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異世界転々  作者: 赤井天狐
異世界転々
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第三百十三話


 襲い来る飛行型魔獣との戦闘は終わった。アギトは魔弾を全て撃ち尽くし、私も魔力の大半を使い切ってしまったが、それでも大群の侵攻を跳ね除けた。ぽつぽつと家屋から出てきて安全を喜ぶ人々の姿にそれを確信する。

「…………終わった……わよ……」

「はあ…………はあ…………ああ、途中から何も出来なかった。魔弾無いとやっぱり足手纏いだな……俺……」

 そんなこと無い。と、私は壁にもたれてそのままずるずると座り込んでしまったアギトにそう声をかける。実際のところ、魔具ひとつで何が変わるなんて話は無いのだから。彼は間違い無く強い。いや、どんどん強くなっている。それは肉体的な話でも技術的な話でも無い。精神的に強く、そして……鈍くなっている。初めて出会ったばかりの彼なら、あの大群を前に銃を構えようなんて気にもならなかった筈だ。蛇の魔女と戦った時の彼なら、魔弾が切れた時点で立ちすくんでしまった筈だ。だが……

「……囮、出来てたか?」

「うん、ばっちり。ごめん、危ないことさせて。でも……ありがとう」

 いざ魔弾が切れた後には、吹っ切れて魔獣を引きつけながら逃げ回ることも出来ていた。フルトにいた時の彼なら出来無かった筈だ。驚異的に成長している。いいや、私が彼の神経をどんどん麻痺させてしまっているんだ。彼の成長は、つまり必要に迫られてのもの。彼の中の私がどんどん頼り無いものになっていくから、仕方無く自分の恐怖心に蓋をしてしまっているんだろう。

「…………ごめん……もっと私が強ければ……っ」

 アギトはそんな私の泣き言に笑って頭を撫でてくれる。マーリン様との約束通り、かつての力を封じて戦うことには慣れてきた。しかし……本当にこのやり方で以前ほど強くなれるのだろうか。どんな魔獣をも倒してしまえるという自信はとっくに失った。強さを失った私を、果たして彼はアテにしてくれるのだろうか。

「おっし、ちょっと休んだしマーリンさんのとこへ急ごう。あの人がしくじるとは思えないけどさ、やり過ぎて怒られてたら助け舟を出してあげないと」

「…………バカアギト。ほんと、もうちょっとマーリン様を敬いなさいよね」

 今の彼にはマーリン様もいる。あの人はどうやら、本当に私達に対して善意だけで動いているらしい。勿論、目的が無いわけでは無い。それでも、ただ純粋な好意だけで私達を助け導いてくれている。あんなにも頼りになる人がいて……本当に私は必要なのだろうか。そんな彼に対する不信を抱いてしまう自分を毒突きたくなる。

「その前に、もう少しだけ様子を見ていきましょう。怪我人がいれば手当てをしないといけないし、攫われた人がいないとも限らない。幸い大きな街でも無いし、ちゃんと後始末もしていきましょう」

「ん、おう。そこら辺ちゃんとしてるの見ると、市長として頑張ってた時のこと思い出すよな」

 そう言ってアギトはまた私の頭を撫でた。別に悪い気はしない、しないし…………いいや、むしろ好ましい。ずっと撫でていて欲しいと思うし、毎晩毎晩飽きもせず私を構ってくれる彼の優しさに付け込んでいる自覚もある。だが……やはりそうだ。この男はもう、私をほんっとうに小さな妹としてしか見ていない気がする。そう振る舞ったのだから仕方無いにしても…………ちょっとだけ腹が立つ。

「……アギト、ちょっと後ろ向いて」

「うん、後ろ? なんかゴミでも付いて…………はっ! 危ない危ない……騙されんぞ、ミラ。さては噛み付くつもりだっただろう」

 な、なんで分かったの⁉︎ 別にそういうわけじゃないと誤魔化して、本当か? なんて疑いながらも背中を向ける、無用心で無警戒な彼の首元に噛み付いた。やっぱり噛むんじゃないか! という悲鳴にももう慣れた。彼がもっと本気で拒んでくれれば私もやめられるのだが……どうにも癖になってしまった。噛み心地の良さとか、彼の反応の楽しさとか。

「——っ! この匂い……」

「いでで……? どうかしたのか?」

 嫌な匂いがした。慌ててアギトから飛び降りて周囲を警戒する。まずい、今はまだ。見れば、去っていった危機に喜びはしゃぎ回る人々の姿が増えている。まだ、まだなのだ。

「っ。みんな家に戻って! まだ来ます! 急ぎ避難を! まだ魔獣は来ます!」

「ミラ……っ。まさか……」

 コクリと頷いて、私はまた外に出ている人々に避難をお願いした。ああ、こんなにも察しが良くなって。これもかつての彼なら分からなかった筈だ……いいや、分からなくて良かった筈なのに。私が感知して、私が対処して。私が全部解決していれば、彼は危機に対して敏感になどならなくて良かったのに。だが……それは叶わない。そもそも初めから私ひとりの力では彼を守り切れていなかったのだから、この成長は必然のものだろう。

「…………魔人の集い……っ」

「……おや、また君達か」

 現れたのは、いつか立ち寄った村で出会った白衣の男だった。厳つい声で、昏い目で。私達がここにいることに驚いている様子だった。ということは……あの馬車とこの男は無関係なのか。それとも、あの馬車の目的に私達をどうにかするというものが入っていないのか。ともかく、意外な反応だった。

「……ふむ。名前を聞き忘れたのだった。仕方が無い。祈りは捧げるが、その他大勢とともに葬る形で構わないかな」

「……やってみなさいよ、この木偶の坊」

 揺蕩う雷霆(ドラーフ・ヴォルテガ)——と、私は言霊を口にした。この男からは良くない匂いがする。腐った血肉の匂いだ。いったいどれだけの死体を前にしたのだろうか。白衣を見るに、医者であるという線も捨てがたいが……いいや、集いなどという組織に属している人間が……っ!

「——これまで何人殺した——っ! どれだけの人を殺せばそんな顔が出来る‼︎」

「…………意外なことを問う。たった今あれだけの数の生き物を殺したのは君達だろう」

 私の全力の一撃は簡単に受け止められた。やはりそうだ、この男は強い。それこそ加減をしていては話にならない程に。残りの魔力を考えると、最大出力の強化が一回、それと可変術式での攻撃魔術が一回。リミット無しの攻撃魔術は、およそ使える状態では無い。肉弾戦で決着を付けるか、不意打ちで魔術を叩き込むか。どちらにせよ——

「——っしゃぁあッ!」

「っ! 魔術で身体機能を強化する……というのは、まるで御伽噺の勇者のようだ」

 接近戦の短期決着以外に勝ち目は無い。出せるだけの最高速度で攻め立てると流石に捌き切れないようで、拳も蹴りも何度か直撃させることが出来た。その度に大きく吹き飛ばされる癖に、それでも体勢は崩さず私を睨み付けてくる。まるでゲン老人のようだ。速さでは圧倒的に私の方が優っている。一撃の威力も強化のことを考えれば私が上だ。ただ、技術と打たれ強さに限ってものが違い過ぎる。私の武術は、外敵を殺してしまう為のもの。それを殺さぬように使うとなれば、ただの喧嘩と変わらない程度のものになる。だが……

「……っ! この……っ!」

「そうだ、キチンと躱せ。どういうつもりかは分からんが、私はお前を殺す。お前が私を殺さぬとしても、私はそれを躊躇せぬ」

 放たれるカウンターの一撃は、間違いなく私の鳩尾を貫かんと突き出されていた。こんな小さな弱い体では、本当に一撃で死んでしまいかねない。死への恐怖は嫌という程感じたが、人を殺すのに戸惑いの無い人間という異質に対する恐怖はこれが初めてだ。攻め手が緩慢になる。回避を優先してしまう。たった一撃貰えばあっさりと壊されてしまうという恐怖が、短期決戦を望む私の頭とは噛み合わない行動ばかりを取らせている。

「…………っ。揺蕩う雷霆(ドラーフ・ヴォルテガ)っ!」

 そして、遂に時間切れを迎えた強化魔術をかけ直す。これで残弾はゼロ。この強化が切れるまでに片を付けなければ…………

「……しかし、どうしたものか。あの少年とともに私を殺す気で掛かればどうにかなったかも知れないが、そのどちらもしないとは」

「……バカ言ってんじゃないわよ。アンタなんか私ひとりでとっ捕まえて……っ」

 ふうとため息をつくと、男は構え直してそのまま私に向かって突進してきた。初めてこの男から動いた。明確な殺意を持って、あからさま過ぎるほどまっすぐな攻撃を…………っ!

「…………嘘でしょ……お前……っ!」

「そうだ。私と君とではそもそも勝負にならない。逃げることを選択肢に入れられないのなら、せめて殺す覚悟くらいはしておくべきだったな」

 違う。違う違う違う! こいつは私を殺そうとなどしていない。誰でもいいのだ。誰でもいいから手近な人間を壊そうとしている。私がこの一撃を避ければ、その勢いのまま近くにいる人間を————

「——ミラ——っ」

「————アギト——ッ」

 防御など何の意味も無かった。私の腕は簡単にへし折られ、鉄塊のように硬い男の肩は私の胸を思い切り突き飛ばした。


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