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異世界転々  作者: 赤井天狐
異世界転々
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第二百八十話


 はて、昨日は何時頃に眠ったんだろう。マーリンさんの話を聞いて、シャワーを浴びて。ミラをひと頻り撫で回してそのまま布団に入ったのは覚えている。そして今、僕の腹の上におおよそ小さな女の子ひとり分くらいの荷物が乗っかっているのも分かる。うん、あれだ。さてはじゃれてる間に眠ったやつだな、これ。

「…………おはよ。やっと起きたわね、この寝坊助」

「……またかよ。お前なあ……」

 たまに早起きしたくらいですぐにこれだ! 目の前には、大きな目をくりくりさせて僕の顔を覗き込んでいる少女の姿があった。なんなの、僕の腹の上が気に入ったの。背中はいいけどお腹の上は苦しいから勘弁してくれ。そして何よりちょっと早起きしたくらいで勝ち誇るな!

「ぐぐ……苦しいから退きなさいって。ほら、髪梳かしてやるから」

「ふふん、しょうがないわねえ。ちゃんと綺麗にするのよ」

 はいはい、分かってますよ。分かって……いや、なんでやって貰う側のお前が偉そうなんだ。まあ、いいけど。頭を撫でながら手ぐしを入れてやると、ミラは気持ち良さそうに目を瞑ってそのまま僕の上から退いた。そしてすぐに背中を向けて、早く早くと催促するのだった。この感じだとしばらくは毎朝要求されるだろうなぁ。

 髪を綺麗に整え、ついでに僕の身なりもちゃんとして。マーリンさんと落ち合い朝食を手早く済ませると、僕達はさっさと町を出た。長居は無用……というよりも、一刻も早くキリエの様子を見に行きたい。目が冴えて昨日の出来事を思い出せば、そんな気持ちでいっぱいだった。

「マーリン様。その……キリエについてどうしても腑に落ちないことがあるんですが……」

「おや、なんだい? あの街についてはそれなりに答えられるよ。話してごらん」

 キリエについて……? はて、なんだろう。街の様子は以前見た通り、貧富の格差が大きい、二階層に分かれてしまった様な街だった。ミラにとって……みんなが一体になって街を支えているアーヴィンという街の出身の彼女にとって、それはきっと大きな違和感だったのかもしれない。それこそ、どうしてあんなにも寂しい街が出来上がってしまったのかと腹を立てるくらいに。でも……それについては少し聞いた筈だ。もっと踏み込んだ話をしたい……とか?

「ここ……この道です。どうして……どうしてこちら側だけはこんなにもキチンと舗装されているのでしょう。私達が以前歩いた道は、それはもう獣道と言っても差し支えない様な所もあったのに」

 違った。いや、だがその疑問はもっともだ。僕も気付いてたとも、もちろん。嘘じゃないよ。彼女の言う通り、僕らが今歩いている道は、随分古くなって痛んではいるものの、キチンと舗装されて綺麗になっている。だが、フルトから歩んだ道はそうでは無かった。トグの大山を超えてすぐのところはそれなりに綺麗に舗装されていたが、ミラが頭まで隠れてしまいそうなくらい背の高い草木が茂った場所もあった。林も抜けたし川沿いも歩いた。この差はどういうことだろう。

「…………それは簡単な話だよ。キリエにとって、西側には用が無かったんだ。確かにフルトの港で揚がる魚介類は魅力的だが、運ぶのに時間が掛かるし量も限られる。その上保存も効かないときたら川魚を近くの村から買い上げた方が都合がいいのさ。お金で解決出来ない問題として、臭いがある生魚を長距離運べば魔獣に襲われる可能性もあるしね」

「用が無い……ですか。でも、フルトには小麦もあります。それから数多くの冒険者がいます。いざという時戦力を呼びやすい様に道を整備するというのも……」

 それこそフルトはお呼びでないのさ。と、マーリンさんは少しだけ苦い顔をして言った。しかし色々聞くね。ミラにとってアーヴィンに次いで馴染みの深い街だけに、それが用無し扱いされているのは腹に据えかねるのかな? 随分食い下がるというかなんというか。

「小麦や加工乳は南、一度馬車を停めたあの近辺から仕入れられる。それから……冒険者と言ったが、金持ち達はそんなものをアテにしない。自前で傭兵を雇うか、騎士を雇うか。或いはキリエの自警団を頼るか。近くに王都直属の騎士団が派遣されている屯所もある。素性の知れない冒険者より信用のある強者を、文字通り金の力で従えているのさ」

「…………お金の力、ですか」

 いかん、また金の亡者スイッチが入ってしまいそうだ。だが彼女の言う通り、冒険者というのは素性が知れない。事実、ゴートマンは冒険者の中に紛れ込んで……厳密には冒険者相手に薬を売る錬金術使いとして、あの街に紛れ込んでいたんだ。王都直属という安心感は大きいだろうし、住民同士で信頼出来る筋を紹介したりなんてのもあるのかも。なんにせよ、冒険者紛いな僕達にとっては気持ちのいい話では無いかな。

「別に悪気があるわけじゃない。誰も自分の身が可愛いものさ、それが正常だ。こんな物騒な世の中だしね。そんなわけで、キリエは東南北と三方に物資と人材を求めたが、むしろ海を渡ってお金が流出しそうな西には目を向けなかったのさ。閉鎖的というか、目の届く範囲で完結させることで、少しでも安心したかったんだろう」

「なんとも身勝手な話ですね、それ。でも、確かにフルトと繋がっていないってのは理解出来ました。エルゥさん達の言ってたキリエの話と現実の街が食い違っていたのも、そういうカラクリだったんですね」

 そういうことさ。と、マーリンさんは少し寂しそうに西を眺めるミラの頭を撫でた。なんだなんだ、ホームシックか? 故郷は南だぞ、まったく。きっとミラはエルゥさんのこととか、あの時助けられなかった冒険者のこととか。色々あった滞在の日々を思い出しているんだろうな。

「……じゃあ、キリエじゃお金は稼げそうに無いですね。経済をかき乱されたくないのなら、他所から流れて来た私に仕事を与える理由も無いですし」

「お金のこと考えとったんかい。何をそんなに物憂げな顔をしているかと思えば……」

 違うんかい! もっとこう、エルゥは元気かな、とか。またティーダと遊びたいな、とか。辛いこともあったけど、みんなでワイワイしてたあの時が忘れられないな、とか。無いんですかお前には!

「……さて、お話はそこそこに。どうやら何か来たね。あれは…………うーん、小さな馬車だけど……」

 はて、馬車とな。今のマーリンさんの話では、確かに馬車がこの道を使うことはまだまだありそうだ。だが……だが、だよ。東には何も無い。文字通り何も無いのだ。マーリンさんが隠しているんでなければ、東に行ってもあるのは魔獣の住処だけ。もし違っても、彼女すら知らないことをキリエの人々が知り得る筈も無い。となったら目的地はさっきの町か、さらに行ってから南下してあの村か。北上した先には何かあったんだろうか、分からないがその先か。ともかくキリエに住んでいる様な人間に用のある場所なんて……

「……物資を届けた帰り、ってとこかしら。そうなればキリエとの間を頻繁に通ってる筈だわ。話を聞けないかしら」

「なるほど、それは確かに。おーい、すいませーん」

 僕もミラも大きく手を振って、ゆっくりこちらへ向かってくる馬車に止まってくれるよう合図を送り続けた。小さな馬に引かれた小さな馬車の、腰の曲がった小柄な御者のお爺さんは、僕らを見つけると側に止まってシワシワの顔をこちらへと向けた。

「はいはい、どうかしましかね。私はこのまま町へ帰るところだけども、あんたがたもおんなじかい」

「いえ、私達はこれからキリエに向かうのですが……」

 事情を説明しようとしたミラの頭をポンポンと撫で、マーリンさんはフードを脱いでずいと前に躍り出た。するとお爺さんは目を輝かせ、手を合わせて彼女を拝み始めたではないか。

「おおぉ……巫女様でないですか。ああ、ありがてえありがてえ。あんた様のお陰で私らも食っていけておるんです。今日は随分可愛らしいお供を連れて。騎士様達はおらんのですかい」

「ああ、うん。ちょっと事情があってこの子達と旅をしているのさ。さて、ご老人。話を聞きたいんだが、大丈夫かい?」

 勿論ですとも。と、お爺さんは馬から降りて、またマーリンさんを拝み倒し始めた。おお……僕らは今、マーリンさんが本当に偉い人なのだという決定的な証拠を目にしているのかもしれない。

「最近キリエで何か変わったことは? 怪我人が増えたとか、馬車が襲われたとか。或いは流行り病に犯されているだとか。毒の件もあるからね、現状を知りたくて」

「変わったこと、ですかい。そうですね…………うぅん、どうだかなぁ。山羊乳を運んでおる限りでは、何も特別に変わったことというのは見受けられませんで。強いて言えば、こうして巫女様が護衛も付けずに居られたことくらいだ」

 なるほど、特に異常は無いと。ふむふむ。マーリンさんはお爺さんにお礼を言うと、またフードを被って歩き出した。もう行ってしまうのか。と、彼女の後を追うすがらに、深々と頭を下げるお爺さんの姿が目に入った。さっきの話からも、この人はよほどキリエの街に恩恵をもたらしているのだろう。以前に、ひと所に留まれないだとか、権力がどうのだとか言っていたくせに。随分とキリエには肩入れというか……依怙贔屓というか…………

「……アーギートー。もう、君も学習しないなぁ。顔に出過ぎだよ、いつもいつも。何度も言うけど紛れも無く僕は偉いの。それから、キリエに関しては確かに君の思う通り贔屓してしまってるところもある。自覚くらいはしてるさ」

「うっ……そ、そこもバレてたんですね……」

 バレバレだーっ! なんてマーリンさんは僕の頭を叩きながらちょっと拗ね気味に言った。だ、だって……そういうとこが全然偉い人に見えないんだもの。ごほん。しかし、自覚がある、とな。

「……キリエに何かあるんですか……?」

「…………つまんない話だよ。あの街にはかつて冒険していた頃の借りがある。とどのつまりは借金。それから…………その件とは別に迷惑もかけたからね」

 前に言ってた罪滅ぼしってやつですか。と、問うと、覚えてたんだねぇ、そんな話。と、はぐらかされてしまった。まあ……聞くだけ野暮ってもんだから、あんまり詳しくは聞かないけどさ。いつか……マーリンさんが僕らを心の底から信頼してくれたら、そういう話も相談してくれるんだろうか。うーん…………この人はなぁ。自分の弱みは上手いことぼかしそうだからな。なんて話をしながら、もうすぐそこに迫っているというキリエの街へと僕らは向かう。


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