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異世界転々  作者: 赤井天狐
異世界転々
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第百八十七話


 今更何を取り繕えるか分からないが、僕は姿勢を正してオックス少年と向き合った。さあ、ここからはマーリンさんの口八丁が何処まで通じるか……いや。何処まで押し通せるか。力技でもなんでもいい、なんとしても威厳を保たなければ……

「……い、いやぁ。さっきちょっと言い過ぎちゃったかなーって。ミラちゃんにフォロー入れておいてってアギトに伝えようと思ったんだけど……ほ、ほら。夜も遅いし、年頃の男の子の部屋に入るのも気が引けるって言うか……」

「はあ……」

 おっと、まったく信じてくれてないな。違うんだ少年。僕は決してやましいことをしていたわけではなくってね? 純粋な優しさ……親心の様なね? それとほら、鼻血は…………最近は蒸すから、この辺も。のぼせちゃって……よし、こんな説明で行こう。あとは浮かない顔をして目を伏せたままのオックスに、どう話しかけるか……と、間合いを計っていると、先に彼に動かれてしまった。

「……マーリン様。その……お願いがあるんです……」

「お願い? 君が……僕に……?」

 僕に出来ることなら。と、頼りになる大魔導士の顔で、僕は少年の頼みに首を縦に振った。しかし、お願いとはなん…………ま、まさかとは思うけどその…………今日はアギトとミラちゃんが二人でよろしくやってるから、代わりに相手をしてくれとか……っ⁈ だ、ダメだぞオックス⁉︎ そりゃ君も思春期だし、色々持て余すお年頃だろうけど⁈ だからって誰でも良いみたいなそんな…っ⁉︎

「…………お願いします! 俺を……オレを鍛えて欲しいんっス!」

「……? 鍛え…………あ、ああ! なるほど! よかったぁ…………」

 よかった? と、オックスは首を傾げて僕の顔色を窺っていた。ごめん、こっちの話。と、邪な考えの所為でその純粋な目を見れなくなって、僕はつい顔を逸らす。いかんな……今朝のこととさっきのことで、頭の中がどうにもしっちゃかめっちゃかだ。

「…………って、鍛えて欲しいって⁈ なんでまた⁈ 君は十分強いだろう? 体も大きいし、さっきも言ったけどミラちゃんよりずっと……」

「——でもっ! でも……オレは何も…………出来なかったんス……何も……」

 少年は悲痛な面持ちで心の内を吐露した。何も出来なかったとは多分、話に聞いたゴートマンという男に襲われた時のことだろうか。聞けば、どちらも偶然見逃された、とのことだったが。そのどちらとも、彼らは一方的にやられてしまった、と。彼はそのことを悔いているのだろうか。

「…………それは君が気にすることじゃない。さっきも言ったけど、向いていないにしてもミラちゃんは強い。今の彼女で太刀打ち出来ない相手をどうこうしようなんて考えなくていい。それはもう、僕達軍人の領分だ」

 きっと何を言っても無駄だろう。彼はどうにも魔獣に対しての思いが強過ぎる。なんとしてもそれを打ち倒す。なんとしてもそれを許さない。そんな……よくない感情が、ほんのひとときまみえただけのあの群れに対しても、ふつふつと湧いているのを彼の目に感じた。

「……それじゃ……ダメなんっス…………」

 彼の過去は知らない。星見で視ることが出来る未来は狭い範囲に絞られるし、それに何度も確かめてやらないと詳細は分からない。だから僕が知っているのは、ミラちゃんの不幸な未来と、それから仕事で見続けているこの国の近い未来だけ。だから、彼については憶測でしか語れないが……魔獣関係で相当な思いをしたのだろう。父親か母親か、或いは兄弟か。最も近しい家族になにか……いや。そんな生(ぬる)い話では無い。最愛の家族を、魔獣によって失ったのだろう。

「…………はぁ。分かった、話を聞こう。君が強くなりたい理由はいい。君が強くなって成したいことと、どう強くなりたいかを説明したまえ。納得のいくものなら君に稽古をつけよう」

「っ! 本当っスか⁉︎」

 納得したら、ね。と、もう一度釘を刺す。だが彼は無邪気に喜んだまま、あれこれレポートを頭の中でまとめ始めた。まったく……そういう子供らしい顔の方が似合うから、出来れば僕は君みたいな子供に戦って欲しくないんだけどな。でも、王様はそんな僕の願いなんて聞いちゃくれない。これからも少年兵を募り続けるだろう。うん……だからこそ…………

「……マーリン様?」

「……っと。うん、ごめん。纏まったかな?」

 はい! と、元気のいい返事が返ってきた。彼とは違う、フリードとも違う。真っ直ぐで純粋で、その下に暗い思いを積み上げて……それでも強く振る舞う歳不相応な彼の在り方は、僕には少し眩しいものだった。

「…………オレは、強くなってみんなを守りたい。アギトさんも、ミラさんも。それにガラガダにいる親友たちも、先生も。マーリンさんだって、ユーリさんだって。オレによくしてくれた優しい人を、大切な人をみんな守りたい。その為に……」

 すう。と、大きく息を吸った。この先は彼にとって希望や目標では無く、重荷になりかねない課題であるとその表情は語っていた。それでもオックスは……

「……その為に、オレは魔獣を倒す力が欲しい。大型魔獣も、魔竜も。ゴートマンだって倒せるだけの力が。もう……二人の後ろで隠れてやり過ごすだけじゃない。オレが二人の前に立って……それで……」

「…………大丈夫。もう十分伝わったよ」

 僕は必死に着地点を探すオックスの肩を叩いてそう伝えた。十分、痛い程に伝わった。少年の大きな体に見合った大きな望みじゃないか。少年の心に見合わない、危なっかしい願望じゃないか。でも僕はそれを否定しまい。彼には良い見本がいる。きっと道を踏み外すことも、押し潰されてしまうこともないだろう。

「でも、僕は何も稽古をつけてやれないな、それでは」

「…………っ! そんな……」

 少年は酷く落ち込んだ様子で、なんとか僕を説得しようとアレコレ言葉をちぎって投げる。もうそれは説明でも説得でもない、ただバラバラになった単語でしかなかったが……ふふ。僕ってほんと大人気ないっていうか。うん、いつか誤解を生んで嫌われるとコトだ、この子達の前でこういうタメみたいなやり方は控えよう。どうにも、語り部としてのクセが抜けないな。

「……まぁ待ちたまえ。僕に教えられるものじゃ、君の望みには届かないんだ。だから、うってつけの師を用意しよう。明日の朝から早速稽古だ。寝坊するんじゃないよ?」

「っ‼︎ あ、ありがとうございます‼︎」

 少年は深々と頭を下げ、そして失礼しますと元気よく部屋を飛び出していった。まったく…………まぁ、あの子からしたら僕は随分年上で、それに冒険譚の登場人物でもあるから仕方ないんだろうけど…………

「………………年頃だろうに、全く僕になんか興味なさげだったなぁ。うう……やっぱ美人だ、ってあれ……お世辞なのかなぁ…………」

 別にそういう展開になって欲しいわけではない! 断じて! というかもう男は本当に懲り懲りだ! でも…………うん。なんというか…………おばさんには興味湧かないやって言われたみたいで…………凹むっていうか…………

「…………はぁ、僕は何に落ち込んでるんだ。欲求不満みたいじゃないか、これじゃ……」

 それもこれもあの二人の所為だ。くそぉ……ミラちゃんと毎晩毎晩そんな……お楽しみしやがって、アギトのやつ。い、いかん……考えたらまた鼻血出てきた……………………何やってんだ僕。

「…………危ういな、彼も」

 思い浮かべるのは在りし日の勇者の姿。頼りない顔で、頼もしい背中を向ける懐かしい男。彼らももしかしたら…………いいや、彼の様にはさせない。させてはならない。僕はその為にやってきた。この時の為に…………

「今度は大丈夫。もう……守られてばかりじゃない……」

 明日は早くに起きてオックスの師匠役を説得しなければならないし、もう寝よう。ギュッと握った拳と決意を布団の外に投げ捨てて僕は目を瞑った。念の為、もう一度星見をしておこう。彼女の未来はなんとしても繋がなければ——

『————アンタの——意外と大きいわよね————』

 ぶはっ⁉︎ だ、だめだ! そんな…………おほぉう⁉︎ い、いかん! 一度意識してしまった所為で……目を瞑るとよくない妄想が……ぐふふ………………ぐふふふ……じゅるり。

「お、おちつけ……そだ、いつか彼に教わったあれを試してみよう……羊が一匹……羊が二匹…………ウールの可愛い寝巻きに着替えたミラちゃんが三人……っ⁉︎ ぶっほぁ‼︎」

 鼻血が! 借り物の布団に僕の高貴な……高貴ではないな。僕の…………なにか良い感じの血液が! シミになったらまたユーリになんか言われる! ああっ、くそう。もこもこの可愛い感じの、それでいてちょっと肌の露出があるセクスィーな服を着たミラちゃんが四人も迫ってくる! ああ! 五人目が! だめだ! 鍛えに鍛えられた妄想力が止まらない! 美少女と戯れる夢の為に鍛えた力が、実物を知ってしまったが為に暴走してしまっている⁉︎

「…………ぶふっ……い、いかん。このままだと眠る前に出血多量で失神する……」

 結局、僕はその晩、特に寝もせずシーツのシミ抜きに徹することになった。ああ……ミラちゃんが…………可愛いミラちゃんが四千九十六人…………


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