第三百二十六話
マーリンさんの言った通り、僕らは日が紅くなるよりずっと前に街に辿り着けた。大きな砦を構えた、ちょっとだけガラガダに似た雰囲気の活発な街……みたいだけど…………
「……なんていうか、こうも違うかね。キリエも厳重に囲われてて、ここもこうで。なのにさっきのあの街はどうして……」
「あはは、そればっかりはしょうがない。砦もタダじゃ建たないからね。砦を建てて安全になった街に人が集まり、また人が集まった街にはお金も集まる。反対も同じ様に、不安だから人が出て行って、砦を建てるだけのお金も人手も日に日に減っていくばかり。本当はそういう街にこそ税金を投入して補助をするべきなんだろうけどねえ」
税金……か。うぐ……今まで全く無関心で生きてきた単語に、まさかこっちで激突する羽目になるとは。いや、アーヴィンにいた頃からその話自体はしたことあるんだけどさ。秋人としては一度として考えたことも無い、アギトとしてもちょっと考えられたとは言い難い問題。人の生活を守る為のお金を、人々は汗水流して稼いだお金の中から国に納めている、と。
「もっとも、こことキリエの砦があるからこそ、あの街もあんな無防備で平気なのかもね。砦ある所に警備兵あり。そう離れていない場所でこれだけガチガチに警備されてたら、魔獣も中々現れないってもんだ」
「…………あー……それ、ボルツで聞いたことあるな。クリフィアの砦のおかげで飛行型の魔獣が云々って、オックスが」
ほほう、あの馬鹿げた壁にも意味はあったんだね。と、マーリンさんは何やら感心した風に頷いていた。馬鹿げた……って、貴女ね。あれはきっと、現魔術翁……マグウェラ・ルーヴィモンドが建設した…………あれも魔術の一種なのだろうかと疑問が湧いてくる、確かに馬鹿げたサイズの砦だ。あの少年はミラと同じだ。間に合う筈の無い結末に対してすら自身の無力を呪ってしまう、あまりにも背負い過ぎてしまうタイプの正義漢。まだミラよりも幼いであろう彼は、きっとあの街の人々を一切の脅威から守ろうとしているのだろう。だから……
「…………ごめん、褒めてるつもりだったけど言葉は選ばないとだね。アレは過剰とも言える現翁の覚悟だろう。あの街を守り通すと、どんな窮地にも負けない街にすると。あんな子供なのに、大した器だよ」
「……そうですね。もしかしたら、故郷を守る為に注ぎ込んでる力はミラ以上かもしれない。そう思わせるだけの出来事を、僕らは一度目にしています」
ミラはちょっとだけ不機嫌そうに僕の腕をつつくと、それでもやはり彼のことは認めているようで、そうねとだけ小さく呟いた。クリフィア……か。そういえば、先代……マグルさんはちゃんと家に帰っただろうか。フルトに寄るとは言ってたけど…………あそこら辺って割と危ない目にあったイメージが強いんだよなぁ。平気だろうけどさ、あの人なら。
「さて、話し込んでる場合じゃなかった。早いとこ体を暖めて、ちょっと街を回ろうか。ミラちゃんも服買いたいだろう?」
私はこれでも平気ですけど……みたいな不思議そうな顔で、ミラはマーリンさんを見上げていた。うん……その、僕も言われて気付いてしまった。これまで散々暴れまわり、そして怪我をし続けてきたからな。せっかくアーヴィンで新調したシャツは勿論、中に着ている薄手のタンクトップもかなりボロボロというか……血だらけというか……うん。似合わないというか……こんな服装でいさせるのは心苦しいというか…………悪い言い方をするのならば……
「……ま、確かに見すぼらしいか。お前っておしゃれ願望あるくせに、その辺あんまり頓着しないよな。上着はまあ……元々はお姉さんの物だし、しょうがないけど……せめて中に着る服くらい可愛いの選んだらいいのに」
「見すぼら……っ⁈ う、うるさいわね! このシャツはアンタが選んだんでしょうが! それに……可愛い服なんて…………似合うかも分かんないし……」
似合うとも! と、マーリンさんは食い気味に反応した。結局のところアレだ、ミラは可愛い格好をしたいが、そんな格好をしたことが少ない、そんな格好を見られたことが少ないが為に、どう見られるのかを気にしているのだろう。つい最近もあったが、いつもと違う格好、違うイメージになると、これはどうだろうと尋ねてくるのだ。可愛い。それは結局のところ、どういった服装が似合うと言われた経験が無い故のもの。レヴの生い立ちを思えばそれも無理ないんだけどさ……
「……よし、じゃあ服を見に行こう。さっさとシャワー浴びて買い物だ」
「おお! 良いね、良いね良いね! でへへ、ミラちゃんにどんな格好して貰おうかなぁ」
おい、欲望がダダ漏れじゃないか。ひとり困惑して置いてけぼりを食らっているミラだが、残念お前が当事者だ。これから僕らの着せ替え人形にされるのだ、そしておしゃれの喜びに目覚めるのだ! せっかく可愛いんだからさ、いつかみたく戦いにくい動きにくいで格好を決めるのはそろそろやめよう。これが終わったら、お前は市長として安全に生きていくんだ。そうなった時、ダサい格好じゃ色々マズイだろう。いつかはボーイフレンドも出来て、家庭を…………ボーイ…………フレンド…………?
「…………ミラ…………」
「……? どうかしたの? アギ……ト……っ⁉︎ なっ、なんで泣いてるの……?」
嫌だぁっ! ミラは誰にも渡さん! 世界にたったひとりだけの僕の可愛い妹なんだ、何処の馬の骨とも魔獣の骨とも分からんような男に渡してたまるか! どこにも行かせるもんかと泣き喚きながら思い切り抱き締めると、ミラは何やら呆れた顔で僕の頭を叩いた。うわぁん! ミラはお兄ちゃんと結婚するんだもんね⁉︎ ずっと一緒にいるもんね⁉︎
「…………君の行動も、たまに全く読めない時があって怖いよ。いつもが分かり易過ぎるから余計に……」
「アンタねぇ……はあ。別にどこにも行かないわよ、バカアギト。そもそもどこ行っても付いて来るって約束したのはアンタでしょうが」
うわぁあん! その約束まだ覚えてたのね! そう、全てはガラガダへ向かう前。まだアーヴィンから一歩も出たことの無い頃にした約束。待っててやるから一緒に連れて行け、と。中々めちゃくちゃな理論で泣いてるミラを説得したんだった。うん…………アレだ。前にも思ったけど、普通に恥ずかしいから掘り返すのやめてください。
「むふふ、君達は本当に仲良しだね。萌えだよ、萌え……うふふ……」
「……萌え……? えっと、マーリン様。それはいったい……」
なんでもないよ。と、マーリンさんはニコニコしながら…………いや、ニヨニヨと薄気味悪い笑みを浮かべながらミラの頭を撫でた。いや、ニコニコとそう変わらんよ? 見た感じは。でも…………なんだろう。オーラというか纏った空気というか…………キモオタみたいな匂いがする…………いえ、嗅覚で感じられる匂いはマジでめっちゃ甘くて良い匂いなんですけど。こう…………前々から感じてる仲間意識的なもの。僕と同類の匂い……フィーリングなんだよ。なんでだろうな、なんで知ってんだろうな、そんな単語。
「…………ところで、だけどさ。買い物ついでに魔弾の材料も見ていかないか? 結局全部撃ち切っちゃっただろ? 俺の唯一の武装だし、あるのと無いのじゃ手札が大違いなわけで……」
「おっと、そうだったのか。ミラちゃんが何も言わないし、何かを作る気配も無いから、てっきり魔弾の使用数には制限をかけたままかと……」
はい、そうなんですよ。流石にあの時はミラひとりじゃ苦しくって…………じゃないな。なんか引っ掛かる言い方というか…………? うん、まるで……まるで作れるけど作ってないみたいな……?
「……ああ、魔弾ならもう作らないわよ。というか作れない……作っても使えない、が正解かしらね」
「使えない……? そりゃまたどうして……?」
え、それ困る。魔弾無しの僕とか、本当に足手纏い機能付き抱き枕……もとい、抱き枕機能付き役立たずじゃないか。まあ、ミラかマーリンさんに強化を掛けて貰えば、多少は囮になれるけど。それもあんまり信用して貰えるレベルではないし……
「不本意だけど、その……私の知らないとこで勝手に増強された魔弾の威力に、銃の方が耐えられなかったのよ。もう結構ガタが来てた、目の前で乱射されるまで全然気付かなかったわ。本当に…………あの時暴発しなくて良かったって肝を冷やしたもの」
「……な……なんだって……? おい、その場で言ってくれよ。なあ、分かった段階で言ってくれよ! そんな危ないものばかすか撃ってたのか俺は⁉︎」
言ったら撃てなくなるじゃない。と、全てを見透かしている一撃を放たれた。ご、ごもっとも。確かに、そんな危険性があるって知ったら僕は引き金を引けなくなっていただろう。ってことは……あれか。相当切羽詰まってたのか、あの時。
「銃を新しくするのも考えたけど……ふふん、もう必要無いわよね! なんたって、私には勇者様の力があるんだからっ‼︎」
「……おい。だから、別にそれ強くなったわけじゃないからな? 力持ちにもなってないし、魔力量も増えてない……んですよね? 何回も言うけど、強くなったわけじゃないからな⁉︎ そこ過信し過ぎんなよ⁉︎」
ふふーん! と、一笑に付された。僕の言葉など暖簾に釘、糠に腕押しだってのか。マーリンさんは何とも言えない苦い顔でそんなミラを見つめているが……調子に乗って周りの見えていないミラはそれにも気付かない。あれだな……やっぱりこいつ…………
「…………このバカ。はあ……マーリンさん、俺にも使える魔術とか無いんですかぁ……?」
「あ、あはは…………ごめんね、君のその体質に関しては本当に僕でも手が出ない。それに……僕の作った攻撃用の魔具なんて…………君に持たせたら、それこそ僕がミラちゃんの怒られるからね……」
あっ(察し)というやつだ。そういえばこの人は加減が下手なんだよな。うう……ミラが調子に乗っている間は魔弾も魔具は無しかぁ。持ってて何が出来るでもないけど…………ちょっと怖いんだよなぁ。一抹の不安を抱えながら、僕らは宿に荷物を降ろした。ちょっとだけ奮発した良い宿場からは、小さくなったキリエの砦が見えた。いや、本当に近いな…………




