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異世界転々  作者: 赤井天狐
異世界転々
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第三百二話


 薄暗いジメジメした石階段を抜けると、その先には少し大きな部屋があった。そこかしこに整然と並べられた魔術書や実験道具と思しきガラス製の容器、それに…………三人の術師の表情に、僕はここがエンエズさんの錬金術工房であると確信した。

「……エンエズさんの魔力痕だわ。もう、間違いなく。彼のもの以外存在しない、間違うわけがない」

「……マグルも同じ意見で良さそうだね。見たところ荒らされた形跡は無いが……この研究を求めたのが術師とも限らない。サクッと調べて、ささっと退散だ」

 マーリンさんの言葉を皮切りに、三人は手慣れた様子で部屋の中を物色し始めた。マグルさんは本棚を、マーリンさんは原料をしまっている戸棚を。そしてミラは机と金床を。僕は……また、此処でも役立たずだ。

「アギト、ちょっと手伝っておくれよ。何度も言うけど僕は特殊なんだ。そこのふたりと違って、あんまり世間一般の魔術錬金術に詳しくない。僕の所為で待ちぼうけなんて、ちょっとかっこ悪いじゃないか」

「は、はい。えっと……でも、俺は何をしたら……」

 簡単なお手伝いだよ。と、マーリンさんは笑って僕に指示を出してくれた。ああ、なんでこう変なとこで気が利くというか、気が利かないというか。うーん……そんなに僕って顔に出るんだろうか。目の前にある床から天井にかけて無数に並んだ引き出しを、僕は指示通り片っ端から開けて、中身の少ない所を開けっ放しに……マーリンさんに分かるようにリストアップする。うん、それなら僕にも出来る。出来る指示を出してるんだから当然だけど。

「……しかし、几帳面だったんだな。引き出しの中、薬草だとか薬瓶に至るまで綺麗に並べられてる」

「そうだね、よほど良い師に教えられたらしい。細かな調整や簡潔で見やすい術式を構築するのは、術師の基礎とも言えるからね。普段の何気無い生活にさえその意識が行き届いているってのは、間違いなくここの主人が優秀だった証に他ならない」

 マーリンさんはなんだか嬉しそうにマグルさんを眺めながらそう言った。マグルさんもミラも、もうこちらなど眼中に無い。周りの雑音など聞こえないほど調べ物に没頭していた。あれも資質ですか? と、問うと、そうだね。と、少し困ったように笑った。

「さて、ペースを上げよう。やっぱり僕はあのふたりとは違う。はあ……一応は術師だからさ、ああいう非凡な連中を見るとどうしても劣等感を感じちゃうよ」

「劣等感……ですか。でもミラは、マーリンさんは凄い凄いっていつも煩いですし、事実その魔術は半端なものじゃない。たまに自分はミラや魔術翁達に比べて大したことない、って感じのこと言いますけど……俺からしてみたら本当に、誰よりも凄い魔術師に見えますけどね」

 それはもうしょうがない、大魔導士マーリンさんなんだから! と、なんともまあ嬉しそうに胸を張る姿に、なんだかミラっぽさを感じてしまう。褒めると露骨に喜ぶというか、付け上がるというか。しかし、そんな得意げな顔もすぐにシュンとしてしまって、マーリンさんは手を動かしながらまた話をしてくれた。

「……言っただろう、僕にとって魔術は極める物では無く当たり前にあるものだって。裏を返せば、あのふたり……いいや、世間にいる術師達ほどの熱量を持てていないんだ。探究心と言うべきかな。僕にはそれがない。そういう意味で、僕は凡にも届かない劣等生なんだよ」

「……探究心……熱量、ですか。でも、今のその魔術を会得するのに、それ相応の努力をしてるんですよね。今はそうでも、昔はそれこそミラにも負けないくらい熱心に勉強したんじゃないんですか?」

 君はなんだか恥ずかしいことを平然と言うよね。なんてちょっとだけ照れ臭そうに笑うと、それでもマーリンさんは目を伏せて首を横に振った。

「……僕は特別だったんだよ。魔術を会得しようと思ったことなんて無い。むしろ、捨てようとすら思った程だ。ただ、魔術に対する適応力が高過ぎた。だからあの子よりもずっと多くの魔術を、もっと高出力高精度で扱うことが出来る。そして……あの子みたいにそれを弄くり回して新しい物を作れない」

「……それも才能って言うんじゃないんですか? 望む望まないに関わらず出来るっていう、それもひとつの……」

 マーリンさんは僕の言葉を遮るようにまた首を横に振った。滅多なことを言うもんじゃない。と、優しく諭すように言うと、ふたりの方を少し振り返ってからまた僕の方を向き直した。

「結果としての出来るは才能では無いよ。過程をどれだけ積むことが出来るか、だ。取り組むことが出来る、頑張ることが出来る、没頭することが出来る。これらこそが本当の才能ってやつだ。努力を重ねることこそがもっとも尊ばれる能力。やらなくても出来るってのは、半端な所で成長の止まった愚か者の言い訳に過ぎないよ」

 愚か者、と。その言葉はまるで自分に言い聞かせているようだった。劣等感と言っていたが、確かにそれをひしひしと感じざるを得ない。そうか……こんなに凄い人でも誰かを羨んだり、妬んだり、劣等感に苛まれて自信を無くしたりするんだな。大魔導士マーリンというお得意の名乗りは、もしかしたらそれを振り払うために……

「……お、これまた変なとこから変なものが出てきた。これは……日記、かな。アギト、一旦作業中止だ。ふたりも呼んでこれを調べよう」

「え、ええ……? 人の日記を読み漁るとか、悪趣味ですよ?」

 違うよ! と、物凄く拗ねた顔で怒られた。ずいと詰め寄ってぽかぽかと僕の肩や胸を殴打する姿は、よく見るポンコツマーリンさんのものだった。ふふ……こうしていると本当にクソ間抜けだなぁ。

「……アギト。次は無いよ」

「へっ? 次…………ひんっ⁉︎ うぐ……お、思い出したら…………ぐうぅ…………」

 な、なんでバレるかなぁ。僕のことをギロリと睨み付けて杖の出っ張りをバシンと叩く姿に、かつてのトラウマが走馬灯のように駆け巡る。本当にそれはダメです。本当の本当にダメなやつなので、脅しだとしても気軽に思い出させないでください。男の子として死んじゃうんだよ……っ? 一回地獄を経由して…………男の子じゃなくなっちゃうんだよ…………っ!

 マーリンさんは恐怖と過去の激痛に蹲る僕を尻目に、ミラとマグルさんを呼びに行った。ふたりとも集中しているから難しいだろうと思ったのだが……マグルさんは割とあっさりマーリンさんに気付いたし、ミラは…………ぎゅうっと抱き締められると、調べ物をしている時の真剣な表情は一瞬で崩れ、デレデレととろけた顔でその柔らかい暖かさに顔を埋めてしまった。このおっぱい星人め…………うう……羨ましくなんて…………羨まじぃぃい……っ。

「さて、みんな集まって。ほらほら、ミラちゃんもシャンとして。薬剤が入っている戸棚から出てきたんだけど、この日記をしまう場所としてはいささか違和感があるんじゃないかな? この部屋の様子を伺うに、たまたまそこしか空いていなかったからと、無関係なものを列に加えてしまうような人物とは思えないけど」

「勿体ぶらんで良い。それが取るに足らぬものだとは見過ごせなかったから、こうして儂らを集めたのだろう」

 急かすなぁ。と、マーリンさんはなんともつまらなさそうにマグルさんを睨んだ。そして手近にいたミラの頭を撫でると、ゆっくりとその日記の表紙をめくる。いや……うーん、やぱり悪趣…………うぐっ……な、なんだ……っ? 殺気だけで下腹部に鈍痛が蘇る……ぁぐ……ひぅぅ…………

「……ただの日記……ですね。日付は……まだ春先ですか。もしかして、あの日までのことを毎日つけていたんでしょうか」

「マメな性格だったんだね。きっちり一ページ、毎日欠かさずに書いてるね。ちょっとだけ時間短縮だ。事件のあった日の半月前まで飛ばそうか」

 なるほど、それが才能の差ってやつか。ミラもマグルさんも、なんとも言えない表情で口惜しそうにマーリンさんを見ていた。もしかしたらその間にも手掛かりがあるかもしれないじゃないか。というか、そうでなくても面白い発見が、錬金術の記述があるかもしれないじゃないか。なんて、そんな文句を言いたげに見える。

「……ふたりとも、気持ちは分かるけど今は優先順位が違うぞ。手掛かりが載っていそうな部分を優先して、薄い部分は後に回す。研究者気質も大切だけど、時と場合に応じて切り替えるのも重要だからね」

「でも……うう……読み飛ばすの気持ち悪い……日付が飛ぶのとか、前後の話が繋がらないのとか……ううぅ……」

 気持ち悪い。と、ミラの口から久しぶりに飛び出した気がする。そうでもないかな? だが成る程、いつもいつも気持ち悪いと言っていたことの意味がようやく分かった。え? 今まで分かってなかったのかって? まあ……なんとなーく、ニュアンスは分かってたし。ミラもマグルさんも、そしてエンエズさんも。術師ってのは、全部自分の思った通りの並び順で綺麗に並んでないと嫌なんだな。

「ほら、マグルもページを戻そうとしない……戻すなって、こら! このっ……ち、力強いな! 強情だぞ! 観念しろ! 戻すな……先に進ませろ!」

 なんて言うか……子供なんだな、良くも悪くも。必死の形相でマーリンさんに逆らうふたりを見て、僕はなんとももの悲しい結論に至ってしまった気がした。


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