンション上がっちゃってるから、しばらくは帰りたくないっていうか…………えへぇ……猫って可愛いなぁ。自分では犬派だと思ってたけど、猫ちゃんもいいなぁ……

「ちょっと拙者おやつ買ってくるでござる。ぬふふ……かわいい……なんだか香ばしい匂いがするのもまたいとをかし」

「あはは……はしゃいでるね…………」

 はしゃいでいながらも、猫を刺激しないように声のボリュームを下げるあたりは流石なのかな? 急がず焦らず、足音を立てないように店員さんの元へ向かったデンデン氏を見送って、僕は適当な椅子に腰掛けた。うふふ……確かにこれはいい。バタバタ遊んでる子もいれば、ぐうたらと寝転んでいる子もいて……うふふふ……ただこの空間にいるだけで幸せ指数がぐんぐん上がっていくようだ。

「お、なんだなんだ。流石に人懐っこいというか……慣れてるなぁ。えーっと……猫は喉撫でられるのが好きなんだっけ? 背中だっけ? お腹はダメなんだったよな……?」

 明るい茶色のトラ猫が一匹、テーブルの上に飛び乗って僕のそばまでやってくると、そのままずでんと寝転んでこちらを見つめてきた。あふぅ……可愛いなぁ。撫でてくれってことなのかな? 撫でさせて貰ってもよろしいでしょうか? わぁい、なでなでするーっ。

「よーしよし……はあ……ふわふわだなぁお前は…………いいなぁ……猫はいいなぁ……」

 まだ小さな猫だが、子猫という感じではなさそうだ。ちょっとだけふてぶてしい態度なのも、一周回って愛らしい。頭を撫でてやるとゴロゴロと喉を鳴らしながら僕の手にすりついてくるじゃないか。うふふ……でへへ……

「アギト氏―……およ、もう触れ合いを堪能しているでござる……ずるい……」

「いや、そういう場所だよ……?」

 拙者も拙者もとキョロキョロ周りを見回すが、どうやらデンデン氏に興味を抱いた猫はいないようだ。おやつを持っていれば来るわけでもないらしい。一筋縄ではいかないんだな。

「よしよし……お、なんだなんだ……? なんだ、反対も撫でろってことか。うふふ……」

「良いなぁ……アギト氏良いなぁ……」

 良いだろう! 名前も知らない茶トラちゃんは、体を小刻みにブルブル震わせながら大きく伸びをして、そのまま今度は反対向きにごろんと寝そべっだ。また背中を撫でてやるとこちらを見つめて来るのが…………でへへ、なんとまあ卑怯な奴め。そんな顔をされては撫でざるを得ないではないか。きっと今の僕はものすごく気持ち悪い顔をしてるんだろうとかもう気にしない。顔や喉を撫でてやると、ガシッと腕を掴んで指をペロペロと舐められた。でへ……でへへ…………でゅふふ……

「かわいい……あ、こらこら。うふふ、噛んだらダメだぞぉ…………あれ?」

「……うぬ? あれ……? どうかしたでござるか?」

 ううん、なんでもない。と、未だに遊び相手に恵まれない寂しそうなデンデン氏の問いへの答えを誤魔化した。いや……ううん、気の所為…………じゃないな。ううむ…………なんだろう、既視感というか…………こいつとは初めて会ったんだよな……? その行動ひとつひとつにやたら見覚えがあるというか…………

「…………にゃーん、じゃないぞ。おやつはこっちのおじさんが持ってる……おやつじゃ動かないか。こらこら、あんまり舐めるなよ。くすぐったいなぁ」

 いや、全然見覚えあるな。撫でると気持ち良さそうに目を細めて甘噛みしてきたり、舐めてきたり。スリスリすり寄ってきたと思ったら抱き着いてきたり。ぶるぶる震えながら甘えた声で忍び寄って来るその姿…………あと、毛色と毛並み。間違いない…………お前、実は僕の妹だろ! あいつめ、犬だ犬だと思ってたのに猫だったのか! いえ、猫毛だとは前々から存じておりましたが。

「…………お前の名前、実はミラだったりしないかな。そんなわけないか」

 なぁん。と、小さく鳴くと、ミラ(?)は僕の指を噛みながらお腹を上にしてゴロゴロと寝転んでみせた。ほらぁ! このあざとい仕草! どこからどう見てもうちの妹だよ! お前こんなとこで何してるんだ! 市長になるんじゃなかったのかよ! もしかしたら、この店の猫のトップに立っていたりするんだろうか。そんな馬鹿げた妄想に浸っていると…………この世の終わりみたいな顔したデンデン氏に肩を叩かれた。

「…………アギト氏。もう…………帰ろうでござる……」

「…………そ、そんなに遊んで貰えなかったの……?」

 振り返れば、今にも泣き出してしまいそうな悲壮感あふれるおっさんの姿があった。手にしたおやつはひとかけも減っていない。そ、そんな……デンデン氏…………動物に嫌われるタイプだったのか……

「…………うう……拙者を癒してくれるのはやはりどろしぃたんだけ…………もうこんなとこに用はないでござる。早く帰ってどろしぃたんに……」

「お、落ち着こうか一度……ほら、この子めちゃめちゃ人懐っこいよ? デンデン氏も撫でてあげなよ」

 撫でてどこかへ逃げてしまっても知らないでござるよ。と、もう半ばヤケクソじみたことを言いはじめるデンデン氏に、うちの可愛いミラ(?)はちょっとだけ警戒心を抱いているのか、手を噛むのをやめるとすくっと立ち上がってデンデン氏を眺めていた。

「こ、こわくなーい……怖くないでござるよー……? ほんのワンタッチでいいんで撫でさせてくだされ……後生ですから…………」

「猫カフェでまさか、後生ですからとか聞くとは思わなかったよ……」

 どんだけ猫に飢えてるんだ。まだピリピリとした緊張感が漂っている。あと数センチ……もうすぐそこ……っ。と、デンデン氏の手がミラ(?)に触れようとしたその時、ふと僕の胸の奥がチクリとした。あれ……? なんだ、これ……?

 なぁぁん! と、背後からちょっとだけ大きな鳴き声が響いた。驚いて手を引いたデンデン氏にミラ(?)もびっくりしてしまったのか、そのままテーブルから飛び降りて下に潜ってしまった。ほっ。うん……? 僕はいま何にホッとしたんだ……?

「…………おお…………神よ…………どうして拙者にこんなにも過酷な試練を与えたもうか…………っ」

「大げさな……もう、どの子だ? 人を驚かせるいたずらっ子は」

 鳴き声のした方を振り返ると、そこには銀の長い体毛をふわふわと震わせながら、綺麗なブルーの瞳でこちらを見上げている……えーと…………なんかこう、ふわふわ猫(ペルシャ猫)がいた。お前さんか、さっきの鳴き声は。

「お前か、驚かせたのは…………って、ミラ(?)まで一緒に。なんだ、仲良しか。友達を取らないでくれ、ってとこかな? どぅへへ……かわいい……」

 見れば、机の下を通って行ったミラ(?)も一緒になってこちらを…………いや、デンデン氏を見上げていた。そうだ、聞いたことがある。立っていると大きいから怖いんじゃなかったっけ? ただでさえガタイのいいデンデン氏だからこそ、なおさら怖がられてたのかも。しゃがんでみて。と、アドバイスを送ると、銀色のふわふわ猫は鼻をふんふん鳴らしながらデンデン氏の元へと近寄っていって…………そして……

「…………我…………全能へと至り……」

「大げさな……」

 さっきのミラ(?)のように無防備に寝転ぶことはしなかったが、ふわふわちゃんはデンデン氏の手を嫌がるそぶりも見せず、気持ち良さそうに撫でられていた。良かったね、デンデン氏。と、話しかけることすらはばかられるほどの心酔ぶりには正直引いたが…………ま、結果良ければなんとやら。

 おやつも全部その子に貢ぎ、その子がどこかへ行ってしまうとデンデン氏も満足したようだった。そして……帰ろう、拙者達にはまだ戦うべき場所がある。と、そう言ってデンデン氏はお会計を済ませた。ちなみに茶トラくんの名前はアキラで、もうすぐ二歳になる男の子だそうな。全然うちの妹じゃなかった! そりゃそうだ!


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