第百九十二話
わいわいがやがや、なんてね。そんな擬音が似合う騒がしい馬車の中で僕は……………………膝を抱えて端に座っていた。
「良いかい? 魔術において、出力を上げる事と威力を上げる事は必ずしも比例する訳では無い。例えば火属性、炎の魔術なんかは顕著だね。火種を大きくするより燃料を多く準備する事で……」
「ふむふむ…………じゃあ、例えば風属性は地形や天候を上手く使って……」
「あっ。ってことは、オレの魔術剣はひらけた場所より……」
はーーーーい、やってきましたこのお時間っ‼︎ 出たよ! 出やがりましたよ! ええ! 僕は⁉︎ 魔術⁉︎ 使えませんからぁ⁉︎ 仲間はずれで! 当然ですけどぉ⁉︎ みんななんて大っ嫌いだ!
「…………さみしい……」
ことの発端は、ミラがマーリンさんに魔術の指導を請うたことからだ。嫌な予感はしていた、していたんだ。というかミラがそれをいつか聞くとは思ってたし、やっぱりそうなればこうなるとも分かっていたんだ。でもさぁ⁉︎ 酷くない⁉︎ 四人居てさ⁉︎ 一人だけ仲間外れってほんと…………酷くない⁉︎ そりゃ僕は魔術使えないよ⁈ おじいさん魔術翁にも一生使えない特殊体質だって言われてるし、もうそれはこの際いいよ、よく無いけど。でもさ? ちょっとは気を使ってくれても良く無い? なにもこの状況でぼっち製造する必要無くない⁈ あっ……ほう、マーリンさんスカートの下、昨日より短いズボン履いてるんだな。暑がってたもんね、むふふ。太ももが…………一歩引いたおかげでよく見える、ガン見してもバレない素晴らしい光景が……………………じゃなくって。
「……………………さみしぃ…………」
太ももは良いんだよ、ご馳走様です眼福ですなんだ。それはもう本当にありがとうございますなんだけど、仲間外れにするのはやめておくれよ。トラウマが開かれるんだ本当に。あっ…………おっ……おおっ……隙間………………もうちょい…………っ⁉︎ やばいっ、目があった⁈
「……ああ、ごめんごめん。アギトもこっちおいでよ。と言うか、君にも利のある話だよ? この先、君も魔術を——魔具を使う訳なんだしさ」
ば、バレてなかったか……よかった。もうちょっとで見えそうなんてことは一度置いておいて、僕はマーリンさんの手招きに甘んじて座談会に混じる。わぁい、もうぼっちじゃ無い。みんな大好き!
「……って、魔具? 魔具って、決まった魔術を発動させるだけじゃ無いんですか? そりゃ湿度の管理がどうのとか、前に言われた気もするけど……」
「うん、その管理についても関係してくるんだ。せっかくミラちゃんがこさえてくれた特注品を、本領の半分も引き出せないなんてなったら可哀想だろう? 知っておいて損は無い。これから君達は、幾度となく魔獣と戦う羽目になるんだから」
いや、幾度となく魔獣と戦う羽目にならない為に、アーヴィンに帰りたいんだけど……? 下手な質問を挟んで魔術の話を止めるとミラがへそ曲げるだろうから言わないけど、やっぱりマーリンさんは僕達を……ミラを兵力として王都に連れて行くつもりなんだろうか。それは嫌だなぁ……説得してやめにして貰えないだろうか。ポンコツでちょろい人だけど、多分仕事の話になると簡単では無いんだろうな……
「さて、これまでにアギトにはどんな魔具を?」
「はい、今コイツが腰に提げてる単発銃なんですけど……」
魔弾の射手という超威力の魔具の説明を、マーリンさんは興味深そうに聞いていた。なんでも彼女は魔具というものは作ったことが無いそうな。マーリン様くらいになると、魔具なんて人に持たせるより、自分で戦った方が早いし安全なのよ。と、何故かミラが自慢げに説明してくれたが……勇者様、強くなかったんなら作ってあげたらよかったのに。もしかしてミラと同じで、私が守ってあげるから退がってて系の魔術師だったんだろうか。もしそうなら、勇者様には同情するよ……これ、すっごい情けなくなるんだよなぁ。
「ふむふむ……確かに雷属性の魔力痕と…………? これ……うん? なんだろう…………」
まじまじと僕の腰の拳銃を……………………あ、この言い方ちょっとアレだな。僕の、着けているホルスターの、腰部分に、提げてある拳銃を。まじまじと見て、マーリンさんは不思議そうに首を傾げた。なにがそんなに……っ! もしかして……あの時の……っ。
『——兵器を強制起動出来る術式を展開する魔具を仕込ませていただきました——』
マズイ…………っ。もしマーリンさんが気付いてしまったのなら……そして口にしてしまったのなら。レヴの言う通り、コイツがレヴの存在を完全に認識した時二人が溶け合うというのなら…………っ。
「……ちょ、ちょっと! 近いですって!」
「あ、こら。隠すなよー。もー、もうちょっと見せてってば」
近い! べしべしと僕の肩を叩いてもっと魔具を見せろと催促するマーリンさんの顔が近い! くそう……良い匂いするなぁこの人は! ポンコツ童貞魔導士のくせに……
「こら、なんで隠すのよ。前から思ってたけど、アンタちょっと失礼よ。マーリン様はこれでこの国の偉い人なんだから」
「これ…………で……? え…………あれ………………? お、おかしいな……ミラちゃん? 今の聞き間違いだよね…………? なんだか……威厳が無いかの様な言い方に聞こえたんだけど…………」
あっ、しまった! と、ミラの顔に書いてあった。まぁ……結構ポンコツ隠せてなかったからな。必死で……それはもう必死で取り繕ってたし、僕も手伝ったけど。ミラの前でだけはカッコいいマーリンさんを保とうと頑張ったけど…………コイツ、意外と目ざといからなぁ。隠し通せなかった、か。
「…………あの…………ち、違うんですよ! 親しみやすい方だって……け、けけけ決して変な人とか、いつも鼻血出してる人とか! そんなことは思ってなくって!」
「……………………ミラちゃん……」
嘘が下手過ぎる。と言うかもう嘘つけてない、それはもう追い討ちだぞ。マーリンさんは、人目もはばからずボロボロと涙を零しながら床に手をついた。そんなにショックだったか…………そうだろうな。ミラに随分ご執心というかゾッコンというか……え? ゾッコンとか今時言わない? 嘘でしょ…………?
「あの、あの…………っ。そ、そうだ! 昨晩使ったあの強化魔術、本当に凄かったです! あれってどんな調整してるんですか? アギトに掛けたリミッター付きの方も含めて、色々聞きたいなー、って……」
「ほんと⁉︎ えへへぃ、凄かっただろう! アレは元々フリード用に改良した高出力版の強化魔術でさぁ!」
あ、元気になった。ミラもそうだけど、術師って専門の話になるとイキイキするよね。えーと、なんだっけ。ミラに掛けてた強化魔術と僕に掛けたやつ、確かにちょっと違う様に見えたけど……あれって出力抑えて僕に勝たせるためのハンデとかじゃなかったの?
「アレは身体負荷を軽減する為に、風属性を使って鎧を生成するイメージでね。補助に回した風の分の発電量を金水で補って……」
マーリンさんもマーリンさんだが、聞いているミラもオックスも随分興奮気味だな。い、いかんまた仲間外れにされる。聞けばミラに掛けていたアレは、いつもの強化魔術を進化させた肉弾戦等特化型の魔術らしい。身体強化と身体補助に魔力の殆どを回して、従来の物より高機動で高威力な攻撃を可能にするとか。それも補助で負担を軽減するから、いつかのミラや僕の様に目を回したりしなくて済むとかなんとか…………って。
「……それ、もしミラが反撃してきてたら俺超危なかったじゃないですか⁉︎ なんてもの使わせてんだアンタぁ!」
「あ、あんた⁉︎ こ、こらアギト! いくらなんでもこのマーリンさんをあんた呼ばわりは不敬だぞ! そりゃまぁ……危険が無かったわけでは無いけどさ……」
危険しかないわ! コイツの殺人蹴りなんて……それもいつも以上に強化された蹴りなんて食らったら、一撃で上半身と下半身がお別れしてしまう!
「あ、そうそう。勿論、その分電撃は殆ど使えないからね。抱き着いた時、ビリビリしなかっただろう? あれは体内に電気を取り込む性質があってさ、雷魔術を食らうと強化時間が延びたりなんか……」
「あ、確かにビリビリしなかった…………じゃないんだよ! 電気でビリビリする前に俺の体がビリビリになっちまうわ! コイツこれで俺に対して割と容赦無く攻撃してくるんだから! 甘えん坊のくせに!」
誰が甘えん坊よ! と、脛を思い切り……いや、多分結構抑えめに蹴られた。痛いことは当然痛いけど、蹲って動けなくなる程じゃないから加減はしてくれたな。今の僕の発言ちょっと気にしてくれたんだな、優しいなぁミラは………………優しい妹は脛を蹴らないんだよ!
「……もう! アギトはしばらく黙ってなさい! アンタが混じってくると話が脱線するのよ! 今真剣な話をしてたのに!」
「え…………っ? 黙っ…………ごめん、黙るから混じらせて。一人にしないでください」
反抗期だ…………っ。ついにミラにも反抗期が来てしまった……ぐすん。とても寂しいことを言われて本気で凹んだ僕は、静々《しずしず》とミラの後ろで話を聞くに徹することにした。魔具は……マーリンさんには悪いけど、この騒ぎに乗じて見せずに済みそうだ。その後もマーリンさんによる魔術講座は続き、休憩の為に馬車が止まるその時まで彼女達はワイワイと盛り上がり続けた。オックスとマーリンさんが随分気の毒そうに僕を見ていたことは忘れない。あとで覚えておけよミラ…………ぐすん。