第二百二十八話
晩御飯を食べ終えてからも、マーリンさんの授業は続いた。流石にもう外で爆発させたりなんて出来ないから、部屋の中で理論のお勉強とでも言ったところかな?
「君の場合、最優先で考えるべきは低燃費化だろう。威力を保つ為に射程を短くする必要はあるけど、それでも倒れるよりかは遥かに安全だ」
「その場合、アーヴィンを出た後に遭遇した様な飛行型はどうしましょう。威力を落として範囲を広げても、仕留めきれなかったり避けられたりと不安は多いです。アイツらには一度手を焼いてますし……」
うんうん、お勉強…………なんて物騒なお勉強だろうか。うーん……確かに魔力切れでピンチに陥るケースは多く見られた訳で、それを抑制出来るんであれば何より優先したい所だ。だが……やはり、あの広範囲への高火力が必要になる時も多い筈だ。あれ? 使い分けじゃダメなの?
「あのー……今まで使っていた燃費の悪い魔術も、新しく覚える低燃費魔術も。どっちも併用したら…………」
「燃費悪いって言うな! 併用は前提よ。でも、可能な限り今までの魔術に頼らない戦い方を見つけないと。いくら魔力消費を抑えて立ち回っても荒れ狂う雷霆一発で水の泡。悔しいし認めたく無いけど…………私の魔力じゃあの力に頼りっきりってわけにはいかないのよ」
悔しい…………か。ぷんすこ怒って僕の膝を叩いてくるミラの姿はなんとも愛らしいものだったが、同時に余裕の無さと言うべきか、恐怖や焦りが強くなった顔に見える。やはりレヴのことは克服出来ていないと見るべきだ。ただそれでも、乗り越えようと必死で……もしかしたらレヴの力に頼らないことで、安心を得ようとしているのかもしれない。ちょっとだけ寂しけど、それでミラが安心出来るなら…………
「……元気無いね、アギト。やっぱりつまらないかい? 君には無縁の代物だからね、魔術も錬金術も」
「あ……いえ。楽しいんですけど、ほら……なんて言うかな。ミラばっかり強くなって、いつまでも守られてばっかりだなーって」
レヴの件はやはり口にしない方が良い気がした。特に僕は、ミラにとって過去が介入していない、数少ない相手なんだ。可能な限り今だけを見て相手してあげたい。それはそれとして、やっぱり足手纏いな自分のこれからへの不安を吐露する。どうして僕には強化イベントが起きないの…………?
「………………そう、だね。これからは君の力で彼女を守ってあげなければならないかもね」
「……? そ、そりゃあ俺に出来ることは全部やって、可能な限り守るつもりではいますけど…………」
そうじゃないんだ。と、マーリンさんはそう言って首を横に振った。ミラは彼女に出された問題に頭を抱えながら、さっきから何やら机に向かって唸っていた。
「……ミラちゃんはこれからどんどん弱くなる。これは必要な弱体化だ。ミラちゃんには人造神性——ハークスの力は大き過ぎる。これから時間をかけて、彼女がレヴちゃんの力を使わない様に矯正していく。魔具の出力も下がるのを念頭に置いて、その上で君には彼女を守ってあげて欲しい」
「…………っ。はい」
どんどん弱くなる……か。身の丈に合っていない。こんなに幼いのにどうしてこんなにも強いんだろう。ずっと思っていたことではある。だが……彼女は歳相応の少女に戻るのか。いや、それでも培った経験値や感性が失われる訳では無い。ただ、無理な出力で無茶出来なくなるだけ。ならそれは僕の望みとも一致する。するんだけど……やはり少しだけ寂しい。
「…………アイツは……ミラはいつかあの子も受け入れられるでしょうか」
「……どうだろうね。そればかりは難しい、呑気に大丈夫と手放しでは言えない問題だ。でも、君が側にいてくれるなら……少なくとも僕は安心して見ていられるよ」
うぎーーーっ! と、奇声を発して持っていた紙をぐしゃぐしゃに丸めて寝転んだミラに、寂しげなシリアスタイムは何処へやら。あらあらどうしたの。なんてデレデレした顔で、二人して可愛い孫の元へ…………せめて娘にしようか。
「ううぅぅ…………気持ち悪い…………」
「気持ち悪い……って、さっきからそればっかりだな。何がそんなに……」
そんなに嫌なんだ。言い終える前にむくりと起き上がったミラは、ずいと僕の方へと顔を寄せて、ついでに眉間に皺も寄せて、なんだか怨念でも吐くのかと思ってしまうくらいイライラした口調でぶつくさ言い始める。
「…………色鉛筆買ったら暖色しか入ってなかった、って感じ。シーフードシチューを頼んだらイカばっかり入っててエビや貝が入ってなかった、とか。ジャムはあるのにパンが無かった、クリームはあるのにビスケットが無かった。そんな感じのもどかしさ……」
「…………食いもんばっかりだな。でもまあ……分かりやすくて助かる」
イカ……嫌いなのかな。いや、こいつに好き嫌いは無い筈……ブロッコリーはどうだったっけ。なんだか気にしてた覚えがある。タコのお刺身も食わず嫌いしてたっけ。それはよくって。
「あはは。どんな魔術でも、贅沢に五属性総動員で綺麗に綺麗に組み上げてたからね。今までの魔術が一流芸術家の描く絵画や彫刻だとすれば、これから君がやるのはおままごとみたいなものだ。これまで培ってきたもの全部無かったことにするとなれば、君のプライドが許さないのもまた道理。でも我慢しておくれ。どうしてもこれは避けては通れない道なんだ」
うう……うぅぅ…………と、半泣きで呻きながら、それでもミラはまた新しい紙に色々と書き始めた。避けては通れない道とはよく言ったもので、これまでの二人のやりとりを総括すれば、これはずっと前に通っていなければならなかった道なのだ。
「………………あれ? そういえばあの霊薬は? あれってお前が魔力不足を自覚してたから準備してたんだろ? そりゃ体に良いもんじゃないのは分かるけど、あれをもう少し弱めたりとかで対策出来ないもんかな?」
「……うん、それも相談したんだけどね……」
ペンを止めてミラは暗い顔でこちらを振り返った。しゅんとした彼女の視線の先には、むすっと不機嫌そうに頬を膨らませているマーリンさんの姿があった。可愛いけど……歳考えなよ。見た目的にはオールオッケーだけど歳考えなよ…………殺気ッ⁉︎
「……アギト。君は考えが顔に出やすいんだ。それを自覚するのをオススメするよ、君の身の安全の為にも」
「あひっ…………い、いやあ。マーリンさんは若々しくて美人だからなぁ! そういうのも可愛いと思いますよぉ! へへっ!」
ゴマスリでもなんでもやってやらぁ! この人を怒らせると、またリトルアギトに災厄が訪れかねない。本当の本当に苦しいし地獄だから、それだけは避けねばならない。美少女に蹴られるならご褒美ですなんて考えてた時期が僕にもありました。全然ご褒美じゃないです、ガチの地獄です。こんな美人に殴られても、痛みは何も変わらないのです。
「こほん。強制的に魔力を励起させる霊薬というのは、またかなり珍しい物を使っていたね。ミラちゃんの体にもしっかりその痕は残っている。はっきり言おう、ソレはもう使うな。絶対に、だよ」
「…………やっぱり体に良くないんですね。マーリンさんがそこまで言い切るってことは」
勿論分かっていた。そんな都合の良いものなわけが無いんだ。ただ……ミラが当たり前の様に初期装備で持っていて、これまで何度も乱用していたものだけに、もしかしたらそこまで危険性が高いものじゃないんでは無いか……と、そんな淡い期待を抱いてしまっていた。
「本来、霊薬自体はそこまで危険な代物では無い。本来、人間は持っている魔力の全てを吐き出すなんて出来ない。それを無理矢理使い切ろうとしたのがあの薬だ。でも、ミラちゃんの場合はそうではない。本来君が持っていた魔力——レヴちゃんに封じられていた魔力を無理に引っ張り出してしまうんだ」
「……それって、マズイんですか?」
マズイよ、とても。と、マーリンさんは険しい顔で答えた。むしろ限界近くまで魔力を絞り出す方が危ないと思うんだけど……どうなんだろう。元々もってる物をATMから引き出していると考えたらそんなに…………
「……本当に顔に出やすいね。問題はレヴちゃんの封印が厳重過ぎたことだよ。薬で魔力を引っ張る度に、ミラちゃんの体はそこら中穴だらけになっていると思って。特に内臓機能へのダメージが大きい。いつかと言わず、次の服用で死んでしまうかもしれない。だから絶対に使わない、作らないでね」
穴だらけ……っ。そうだったのかと自分の無知を反省する。そういえばかつて、アーヴィンで医者に診て貰った時に言われたな、次は無いかも、って。あれは魔力を枯渇させるのが危ないんじゃなくて、枯渇した状態で霊薬を飲むのが危ないって話だったのか。
「……ミラは知ってたのか? 自分の体が危ないって」
「…………うん。でも、私の魔力じゃきっと蛇の魔女を倒すのは難しいって。旅の間、アンタを守り続けるのは厳しいって。出力を落とせば、その分アンタが危険に晒される。それは……嫌だったから…………」
僕の所為……かよ。そうりゃそうだ、初めからこいつが無茶するときは大体僕の為だった。それを責めるのはちょっと心苦しいけど…………やっぱり心を鬼にしてでも。これからは自分の身を最優先で考えて貰わないといけないから。
「……バカミラ。お前が倒れる度に生きた心地がしないんだ。俺のことも、自分のことも。これからはどっちもちゃんと守れ、バカ」
「…………バカバカ言うな。ありがと」
マーリンさんはポンポンとミラの頭を撫でて、今日はお開きにしようか。と、立ち上がっ…………だからさ。軽率に人の目の前で立ち上がるなって……いつか襲われても知らないからな…………? まったく……ごちそうさまです。マーリンさんは僕の葛藤なんて気にも止めずにひらひらと手を振って部屋を出て行った。顔に出やすいんじゃなかったのか。なんでこんな時だけ鈍感なんだ。
マーリンさんを見送って布団に入ると、ミラはすぐさま僕の懐に飛び込んできた。うんうん、ちょっと分かってきたぞ。機嫌が一等良い時にこっち側に飛び込んでくるんだな、まったく可愛い奴め。もう寝ようと頭を撫でて目を瞑ると………………さっき見た光景がまぶたの裏に広がってしまった。眠れるか! あんなもん見せられて! とても眠れずに、一人悶々としながら寝付きの良いチビ助を一晩中撫で回し続けた。ズボン履いてりゃ良いってもんじゃ無いんだからな…………




