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異世界転々  作者: 赤井天狐
異世界転々
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第百八十九話


 ああ、もう朝か……………………さむっ⁉︎ なになに……なんなの⁈ そりゃこっちでは湯たんぽ無いけどさ、そんな寒いって程の季節じゃなく無い⁉︎ あまりの寒さ、昨晩との温度差に、蹴っ飛ばしていた布団を手探りで引き戻しながら、僕は慌てて体を縮こまらせた。

「……うー、さむさむ。って…………ああ、雨か。嫌だなぁ……」

 寒さの原因は雨。ジメジメするし、店まで行く道のりすらも億劫になってしまうなぁ。なんて考えながら、僕はそろそろアラームが鳴るスマホを手に取った。そして…………

「…………っ⁈ もうすぐ一ヶ月経つ……だと…………?」

 寒さの原因のもう一つ。僕の誕生日から——つまり、この行ったり来たりの生活が始まってから、もう一ヶ月近く経っていることをスマホのカレンダーが教えてくれた。夏が終わる終わる言ってたのもついこの間な気がしたが、そうか……もう一ヶ月か…………まだ一ヶ月なのか……? うん、もう日付感覚とかぐちゃぐちゃだよ。一ヶ月って言っても、僕の場合三十日じゃ無いもの、六十日あるんだもの。

「……はぁ、四週間か。四週間もあいつと一緒にいんのか…………」

 そりゃぁ…………うん。慣れもするよ。はじめの頃はもっとこう……近寄るだけでも色々不具合が発生するくらい緊張したもんだが。ああ……うん。あの頃の僕は、丁度あのポンコツ魔導士と同じ様な感じだったのだろう。うーん…………いや、止そう。あれは美人だからギリギリヤバいやつで済んでるんだ。思い出すな…………通報案件だったであろう僕の過去を思い出すんじゃない………………

 さて、今朝も今朝とてバイトに行こうじゃないか。そんな独り言でしとしと降る雨の音に下がったテンションを持ち直そうとしている時、デンデン氏から一通のダイレクトメールが届いた。なんだろう、今からは流石にゲーム出来ないよ……?

『おはようございますぞ、アギト氏。今日は生憎の空模様ですが、そんなものは電脳空間には全く関係あらず。今晩一緒に遊びませんかな?』

 今晩、夜か。なら……まぁ。僕は快諾の返信をする。ゲームかぁ…………平和なのがいいなぁ、うんうん。まったく敵とか出ない……農場を経営するゲームみたいのがいい。敵とか魔獣とか竜とか……ちょっとうんざりと言うか……

「えーと……『なにか平和なゲームでオススメない? 心が……疲れちまったよ……』と」

 うん……何の気なしにミラ(ゲームキャラ)を作ったけど、あいつの見た目のキャラが戦うのって……今の精神状態だとちょっと見たくないんだよな。もっと平和な…………ほんと、釣りとかするゲームとかでいいんで……

『平和なゲームですかな? なら……』

 色々知ってるなぁ、なんて今更思うことでもあるまい。そもそも僕らはゲー廃な訳だし。デンデン氏から勧められた平和ゲーのレヴューやらプレイ映像をチラチラと眺めながら、僕は今朝もバイトに出かけた。母さんが家にいたし、兄さんの車もあったから…………ああ、今日は日曜日かな?

 雨って本当に嫌だよね。なんてことを飛び越えるに飛び越えられない水たまりに思いながら、僕は板山ベーカリーに到着した。うん……なんだろう、すごく久しぶりだな。なんでだ?

「ああ、おはよう原口くん。雨だねぇ……」

「おはようございます。雨ですねぇ……久しぶりに」

 雨なんてここのところ降ってなかったなぁ。なんて世間話を店長と交わし、のんびり着替えを済ませて出勤する。ああぁ……こんなこと言いたくないけど、雨降ると店の床ぐしょぐしょだなぁ。いや、大体僕の足跡だけど。

「今日は営業あるんですか?」

「今日は無いねぇ。花渕さんの言っていた路上販売もこの雨じゃ難しいだろうし……今日は暇だろうね」

 はは、今日もでしょー? なんてことは口が裂けても言えない。僕が言わなくってもどうせあの子が言うんだ。店長の精神ポイントをなるべく減らさない様に守らなくては。

 そして噂の花渕さんもお昼前ごろにやってきた。うん……雨、いいかもしれない。ちょっとしっとりする感じ……いいか……………………ち、違うんですよ……

「はよーっす。ジメジメする……髪ベチャってする……おっさん、蒸し暑いんだから痩せてよもう……」

「あはは……無茶言いなさる…………」

 どうやらジメジメは苦手なようだ。うん……あと、ごめん。太ってて本当にごめん。そして…………さっき変な目で見てしまって本当に申し訳ありませんでした。通報だけは本当に勘弁してください。いつか向こうと同じノリで女の子に接して通報、逮捕される展開。あると思います。あってたまるか! 本気で気を付けよう。

「店長―、今日は車出さないのー? こんなの絶対暇じゃん……雨強くなるって予報出てたし……」

「あはは……はい、ごめんなさい。今日はどこからも声かかってなくって……」

 店長しっかり。気をしっかり持って。花渕さんの口から発せられた、終わったわー。というトドメの一撃に、店長の目からは光が失われてしまった。勘弁してあげて…………

「雨対策、考えないとだし。これ、お客さん来たら床滑るよ。定期的にモップかける位しか今は出来ないけど……店が繁盛したらそんな暇もなくなるんだしさ」

 その不安はさっき僕も同じこと思ってたよ、ふふん。でも……うん、だからどうしようみたいな所まで至らないのが僕の足りない部分なのだろな…………こう……雨でぐちょぐちょだね(小学生並みの感想)で終わらずに、モップで拭くとか対策を講じる所まで行かないといけないな……僕も……

「うん、そうだね。今は余裕あるけど……いつかは余裕が無くなる様にしないといけないわけだし。とりあえずマット敷くところからかなぁ……」

「泥落とすマットくらい初めから用意しなよ……ここ、食べ物売る店だよ……?」

 店長―――っ! 確かにそう言われてみれば当たり前だね、なんでなかったんだろうね。って僕もなっちゃったけど! もう少しオブラートに! 優しい言葉で届けてあげて! 投げつけないで! 尖ったものを! 投げつけないであげて!

 その後、僕達の悪い予想は的中することとなる。午後三時までに来たお客さんの数は合計五名。売り上げは二千円ちょっと。うん…………僕が二時間働いたら無かったことになる金額だ。

「……ちょっと本格的にやばいじゃん。今日は仕方ないにしても……明日、移動販売しっかりやってね、店長。ちょっとでも稼いで、何より名前を売ってくるし。特定の需要がターゲットな以上、待ってても改善は無いよ」

「う、うん。任せて」

 これは一体なんだ。オーナーと雇われ店長か? その実ただのバイトの小娘と個人事業主の店長なのだが。うむむ……どんどん花渕さんの権力が強くなっていく……頼りになるからいいけどさ。

 その後、夕方に子連れのお客さんがそこそこやって来て、売り上げ自体はまぁまぁと言った結果になった。僕らの人件費は賄えるくらいに、だが。うん……あんぱん十個売っても僕一人一時間働かせるだけで相殺されちゃうんだね。そうか……僕は一時間にあんぱん十個は売らないと居る意味ないのか…………

「それじゃあ二人とも、ごめん。今日はここまでで」

 分かっていた結果なのだが、お客さんのピークが過ぎると僕らは少し早めにあがることになった。分かってはいたけど……ううん、無力感。花渕さんみたいにもう少し色々考えられたら良いんだけど……

「……おっさん。おっさん、ちょっと」

「へ? ああ、はいはい。今行きます」

 ちょいちょいと手招かれるままに、僕は花渕さんとともに控え室に入って行った。なんでしょう、今日は特にミスらしいミスはしていないと思ったのですが……

「…………割と一大事だし。このままだとあたしら無職になっちゃうじゃん」

「無…………っ! ぐっ……なんて心臓に悪い響き……」

 ふざけてる場合じゃないし! と、脇腹を小突かれた。彼女が言いたいのはつまり、店のピンチだろう。それは流石に僕も分かってるし、だからこそ最近の花渕さんが色々画策してくれて居るのだろうけど……

「私らがやれるのは、来たお客さんが悪い印象を持たずに店から帰る様にするくらいしか無い。店が立て直すとすれば、それは店長と運がきっかけになる。でも店長はのんきだし、危機感とか全然無いし。こうなったら、運の方をなんとかするしかないとこまで来るじゃん。もうそのうちに」

「運をどうにかって……どうにもならないんじゃ……」

 どうにもならないことしなきゃいけないから一大事だって言ってんじゃん! と、ちょっとガチ目に怒られて本気で凹んだ三十歳は私です。ぐすん。つまりなんだ、店長のモチベーションを上げないといけない、ということか? あ、もしかして最近当たりが強いのって危機感を煽る為的な? へ? それは普通に接してるだけ。店長がシンプル情けないだけ、ですか。そう、ですか…………

「おっさんもなんか考えといて。他のバイト探すのめんどくさ過ぎるし、ここ近いし。とにかく売り上げを上げないと…………」

「えっと……言ってることはもう本当にごもっともなんだけど…………随分焦ってない? どうかしたの……?」

 はぁ。と、ため息をつかれた。うう……そんなに的外れなこと言ったかなぁ。花渕さんは頭を抱え、そしてスマホをすいすい操作しだして……ゆっくりと画面を僕の方へ見せてくれた。

「…………新しくパン屋が入るんだって。デパートのテナントに……」

「………………おっとぉ……これは…………」

 ここは住宅街。住宅街とは住宅が、つまりは人が住む家が密集した地域のことだ。そんなところに暮らしている人々は、基本的に最寄りのスーパーやデパートへ日用品の買い物へ出かけるわけで。そこにパン屋が出来るということは、だ。つまりは……だ。

「……店長はそのこと…………」

「知らないわけ無いし。それでもあんなだから焦ってんの」

 なるほど、それは………………はい。帰ったらバイト先探しとかないとなぁ……なんて不誠実なことを思いながら僕は帰途に就いた。ま、そんなのはすぐに忘れてゲームしちゃったんだけどね。デパートにパン屋さん、か。ちょっとシャレにならない危機が板山ベーカリーに訪れようとしていた。


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