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異世界転々  作者: 赤井天狐
異世界転々
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第百九十四話


 しんと静まった部屋の中でミラの寝息だけが聞こえる。はて、眠った筈だったが……と、小さな窓から外を見ると、まだ空には月が出ていた。後ろのチビ助が昼寝のし過ぎで眠れないって言うのならばわかる。だが、どうして僕がこんな夜中に起きたと言うのだ。それも……理由はわかっている。

「…………大丈夫……だよな……」

 ミラが絶望する未来を見た。そして僕はそれを回避する為に動く。絶対であるという未来を動かせる数少ない人物を自称するマーリンさんの言葉を、僕なりに要約するならばそんな所だ。何故ミラをそこまでして? という疑問は晴れないものの、あの人は信用出来そうだとだけは思っている。信頼もしている。きっと、ミラが壊れてしまわないように今も動いてくれているのだろう、と。だからこそ……

「……どうして俺じゃないんだ……」

 こんなに長い間一緒にいて、どうして僕じゃない。コイツを救ってやれるのは、今のところマーリンさんだけだと言われている様なものだったから……っ。ただでさえ無い自信はどんどん小さく、不安や情けなさはどんどん大きくなっていく。これまで散々自分に誓ってきたこの少女を守るという目標を、僕はいつになったら果たせるのだと。そんなモヤモヤで、こんな夜更けに起きてしまったのか。

 もう一度ゆっくり目を瞑って、首元から伸びて来ているミラの腕を撫でる。コイツが僕を頼ってくれているうちに、なんとしても恩を返したい。そして全部説明して…………

 ばたん、どたん。と、やかましい音が近付いてくるのが分かった。なんだろう、泥棒でも入ったのかな。なんて呑気な考えを、いつかの魔獣と赫い魔人の姿が掻っ攫った。まさかあの時と同じ……街があの男に襲われて——っ。

「——アギト! アギト起きろ! ミラちゃんはそこにいるか⁉︎ 早く起きてくれ!」

 ばんばんとドアを叩いたのは、慌てた声のマーリンさんだった。こんな騒がしくても起きないなんてどういうことだ。と、ミラを背負って僕は急いでドアを開ける。そこには真っ青な顔をしたマーリンさんと、旅支度を済ませたオックスの姿があった。

「マーリンさん……オックスも……一体どう……」

「——緊急事態だ! 今すぐにアーヴィンに向かう、支度してくれ!」

 緊急事態……? 一体どういうことだ? 事情は飲み込めなかったが、事態が急を要しているのだけは分かった。僕は大して持ってもいない荷物を纏めて、二人の後に続いて宿を飛び出した。

「一体どうしたんですか? コイツが起きてないってことは、魔獣が出たってわけじゃなさそうですけど……」

「…………分からない」

 分からない……? それは一体どういう……? 僕の問いかけに、マーリンさんは俯くばかりで答えをくれない。まだ眠ったままのミラを背負い、クリフィアの街を飛び出して、僕達は懐かしい戦いの跡の残る草原を走り出す。

「……分からないんだ。昨日は確かに見えたミラちゃんの未来が、今日になって全く見えなくなった。文字通り、何も分からないんだ……っ」

「未来が…………っ? それ、まさか……っ!」

 ミラの足を掴んでいた手に力が入る。未来が見えない……未来が無いってことは…………まさか……っ。僕の恐怖に対するマーリンさんの慰めは無かった。否定出来ないんだ、彼女もミラの最悪の未来を……未来が失われる事態を否定するだけの材料を持っていないんだ……

「…………ストップ! これだけ離れれば大丈夫だろう」

 急いでるんじゃ無かったんですか! と、つい大声を出してしまった僕の背中の上で、ミラがもぞもぞと動き出した。丁度いい、コイツにも説明…………してもいいのか……? もしかしたら、これからお前は……などと……っ。こんな幼い少女に…………

「——来い! ザック!」

 ピィーーッ! と、甲高い指笛の音の後に、マーリンさんは何かを呼び寄せた。事態を飲み込めていないミラはキョロキョロおどおどしながら、不安げな顔をしている僕らを交互に見ていた。そしてそんなミラの視線も、僕らの視線も独り占めしてそれはやってくる——

「——っ! なん……っ⁈」

「乗って! こいつならすぐにアーヴィンに辿り着く!」

 バサっ——と、羽ばたく度に、足下の背の短い草がぺたんと倒れてしまう程の大きな翼。舞い散る羽は、月光に照らされるとまるで星の様に輝いてさえ見える銀色で。その体躯は、オックスよりもずっと大きく——

「ふく…………ろう…………っ⁈ 魔獣……⁈」

 翼を広げたその姿は、まるで見たこともない巨大なシルエットを闇夜に映す。側に立ったマーリンさんが小人に見える程の巨大な梟がそこにはいた。

「僕の相棒のザックだ。賢い子でね、言葉が分かるしなんなら魔力だって感知する。そして何より速い。最大四人しか乗れないけど今は問題無い。引き上げるから早く乗って!」

「っ! は、はい!」

 火急であることなんて知らないミラは、目を輝かせていの一番に飛び乗った。そしてマーリンさんと二人で僕を引き上げ、三人でオックスを引き上げると、ザックと呼ばれる大梟はそのしなやかな翼を力一杯羽ばたいて飛び上がった。

「おっきい! 白い! もふもふーっ!」

「の、呑気だなお前…………動物好きなんだな……知ってたけど」

 しっかり掴まってなよと指示されて、僕とオックスはしがみ付いているのがやっとだってのに。ミラは何がどうしたことか、ザックに抱き付く様に頰を擦り寄せて、そのすべすべの体毛を堪能していた。犬派じゃなかったのかお前……

「……皆、頑張ってね。いくらザックでも、四人乗せてアーヴィンまでとなると中々荒っぽい飛行になる。しがみついていられなくなって落ちたなんてなればお陀仏だ。なるべく休憩は挟みたく無いけど、絶対に無理はしないで」

 なるほど……確かにこれはキツイ。人を乗せて飛ぶなんて想定して進化していないんだから当然だけど、滑るし、羽ばたく度に筋肉が隆起して弾き飛ばされそうだ。

「……なんでアイツは楽しそうなんだ…………」

「不思議な子だよね。こうしていると、未来が見えなくなったなんて嘘みたいに感じるけど……」

 気付けばミラは、梟の頭の方まで登っていた。どうしてそんな所に……というか今は強化魔術使えないんだから、落ちたら大変なんだけど。そういうとこ、分かってるのかなぁ。アイツは多分、あそこから前を見ていればそのうちにアーヴィンが見えてくるとか、そんなワクワク感の為だけに特等席を選んだんだろうが……

 その後も景色は流れていき、いつか休んだ廃村も森も飛び越え、ザックはひたすら南に飛び続けた。そしてしばらく経ち、それは右手に強い光が見え始めた頃のことだった。

「…………っ! あれ…………あそこ…………っ‼︎」

 ミラが真っ青な顔でこちらを振り返った。一体どうしたのだろう、などと問う必要は無い。そもそもコイツが絶望するとすれば、それは誰かの為である可能性が高い。それこそ、大切な故郷のみんなの……

「っ! ザック、降下だ! みんな、ここからは走って行こう。流石に手が限界だろう」

 もうアーヴィンは目と鼻の先だ。ずっと握っているからというのもあるが、この速度だ。吹き付ける風に手が凍えて、もうロクに感覚が無い。マーリンさんは多分、僕かオックスの顔色でそれを判断したのだろう。梟はまた地面に降り立って、走り出す僕らを見送ってくれた。

「……行くよみんな。ちょっと痺れるけど…………揺蕩う雷霆(ドラーフ・ヴォルテガ)!」

 バチバチッ! と、体に痺れが走る。いつかもかけて貰ったリミット付き強化魔術で、僕らは普段のミラくらいの速さで草原を走り抜ける。もう少し……もう少し……と、走り続けていると、さっきミラが顔色を変えた理由がその影を現した。

「…………ッ⁉︎ あれ……魔竜……ッ⁉︎ それも一頭じゃない……」

「……何頭いるんだアイツら……っ。ミラさんはさっきこれを……」

 走り続けて街の入り口までやってくると、そこは避難した人でごった返していた。一体どこから避難してきたのか……なんて疑問の答えは、すぐに耳に飛び込んできた。

「——っ‼︎ ミラちゃん! 良かった戻ってきてくれたのね‼︎」

「これは一体……何があったんですか! 神殿は……地母神様の加護は……っ⁈」

 どっと押し寄せ助けを求める住民に、僕らは足を止め、空に舞う大きな影の数を数えて背筋を凍らせる。二頭だとか三頭だとかなんて話じゃない。空を覆い尽くさんばかりの数の魔竜が……あそこは…………ッ‼︎

「——神殿が——っ! 地母神様が襲われて……っ! 神殿の結界が破られて、コートの男が地母神様達に——っ‼︎」

 やはりそうだ。だが……結界が破られた? 結界って……あの全く見えなくなる、辿り着けなくなるあの変な奴のことか⁈ 確かミラはそれの開け方を知っていたけど……あれはそんな簡単に破れるものなのか? この街の術師が他にどれだけいるかも分からないけど、少なくともミラ以上の実力の術師が作ったであろう結界だろう⁈ そんなのを壊せるなんて…………っ!

「……まさか……エンエズさんも…………っ! 急がなきゃ……っ! 行こう、ミラ————ミラ……?」

 道を開けてください! と、僕らはみんなに退いて貰ってまた進み出す。だが……肝心のミラがその場に立ち尽くしたままで……

「————お姉ちゃん————」

 ぱりっ——。と、青白い光が走ったのが分かった。それはいつも見ていた雷光で、いつもとは違う勇気に満ちた言霊ではなくて——

「……お姉……ちゃん…………?」

 揺蕩う雷霆(ドラーフ・ヴォルテガ)。それは、確かに発動出来なくなっていた筈の魔術だ。そんなことに気付いたのは、ミラの姿がとっくに見えなくなってからのことだった。


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