表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転々  作者: 赤井天狐
異世界転々
211/1017

第二百十一話


 食事を終えシャワーを浴びると、強い睡魔に襲われた。朝早かったし、何より気疲れが酷い。少なくとも、クリフィアに来てから——言ってしまえば、アーヴィンを出る前からずっとあの男のことばかりを考えていたのだ。やっと一息つけるのだと思うと、緊張の糸も簡単に切れてしまう。だが……それはそれとしても、一つ確かめておきたいことが出来てしまった。

「ミラ。その……マーリンさんって、どんな人なんだ?」

「どんな……って。あんな人じゃない? 実際に会ったことある人についての質問とは思えないわね、それ」

 いや、それはそうなんだけど。と、前置きして、僕は心の内を上手いこと吐き出す言葉を探す。どうしてミラを王都へ連れて行こうとしたのか。その為にわざわざ自ら出向いてまで、だ。よほどの事情があると見えるが……考えてみようにも、僕は個人としてのポンコツ魔導士マーリンさんしか知らないのだ。

「いや、俺は勇者様の話とか知らなくてさ。その話の中でのマーリンさんがどんな人だったのか、どんな人だと言われていたのか。今お前が見てるマーリンさんとの違いはあるのか、とかさ。俺は……今日の姿を見て、やっとあの人が凄い人なんだって実感が湧いて来たというか……」

「アンタ……他の人の前でそんなこと言うんじゃないわよ……? マーリン様は国の英雄なんだから。下手なこと言うと、路地裏で刺されるわよ」

 物騒。だが……成る程、英雄か。勇者様と共に旅をしながら魔獣を倒し続け、最後は魔王にあと一歩のところまで迫ったのだ。結果は敗北だったとしても、その功績は大きなものだったと言える。それに、今は星見の巫女として国の重要なポジションに就いているのだ。敬われて当然なんだろう。その実、ポンコツだったとしても。

「……お話の中のマーリン様は、あんなに強くは無かった。勇者様やフリード様を後方から支援する、二人を仲間に引き入れたという功績以外……要は、武勲みたいなものは描かれていなかった。きっと勇者様を主役にする為に脚色されたんでしょうけど、どちらかと言えばお淑やかだとか、大人しい少女だったと言われていたわね」

「お淑やか……大人しい…………はぁ」

 まあ……黙っていれば美人だしな。黙らないし挙動不審だからポンコツなんだけどさ。僕の知っている勇者様の冒険譚は、マーリンさん視点からの話しかない。つまり、彼女を描写するものは無いのだ。そうなると、こう……やはり食い違いが発生する。マーリンさん本人の話では、結構物騒なこともしたみたいだったし。

「…………私もどちらかと言えば世間には疎かったから、あんまり詳しいわけじゃ無いのよ。ダリアが聞かせてくれた話と、それから図書館をまるごとさらった時に読んだ伝記二冊だけ。オックスならもっと詳しいのでしょうけど……」

「そっか……じゃあ、さ。お前から見て、実物のマーリンさんはどう映る? お淑やかな少女魔術師なのか、それとも頼もしいお姉さん魔導士なのか。或いは…………変態ちっくなヤバいやつなのか」

 怒られるわよ。なんて睨みつけて、ミラはふむと考え込んでしまった。きっとコイツやオックスは実物を見た時多少の混乱があった筈だ。二人の様子や話を聞く限り、お話の中のマーリンさんと本物は随分かけ離れている様に思えるし。歳を重ねて成長したから……と、そう言ってしまえばそれまでなんだけどさ。

「……やっぱり、頼もしい、そして偉大で尊敬出来る魔術師だと思う。たまに変なことしてるけど……きっと何か事情があるのよ。それに何より、心から信じられる。直感だけど、あの人は私達に害を加えるつもりなんて欠片も考えてない」

「…………俺はお前の直感が合ってることを祈るばかりだよ。俺もあの人は頼っていいと思う。信じていたいとも思うし、疑いたくない。でもさ……」

 でも……なあに? と、ミラは俯いた僕の顔を覗き込んで来た。なんでもない。と、頭を撫でて、僕は、もう寝よう。と、腰掛けていたベッドに身を投げ出す。ミラは少し不服そうにしていたが、すぐに背中にくっついてきた。

「おやすみ。明日は……どこに行くんだろうな」

「ふわ……どこでしょうね。ともかく……王都を目指すんでしょうけど…………」

 この疑問はまだ内に抱え込んでおこう。きっと悪いことにはならない。こんな考えは自分に都合が良すぎるだろうか。でも……そろそろミラの味方が増えてもいい頃なんだから、期待くらいは許されるだろう。


 アラームより先に目が覚めた。ってことはアレか、思ったより早くに寝たんだな。時計なんて見てる余裕無かったからなぁ。なんて。

「……とりあえず…………」

 僕はしょぼしょぼする目をこすってPCを起動した。やることは決まっている。児ポ撲滅運動(?)だ。つまるところ…………ミラ(ゲームキャラ)で撮ったいかがわしい(感じにした)スクショの一斉削除だ。

「…………いや、これ本当に何考えて撮ってたんだ。アレはそういうんでは無いだろ……」

 かつてはワンチャンがどうのだとか一つ屋根の下だとか考えなくも無かったが……もう無理だ。アレは完全に妹。可愛い、大事な一人の家族。一緒にいることに違和感は無いし戸惑いも無い。というか、そもそも拙者のストライクゾーンはそんなに低く無いんですな。ハイボールヒッターですから。あ、横幅は広いでござるよ? ロボ娘ケモ娘、なんなら男の娘も可。でも……やっぱりお姉さん(歳下)なんだよなぁ。黙っていれば、あのポンコツ魔導士なんてど真ん中、絶好のホームランボールなんですが……

「…………アレはもっと無い。どう考えてもオタ仲間とかそういう方面」

 そう、無いのですな。さて、あらかた削除し終えましたかな。どろしぃたん一人だけのスクショってあんまり無いから、そういう意味では惜しいことしたかなぁ。アギト(ゲームキャラ)とは一緒に遊んでくれなさそうだし、かと言ってエルゥさん(ゲームキャラ)を戦わせるなんて以ての外だし。じゃあなぜ作った。そりゃあ……美少女キャラが作れるならとりあえず作るでしょうが!

「……………………いかん。なんか実名プレイしてるみたいで黒歴史の予感。クラスの気になる女子の名前をヒロインに付けてるみたいな、凄い恥ずかしいやつな気がしてきた」

 余計なことを考えると、尚更スクショ削除に熱が入る。記念撮影的な写真は良いんだ。妹の成長記録みたいなもんだから。アルバムだよ、アルバム。惜しむらくはアギト(キャラ)とミラ(キャラ)を並べて遊べないことですな。家族写真が欲しい…………あれ? なんだか僕、やばい思考してない?

「…………はあ。支度しよう」

 さて、もうそろそろ朝ごはんの時間だ。アラームは先んじて解除しておいた。ご飯を食べたらバイトだ。今日はお客さん来るだろうか…………来てくれるだろうか。

 行ってきますと母さんよりも先に家を出る。兄さんよりは流石に遅い。でも……店が忙しくなって、僕の仕事ぶりが良くなってくれば、多分誰よりも先に出る様になるのだろうな。仕込みの手伝いとかも、いつかはするんだろうか。

「……今は目の前のこと。よーし、やるぞー」

 バシバシと顔を叩いて道を急ぐ。なんだって来い、全部なんとかしてやる! 花渕さんが! そんな情け無いことを考えているうちに、珍しくお客さんの入っているお店に到着した。おはようございますを言う余裕は無さそうだ。ささっと着替えて早く手伝おう。

「ありがとうございましたー」

 せっせか着替えて表に戻ると、タイミング良く……悪く? お客さんは買い物を済ませて帰って行くところだった。まあパン屋に長居しないよね、朝だし。

「おはようございます」

「うん、おはよう。今日もよろしく」

 何の変哲も無い大切な一日。きっと今日は何も無い。何かあるとすれば……しばらく経ってから。花渕さんの仕掛けの効果が出てくれれば、きっとこの店も持ち直す。今は彼女を信じて、やれることをじっくりやろう。


 アラームが鳴った。私はそれを少しだけ待ってから止める。どうしてだろうか、昔からの癖だ。どうにもその無機質な音に安心してしまう。

「……はあ。今日、何しよう……」

 私には時間だけがある。今日はバイトも休み。打ち込む趣味も無いし、かと言ってただ何もせず考えごとだけで終わらせたくも無い。花渕美菜にとって、怠惰はなによりも苦しいものだった。どうしてこんなにも生真面目に育てられておいて、こんな自堕落な生活を送っているのだろう。

 なんでも良いから趣味が欲しい。いや、趣味が無いわけじゃない。ただ…………人に大っぴらに出来る趣味が欲しい。楽器でも始めて……いや、そのお金が無い。料理は趣味というより家事だし…………流行りのSNSもイマイチ勝手が分からないし。

「はあ。あたしもおっさんのこと笑えないし。このままだと同じ様な……」

 全身に鳥肌が立つのを感じた。ああはなりたくない。別に、個人として嫌悪感があるわけではないけど……やはりあの人が持つ肩書きには憧れない。悪い人では無いのだけど……ダメだ。ああなってはいけないと、躾けられてきた自制心がアラートを鳴らす。

 しょうがない。しょうがないから……別にあの二人の為にとかでは無い。本当に時間が余ってしょうがないから、何処かへ営業にでも行ってこよう。それなりにアテはあるし、ツテもある。感謝されることは嫌いじゃ無いし、頼られることにも慣れている。あの店はきっと私無しでは立ち行かない、なんて驕る気は無いけど…………放っておいて大丈夫かと問われると、心から頷くのも難しい話だから。

「…………はあ。とりあえず録画見よう」

 学生とは恵まれた身分だったのだな。なんてことを、手持ち無沙汰につい思う。煩わしいと思ったことも無いが、課題や予習をしていれば何かをした気分になれるだけ良かった。やるべきことを与えられると言うのは案外貴重なんだ。誰もが出払うのを待って、私はリビングで録画していた………………テレビ番組を見る。悪いことだなんて思わない。これを好きと言うことに憚りはない。だが…………大っぴらには出来ない。私にはそこまでの度胸は無いし、羞恥心も捨てていない。

「…………おっさんなら話通じるかなぁ。いや……絶対この話題振るのやだし……」

 私はずっとコレを一人で抱えるのだ。別にそれで良い。感想を言い合う相手なんて要らない。この熱量を内に留めて、原動力にすれば良いんだから。ああ……でも。この感動は共有したい…………


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ