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異世界転々  作者: 赤井天狐
異世界転々
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第二百二十五話


 一体どうしたらいいってんだ……っ! 外はまだ白んでるってのに……これでも間に合わないなんて…………っ‼︎

「……はあ。おしゃぶり、買うかぁ……」

 首元がベッチャリしている。どうして…………どうして貴女は私の首元に齧り付くの…………?

 ミラが僕に噛み付いているのはもっと早い……いや、夜の遅い時間の出来事らしい。幸い(?)甘噛みだ、痛くは無い。痛くは無いんだけど…………べちゃべちゃしてて精神的なダメージが大きい。たまに舐めてくるのもこそばゆくて困る。そして、早起きしてしまったが為に原因を起こして取り除くという手法も取れない。詰んだ…………

「うう……どうして…………前はこんなに毎日毎日噛み付いたりしてなかったじゃない……」

 僕の切実な訴えは、むにゃむにゃという気の抜ける寝言……寝息? に無情にも却下される。いつか事故に繋がる。間違いなく首をやられる。早いとこ対策を立てないと…………

「んん…………んんー…………っ。ふわ…………」

「お……起きた⁈ 起きた! よし、離せ! 今すぐに噛むのをやめなさい!」

 噛み付きやすい様にガッチリと僕の首をホールドしていた腕が前にぐいと伸びて、ミラがゆっくりと体を起こした。珍しく早起きじゃないか、なんてのは今はいい。二度寝しても別にいいから、とにかく噛むのだけは…………?

「……ん。あれ…………アギト……?」

 ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、ミラはすぐにまた僕の肩口に顔を寄せていつでも噛めるぞという臨戦態勢に戻ろうとしていた。それはマズイ、マズイんだ。必死で抵抗してなんとか拘束を逃れベッドの端にまで逃げると、何やら素っ頓狂な声で彼女は僕を呼んだ。

「…………アンタ、それ…………肩……っ⁈ どうしたの⁉︎ 腫れてるじゃない!」

「………………………………せやねんな」

 ええ、ここのところ毎朝こんな感じですとも。口調もおかしくなるってもんさ。だが…………うん。ってことは、無意識に噛んでたのね。昼間意図的に噛み付き過ぎて癖になってしまったか。うんうん、まったくしょうがない奴だな。

「ちょ、ちょっと見せてみなさい! こんなに赤くなって……なんでこんなにびしょびしょなのよ。何か薬でも塗ったの? ダメよ、無闇矢鱈に塗ったら。ちゃんと原因を突き止めてから…………」

「はは、大丈夫だよ。薬は塗ってないし、原因も突き止めてるから。うん、大丈夫。大丈夫だから…………これからはおしゃぶりしようか」

 おしゃぶり……? と、首をかしげるミラの頭を撫でて僕はベッドから抜け出した。まだ朝日も登り切らないこの街を——きっと見納めであろう街を散歩でもする為に、ちょっと出かけようとミラに手を差し伸べる。マーリンさんが起きる頃には帰って来たいもんだ。

 まだ霧の出ている街を歩くと、昨日とは打って変わって静かで、涼しい風も吹いていた。やはり昨日の蒸し暑さは天候によるものだったのだなぁ。なんて考えながら、誰もいない、どこも開いていない商店街を歩いた。気付けばミラは僕より前をウロウロしていて、いつも通り小さな背中を見守りながらの散歩になっていた。

「広場へ行ってみましょうよ! 昨日はごった返しててよく分かんなかったけど、今なら人もいないでしょう。アーヴィンでもあんな風にお祭り騒ぎ出来たら楽しいでしょうね」

「なるほど、会場の手本にしようってわけか。うーん……でも、アーヴィンはほとんど空き地らしい空き地も残ってないからなぁ」

 ぱたぱたと走り出したミラを追って僕も走り出す。なんだかこの感じは懐かしい。いつかボーロヌイで海を見てはしゃいだ時以来…………かな? 別にもっとあったかもしれないけどさ。それ以降は割としんどい思いも多かったし、気の抜けない状況も続いたから。

「ふんふん……なるほど。この規模はうちじゃ中々難しいわね…………」

「だよなぁ…………あ、ならパレードはどうだ? 街頭に出店を並べて、山車だしを引いてみんなで街を巡るんだ。まあ、馬車とか交通規制入れないといけないから難しいけど」

 それいいわね! と、ぴょんぴょん跳ねながら少し遠くに行っていたミラは僕の方へと戻ってきた。目をキラキラ輝かせながら、自分の街に持ち帰る楽しいを必死に考えているんだ。自分が楽しみたい以上に、みんなに楽しんで貰いたいと。

「…………アーヴィンは代々うちの……ハークスの治めてた街だから。魔術師の統治があまり住民に目を向けたものでは無いってのはクリフィアで見た通り。お姉ちゃんの先々代、おじいちゃんの頃からは多少マシになった、って。ダリアからは聞いたけど……やっぱりまだ、街はみんなと少しだけ離れてしまっている。お姉ちゃんはそこんところうまく取り計らって行こうとしてたんだけど…………」

「……そっか。じゃあ、代わりに頑張らないとな。二人で」

 うん。と、元気一杯に返事をしてミラは僕に飛びついてきた。はっはっは、じゃれるなって。ミラの気持ちはやはりアーヴィンからは離れない。例え勇者として冒険を始めても変わらないのだろう。彼女の根底にあるもの。それはきっと、あの街に愛されたいという感情なのだから。

「さて、そろそろ戻るか。マーリンさんが慌ててるといけない」

「なんであの人が慌てるのよ。アンタ、やっぱりマーリン様のこと軽く見過ぎよ。凄いんだから、あの人は」

 はいはい、そんな凄い人を冷房代わりに使わないでね。アーヴィンの明るい未来と暗い未来——故郷の将来についてあれこれ言い合いながら宿へ戻ると、僕らの部屋の前で不安げな顔でウロついているマーリンさんと鉢合わせた。ほら見たことか……

「二人とも…………っ。はあぁぁ…………よかったぁあ…………全然返事が無いし、中にいる気配も無いし。鍵は掛かってるから入れないし。もう……心配したんだぞ」

「いや……あはは、すいません。ほら、言った通りだろ?」

 何が? と、目を丸くするマーリンさんに、ミラは少しだけ嬉しそうに…………飛びついたりしたから、またマーリンさんは倒れてしまった。いい加減学習なさいな、二人ともだぞ。マーリンさんに抱き着くと良くないことが起こるし、ミラに近付くと抱き着かれるんだから。でもまぁ、鼻血は出さなくなったね。進歩はしてるのかな。

 昨日買い込んでおいた朝食を食べて僕らは宿を後にした。うん……昨日買ったものだから。どうしても三日前くらいな気がしてしまう僕だけど、これは昨日買ったものだから。問題無い。ここら辺も弊害か、一応。

「さて。じゃあミラちゃん」

「はい、行きましょう」

 あ、それ分かったんだ。そうなんだよ、そいつ仕切りたがりだから……号令取られると拗ねるんですよね。マーリンさんの催促に応えるように、ミラは張り切って僕らの先頭を歩き出した。街から朝日を目指して、向かう先は更に東。ゴーウェスト! は、西か。ゴーイースト! なんだか語感が良くない。

 街から随分離れたところで突然なんだが、僕らの旅に付き物なのは金欠、トラブル、魔獣。それから…………あと、最近は安眠機能付き噛みつき娘。昔は安眠促進娘だったのに……余計な一文が追加されてしまった……

「ふーむ。珍しいね、こんな場所で」

 金欠はまあ言わずもがな。いつもいつも赤貧で、食べるもの泊まる場所がギリギリな限界旅人。それが僕らな訳だ。

「ですよね。うーん……どこかから追いやられたとか……? それとも単に適応力が高いのかな?」

 トラブルはまあ……色々あった。突然走り出したミラに振り回されて僕がグロッキーになるところから始まり、それ以降もミラの魔力切れは何度も何度も起きたわけだ。それから、フルトでのマーリンさんからの招待状やそれに伴うとんぼ返り、オックスの離脱。オックスぅ…………

「え……? え…………? なんで二人とも冷静なの? 俺だけ? ちょっとパニクってるの俺だけ⁈」

 そして……魔獣。これは…………まあ。お約束と言うか何と言うか。切っても切れない無駄な縁と言えよう。魔獣の住処で一晩明かしたり、魔獣退治で路銀を稼いだり、魔獣使いに命を狙われたり。うんうん、さっきまでの二つにも大きく関わってくる大問題なわけだ。ってなわけで…………

「別に今更驚くもんでもないでしょう? こんな大型魔獣。まあ、これがどこかから追いやられてここにいるってんなら困った話になりそうだけど」

「…………驚く様なもんだよ! 見ろ! あの大きな腕! 脚! 鋭い牙と爪! よく分からん方向いてる目! そもそもの造形が驚きに満ちてるだろうがッ!」

 僕らの目の前に現れたのは、いつかフルトの山の中で見た魔熊に似た魔獣だった。違いはアレよりも一回り大きく、もう少し熊っぽさを取り除いた精神的によろしくない顔をしていることだ。具体的には、肉食とは思えない程顔の両端についた目が…………パーツの位置って大事ね。うう…………なんだか鳥肌が…………

「…………はあ。ま、良いわ。そうやって怯えてくれた方がずっとマシ。これに慣れて無茶するより全然マシだもの」

 うっ…………それはちょっとだけ耳が痛い。ビビりまくっているのは確か。確かなんだけど……余裕があるのも確か。多くの魔獣を目にして耐性がついたのもある。だが何より、同じ魔熊ならやはりあの時の正気を失った魔熊の方が——ゴートマンにけしかけられた三頭の大型魔獣の方がよっぽど怖かったからだ。

「じゃ、待っててね。揺蕩う雷霆(ドラーフ・ヴォルテガ)っ!」

 これを怖がっている方が守りやすい。怯えて危険を避けようとする方が賢いのだと彼女は言いたいのだろう。だが……それは僕から彼女へ向けたい言葉でもある。いつか……いつかもう戦わなくて良いと、僕の後ろに隠れていろと。言える日が来るといいなぁ、なんて。拳を握って僕は彼女の背中を見送った。

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