第三百九話
「やっぱりひとり行くのかい? クリフィアへ帰るだけなら、また一緒にキリエまで行けばいいのに」
「いんや、儂はここでいい。やはり誰かと一緒というのは落ち着かぬ。西へ……フルトへ向かえば魔竜の痕跡も見つかるじゃろうて。逆らえぬな、この歳になっても。昨日見えた時から、好奇心が抑えられんのだ」
街から出てマグルさんと合流すると、すぐに彼はここで別れると言い出した。彼の目的……エンエズさんの工房の破棄は成された。それに遺品も取り返した。なら……マグルさんが僕達と行動を共にする理由はもう無いのかもしれない。でも……僕はやっぱり寂しいと思ってしまう。
「お爺さん。良かったらまたアーヴィンまで遊びに来てください。来ないなら私がクリフィアへ伺います。もっといっぱいお話ししましょう」
「ばっはっは。儂を話し相手にご指名とは、本当におかしな娘っ子だな。ああ、いつかまた伺おう。その折にはハークスの老術師にも謁見させて貰おうかの。さて……」
マグルさんは僕に一度視線を送ると、大きな口をにいっと歪ませてそのまま僕らとは反対に歩き出した。頼んだぞ。と、言われた気分だった。彼はマーリンさんの身を案じていた。無茶をする奴だからと、何かあれば手紙をくれと。
「……ミラちゃん、そんなにしょぼくれないの。君は本当に寂しがりだね。よしよし」
「……やっぱり慣れないです。アーヴィンにいた時はこんなこと滅多に無かったから……。フルトでエルゥと別れて、この旅を再開した時にもオックスと別れて。折角仲良くなれたのに、離れ離れになってしまうのは……寂しいです」
離れ離れじゃないよ。と、マーリンさんはミラを抱き締め、そしてそのまま僕のことも手招いた。はいはい、でもそのままは抱き締めないからね。ひったくるようにマーリンさんからミラを受け取ると、思い切りぎゅうと抱き締めた。
「エルゥさんもオックスも、それにマグルさんとも今約束しただろ。また会うんだって」
「そうそう。それに、馬車を使えばアーヴィンからフルトなんてあっという間だ。クリフィアとガラガダはもっと近い。分かってるだろう」
それでもしょげたままのミラをふたりして撫で回し、そしてゆっくりとまた東へと歩き出す。今は振り返る時では無い。エルゥさんもオックスもきっと王都でまた会える。その為にも、今は急がなければ。魔人の集いという不穏分子をそのまま放ってはおけない。全部解決して、荷物を降ろして身軽な状態でまたみんなで。
朝早くに出発して、知った道を進んだ甲斐があったと言うべきか。お昼過ぎにはまたコドリの街に辿り着くことが出来た。ご飯を食べてすぐに出発すれば、今日中にキリエまで戻れそうだ。
「さぁて、ご飯だご飯だ。と、言いたいところだけど……ごめん。ふたりで適当に食べて来てくれないか。僕はちょっとだけ探し物をしてくるよ」
「探し物……フィーネですか?」
うっ……と、なんとも間抜けな声を出して、マーリンさんは観念したように頷いた。流石にそのくらい分かるやい。大丈夫、信じてる、心配なんてしていない。そう言ってはいたものの……うん。やっぱり心配してるよね、当たり前だ。とても大切な、ペットの域を超えた家族のようなものなんだろう。
「……でも、手分けして探そうにも僕じゃなきゃ隠れてしまうだろうしさ。ご飯は食べなくっちゃ、だ。大人は一食くらい抜いても平気だから、また一時間後に合流しよう」
「分かりました。もし何かあれば魔弾を撃ち上げて報せます。マーリン様も、何かあれば合図をください」
ありがとうと笑って、マーリンさんは心配そうな顔のミラをまた撫でた。そして街の入り口で僕らと別れ、また草っ原の方へ戻って行った。
「さて、一時間後だったな。さっさとご飯食べて買い物でもしておくか。保存食もだいぶ食べちゃったもんな」
「そうね。お手伝いしたいけど……私達が近付いたんじゃ逃げちゃうものね……」
やっぱりしょぼくれてしまったミラを引っ張って、僕はレストランを探し始めた。さっきマグルさんと別れたばかりでナイーブになってるからなぁ。これでマーリンさんともお別れだったらどうしよう。とか、そんな不安を勝手に抱いているんだろう。
「大丈夫だよ、まったく。お前を置いて勝手にどこかへ行く人じゃないって。お前だって愛されてる自覚があった上で甘えてるんだろ? あざとい奴め」
「むぅ……うるさいわね」
はっはっは、図星だったか。口数少なに遺憾の意を態度だけで示し、ミラは先を歩いていた僕なんてすぐに追い抜いて、いい匂いがする方へと引っ張って行った。うん、やはりレストラン探しはミラに頼るが吉だな。何ってハズレを引かなくて済みそうだもん。ああ……でも、アーヴィンのあの安食堂の味はちょっとだけ恋しい。全然美味しくないっていうか、不味いに分類されるものだったんだけど。
その後、昼食と買い物を済ませた僕らはマーリンさんと合流し、そしてまたキリエへと進み出す。この調子なら、やっぱり日が沈んでしまう前には辿り着けるかな。
「マーリン様、サンドウィッチを買っておきました。よろしければどうぞ」
「おや、大丈夫だって言ったのに。でへへぇ……ありがとう。可愛いなぁミラちゃんは」
ほら、やっぱりあざとい。紙袋を手渡して、褒めてくださいと言わんばかりの顔でマーリンさんに擦り寄って行く妹の姿に、ちょっとだけモヤモヤする。お、お兄ちゃんにももっと甘えてよ……っ。ここのところマーリンさんに甘えるシーンが増えて来ている。というのも、彼女にミラへの耐性が出来てきたからだ。マーリンさんはずっと望んでいた触れ合いを、ミラはずっと求めていた愛情を。それぞれようやく我慢も躊躇も必要無くなったんだ。だから……けど……まあ、なんだ。
「……ミラ、お兄ちゃんのとこにもおいで。撫でてあげるから……ギュってしてあげるから……ね?」
「ど、どうしたのよいきなり……」
事情とか知らない! 僕も寂しいんだよ! ミラもマーリンさんも困った顔でそんなわがままな僕を見てくるではないか。やめて! なんだかとっても仲間はずれって感じがする! 魔術の話をしてる時は自ずとそうなるんだから、そうでない時くらい僕に親権(?)をくださいよ!
「……君も本当に寂しがりだよねぇ。ミラちゃんより酷いんじゃないか?」
「そ、そんなこと無いですけど⁉︎ べ、別に……ミラがマーリンさんのとこに行っちゃったって……行っちゃったら…………ぐすん」
泣かないでよ。と、呆れたように慰めるマーリンさんと、なんだか嬉しそうなミラとの対比が美しい。ふふん。やっぱり私がいないとダメなんだから。と、僕の周りをうろちょろし始めたミラの愛らしいのなんの。しかし……あれだな。可愛いし、寂しさもなくなったし。けれど同時に…………
「……ちょっとだけうっとおしいな。ミラ、ジッとしてなさい」
「なんでよ! バカアギト!」
思い切り噛み付かれた。ああ……なんだか久しぶりな感じだ。今日はまだ一度も噛まれてなかったからかな。うふふ……痛いなぁ、もぉう。痛いじゃないか、こらこら。痛い…………痛い痛い! いっっっったいってばッ‼︎
「ギブ! ギブギブ! ストップだミラ! 千切れる! 肩が千切れる! 首がもげる!」
「首が…………っ? え……? それ、いったいどれだけ強い力で噛まれてるのさ……? じゃれてるだけじゃなかったの……?」
じゃれてるけど本気なんだよ! 本気でじゃれてるんだ! 死なない程度に、血が出ない程度に。噛み千切らないギリギリで、それでも本気で噛み付いているんだよ。マーリンさんの手も借りてなんとかなだめると、物凄く不機嫌そうな顔でミラは僕から離れてマーリンさんのそばをウロウロし始めた。うう……痛かったことより捨てられてしまった感が堪える。
「……あんまり変なとこで体力消費しないでね。キリエに着いたら、またあの馬車についての対策を考えなくっちゃいけないんだから」
「うう…………それ、そばでじゃれつくタイミング見計らってるそこのバカに言ってください」
あまり馬鹿なことばかりするもんじゃないな。と、とてつもない疲労感を引きずりながら、僕らは予定通り日が沈む直前のキリエに辿り着いた。マーリンさんの案内で、また最短ルート……らしい道を通って屋敷へと戻ってきた。しかし、何度訪れてもこの厳格で厳重な歓迎には慣れない。玄関をくぐった先で並んで待ち構えていた騎士達に、そんな感想を抱かざるを得ない。
「おやすみ。ゆっくり休んで、また明日からもよろしくね」
「はい、おやすみなさい。マーリンさんも今日はちゃんと休むんですよ」
分かってるよ。と、笑って去った彼女の背中を、ミラはなんとも言えない悲しげな顔で眺めていた。また三人で眠りたいのだろう。というか、マーリンさんと一緒に寝たいんだろう。でも、だからといって僕と離れて眠るのも嫌なのだ。嫌だよね? 嫌だと言って。お兄ちゃんと一緒が良いもんね⁉︎ しょんぼりした顔でポーションを作り終えたミラを抱きかかえて、僕はまたふかふかベッドで眠りに就いた。はあ…………僕も出来ればまた三人で……いやいや。




