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異世界転々  作者: 赤井天狐
異世界転々
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第三百二十一話


 聞き込みを開始して数十分、僕らの求めていた答えのほとんどが出揃ってしまった。しかし、それを喜ぶものは誰ひとりとしていない。それもその筈、その答えというのは……

「……飛行型の目撃例はほぼ初、あの男についても不明。馬車の目撃証言も無しで、どれもこれも手掛かりゼロ、か。いやはや、分かってはいたけど手の施しようもないね」

「はい……あの魔獣が魔人の集いに関係しているのか、それとも最近になってここらに住み着いたものなのか。新たに浮かんできた疑問といえばこのくらいでしょうか」

 そうだねぇ。と、マーリンさんはうなだれていた。あの魔獣がなんなのか分からない。あの男がなんなのかも分からない。あの馬車に至っては、誰も目にしてさえいない。僕らが得た答えは、聞き込みではなんの情報も得られそうにないというものだった。

「あの魔獣については、道すがらに住処を探しつつ、派遣された騎士達に調査も依頼しよう。魔人の集い、ゴートマンに関しては、本当に打つ手無し。少なくとも、キリエからの道中に怪しい男はいなかったから、そっちには行ってないんだろう程度。馬車は…………どうだろうね。あんなものが人目につかないなんて話、考えられるかい?」

「…………結界か何か、姿をくらませる魔術でしょうか。しかし、あれだけ大きな物質を……それも術者が搭乗していないとなれば………………うう、先代のお爺さんと同等か、それ以上の術師が集いにいるんでしょうか……」

 ふたりとも夏場のプレ◯テのごとく唸っていた。無理も無い、本当の本当に情報が得られないのだ。元よりそう大きな期待なんてしちゃいなかったけど……ここまで何にも出てこないってのは、不安が大きいこともあって気が滅入る。

「しっかし……あの連中は何考えてるんだ……? 術師を餌に魔獣を量産したり、マーリンさん…………王都を相手に挑発じみたことをしてみたり。今度は非合法取引に、王都となんの因果も無さそうな街まで襲って…………ぜんっぜん規則性が無いっていうか……」

「うーん……魔獣の卵、レイガスの件に関しては別で考えるほうがいいかもね。と言うよりも、個人の目的と集いの目的が入り混じってのこの状況だろう。魔獣を、魔竜を作りたい。それから白衣のゴートマンは……なんだろう。人を殺したい、なんて願いでもあるのかな。それを取り払えば…………ううん、王都転覆でも狙ってるのかなぁ」

 そりゃまた大それたテロリズムなこった。だがしかし、個人の目的と集いそのものの目的を別に考えるという彼女の前提条件は、とどのつまりあの組織は統率が取れていないんじゃないかという推測でもありそうだ。ううむ……問題行動ばかりの集団、か。それで勝手に自滅してくれれば良いけど、どいつこもいつも危険な行為を躊躇無く繰り返しているだけってのが本当に厄介だ。

「人を殺すのが目的…………ですか。あの……そういえば、なんですけど。魔人化したエンエズさんも、私を殺すことに執着していましたし……」

「っ。バカミラ、変なこと言うな。あれは……逆恨みだし、あの男にそういう感情を捏造させられたとか、きっとなんらかの面倒な事情があったんだよ。そういうこと……あんまり言うな……」

 ミラはしょぼくれた顔でごめんと呟いた。いや、ミラは悪くない、僕の気にし過ぎだろう。でも、自分が殺されそうになったとか、自分を殺そうとしていたとか。そんなのミラが自分で言葉にする必要は無いんだ。ましてや自分を殺す為に……だなんて。聞きたくなくて割って入ったけど……身勝手だっただろうか。

「そうだね、アギトの言う通りだ。あの錬金術師は、なんらかの理由で怒りを増幅させられた。その結果、怒りの根元がなんなのか、それが正当なのか。考える能力を奪われ、妄信的に怒っていたのかもだ。だからあんまり悲しいことを言わないで」

「……はい。でも、ひとつだけ共通点が見えてきました。これまでに出会った集いと関わっている人々は皆、一様に何かを恨んでいます。術師を、統括元素使いを憎んでいるあのふたりと…………まだ何を憎んでいるのかは分かりませんが、あの白衣のゴートマンからも嫌な感情が溢れている様に感じました」

 恨み……か。じゃあこんな仮説はどうだろう。集いの狙いが王都……ないしこの国だったとして、みんな一様に国に対して不平不満を抱いていた、と。エンエズさんはちょっとだけ違うけど、それはあのゴートマンに唆されたってことで。どいつもこいつもおんなじ名前を名乗っている中で、彼だけはそう名乗らなかった……個人的な恨みだけでやっていたから、とか。発表してから不安になって来た、こんな推理は無理があるかな?

「…………成る程ねぇ。国に対しての恨みつらみ、か。はぁ…………否定出来ないな、それは。この国は多くの犠牲を出しながらここまで大きくなった。多くの人々の犠牲を積み上げ、さらにその上にレンガを積み上げて建てられた城だと思っていい。正直、今の王政に不平不満を持つ人間がどれだけいるかと問われると…………はぁぁ……」

「そ、そんなにひどい王様なんですか……?」

 ミラも僕も揃って首を傾げていた。僕が傾げるのはしょうがない。けど、ミラまで分かってない風なのはマズイだろう。お前さん、この国の中のひとつの街で長になるんだろ? 国の状況くらいは把握しておけよ。っと、突っ込むのもまた野暮な話か。ミラはそれを知る為に旅をしてるんだし。

「…………良い王様ではあるよ。この国をここまで大きくしたのは、間違いなく現王の功績だ。この国がまだ滅んでいないのも、魔獣の勢力がまだこの国の周辺を食い尽くしていないのも。手腕も能力も、あまり褒められたやり方じゃないけど、人望も。間違いなく諸外国の為政者と比べて頭ひとつ……ふたつ抜けていると言ってもいいだろう」

「じゃあなんでそんな不平不満が……」

 やり方の問題だよ。と、マーリンさんはなんともまあ深いシワを眉間に刻んで溜息をついた。これは……あれか? もしかして、無茶する王様のフォローでいつも苦労してる、とか。あれ……? マーリンさんはむしろユーリさん達に苦労かける側だった気が……

「…………アギト。不敬罪をそろそろ適応してやってもいいんだぞ、まったく……そりゃ僕もわがまま放題やってるけどさ。比じゃないよ、僕なんて。あの王様はガキ大将なんだ。何もかもを武力で解決してきた、そして今も明日もその先もそうだ。やりたいことを押し通す為になんでもする。それが出来る力も、どんな手段を以ってしてでも手に入れる。早い話が独裁者。一応議会はあるけど…………はあ…………」

「…………あるけど……な、なんですか? いや……でも聞くのも怖いな…………」

 目の前にいるのが本当にいつもニコニコしているマーリンさんなのか疑わしくなるほどどんよりとした空気だ。さっきからため息と愚痴しかこぼしていない。けれど……うう、怖いけれど聞きたい。聞いた先で何があるでもなさそうだけど……聞いておきたい。っていうか……ミラがどうしても聞きたそうな顔してるし、僕の反対意見でそれを押し潰すのも…………ううん……

「……あまりこの国に失望しないでね? この国には確かに議会がある。王様の独断で法が変わらぬように、みんなで話し合おうと政治家を募っている。それは貴族だったり、優れた成果を出した有識者だったり。僕みたいなイレギュラーもいるけど、基本的にみんな優秀で素晴らしい人材だ。あれだけの能力者が揃っていればこの国も普通は安心安全なんだけど……」

「…………けど……?」

 けど。と、勿体つけているわけではなさそうだ。辺りをキョロキョロと伺っているのは、それがあまりおおっぴらに聞かれたくない話である証左だろう。僕もミラも彼女のそばに近寄って、その続きを待った。

「……議会には多数決で王様の決定を否決する権利がある。また反対に、王様にも議会の決定をはねのける権利がある。これが……また…………はあ。厄介なんだ……」

「……決定をはねのける…………議会と王様とでダブルチェックしてるってわけですね。あれ? それって普通なんじゃ……?」

 うん、普通なんじゃね? いや、政治とか全然分からないけどさ。例えば、貴族がお金で他の政治家を買収して多数決を勝ち取ってしまったら、それこそ議会の意味が無いだろう? そういう意味で、多数決の弱点を補って…………いや、全然分かんないけどさ。せめて中学校の勉強だけでも理解出来てれば…………っ。

「…………問題なのは、王様がどれだけ決定をはねのけても問題無いことだ。これがさ、投票で決定された代表ってんならそうはいかないんだ。次も選んで貰いたいからね、無茶は出来ない。けど……王様は変わらない。たとえどれだけ支持率が下がっても、死ぬか国が滅ぶまでその椅子に座っている。更に困ったことに、王様には人望があって国民からの支持も厚い。国を挙げての多数決を取れば必ず勝ち上がるだろう程度には」

「…………? 良いじゃないですか。それってつまり良い王様ってことでしょう? あれ? 違う……? 良い王様だからずっといても……あれ? そもそも良い王様じゃないって前提で……あれ、一応良い王様なんだっけ?」

 とても怪訝な目で見られてしまった。い、いかん、混乱してきたぞ。ええと……王様は独裁者で……? でも議会と一緒に法を決めてて……? それから国民からの人気も高くって…………あれ? やっぱり良い王様じゃない?

「…………君は意外とおバカさんなんだね。答えは単純、王様は何をやっても負けないんだ。この国にいる限り、この国の中で争う限り王様は無敵。そんな王様を相手に、下手を打って機嫌を損ねたとして……それ以降に提出する自分の意見が、果たしてきちんと通るって思えるかい?」

「…………ええと……? オウサマ、ツヨイ。オウサマ、フキゲン。オウサマ、ワガママ。ええっと…………それって……」

 ミラはなんとも萎れた顔で俯いていた。ご、ごめんなさい……まだ僕ピンと来てないです。ええと、王様の機嫌を損ねたらマズイのか……? そりゃなんで…………なんでだろ。

「王様の機嫌を損ねたら、もう二度と自分の意見が通らなくなる。王様はひとりで議会の決定に立ち向かえるからね。となったら……政治家達は王様の機嫌を損ねないようにするしかない。議会が王様の決定を否決することは殆ど無くなり、また王様による理不尽な否決にも誰も文句を言えない。議会はあるものの王様のひとり勝ち、何をやっても王様の思うがままなわけだよ」

「…………ええ……? それって議会の意味あるんですか?」

 無いから問題なんだろうがーっ! と、マーリンさんは鬼の形相でミラよろしく飛びかかって噛み付いて来た。やめっ…………それはダメだよ⁉︎ ミラだから……小さくて可愛い妹だから許されてるけど、アンタがやったらそれもう…………もういかがわしい行為になっちゃうだろっ(混乱)⁉︎ 思いもよらぬ形で知ることとなったのは、この国の歪んだ在り方。民主主義なんて見当たらない、ジャイアンも真っ青なジャイアニズム帝国に僕らはいるらしい。王政だから帝国じゃなくて王国……? 分かんないよ、僕には…………


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