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異世界転々  作者: 赤井天狐
異世界転々
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第三百八話


 そんなものあったらうちが教えて欲しいでござる。昨晩の友人からの返信が頭の中に残っていた。まあ、そりゃそうだ。でも……そこそこ繁盛してるっぽいし、コツくらい教えてくれよぅ! と、そう思わないでもない。

「…………ん…………んむ……」

 お腹のあたりが暖かい。なるほど、今朝は正面にいるのね。眠っているように気絶していたであろう僕を、それは後生大事に抱えて眠ったのだろう。ああ、うちの妹はこんなにも可愛い。ポンポンと頭らしきところを撫でてやると、不思議と今朝はなんだか感触が違った。ふわふわと絡まってくる長い髪が、今朝はサラサラしっとりとした手触りで…………ああ、そうか。魔術の出力を落としたことが、こんな所にも影響を及ぼしたのか。髪の毛で発電しているって言ってたもんな。マーリンさんが……

「ふふ、なかなか情熱的だね君は。けれど子供扱いされているようで少しばかり不服かな」

「…………うん? はい?」

 うっすらと目を開けると、細く小さな手が顔に伸びてきた。目の前にいたのはミラではなくマーリンさんで、撫でていたのは彼女の黒髪だっ————ッッッ⁉︎

「————ぅどぁああっ⁉︎ なん——っ⁉︎ 何して——」

「あ、僕からあんまり離れようとしないほうが……」

 あまりの出来事に目も覚めるってものだ。そんなまるで、昨晩はお楽しみでしたね、みたいなシチュエーションで目覚めたんだから、当然。驚いたのひと言で済ませられず、僕は思い切り飛び起きて彼女から距離を取ろうと…………して、何かに物凄い力で引っ張られ、鯖折りのように上体を逸らして腰を痛めた。

「いっっっ…………てぇ…………な、なにが……」

「…………むにゃ……すやぁ……」

 お腹のあたりに感じた熱源。それはマーリンさんが柔らかボディを密着させて眠っていたわけではなく、欲張りにも両手で僕らをガッチリと抱きかかえていた愛くるしい寝顔のミラだった。でもね、今お兄ちゃんの腰から鳴っちゃいけない音がしたんだ。出来れば…………痛むんで抱き寄せるのは勘弁して。その…………本当に、いろんな意味で……

「昨晩、君が気絶するように眠ってしまってね。よほど疲れていたと見える。抱えて部屋に戻ったらさ、ミラちゃんが、ずるい! って、飛びついてきてねぇ。えへぇ……そのまま寝ちゃったから、もうしょうがなく……」

「…………ご迷惑をおかけしました……」

 ずるい、じゃないが。何を考えているんだこのアホ妹は。僕が逃げなくなったのを感じ取ると、そのままマーリンさんを抱き寄せ…………いつも通りの場所へと潜り込んだ。あの……それは…………ダメです。

「えへへ……可愛いなぁ、ミラちゃんは…………ど、どうして君は顔を覆っているんだい……?」

「…………そっとしておいてください」

 そもそもが近過ぎるんだよ。いくら仲良くなったとはいえ、この距離で接して良い顔面をしていない。見ろ! この長い睫毛、黒く輝く瞳を! 僕は見れない! とてもじゃないが直視出来ない! 美人と書いてマーリンと読む……のは無理があると思うけど、でもそれはそれはベッピンさんですよ。緊張するに決まってるでしょうが……

「んふふ……でへ、可愛いぃ……」

 いったい何が起きているのだろうか。至近距離で行われている百合百合な行為に、緊張する程度の理由で目は瞑っていられなかった。うっすらと開けた指の隙間、薄目で覗いた先には…………バカ妹がその実りを堪能せんと両手でこう…………わしっと……あの…………も、揉んでらっしゃった…………

「ミラちゃん、お母さんとの思い出は無いんだったよね。僕としてはお姉さんが良かったけど……うん。この子が望むのなら、お母さんでも良いかもしれない……」

「母性本能に惑わされないでください。貴女の目の前にいるのは、もうすぐ十六歳にもなる、市長を目指す立派な大人です。それから、うちの妹を盗らないでください」

 本音がダダ漏れじゃないか。なんて笑うマーリンさんに、僕は内心焦っていた。敵うだろうか。この…………ミラが今幸せそうに揉みしだいている、この柔らかいふたつのお山に。僕のお布団性能で太刀打ち出来るだろうか。抱き枕として、布団として。愛用しているからこそ、代えが効きにくいものであるからこそ……いざその座を奪われたのなら……っ。僕は果たしてこの人から、ミラのお布団の座を奪い返すことが出来るのか……っ。

「ほんと、君達は仲良しだね。えへ……たまには僕も混ぜ…………ぁんっ」

「——————ッッッ⁉︎」

 それは突然の出来事だった。突然過ぎてそれから何をどうしたかをいまいち理解出来ていない。ただ、そうだ。結論から言うのなら…………狸寝入りをしていたミラを思い切りマーリンさんから引っぺがし、僕はベッドから転げ落ちたその先で下腹部を守るように蹲っていた。それは…………それはダメですよ……っ。

「…………いや、ごめん。お見苦しいところを……」

「……いえ、このバカが全部悪いので」

 向けた視線の先、落ちないようになんとか支えたミラのキョトンとした顔を睨み付けて僕はそう言った。多分、僕が暴れた時に起きたんだろう。起きて…………しめしめ、まだふたりとも自分が眠っているものと勘違いしているな? じゃあ、もうちょっとだけマーリンさんを堪能しよう。みたいな思考回路で動いていたんだろう。寝言が無くなったのが何よりの証拠! あと! 寝ぼけてる時は抱き着くか噛むかしか出来ないからな! 多分!

「…………えへ、えへへ……おはようアギト……」

「…………えへへじゃないんだよ、このバカミラが!」

 腰を引いたまま上体だけを起こし、あざとく笑って誤魔化そうとしているバカ妹の頰を思い切り引っ張る。お前は本当にとんでもないことをしてくれたな! どうしてくれるんだ! 向こうはきっとすぐに忘れるし、なんならお前はなんのこっちゃ理解してないだろう。けど、けれど! こっちは大問題なんだよ! 暫く顔どころか姿を視界に入れることすら難しそうだわ! 恐る恐る視線を事故現場の方へと戻すと、申し訳無さそうに口元を手で覆ったマーリンさんの姿があった。大惨事だよ!

「……さ、さて! ミラちゃんも起きたことだし、朝ごはん食べて出発しよう! アギト…………は、もうちょっと待ったほうがいいかな?」

「いえ、食べて来てください。俺は荷物の中にちょっと残ってるもの食べておきますんで。ミラ連れてレストランとか行ってきてください」

 またとても申し訳無さそうな顔をさせてしまった。だが……無理だよ。さっきの今で一緒にご飯なんて食べらんないよ。そんな簡単に出来るならこの歳まで童貞守ってないよ…………っ。モジモジと尺取り虫のように這って布団の中へと潜ると、残っていた温もりと匂いに状況はさらに悪化した。が、とりあえずこの場は凌げそうだった。不思議そうに僕と自分を交互に見つめていたお子ちゃまを連れて、マーリンさんは部屋から出て行った。出て……ひとりっきりに…………はぁ。寂しい。

「…………あンのバカミラが。うう……」

 心頭滅却すればどうたらこうたら、目を瞑っていつかゲンさんに教わったことを頭に思い浮かべる。死なない方法、逃げ延びる方法。今この時にも魔獣がすぐそばに迫っているのだという緊張感。あの時からずっと続いている、すぐ傍に死が存在するという恐怖感。それらをもって抱いた煩悩を上書いて……

「……そういえば、やっぱり覚えてないな。はあ……ラストチャンス……いやいや! 何考えてるんだ! 今は落ち着かせることだけを考えろ……」

 マーリンさんも言ってた通り、僕はやはり瞬殺されたらしい。いや、だって…………しょうがないよ。しょうがないったらしょうがないんだ。じゃなくって! 余計なこと考えるな。うう……ダメだ、一度起きて体を動かそう。歩法の練習もしっかりしないといけないし。

 すうと息を吐いて、ゆっくり腰を落とす。急所をひたすら隠し続ける、致命傷を避け続ける。上手く出来てるかは分からないけど、目を瞑れば今まで迫ってきた魔獣の姿くらいは思い描ける。イメージトレーニングってやつだ。少しでもひとりで逃げられるように——

「っ〜〜〜ッッ⁈ い゛っっっ——」

 身を翻し、上体を真っ直ぐに保ち、半歩の横移動の後に――思いっきりベッドの角に足の小指をぶつけてその場に転げ回った。い、息が出来ない……っ。激痛に悲鳴をあげながら転げていると、バンッとドアが開いてとても不安げな顔をしたミラが駆け寄ってきた。

「アギトっ! どうしたの、大丈夫? やっぱりアンタ無茶してたんじゃないの⁉︎ ねえ!」

「お、落ち着け……足の小指をぶつけただけだから。って……朝ごはんはどうしたんだよ」

 オロオロとしてばかりのミラでは話にならない。ぽんぽんと頭を撫でて、事情の説明はマーリンさんに求めることにした。すると……困ったような笑みを浮かべて、呆れたように説明を始めてくれる。

「……君からあんまり離れたくないってさ。部屋の前で待ってたんだよ。ほんと、仲良しだよね」

「……ミラ、お前……」

 ぎゅうと抱き着いてぐりぐりと頭を擦り付けてくる甘えん坊が、ふと僕の視線に気付いてまだ目やにも付いたままの顔をこちらへと向ける。不安げな顔のまま、心配そうな目を向けたまま。離れまいと、気付けば僕の上に馬乗りになっていたミラを見てしまうと……っ!

「〜〜〜っ! なんだよ、お前は!  可愛い! 可愛いなぁ! よしよーし、みんな一緒がいいもんなーっ! はあ……可愛いなぁ……うちの妹世界一可愛いなぁ!」

「んむ……えへへ」

 可愛い! 大好き! 脳内をそんな感情に埋め尽くされた僕の体は、もう平常運転へと切り替わっていた。一頻り撫で回し、思いっきり抱き締めてやると、ミラもニコニコと笑っていた。甘えん坊でお兄ちゃんっ子なミラと仲良く手を繋いで、三人でレストランへ向かっている最中、離れたくなかったのは、まだ僕をひとりにしておけないという過保護が原因なのでは? という説に辿り着いたのはまた別問題。いいんだよ! それはそれで! シスコンの何が悪い!


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