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異世界転々  作者: 赤井天狐
異世界転々
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第二百二十六話


 魔熊を退しりぞけ、僕達はただひたすらに東へと歩を進めた。道中、あの魔獣が一体どうしてあんな道端に出てきたのか、もとはどこに生きていたのか、などとミラとマーリンさんは議論を交わしていた。いつものことだけど、僕って割と混ざれない話題多いよね。蚊帳の外だよぉ…………ぐすん。

「厄介なのは本当にアレが逃げ出して来ていた場合、それもその原因がまだ移動を続けている場合だね。アレが単に追われて住処を移したというだけなら良し。問題は、パニックになってただ闇雲に逃げ回っている可能性があることだ」

「……そうですね。もしあの魔獣が逃げ回っているのなら、そのままあの街へ——或いは近くの他の人里へ入り込む可能性も高いですから。でも、あれだけ大きな魔獣が逃げ出す程の相手なんているんでしょうか?」

 うんうん、二人とも真剣に色々考えてるなぁ。なんと言おうか、ディスカッションとでも言おうか。二人のやりとりは歓談というより、やはり議論——魔獣の被害を予防する為の原因究明といった感じに聞こえる。初めてミラに会った時に聞かされた話を思い出す。魔獣とその長と、それらに侵される人間の住処の話。その実感を強めるマーリンさんの登場と、新たなる勇者探しなんて話。うん……蚊帳の外だ。

「君達は知っている筈だよ。どんな魔獣達もが恐れる、危険極まりない特級の危険生物を」

「危険生物…………っ! 魔竜……もしかして、ゴートマンの造った魔竜の生き残りが…………?」

 そう言い切るには証拠が少な過ぎる。可能性の話でしかないけど。と、マーリンさんはピリついたミラを嗜めるように言った。確かにアーヴィンに現れた魔竜はレヴが全て退治した。だが、それで全てとは限らない。事実、クリフィアに現れた際にもまた魔竜を従えていたのだから。どこかにまとめて管理しているのかもしれないし、単に手に負えない個体というのが居たっておかしくない。

「魔竜がまだ残っていないとは限らない。でも、残っているとも限らない。覚えておいて欲しいのは、人間の悪意によってより危険な魔獣が造られたという事実が存在したという点だ。その発想に至り、実現出来たのがあの男だけとは限らない」

「…………魔人の集い……っ! そうだよ、アイツが俺達に寄越した手紙にはそう書いてあったんだ」

 魔人の集い。それをあの男とあの男が造ろうとしていた物、という意味であると安直に考えることが出来ないわけでは無い。あの男は、おそらくだが人型の魔獣を造ろうとしていたと考えられる。僕の勝手な予想だけどさ。エンエズさんは人の姿をある程度保ったまま、魔竜なんかよりもずっと危険な存在として仕上がっていた。それに蛇の魔女もあの男が造ったらしい。そして…………あの男は随分とミラに対して……いや、レヴに対して、か。人の姿であることに対して、その姿のまま大き過ぎる力を得ていることに対して妙な執着を見せていた……様な気がする。

「単に仲間がいると考えるべきか、それともハッタリか。うーん、僕の知る彼の人脈ではそんな悪党になる様な人間は思い当たらないが…………それは彼自身にも言えること、か。なんとも予想出来る案件じゃあ無いね、これは」

「…………あの、マーリン様はゴートマンの過去を知っているんですよね。一体どんな男だったんですか? それに…………救えなかったって…………」

 ああ、うん。と、マーリンさんはなにやら煮え切らない返事をして少しの間黙り込んでしまった。クリフィアで僕はあの男を絶対に許せないと思った。同時に、本当にただの悪人であるのかという疑問も覚えた。そのことに彼女は意味深な、それでいて理解し難い答えをくれたが…………

「…………別にあの男を庇い立てする意図は無いって、それだけは先に言っておくよ。かつて僕は……いいや、僕らは。僕らはガラガダで彼に出会っている。君達もよく知るあの街で、十六年前彼は幸せな生活を送っていたんだ」

 十六年前、僕らは……という語り口に、それがかつて勇者様と共に旅をしている時の話だと理解出来た。同時に、今オックスがいるであろう街の名前に少しだけ不安を覚える。もうあの男はいない。だから……彼は大丈夫な筈だと、少しだけ力の入る拳に言い聞かせる。

「僕らが彼に出会った時、彼は婚約者と共にかの街で医者をしていたんだ。錬金術師でもあった彼は優秀な医師であり、また薬剤師でもあった。ただ、彼に何があったか詳細は分からない。いや、違うな。彼に何が起こるのか、それが分からなかった」

「何が起こるのか……? それって、星見の……」

 ミラの疑問にマーリンさんは小さく頷いた。

「当時の僕の力はまだ未熟でね。未来がハッキリ分かるわけじゃなかった。ただぼんやりと、この男には何かとんでもない不幸が訪れるとだけ。それがいつの話なのかも分からないで、僕らはなんの手も打てず仕方無しに彼と別れて街を後にしたんだ。だから……彼らに何があったのか、詳細は分からない」

 ずきんと胸が痛んだ。ハッキリとは分からなかった未来、そして不幸。それはまさしくミラに降り注いだものと同じだった。マーリンさんの力を以ってしても防ぎきれなかったというところまで一緒だ。あんな男とミラに共通点があるような気がして、それが嫌だったのかもしれない。心が狭いのだろうかとあの時マーリンさんに尋ねた疑問を、自分の内でもう一度反芻する。

「…………どんな経緯があったかは分からないけれど、彼が術師を憎んでいた様に見えたのも確か。そして、あのエンエズという男も同じ様に。僕やマグル、それにミラちゃんに対して随分と深い怨を持っている様に見えた」

「……おじいさんとは何やら因縁深そうでしたね。一体どんな関係だったんでしょう……」

 そこまでは分からない。そう言ってマーリンさんは手を叩いた。そして、この話は一度終わり。彼らについてはもう少し心が穏やかになってからにしよう。と、僕の顔を見ながら言った。ミラもそれに釣られて僕を見て、少しだけ不安そうな顔をして頷いた。

「…………君のその感情は間違っていない。君は彼らを恨んでいい……いいや、恨んで然るべきだ。その怨嗟は君が誰よりもミラちゃんを大切に思っている証拠なんだから」

「…………? 俺……? あれ? もしかして俺? 心が穏やかにって……」

 そうだよと笑って、マーリンさんは僕の頰をつねった。いや、そりゃ確かにアイツらについては穏やかな顔して語れないけどさ。どちらかといえばミラの方がキツイ筈だろう? だって……彼女は…………

「ほら、そんなに怖い顔するなって。あんまりミラちゃんに心配かけちゃダメだよ。君の不安や恐怖はあの子に伝播する。あの子の精神の安定には君の存在が不可欠だ。君が揺らぐと、彼女はもっと大きく揺らいでしまう。どうかそれだけは忘れないで」

「……っ。はい……」

 ぐいと顔を引き寄せてマーリンさんはそう耳打ちした。ミラに心配かけるな、か。それもそうだ、僕はアイツの秘書としてしっかり支えていかなきゃならないんだ。根本的にクソ雑魚メンタルな僕が…………だ、大丈夫かな…………

「さて、じゃあちょっと楽しい話題に切り替えようか。題して、マーリン先生の楽しい魔術講座っ! ってとこでどうかな?」

「魔術講座…………いや、マーリン先生って……」

「おい? アギト? なんで? そこで? 首を? 傾げるのかな? かな? んん?」

 いや、そりゃあ…………ねえ。期待に目を輝かせるミラとは裏腹に、僕に向かってとんでもなく暗い目を向けるマーリンさんについ視線を泳がせてしまう。だって…………先生って…………似合わないし……いや、ぴっちりタイトスカートは是非履いて欲しい、出来ればそれで黙って欲しい。うん、メガネもグッドだと思う。黒タイツは是非踏んで欲しいもの(パーフェクト)だと思う! はっ…………? ち、違うんですよ…………

「ごほん。さて、さっきは制止する間も無くサクッと魔獣を蹴倒してしまったミラちゃんなんだけど、前にも言った通り君の魔力量は非常に少ない。これはレヴちゃんが意図的に制限を掛けているからであって、本来の君はもっと潤沢な魔力を使えた筈。というか、レヴちゃんはその前提で魔力消費の大きな雷魔術を仕込まれたんだろうね」

 あ、ちょっと……と、僕が口を挟むまでもなくミラはふんふん鼻を鳴らしながら彼女の話に耳を傾けていた。もしかして……もうレヴのこと気にしてない…………? いやいや、そんな訳ない。だって、アーヴィンを出たばかりの時ミラは…………

「さて、だけどそういう訳にもいかなくなってしまったのが今の君な訳だ。自覚があるから炎魔術や補助魔術の練習も重ねている、そこまでは良い。ただ……それでもまだ削る余地があると見た」

「削る……ですか?」

 ミラは何度も聞かされる、かつての自分——レヴと自分ミラの違いや、劣っている点を並べられてもビクともしていない様子だ。あれぇー…………? お前、あんなに怖がってたじゃない。キリエで目を覚ました時なんて、なんだかヤンデレチックなことまで口走ってたのに……

「うん、削る。君はそもそもとして完璧主義者と見た。どの魔術も芸術品の様な完成度の高さだし、魔具の精製なんてきめ細やかな作業を平然と熟せてしまう程それが板についている。だからこそ、君が魔力温存の為にと編み出した代替魔術も揃って高いレベルまで研ぎ澄まされている。今はそれが足を引っ張って、どんな魔術を使っても大して節約になっていないんだ。もちろん、雷魔術に比べたら幾分かマシなんだけどね」

「うぐっ…………それを言われると……うぐぐ。自覚はあったんですけど、面と向かって言われるとなんだか…………」

 おや、魔術の話が本格的に始まりましたな。うーん、やっぱり生き生きしている。ミラはこの手の話題を振られた時が一番楽しそうだ。うん、本当に…………本当に、寂しい。僕、混ざれない話題なんだってば、それ。ぐすん。

「君が今習得すべきは欠陥のある魔術式だ。例えば同じ雷の強化魔術でも、属性を減らして精度を落とした、廉価版とでも言うべき魔術。ポーション一つ作るのだってそう。効能を維持する代わりに消費期限を短くするか、期限を維持する為に効能を弱めるか。並の魔術師ならみんながやってるトレードオフに頭を悩ませてみよう」

「うぐぐぐ…………そんなぁ………………」

 うんうん、分かる分かる。トレードオフね、うんうん。はあ………………どうしてここには話し相手になってくれるオックスが居な…………あ、いや。アイツも混ざっていくわ。次に仲間にする人は、出来れば魔術なんて全く分からない人がいいな。そんなことを一人寂しく考えながら、僕らは東へと進む。ぐすん。


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