第二百九十六話
食事を済ませて僕らは宿をとった。からかい半分に、ひと部屋にみんなで仲良く寝泊まりしよう。なんてマーリンさんが言い出した時は肝が冷えたが、まあそこは僕の必死の説得によってことなきを得た。いえ、主に説得したのはミラの方なんだけど。変なこと言うからその気になっちゃったんだよ、甘えん坊だから。
「アギト、またこれお願い。きちんと綺麗に丸くするのよ?」
「はいよ、任せろ。というか、自分の安全の為だからな。嫌でも全力でやるよ」
鉄くずと金床とを僕が受け取ると、ミラはよろしいと小さく頷いて真剣な顔で薬莢を作り始めた。いや、火薬も無しに薬莢と呼んでいいのかは疑問だけど、一応形の上では弾丸における薬莢部分だ。ミラの話では、そこに術式を刻み込んで、引き金と言霊をキッカケに魔術を発動させるとか言ってたっけ。
「…………でも、ほんと不思議だよなぁ。こんな鉄くずがあの雷弾になるんだもんなぁ。いいなぁ……かっこいいなぁ…………」
「あはは。確かに、君の体質を考えれば羨むことなのかもね。しかしこんな魔具を作るのは、世界広しと言えどもミラちゃんくらいじゃないかな? 普通の火薬式の弾丸でこと足りるし、足りないなんて場合は関わらないが正解なわけだし」
はい、ごもっともで。事実、ミラも魔弾に頼って戦うのは避けろと初めから言っていた。あくまでも護身用、威嚇用。そして何より、ミラに危険を知らせる為の物として渡されたのだ。フルトで始めて使った時から考えれば、それなりに威力も落ちて……もとい、本来の威力に戻っている。尚更頼りきりになるわけにはいかない。うう……あの短刀の魔具が魔力切れを起こしたのが痛い…………
「……しかし、良かったんですかね。お爺さん……マグルさん、一緒に泊まらなくて」
「うん、見ての通り偏屈ジジイだ。人と合わせるとか、一緒に行動するなんてのは性に合わないんだろう。それに…………そうだね、染み付いた習性ってのは抜けないもんだ」
ソレってつまり、僕らと一緒だと落ち着かないってこと? と、悪気や他意もなく尋ねると、マーリンさんは笑ってそういうことと頷いた。まあ仕方ないのかな。迫害されていたと聞くし、今もひとりであの小さな小屋に寝泊まりしているんだ。僕だって今更ミラと別々で眠れって言われたら困るし、かといって代わりにマーリンさんが抱き着いてこようもんなら…………い、いかん。
「アギト、ソレが終わったらちょっと僕の方も手伝ってくれないかな。お株を奪うわけじゃないけど、僕もひとつ魔具を作ってみようと思ってね。君の為だけの特注品だ、キチンと体にフィットするようにしなくっちゃ」
「マーリンさんも魔具を…………? それはありがたい限りですけど、いったい何を……?」
まだ内緒。と、勿体付けるように笑う姿に、やはり子供っぽいと思ってしまう。なんだろう、体にフィットするってことは……鎧みたいな? でも、革鎧をついこの間買ったばかりだしなぁ。靴とか? 稲妻の如く高速で走ることの出来る靴。コーナーで差をつけろ。うんうん、それってつまりは強化魔術だよね。靴ではなさそうだな…………
「アギト、手が止まってるわよ。しっかりやんなさい」
「うっ……ご、ごめんなさい……」
うぐっ……余計な考えごとしてたら怒られた。ミラに怒られるとこう……結構堪えるんだよな。見下してるとかそういう意味じゃなくって。可愛い妹に幻滅されてしまった感があって。うう、お兄ちゃんを嫌いにならないで…………バカなこと考えてないで手を動かそう。
鉄くずを丸め終わると僕の仕事はとりあえず終わり。ミラに全部預けて、今度は約束通りマーリンさんの手伝いだ。はて、本当に何作るんだろう。どんなのだろう、刀とかがいいなぁ。こう、炎とか氷とかがごわぁーっ! と出るような。派手なのがいい、そして強そうなのがいい。
「マーリンさん、どんなの作るんですか? 教えてくださいよ」
「ふふ、だから内緒だって。ほら、手が空いたならちょっとそこに立っておくれ。採寸するから」
採寸。ってことはやっぱり身に着ける物か。うーん、なんだろう。服かな、靴かな。いい加減上着を準備しろって話かな。別に寒いと思ってないけど、これから急に冷え込むから備えておこうみたいな。わーい、おばあちゃんの手作りちゃんちゃんこだ。あったかーい。みたいな。
「よーし、じゃあ両手上げて真っ直ぐね」
「はーい…………ち、近いな……」
そりゃ採寸するんだから。我慢しなさい。と、ちょっとだけ呆れた顔でマーリンさんは僕の鼻をつまんだ。や、やめてよ! 不要なボディタッチは本当にやめなさい。その気になるぞ、いいんだな。はあ、いつになればこの人は僕をからかうのをやめるだろうか。いや別に…………満更では無いけど。うん……美人だし、嬉しいというか…………ほら、ね?
「……ふんふん、おやおや。ちょっとだけ筋肉ついたみたいだね。太ももと二の腕が少し太くなってるよ。いやいや、若さっていいねえ」
「ほ、ほんとですか? いやぁ……そっか、まあ……ふふふ……」
本当に⁉︎ 嘘じゃ無いよね⁉︎ と、何度も確認すると、ちょっと呆れたように笑って、嘘ついてどうするのさと今度は頰をつつかれた。そ、そうか……ふふ。筋肉ついたか。ふふふ……過酷な旅だからね、鍛えられて当然。ふふふふ……嬉しいなぁ、なんだか。逞しくなったんじゃないの? みたいなね。もしかして、さっきミラが僕を硬いって言ってたの、筋肉がついたおかげだったりして。
「ま、流石にこの短期間で背は変わらないか。でもまだまだ伸び盛りだ、ちょっと大きめに見積もろうかな。てなると…………」
「あのー……やっぱりまだ教えて貰えない感じです?」
まだだよーと頭を撫でられた。あの、本当に何作ってるんです? あと、頭撫でるならもうちょっと満足するまできちんと撫でて。中途半端はやめてよ、ムズムズするじゃないか。今ならミラの気持ちが分かる…………撫でられるの気持ちいい…………
「アーギトっ。ん……何してるの? ボーとして」
「うおぅ……危ないな、いきなり飛びつくんじゃないの。よしよし」
お預けを食らってしょぼくれていると、ミラに背後から飛びつかれた。危ないな、お前は。えへへと笑う可愛い妹を撫でてやると、いつも通り首元を甘噛みしてきた。はあ……なんて可愛い妹だ。ため息が出ちゃうよ。でもね…………甘噛みからマジ噛みに移行するのはよくない癖だよッ! いっっったいってばッ!
「よーし、アギト………………な、何してるの? 僕が目を離した短い間にいったい何が…………」
「…………気にしないでください」
どうやらマジ噛みは気分がいい時にもやるらしい。嬉しそうにニコニコ笑いながら僕の首元に噛り付いているちびっこの姿に、マーリンさんはちょっと引き気味に笑いかけていた。うん……どうしてこの子はこんなにも野性味にあふれているんだろうね。ぎゅうううと思い切り抱き着いているだけなら可愛いのに、それが獲物を逃さない為のホールディングなんだからおっかないよね。
「……まあ、君がそう言うなら。でも、ちょっとだけアギトを貸して欲しいな。あとで目一杯ぎゅーってしてあげるから、ね。ほら、ミラちゃん」
ははは、そんなので釣られるかいな。ミラはな、僕に噛み付くのが本当に好きなんだ。見ろ、この幸せそうな顔を。いくらマーリンさんがふわふわもちもち柔らかボディであったとしても、この噛み慣れたおもちゃを手放す様なミラじゃ…………
「っ! えへへ、絶対ですよ! えへへぇ」
「ッッッ⁉︎ ミラ…………お前…………っ」
そんな……っ。裏切るのか…………? お前…………あんなに嬉しそうにしてたのに……あっさり裏切るのか…………っ! マーリンさんの言葉に目を輝かせて僕から離れて行ってしまった妹を見て、僕はもう世界の何をも信じられなくなりそうだった。そうか……そうだよね…………硬くて男臭い僕より、柔らかくて甘い匂いがするマーリンさんの方がいいよね。そう…………だよね…………ぐすん。
「…………ミラちゃん、あとできちんと謝っておくんだよ」
「へ? ど、どうしたんですか……?」
なんでもない。と、マーリンさんは無邪気なミラの頭を撫で、何かを後ろ手に隠して僕の方へとやってきた。その目はなんだか哀れみに満ちていた。やめろ! そんな目で僕を見るな!
「ほら、アギト。ちょっとだけしゃがん…………うぐぐ、なんだか君の方が背が高いって屈辱感あるんだよな」
「ちょっと、なんてこと言うんですか。そりゃマーリンさんだって小柄だし、そもそも男と女で体格差があるのはしょうがないでしょうに」
でもなんだか嫌なの。と、理不尽にも僕は頭を押さえつけられる格好でしゃがまされた。納得がいかない。でも…………ほほう。ふむふむ、これはいい眺めですな。ちょっとしゃがんで背が逆転したことにより、僕の目の前には二つのお山がそびえ立っていた。あっ……これ、立てなくなる奴だ。
「……って、それですか? ええ……それなら別にしゃがまなくても自分で着けられたのに。っていうか採寸した意味……」
「なんだよう。僕が直々に着けてあげるんだから、ちゃんと光栄に思えよな」
マーリンさんが勿体付けてまで披露したのは、小さな青色の石がはめ込まれたネックレスだった。いやいや、着けて貰った上にこんなにも絶景を拝ませて頂いたんで、一切文句は無いんですけれど。でも……採寸した意味は?
「これで……よし、と。アギト、いざという時に言霊を唱えるといい。あんまり回数は使えないから、無駄遣いは厳禁だぞ」
「…………え? これ、結局なんなんです? ねえ、マーリンさんってば」
それは有事のお楽しみってことで。と、なんだか嬉しそうに僕の頭を撫でて…………あ、もっと…………もっと撫でてぇ…………じゃなかった。ニコニコ笑うマーリンさんに、ちょっとだけ不穏な空気を感じる。っていうかさ……有事の際に使うものなら、なおさら説明くらいしておいてよ。ねえ。




