表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転々  作者: 赤井天狐
異世界転々
320/1017

第三百二十話


「さあ! 出発しましょう! 目指すは王都! 進路は北方! ふたりとも早く早く!」

「…………テンションたけぇな、おい……」

 朝食を終えた僕らは宿の前でやいやい騒いでいた。いやまあ、ぱたぱた動き回ってはしゃいでるのはミラだけだけどさ。あ、はい。邪魔になってるのは重々承知しております。はい、すぐに移動しますんで、はい。

「こほん。やる気に満ち満ちてるところ申し訳ないんだけど、今日は出発しないよ。僕達は確かに王都に急がなくっちゃならないが、同時に魔人の集いを追わなきゃいけない。それと、あの馬車についても調べなくちゃ。そのどちらとも接触したんだ、放置は出来ないだろう」

 そうだったと言わんばかりに苦い顔をして、ミラは今にも走り出しそうな落ち着きの無い両足を揃えて地面につけた。言わんこっちゃない、やっぱりこいつ浮き足立ってるな。

「本当は数日様子を見たいけどね。部下を呼んでるから、引き継ぎをしたら出発したい。したいんだけど……残念ながらキリエの件も放っておけない、ちょっとだけこっちに来るのは時間が掛かるだろうね。だから、今日は出来るだけのことをやってしまう日だ」

「……キリエの件、そんなに悪いんですか?」

 最悪も最悪。と、げんなりした顔でマーリンさんは溜息をついた。非合法な荷物と言っていたっけ。魔人の集いが危ないってのはもうそんなの見たらわかるけど、密輸品がどうのこうのは僕にはよく分からない。うーむむ……そこら辺は政治に一枚噛んでる彼女だからこそなのか、それとも……僕が不甲斐ないだけなのか……ぐすん。

「そんなわけだ、今日はゆっくり休みつつ調べものをしよう。あの馬車はここから出ていたのか。あの魔獣はここらに住み着いている野生のものなのか、集いのものなのか。それに……また来るかもしれないゴートマンについても要警戒だ」

「っ。もう……負けません。次は魔力切れでも勝ってみせます」

 いやいや、魔力切れじゃ打つ手なしだろ。と、勇ましいプニプニほっぺをつっつくと、それは怒りを露わにして噛み付いてきた。馬鹿にしないで! 今の私は勇者様の力を持ってるんだから! と、そう言いたげな表情をしている。うーん……あんまりいい兆候じゃないよなぁ。

「……ミラ。勇者様の力はいいけど、あんま無茶すんなよ。お前になんかあったら俺はどうすりゃいいんだよ、ってな。お願いだから無事に帰ってきてくれ」

「分かってるわよ。アンタを守る、アンタのところへ帰る。約束だもの、破るわけないじゃない」

 やっぱりちょっとだけ昔に戻ったような気がする。いや、だから昔ってほどじゃないんだけどさ。レヴの一件、アーヴィンでの一件以前の見栄っ張りで抱え込むばかりのミラに。あまり頼ってくれなかった頃に戻ってしまったようだった。でも……

「…………約束だからな」

「もう、何度も言わなくても分かってるわよ。えへへ、バカアギト」

 甘えるもんは甘えるのな。頭を撫でてやれば目を細めて抱き着いて来る。抱き締めてやればグリグリと頭を擦り付けて来る。うん、甘えん坊なのは変わらない。いや……前から甘えん坊だったから、そこは割と一貫してるのか……?

「ほら、ふたりとも。往来の邪魔になるよ。さて、じゃあ聞き込みといこうか。念には念を入れて、時間もあるし三人仲良く一緒に行動しよっか」

「はーい。えへへ、マーリン様―っ」

 あっ、お前…………お兄ちゃんはもういいの……? ミラは僕のことなど簡単に切り捨てて、今度はマーリンさんへ…………柔らかくて気持ちのいいマーリンさんへと抱き着いた。くっ……兄離れが近いという悲しさと、羨ましさとが激しくぶつかり拮抗して…………ぅおおおっ⁉︎ ちょっ……ちょちょちょっ⁉︎ ミラさんそれはまずい! 勢いよく飛びついたもんだから、襟元がたわんで緩んでしまっているッ‼︎ 谷——ッ‼︎ 山間部が……ッ‼︎ 深い深い渓谷が露わにッッッ‼︎ 僕の中の感情は、興奮…………そっち方面への興奮一色となっていた。

「えへぇ……マーリンさまぁ…………やわこい……にへへ」

「よしよし、甘えん坊さんだ。でもね、ミラちゃん…………その、なんだ。こう大っぴらな場所で揉むのはやめたまえ、流石にお姉さんにも羞恥心はある。ギュってしてあげるから揉むのは……こらこら」

 うおぉぉ…………ぉおおおぉぉ…………っ! ミラが手を動かすたび、首元から覗く魅惑の谷間が左右に揺れる。くっ…………もうちょっと……自然にのぞき込めるくらいの身長があれば…………っ! どうして僕はこう小柄なんだ! この高さからじゃあんまり見えない…………もうちょい…………っ。もうちょっとで…………いや! 違う! 見えないからこそ真のエロスがあるッ‼︎ 見えそうで見えない、でもたまにちょっとだけ見える。そんなチラリズムが僕達の心を踊らせるのだ! 馬鹿野郎! 見えるもんなら見えた方が嬉しいに決まってるんだッッッ‼︎

「……アギト。もうちょっと隠しなよ、流石に。女の子にそんな目を向けてると嫌われるぞ」

「ッッ⁉︎ ちがっ……べっ、別に見てないですけどっ⁉︎ じっ、じじじ自意識過剰なんじゃないですかねっ⁉︎」

 そういうのいいから。と、マーリンさんはちょっとだけ恥ずかしそうに緩んだ襟元を片手で引っ張り、その蠱惑的でかつ神秘的な渓谷を隠してしまった。だが……良い。そうだ、それこそが至高。ずっと貴女に足りなかったものだ。羞恥心の無い露出には価値が無いのだ……っ! そのリアクションだけで僕はご飯三杯いけます。ごっつぁんです。はっ⁉︎ 見たこと無いくらい冷たい目で見られてる⁉︎ ごめんなさい!

「…………君って欲望に忠実な割には手を出さないよね。見上げた自制心と捉えておくべきか、それとも…………」

「やめてください。ヘタレとか言わないでくださいそれは言っちゃダメなやつです。本当に勘弁してください、ごめんなさい」

 自分で言っちゃてるじゃないか……と呆れられてしまった。だって……ぐすん。ええ、自覚はしておりますとも。というかヘタレでなかったらこの歳まで童貞してないわい。ミラは何のこっちゃ分かってなさげに、キョトンとした目を僕に向けていた。ううっ……つぶらな瞳しやがって。抱きに抱いた邪心にものすごくクリティカルヒットする。うう……ご、ごめんな。お兄ちゃんも思春期だから、そういうのに興味あるんだ。仕方ないんだよ!

「こらこら……ミラちゃんってば。そ、そんなに気に入ったのかい……?」

「むぐ……はい! えへへぇ……この世のものとは思えない柔らかさ、暖かさで……えへ……それにマーリン様の匂いでいっぱいです…………でへへ……」

 この世のものだよ、今お前が気持ちよさそうに揉んでるんだから。でも……そうか。クリフィアのベッドよりも、キリエのベッドよりも柔らかくて気持ちがいいのか。そうか…………そうかぁ…………っ。なんで……っ! なんであの時のことを僕は覚えていないんだ…………ッ!

「……しかし、すっかりそこが定位置になってきたな……もうお兄ちゃんは要らないのか……?」

「んむ……んん……マーリン様がずっとこうしてくれるなら……そうね…………」

 あまりの出来事に僕は膝から崩れ落ちた。そんなこと無い! アギトはアギトだもの、一緒にいてくれなきゃ嫌! って。そんな返事を期待しての言葉だった。これが、ミラを試すようなことを言った罰だろうか。あれ……? なんだろ、目の前が真っ暗だ。何も見えない……滲んだ水彩画のように景色がぼやけてしまって……

「冗談よ、泣かなくてもいいじゃない」

「っ! ミラ……っ! って……まだ離れとらんのかーいっ!」

 きっとそのセリフは僕に手を差し伸べながら言ってくれたもんだと思ったのに、まだミラは幸せそうな顔で谷間に埋もれていた。くっ……そういえば、心なしか適当に言った感じだった。これはどういうことだ、どうして僕の妹はここまでおっぱい星人になってしまったんだ。母親の愛情を知らないから? いやでも、それ言ったら父親との思い出も無いんじゃなかったっけ? 僕じゃお父さんにはなれないから……もっと頼りになる男になれば……帰って来る……っ?

「はいはい、君達。ふざけるのはここまでにしなさい。ミラちゃんも、そろそろ手を離さないと怒るよ。抱き着くのはいいけど揉むのはやめなさいってば」

「っ⁉︎ ご、ごめんなさい! つい……」

 怒るよ。と、言われてミラは慌てて両手をお山から離した。敬意も忘れてしまうほど気持ちよかったんだ……じゃなくて。申し訳なさそうに二歩後退ってマーリンさんから離れたミラを、彼女はニコニコ笑って抱き寄せ直した。なんだよ! まだやるのかよ! いい加減返してよ! 僕の妹だぞ!

「大丈夫、まだ怒ってないよ。ところでアギト、君もさっきからなかなか不敬な眼差しを向けてるけど…………君には怒るぞ、僕は。美少女には寛容でも男には厳しくいくからね」

「っ⁉︎ 違っ……そっ、そそそそんな目で見てませんってば! 男女差別反対!」

 ニヤニヤ笑っている姿に、その言葉が冗談だと……七割くらいの確率で冗談だと思う。残りの三割は…………あの、あれだよ。本当の本当にごめんなさいしないといけないやつ。視線がセクハラと言われてもおかしくない。じゃなくって。いい加減シャキッとして調べ物に取り掛かろうって話。

「ミラちゃん、このまま抱っこがいい? それとも手を繋いで歩くかい?」

「むぎゅう…………だっこ………………ごくり……はっ? あ、歩けます! 自分で歩けます!」

 ミラもやっと気付いたらしい。そう、マーリンさんはこれでも偉い人なのだ。やるべきことをやらずにダラダラと甘えてばっかりいる子には…………お仕置きが飛んできかねない。そう…………お仕置きが…………っ! 僕らはやっと昨日の一件についての調べ物を開始した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ