第三百二十二話
結局、僕らは情報収集を諦めて出来ることに力を注いでいた。出来ること……という、なんだかふんわりした言葉なのは……アレだ、やってることが多岐に渡るからだ。
「ええと……すいませーん、これはこっちで大丈夫ですかーっ?」
「はい、お願いしまーす。ああ、お嬢ちゃんもありがとうね。それは重たいから大人に任せなさい」
おや、なんだか向こうでピーピー喚いているミラの声が聞こえるな。ははーん、さては子供扱いされて怒ってるな? 見えないけど。
僕とミラは、魔獣に傷付けられ壊された建物の補修の手伝いをしていた。そして僕が今運んでいるのは、波打った薄い金属板…………トタン? 細かくは分かんないけど屋根にするらしい。ミラは外見の所為で戦力外通告を食らっているのかな? マーリンさんは杖を鉛筆に持ち替えて図面を引いている。現地の大工さんと協力して資材の見積もりを出している…………らしい。
「…………なんだか、アーヴィンにいた頃を思い出すなぁ。あん時は状況確認が主だったから、力仕事ってのは中々やらなかったけど……」
この街はとても平和だった。砦が無いのは、魔獣の侵攻が殆ど無いから。戦う理由が無いから武器の備えも殆ど無い、本当に長閑な街だった。或いは、キリエが近いから騎士達の見回りの段階で危険が排除されているのかもしれない。なんにせよ、あんなことが起こっていい場所じゃなかった。
「アーギートーっ! 私も手伝うからこっちにも回してーっ! もう、みんな私を子供扱いして……」
「あはは、しょうがないだろ。小さくて可愛いからなぁ、ミラは」
小さくては余分よ! と、怒鳴られてしまった。そう、ミラは小さくて可愛いのだ。アーヴィンではその頑張りをみんなが知っていたから。オックスもエルゥさんもその強さを知っていたから。マーリンさんはその脆さを予期しているから。今までいろんな扱いを受けて来たけど、何も知らない人々はまず、ミラに何か危ないことをさせようなんて考えに至らない。だって…………見た目、本当に小さな子供なんだもの。
「つっても、お前単純な力作業は苦手なんだろ? 強化魔術無しなら俺の方が力持ちなんだし、細かい作業を手伝ってこいよ。それこそお前の本領だろうに」
「分かってるけど…………なんだか屈辱的だわ。うう、せっかく勇者様の力に目覚めたのに……」
はいはい、勇者様ならわがまま言わないでね。そもそも勇者様の力は別に力持ちになる能力じゃないからな? どうにも勇者という単語にこだわりがあるというか……特別感を抱いている節がある。まあドジして怪我しても、木のトゲが刺さっても、それこそ足の上に重たい物を落としても大丈夫ってのは、案外こういう作業に向いたスキルかもしれないけどさ。小さくてどこにでも入っていけるから、大人じゃ補修出来ないところにも手が届く。手先が器用だからなんでも出来るのは羨ましい限りだ。
「…………勇者様の力なんて無くてもいいのに……」
ついボソリと変なことを呟いてしまった。べ、別に羨ましとか妬ましいとかじゃないぞ⁉︎ まあ……内心、なんで僕じゃないんだろうとは考えなくもない。異世界からやって来て、危険をいくつも乗り越えて。なんの能力も持たないと思われていた僕にも、意外な能力が隠されていたんだ! って、良くあるテンプレ的な流れだし、その能力なら僕が欲しかったっって思ってしまう。けど……その力はあくまで勇者の力。それじゃあ、僕よりミラだよな、って。納得してしまっている自分もいる。
「なんか……嫌だなぁ。アイツに置いてかれてる感じがするからかなぁ。どんどん遠くへ行ってしまう感覚とでも言うのか……」
それこそ序盤に仲間になったモブも同然のキャラが、後半の激しいインフレに付いて行けなくなっている状態に近いのかもしれない。ミラは初めから強かった。オックスも結構強かった。けど、マーリンさんが加わった時のインフレっぷりと来たら。レベル三十とか二十のミラとオックスに、レベル一の僕。マーリンさんは…………期間限定のレベル五百のお助けチートキャラって感じ。初期装備の僕にお鉢は回ってこない。
「おーい、アギトーっ。ひと通りの概算は出して来たから、僕も手伝うよ。うん……? どうかしたの、人の顔ジロジロ見て」
「……いや、マーリンさんは美人だけど間抜けだよなぁって……」
脇腹を思い切り殴られた。痛い! ぷぅと頬を膨らませて顔を赤らめている姿だけ見てると、とてもじゃないがレベル十五の踊り子にしか見えないよなぁ。でもその実、レベルがリミットオーバーしてるウィザード・ロードなんだもんなぁ。人は見かけによらないってのは、初めて出会ったチビ助が証明してるにしたって…………
「…………アギト?」
「いや……すいません。なんか俺だけ力不足だなぁって……思っちゃって……」
この人には隠しごとは無意味だし、正直頼もし過ぎて弱音を吐くのを恥ずかしいとすら思わなくなりつつある。あと…………こう、あれだ。優しく受け止めて貰えるのが分かってるから……それ目当てで頼ってしまう。うう……なんて浅ましい…………
「…………力不足、か。今こうして一緒に同じものを運んでさ、僕よりも軽々と積み上げられるのにかい? それはまた大きく出たねぇ」
「うっ……い、いやそういうんじゃなくて。勇者様の力を持ったミラと、それから星見の巫女であるマーリンさん。なんていうか……俺だけ場違いじゃないかなって、やっぱり考えてしまうというか……」
成る程ねぇ。と、マーリンさんはそこらに積み上げられたレンガの上に腰を落ち着けた。安定してるわけでも無し、危ないですよ? まあ…………僕は貴女がしゃがんでくれた方がありがたいんでいいですけど。大工さん達も困っただろうなぁ…………なんでこうも無防備なんだ…………谷…………ごくり。
「……うーむむ、それは悩むようなことなのかな? だって、僕もミラちゃんも特別なんだろう? じゃあそんな僕らに頼られてる君は、もっと特別なんじゃないのかな?」
「…………物は言いようってやつですね。はあ……頼りにしてるって言われても、結局俺はいつも助けられてばっかりじゃないですか」
まあそれもそうだね。と、マーリンさんは空を見上げながら答えた。あれ、思ってたんと違う。いや、それが正しい答えなんだけどさ。もっとこう、そんなこと無いさ。君にはいつも助けられてるよ。みたいな優しいフォローが入るもんだと思ってた。別に傷付きゃしないけど、マーリンさんはそういう甘い言葉で惑わしてくるタイプだと思ってたから……
「ま、問題なのはどう見えるかではなくどうあるか、だ。君が僕らを特別だと羨んで、そこで終わってしまうのならこの話はそこまで。自分も特別になりたいと頑張ったのなら、きっといつかみんなが君を特別だと認めてくれるとも。僕と一緒にいる時点で、君は好奇の目に晒されるんだから。既にレッテルとしての特別は得ていると心したまえ」
「…………特別なレッテル、ねえ。あれ……? それって嬉しくないやつじゃないですか?」
どうだろうねーと大きく伸びをしながら答えるマーリンさんの元に、なんだか可愛らしい衣装を着せられたミラがやってきた。ひらひらとしたリボンだらけのワンピースにどこかご満悦な表情のミラだったが…………あれ? もしかしてお前……着せ替え人形にされてね? あんなことがあった後の、精神的な癒しを求められてないです?
「マーリン様―っ。えへへ、もう計算は終わったんですか?」
「うん、あとは力持ちの男衆に任せるとしよう…………って、言えないのが今のこの国の問題点だよねぇ。しかし……でへへ、可愛いかっこしてどうしたの?」
街の人達が色々着せてくれるんです。と、なんとも嬉しそうに答えるミラに、僕は先の予想が当たっていたのだと理解した。ううむ、成る程。勇者様の力はやっぱり関係無かったけど、ミラには人々を癒す力があるのだなぁ。うんうん、流石は我が妹だ。鼻が高いよ。でもね…………? 借りてる服を着たままはしゃぐのはどうかと思うな。そして…………明らかに子供用のドレスを着せられて喜んじゃうのも、十六歳になる娘としてはどうかと思うのだな。
その日の晩、マーリンさんの元に騎士達が訪れた。キリエにいた時に見た顔もある。今朝言ってた引き継ぎの件だろう、彼女は宿で部屋に入った僕らと一度別れてどこかへ行ってしまった。流石に僕らが同行するわけにもいかないしね、公務だし。
「…………ミラ。あの服気に入ってたのか」
「べ……別にそういうんじゃないけど……」
服を返した後、しばらくしてからミラはしょぼくれてしまっていた。ま、オシャレしたいお年頃なのもアーヴィンで目にしてる。神殿でダリアさんに着付けて貰ったドレスにあんなに喜んでいたものな。またこの旅が終わってアーヴィンに帰ったら…………いいや、王都に着いたら何か服を買ってやろう。帽子やアクセサリーでもいい。いつかフルトで髪飾りを買ったように、また何か選んで……今度は僕が買ってやろう。となれば…………うう、僕にもこなせるクエストはどこ……?
「……この街はちょっとだけアーヴィンに似てたわね。みんな暖かくて、平和で。ちょっとだけ貧乏なとこも、ね」
「…………やっぱり財政苦しかったんだ、あの街も」
はあ。と、ミラはため息をついて黙ってしまった。そっか、苦しいのか。じゃあ……帰ったら僕達が頑張らないとな。窓から空を眺めるミラの頭を撫で回して、僕もちょっとだけ静かに星を見つめてみた。




