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異世界転々  作者: 赤井天狐
異世界転々
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第二百八十三話


 ミラが大量に、それこそ山の様に積み上げられた魔術書に没頭し始めてから数十分。そんなミラについての話で盛り上がる僕とマーリンさんだったが、不意に彼女が、あっ! などとあまりにもテンプレ通りなリアクションをとって何かを思い出した声で、一瞬だけ部屋の中に完全な沈黙が訪れた。

「そうだ! うっふっふ、そうだそうだ。君に良いものを見せてあげよう。付いて来て」

「良いもの……? って、動いて大丈夫ですか? 別に今じゃなくっても……」

 大魔導士の体力を侮るなよ。と、どこか誇らしげに胸を張り、マーリンさんは僕の手を引いて書斎……もといベッドルームを後にした。ミラはこちらに気付いてなどいない様子だったが、もしふと僕らがいないことに気付いたら………………な、泣いちゃわないだろうか。いつだったかそれでアーヴィンが大騒ぎになったこともあったし……

「……いいですけど、早めに戻りますよ。アイツ、ひとりだけ取り残されたのに気付いたら泣きますよ。多分」

「うっ……そ、それはなんだか胸が痛いな。確かに仲間はずれは可哀想だね」

 でしょう? アイツの寂しがり屋は普通じゃない。だから手短にお願いしますね。なんてやりとりも程々に、マーリンさんは僕を中庭へと案内した。

「…………ここ……に、いったい何が……?」

「うん、ここには何も無い。何も無いが、そうだね。ちょうどいい広さと土の山がある」

 はい。そりゃまあ、見たら分かりますわな。目の前にあったのは……無かったのは、か? そこは本当に何も無い空き地の様な庭だった。一部だけ盛り土がされてて、大体一メートルからちょっと高いかどうか程の山が出来ていた。せめて花くらい植えたらいいのに……

「さてと、ここなら問題無いね。さてアギト。今、君は何を持っている?」

「何って…………魔弾と保存食と水と……あとミラの小物類とか材料とか。ポーションも何本かありますね。え? 本当に何するんです?」

 にぶちんだなぁ、君は本当に。と、なんだか腹立たしいことを言われてしまった。お、お前が言うな! いったいどの口が鈍いだなんて言うんだ! いつもいつも健全な青少年の純情を弄びやがって…………ぶつぶつ……

「……君が持っているのは本当にそれだけかい? 本当の本当に? もう一度全部思い出してごらん?」

「えー……? えっと、魔弾でしょ。瓶詰め、干し肉、水筒……よく分かんない道具と、気持ち悪い色した汁。変な形の木の根っこ。やたら青い液体の入った薬瓶。あとは…………服と鎧とホルスターと……」

 まだ気付かないのか……なんて少しあきれた様子で、マーリンさんは僕のホルスターから銃を奪い去った。ああ、うん。銃も持ってた。でも、それはある意味魔弾とバーターというか、魔弾ありきというか。魔弾が本体みたいなとこあるし。

「……これ、別に魔弾しか撃てないわけじゃないだろ? 確かに手は加えてあるが、元の機構を全て失ったわけじゃない。と、思う。威力は落ちてそうだけど、問題なく使える筈だ。多分」

「…………あー、そういえばオックスもそんなこと言ってた気が。それ一応は本物の銃だったっけ。でもアイツ、普通の弾丸はもう使えないって……」

 使い物にならないのは間違いなく事実だよ。そんなことをあっさり言ってのけて、マーリンさんは銃を僕に手渡した。そしてなにやらごそごそとポケットの中に手を突っ込み、中から小型の……それでもいつも使う魔弾よりは大きな、綺麗に製造された弾丸を取り出した。

「君は何だかんだでそれを使いこなせてないからね。折角だから練習しよう。威力がへなちょこでも、まっすぐ飛ぶなら的当ての練習にはなる。物は試しってね」

「…………おお…………っ。ついに…………ついに俺にも修行パートが…………っ」

 およそ目の前の女性には分からないであろう僕の苦悩が遂に……っ! マーリンさんから弾丸を受け取り装填してみれば、なるほど確かにぴったり当てはまる。変に引っかかったりなんて不具合も無い。これなら確かに…………はて、銃刀法とか大丈夫? ちゃんと見張ってる人がいれば良いのかな? まあ、ミラがポンと買えたんだから良いんだろう……

「よーく狙って。的はあのちょっと大きな窪みにしよう。いつも見てきた魔弾の弾道をイメージして……」

「…………ふーっ。練習とはいえ緊張する。マーリンさん、出来れば離れていただけると。色んな意味で」

 危ないんで。本当に危ないから。そういう……いかがわしい意味の危ないだけちゃうわい。おっとごめんよなんておっさんめいた台詞とともに離れたマーリンさんを確認して、僕は今まで撃ってきた魔弾の中でも数少ない成功例を思い浮かべる。全部肩の力が抜けて……むしろ脱力というか、するっと……こう、アレだ。僕は指導者にはなれなさそうですね。なーんて、ボケを考える余裕がある状態こそが——

「——バラッド・ヴォルテガっ!」

 ガチんっ! と、なんだか間抜けな音と共に弾丸は銃口から放たれ、目標の大きく手前……というか、目と鼻の先に落っこちた。そういえばこんなだったな。おもちゃと間違えてミラから没収したこともあったっけ。

「……思った以上にがっつり威力落ちてるね。ちょっと見せて………………あー、撃鉄を削ったのか。確かに下手な推進力を持たれると魔弾の起動が不安定になりそうだもんねぇ」

「あー……じゃないですよ。もう……うう、ちょっと期待したのに」

 ごめんごめん。じゃないんだよ! こっちは割と一大事なんだぞ! 舌を出して可愛く謝ってもダメだ。かわいいな。絶対に許さないぞ。

「うーん、それと同じタイプがあれば良いけど。仕方ない、銃くらいなら倉庫にあるだろう。それで練習しよう……と、言いたいところだけど。ちょっとだけ遠いから後に回そうか。ミラちゃんが心配だ」

「倉庫って……別荘…………いったいここはなんの為に建てられたんだ……?」

 まあまあ、気にしないの。と、また僕の手を引っ張ってマーリンさんは書斎へと駆け出した。まあ……練習…………させてくれるなら、いいけど。でも本物の銃使うのは怖いなぁ。怖いけど……ちょっと、ちょーーーっと。ワクワクするし楽しみだしウキウキするし待ち遠しい。分かるだろ、男の子は剣と銃が好きなんだよ。

 書斎に静かに戻ると、そこには何やら片付けをしているミラの姿があった。うっ……もしかして僕らがいないことに気付いて……ますね、これは。こちらに気付くとビクッと体を震わせ、何かに怯える様に視線を泳がせた。

「わ、悪いミラ。お前、かなり夢中になってたから声掛けにくくて。大丈夫……か?」

「………………う、うん。大丈夫。ふたりして何してたの……?」

——ああ、なんだこれ。なんだろう、引っかかった。何か…………何かが胸に突っかかる。この感じは初めて……な筈なのに、なんだか見覚えがあるというか。

「魔弾の練習の為に、拳銃の確認をしてたんだ。アギトもたまにはかっこ良いところを君に見せたいんだってさ。それで、好みの本は見つかったかい?」

「…………そうだったんですね。アギト、あんまり無茶……っていうか、下手なことはしちゃダメよ? 本物の弾丸は引き金を引いちゃえばそれだけで放たれるんだから」

————ああ、こいつは今嘘をついたんだ。そしてまた、嘘をつこうとしている。なんで、どうして。視線が泳ぐ。言葉に詰まる。声のトーンが違う、喋ることの優先順位が違う。

「……ミラ…………? お前、もっとマーリンさんの目を見て話してたよな。わざわざ受け答えを考える必要なんて無いくらいしっかりしてて、もっと落ち着いた声色だった。それに……お前、マーリンさんの質問に答えないことって、あったか?」

「っ。あ、アギト……? どうしたの、急に。ちょっと寂しかったから不安になったのよ。いつもいつも私に甘えん坊だの寂しがりだの、アンタが一番——」

——————ああ、気付いてしまった。気付かなければ……いいや、後で気付いたんじゃ手遅れだ。気付けて良かった。さっきまでパンパンに入っていた本棚の本が一冊だけ斜めになっている。こんなの普段なら気付かない、気付けない。こいつの挙動不審が僕の感覚を鋭敏にさせたのだろう。ああ、これはダメだ。それは……ダメなんだ——

「——ミラッ! お前……っ! カバン見せろ、それから両手上げてじっとしてろ!」

「ちょ、ちょっとどうしたのさアギト⁈ そんなに怒鳴って、何が……」

 ミラの腰に提げられているポーチに手を伸ばすと、少女は怯えた様子でそれを隠すように一歩退いた。ダメだ、それは許されない。お前はそんな真似——

「……ミラ、それ渡せ。お前、何したか分かってるのか? いいから、それを出せ!」

「………………っ。それ……ミラちゃん…………?」

 観念したのか、恐る恐る震える手で彼女がポーチから取り出したのは一冊の本だった。別に本くらい持ち歩いててもおかしくない。言い訳されれば証拠を挙げる術も無い。ただ、それでも白状したのは、こいつの正義感がやはり強いおかげだろう。だが……それはつまり…………

「…………ごめん……なさい…………これは……その………………っ」

 気付けば僕はミラの頰を平手でっていた。怒らないといけない。叱らないといけない。勇者候補としてだとか、市長になるものとしてだとか。そんなのじゃない。特別正義感の強いミラだからじゃない。家族として、当たり前のこととして。今はこいつを叱ってやらなくちゃいけない。そんな気がした。ミラは恐怖に怯えた顔で震えていた。


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