表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転々  作者: 赤井天狐
異世界転々
286/1017

第二百八十六話


 ミラは泣きながら懺悔を繰り返し続けた。いったいどんな罰を与えられたっていうんだ。いつも優しい、むしろ甘いと言わざるを得ないこのマーリンさんが。いったいどれだけ厳しい罰を…………っ。

「…………さて、ミラちゃん」

 もうとっくに……いいや、僕の前ではずっと。優しい顔のいつもの彼女に声をかけられているにも関わらず、ミラはその声にビクビクと怯えながらゆっくりと振り返る。本当にどんな罰を与えたんだ、この人は。

「………………アギト。だから睨まないでってば。別にこれ以上何かするわけじゃないし、そもそも僕は怒ってない。あの本についてちょっと相談があるんだ」

「あの本……? そうだ、あれ……アーヴィンにもあったよな。その……レアさんの名前は削られてたけど……」

 ミラが出来心で盗もうとしてしまった本。それは確かにかつてアーヴィンの図書館で見つけた物だった。まあレアさんと街の経緯を思い返せば、著者名を無くす……隠すのには違和感も無い。だが……そう。それだけでミラがわざわざあの本をそこまで欲しがるかという疑問はある。お姉さんが書いた本とってだけでは無い何かがあるのだろうか。

「ん、アギトは知らないか。あの本は禁書指定が入っているんだよ、確か。出回ってるのは途中数ページを削られた物だけ。だから、綺麗に最初の形を残しているのはここにある一冊だけなのさ。ミラちゃんじゃなくても術師なら誰もが欲しがる、文字通り一点物のお宝なんだよ。多分」

「…………なんでちょこちょこ不確かなんですか」

 マーリンさんは僕の問いに目を逸らした。なにかやましい事情でもあるのか、それともまたポンコツを発揮しているのか。分からないが……だが、成る程それならまあ。お姉さんの残した本の完全な形を手にしたいというのなら、動機としては納得がいくかもだ。

「僕も一度目を通しただけだし、著者なんていちいち覚えていないからさ。うん、だから今回の一件は僕のそういっただらしなさが引き起こしたと言ってもいい。我ながら間抜けだったと思うよ」

「っ! いえ! 今回の件は全部私が……っ」

 ああ、そういうことを言いたいんじゃ無いんだっ! と、マーリンさんはしょげるミラに慌ててフォローを入れた。著者を覚えていない、とか。一度目を通しただけ、とか。うん……? えーっとだな、うん。僕が覚えている限りだと……あの本って嫌でも頭に残る物だったような気がするんだけど。

「ミラにフォロー入れて機嫌取ろうったって、流石にそれじゃ信憑性が薄いですよ。術師は好奇心で生きてるって、嫌という程目にしたから分かってるんだ。それがあんなトンデモ発言から始まる本を、一度しか読まないなんて、それに著者に興味が無いなんて話がありますかね」

「……君も随分痛いところをつくね。でも二度も読んでいないのは事実だし、著者には本当に興味が無かった。僕はちょっとだけ他の術師とは違うんだ。ミラちゃんや魔術翁とは根本が違う、僕にとって魔術は極めるものでは無くて、当たり前に存在するもの。生きる目的では無く、手段なんだよ」

 な、なんだそのプロフェッショナルな発言。言われてみれば、魔術翁やらクリフィアの研究狂い達に囲まれて怯えていたこともあったような。でも……いやいや。あんな全方位に喧嘩売ってる本を前に、一度しか読まないなんてあるまい。

「…………なんだか信じてないな、君。確かに面白い内容ではあったさ。魔術の極致、自然への到達を現実的な物に感じさせるだけの凄みはあった。禁書指定が入るわけだよ。でもそれだけだ。大体、僕の存在が世の術師に喧嘩売ってるような物だからね。スペシャル過ぎて片田舎の術師の世迷い言なんて気にならなかったのさ」

 ふふんと鼻を鳴らし得意げにそう語る彼女を、ミラは少しだけ不安そうに見つめていた。何か言いたいんだろうか。しかし……はて。さっきから禁書禁書と言われているんだけど……

「…………あの、マーリンさん。禁書ってどういうことなんです? それに……じゃあなんでそんなものがここにあるんですかね?」

「うん、禁書指定は内容が過激だったからだ。記されてる実験方法を繰り返せば確かに自然へは至れそうだけど、代わりにこの世から術師が滅びかねない程危なっかしいものだった。だからそこだけ削り取った。でも、本人に尋問でもして聞き出した情報を広められても困るから、結局著者名も削ったのさ」

 でもそれはそれとして素晴らしい内容だったから、その一族の名誉の為に家の名前だけは残しておいたらしいよ。なんて、やっぱり不確かな情報を教えてマーリンさんは僕の頭を撫でた。どうしてさっきから、らしいとか多分とかそんな言い方ばかりなんだ。本当は知らないんじゃないだろうか。

「で、どうしてここにそんな物があるのか、という話だね。元々は贈り物……汚い言葉を使うと、賄賂としてやってきたんだよ、どの書物も。ただここへ……僕の部屋へ入ってしまえば最後、ここは突然無法地帯となる。なにせ僕の仕事は王命だからね。つまり僕の仕事道具は王様のパンツと同じくらいアンタッチャブルなんだ。僕に命令を下せる唯一の存在である王様が許せばなんでもまかり通る。で、あのバカ王は禁書だとかそんな物に興味は無いから……」

「……パンツ…………なし崩し的に手を加えられぬままここに収まった、と。そんないい加減な禁書ってあるのか……」

 この本を贈った奴はしょっぴかれたけどね。なんてひどい小話いい笑顔で語る悪魔みたいな女性を、僕はもう真っ直ぐ見つめられなかった。どうしてそんな惨い話を平然と。しかし色々と腑に落ちた。腑に落ちないことも多々あるが…………今は飲み込もう。

「…………もう、君の所為で話が進んでないじゃないか。そう、あの本についてだ。ミラちゃん。僕は別にあれを君にあげるのもやぶさかではない。というか、君の為ならいくらだって差し出そう。でも……今回だけはそうはいかないんだ」

「…………そうですよね。この件はしっかりけじめをつけないと。ミラの為にもならないですし……」

 違うよ! おバカ! と、僕は何故かマーリンさんに叩かれた。違……えっ⁈ 違うの⁈ じゃあもしかして、この一冊しかないから勿体無くてあげらんないとか言い出すのか? それは……なんだかかっこ悪いんだけど。

「さっきも言っただろう。ここに、この部屋に、僕の管理下にあることで初めて禁書指定の魔の手から逃れてるんだ。ここから持ち出せばあっという間に没収、検閲、削除、返還だよ。今でも見張られてるんだからな、この屋敷。だから、あげたくてもあげられないの」

「あぁー……成る程……」

 むすっと膨れてそっぽを向いたまま、彼女は僕に対する愚痴をぶつくさ呟きだした。いえいえ、申し訳ありませんね、ケチとか思ってしまって。でも……そうか。じゃあミラがおねだりしてもあの本は貰えなかったのか。それはちょっとだけ残念というか。

「……だから、ミラちゃん。君はいつでもここに来ていい。いつかきっと、君には過去の思い出に縋らなくてもよくなる日が来る。でも……それまでの間、それからどうしても寂しくなった日には遊びにおいで。お姉さんとの思い出に触れたいって願いは咎められるものじゃない。君の想いは当然のものなんだから」

「…………良いんですか……?」

 マーリンさんの提案に、ミラはゆっくりと顔を上げて恐る恐る尋ねる。もちろんだよ。と、彼女は微笑んで、少しだけためらって少女の頭を撫でた。二人の間にわだかまりなんて残って欲しくないと思ったけど、そんな心配はするだけ無駄だったらしい。

「……さっきはごめんね。君の罪はもう赦された。もうわがままを言っても良いんだよ。だから、笑って」

 髪を撫で、ほおを撫で。覚悟を決めてマーリンさんはミラを抱き締めた。優しく、優しく抱き締めて頭を撫で————

「——っ⁉︎ ミラちゃんっ⁈」

「ッッッ⁉︎ ミラっ⁉︎」

 頭を撫でるマーリンさんの腕を跳ね除け、ミラはあろうことかマーリンさんの胸を思い切り鷲掴みにした。鷲掴みに……わし…………わしっと…………ああ、ミラの小さな手では収まらない大きなむにむにしたものをわしわしと…………ッッッ‼︎

「〜〜〜〜〜〜っ! んむ……えへへ……やわこい…………」

「ちょっ…………ミラおまえ…………っ! こら、やめなさ……良いなぁ……っ! 良いなぁッ‼︎」

 ちょっと硬い素材のローブを鬱陶しいと剥ぎ取って、ミラはマーリンさんの谷間に顔を埋め、さっきまで真っ青で震えていた顔をニコニコさせながら両手で…………その…………マーリンさんの…………マーリンさんのを揉みしだいていた。良いなあ! 良いなあぁッ!

「ちょ、ちょっとミラちゃん⁈ ど、どうしたんだい⁈ こら、くすぐった……えへぇ……かわいいなあ」

「えへへぇ……やわこい…………ぐぅ」

 そうか、そういえば前兆はあったっけ。いつか眠っているマーリンさんの布団に潜り込んだ時にも、僕では味わえない聖母のような柔らかな優しさに包まれて幸せそうに眠っていたこともあった。そうか…………そうかぁ、そんなに気持ちいいのかぁ…………良いなぁ…………っ。

「くそ……良いなぁ……っ! ミラだけ…………ずるい……良いなぁあ…………ッ!」

「…………アギト。君はそういうの口には出さないタイプだと思ってたけど……」

 だって……だってぇ…………っ! 動く気なんてまるで無いミラと、それを動かせないから動けないマーリンさんと。それからショッキングな物を見てしまって、諸事情あって動けない僕と。三人揃ってしばらくそのまま書斎の床で笑うしかなかった。この日、ミラの肩書きが次期市長でも勇者候補でも無く、おっぱい星人になったのは語るまでも無い。良いなぁ…………ッ!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ