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異世界転々  作者: 赤井天狐
異世界転々
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第百九十一話


 チビ助は制限時間内には結局起きなかった。だがどうしたことか、マーリンさんが今朝はやってこない。部屋の時計を見るに、もうそろそろ出発の時間なんだろうけど……

「ミラー。ちょっとー、おきてってー。はぁ……毎朝これじゃ、アーヴィンに戻っても仕事どころじゃないぞコイツ……」

 不意に懐かしい生活を思い出す。毎朝コイツのやかましいモーニングコールで叩き起こされて、お風呂に入る為になんて罰当たりな理由で教会に赴いて、仕事をして。合間にあのまっずい定食屋で落ち合って、仕事に戻って。そして……

「……おかえり。ミラ」

 引き剥がしてそのままほったらかすのはちょっと忍びなくて、代わりに腕にしがみつかせた少女の頭を撫でると、随分気持ち良さそうに抱き付く力が強くなった。ダメだ、僕はダメなやつだ。起こさないといけないのに……どうしても甘やかしてしまう、ダメなお兄ちゃんだ……

「……でも、そろそろ行かないとな。しょうがない、か。ごめんなさい、マーリンさん」

 仕方ないことだから。マーリンさんと鉢合わせる前に起きてくれることを祈りながら、僕はミラをまたおぶって部屋を後にした。荷物は自分の部屋に置いて来たのか、コイツ。じゃあ取りに行かないと、か。もう、めんどくさいなぁ。

 がちゃりと鍵も閉まっていないミラの部屋のドアを開けると、遅ればせながら罪悪感くんがやってきた。この部屋で過ごした訳でも無ければ、本人は背中の上にいる状態ながら、年頃の妹の部屋に勝手に入るのはマズかったかな。多分、荷物の中に着替えとかもあるだろうし…………別にいいや。今更コイツも文句なんて言わないだろう。いっつも同じ部屋で寝泊まりしてるんだし、平気平気。

「……んん……アギト……?」

「おお、起きたか。よかった、間に合った」

 寝ぼけた声で、間抜けな顔で。ミラは夢の世界から帰ってきた。理想的なタイミングだろう。ほら、着替えとか僕が勝手に片付けちゃっていいの? よくないでしょ? ほら、ちゃんと起きて……っていうか降りて。

「…………服なんて……適当にカバンに突っ込んで……くれればいいから…………むにゃ……」

「起きてー。ねえ起きて。起きてって、降りて。おおい、ミラってば」

 お兄ちゃんに服触られるの抵抗無いの? まだ反抗期じゃないもんね。お父さんのお嫁さんになるー、なんてこと言ってる年頃だろうか。ふふ……あ、いや。コイツ十五歳だったわ。満年齢で言ったら十六。こっちの歳の数え方ってどうなってんだろうか。

 無理に床に降ろした所為か少しだけ不機嫌になったミラを連れて、僕らはマーリンさんが待っているであろう場所を探し回った。本人の部屋、食堂。それから馬車。はて、あの人どこへ行ったんだ? ミラがちゃんと起きてくれれば、匂いで探して貰うんだけど……

「…………んん? アギト、何か聞こえない?」

 何かって……何が? と、尋ねると、ミラは目を瞑って耳を澄ませる。そして……ゆっくりと僕の方に向かって倒れかかってきた。ダメだってば、起きなさい。僕も必死でそれを支えて、ヨダレを垂らし始めてしまった、人前に出せる状態じゃないミラの顔をタオルで拭いてなんとか体裁を保つ。お願いだからシャンとして、市長になるんでしょ? と言われれば、流石に目も覚めるようだ。あんまり多用して効果が薄まるのも困るからこれはとっておきにしよう。

「……中庭の方かしら。行ってみましょう」

「おう……の、前に。髪跳ねてるから……やったげるから、ちょっとどこかで座りなさい」

 さっき僕にもたれかかった時に擦れたんだろう。細くて軽くて帯電性の高い髪がぴょんと立ってしまっているじゃないか。もう……手の掛かる子だねぇ。なんて言いながら櫛を入れる僕の立ち位置は、もうすっかりお祖父さんだな。孫が可愛くてたまらない。

 ささっと身支度を整えなおして中庭に向かうと、そこには木刀……だろうか? カンカンと乾いた音を響かせながら戦っているオックスとユーリさんの姿があった。何を…………ああ、そういえば。

「……おや、遅かったね二人とも…………………………ぶほぉ」

「マーリン様⁉︎」

 朝っぱらからやかましいな、この人も。人の顔を見るなり、鼻血を噴き出しながらとんでもない機敏性で後退って行ったマーリンさんの顔色が優れない。どうせ昨日のことで興奮して眠れなかったんだろう。気持ちはわかる。こう…………僕は男だから。なんとかする手段を持ってるけど、マーリンさんはそういうわけには行かないからね。どうだろう、女の子のそういう問題は分からないからな……まぁ、分かるようなら今の彼女の気持ちは分からないんだけどさ。

「……ユーリさんって本当に人がいいですよね」

「ん、そうだね。しかしオックスは筋がいい。力も強いし、体の動かし方にも無駄が少ない。良い師匠に教えられたんだろう」

 ちょっとクソ野郎だけど良い師匠だよ、ちょっとクソ野郎だけど。オックスはそもそも強くなりたいという目的があって、少しでも何かミラに教わろうと旅に同行し始めたのだ。そこへ王都の、それも国の重要人物直属の騎士団の、その騎士団長ときたもんだ。マーリンさんを介してか本人に直接かは分からないが、オックスはユーリさんといううってつけの師をみすみす見逃す男では無かったというわけだ。ううん……強くなるなぁ、アイツばっかり。僕がチビ助の世話をしている間にもこうして稽古を…………うぐぐ。

「二人とも、主役が起きたよ。そろそろ行こうか」

「——っ。はい! ユーリさん、ありがとうございました!」

 ああ……汗を拭うオックスの爽やかさたるや。こっちはコイツのヨダレを拭ってたってのに…………うぐぐぐぅ! そろそろ僕にも強化イベントが起きてもいい頃だぞ……? どういうことだ、今んところ魔術は一生使えないって言われて。護身用の体捌きを教わりながらへっぴり腰を笑われて。強化魔術を掛けて貰っての特訓でゲロ吐きまくったくらいだぞ。いや、マーリンさんの強化ではそこそこ動けたんだけど。

「……ねえ、アギ——っ⁈ アギト……アンタなにか悪いもんでも食べた……? すごい顔してるけど……」

「……ほっとけ」

 へっぴりごしを笑ったのも、扱いきれない強化魔術を掛けたのもお前だからな⁉︎ もっとこう……ちゃんと強くなれるイベントを用意してくれよ! デンジャラスなイベントばっかり起こしやがって、いろんな意味で。ほんと……危ないことするなら僕の準備が出来てからにしてくれよな。

「…………っ。な、なによ。いきなり人の頭…………やめないでよ」

「お前寝るからダメ。これから出発だって言ってただろうが」

 ポンポンと頭を撫でてやると、もっと撫でろと背伸びをしながらせがんでくるこのチビ助に、こんなのに守られてばかりなのかと思ってしまって無性に腹がたつ。うん……なんていうか…………感謝と情けなさと八つ当たりが順番にくるな。それだけ僕が成長していないってことなんだけどさ。

「よーし、じゃあ行こうか。みんな馬車に乗ってー。昨日と同じでお昼まで停まらないから、トイレは今のうちに行っておくんだよー」

 まるで遠足の様な号令をしながら、マーリンさんはいの一番に馬車へと乗り込んで行った。なにをそんなに急いで…………あれか? 昨日ミラが座っていた席、とかそんな……いや、流石にそこまで落ちぶれてないだろう、伝説の勇者の仲間だし。大魔導士だし。

「ほら、行くわよ。なにボーッとしてんのよ」

 流石に失礼だろう。いや、だがあのポンコツマーリンさんのことだからあながち……なんて葛藤している僕の手を、ミラはグイと引いて走り出した。コレはコレで馬車の旅を気に入ったのかもしれない。あんなに嫌がってたくせに、馬車。まぁ、マーリンさんの話を聞くのが楽しいんだろう。その調子で海も克服してくれ、僕はまた行きたいんだ。船にも乗りたい。

「よーし、点呼とるよー。ミラちゃん、オックス、それから僕、と。よし、全員いるね」

「子供みたいないたずらしないでください……」

 だから! スカート! 人の前で立ち上がるな! ほんと…………そういうとこだぞポンコツ魔導士! 見てくれだけは良いんだから、もうちょっとお淑やかにだなぁ。ああ、そうだそうだ。うん……こうして二日ぶりに会って再認識した。同志であり元ギルマスであり現在僕の数少ない友人の書く異世界冒険譚のヒロイン、ドロシーちゃん。やっぱりあの子とマーリンさんは似ても似つかないな! 見た目もまぁ全然違うんだけど、振る舞いが特に。ああ……いいよね小動物系。お姉さん系がストライクな僕だけど、同い年か歳下ならあんな感じの守ってあげたくなるタイプのヒロインが良いなぁ。ここの面々はどいつもこいつも強いんだよ……物理的に…………魔術って物理か?

「よーし。ユーリ、出してくれー」

 ガタンとまた馬車は揺れ始めた。次はどんな街に着くだろうか。徒歩の時と違ってある程度安心出来る旅だから、もうワクワクが大き過ぎて。ミラと同じ様に目を輝かせているんだろうか、僕も。いや……アイツほどはなかなか難しいな。あんなに純粋な好奇心を持ち続けられなかったし、それを表に出すことに躊躇してしまいそうだし。

「……? なによ? おーい、アギトー?」

「…………お前は本当に、間抜けだなぁって」

 ジッと見過ぎて不審がられてしまったミラに、今伝えられる最大限の賛辞を送る。僕ももっとこの世界の美しさと残酷さに感動出来るようになろう。噛み付かれた首元の熱さと痛さによる身の危険にそう心に刻んで、僕らはまた次の目的地へと進む。


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