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異世界転々  作者: 赤井天狐
異世界転々
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第百八十話


 僕らは朝食をご馳走になって、そしてすぐに身支度を整えた。長い旅路を共にしたボロボロの服との別れに少しだけ寂しさを覚えながら、貰った新品の厚意に袖を通す。ずっと肌触りの良くなった布地は、いかに僕らが貧乏であったかを物語っていた気がした。さて、出発しよう。アーヴィンに向かうとなれば、来た道を辿るのが正解だろうか? となれば、まずは西へ——フルトの街へ向かうのかな。エルゥさんともう一度会えるのか……なんか言われそうだな……

「おーい、どこに行くんだい? こっちだよ、こっち。アーヴィンは南だぜ?」

「ああ、えっと……実は地理に疎くって。来た道を辿らないと帰れないって言うか……」

 手招きしていたマーリンさんは、首を傾げながら南を指差した。非効率に見えるかもしれないけど、知らない道を行って厄介な魔獣と出くわすなんてことの無い様に。急がば回れでは無いが、遠回りでも見知った道を行くべきだろう。まだミラも戦えないのだから尚更……

「だーかーらー。急ぐって言っただろー。君達は徒歩の旅に思い入れがあるかもしれないけど、アーヴィンまでは特急で馬車の旅だよ」

「……馬車……って……」

 おや、話が見えてこない。僕らが貧乏なのは彼女も知っているだろうに。それとも……路銀を貸してくれるんだろうか。案外馬車を貸してくれたりして。運転手付きで……なんて。そんなわけ……

「…………えっ。乗せてってくれるんです?」

「だから急ぐって言っただろう。ほら、早く早く」

 天使か。ブンブン手を振って催促する救世主がそこにいた。なんて有難い話だ。そりゃちょっとはそんなことも考えたけど、まさか本当に乗せて行ってくれるなんて。というか星見の巫女様、そんなに王都離れていて大丈夫なんだろうか。仕事とか……多いんじゃないんだろうか……

「ほらほら乗った乗った。あ、ミラちゃんは窓際ね。ここらは蒸すから、ちょっとでも涼しい所が良いだろう。男どもは我慢しな」

 なんてあからさまな贔屓をするんだ。急いで走って行った先には大型の馬車があった。馬三頭で引く随分立派な荷馬車に、やはり権力とは偉大だと再認識する。そんな僕達をマーリンさんはグイグイ押し込む様に馬車へと追いやった。そして……どうしてか自らも同じ箱の中に飛び込んで来たでは無いか。あっ、スカート…………い、意外と無防備だぞこの人……ごくり。

「……って、なんでマーリンさんまで……?」

「なんだよう。僕がいちゃいけないのか!」

 いえ、そういうわけでは……近いって。深緑色のワンピースの上からパーカー紛いなローブを被って、彼女は如何にも魔術師と言った出で立ちで……出で……立ち? 魔女っ子って感じの服装で僕の隣へ座り込んだ。あの……あんまりスカートで膝とか立てない方が……

「いや……その。マーリンさんはちゃんと自分用の頑丈な馬車とか……っていうか、王都に帰らなくて良いんですか……?」

 あっちー。とか言いながら手でパタパタ顔を扇ぐ姿を、とてもあの従順な騎士達には見せられない。こんな環境に偉い人を押し込むんじゃ無いよ。あと! 襟元をパタパタするんじゃない! 暑いならなんで厚着して来たの! 薄着で来られても困るけど!

「……? あれ? 言わなかったっけ。言わなかったね。僕も一緒に行くんだよ、君達と。僕らはこれからクリフィアを目指す。それから歩いてアーヴィンへ向かう。アーヴィンまで馬車で行こうと思うと、南側に回らないといけないから時間掛かるんだよね。あそこ森とか川とか多いからさぁ」

「ああ、なるほど。確かにクリフィアへ向かうのに森とか抜けた気も……じゃなくって」

 なんだよ、まだ何かあるの? と、ブーたれる巫女様の子供っぽさには一度目を瞑ろう。この人もミラと同じで説明下手だな……術師ってのはみんなこうなのか……?

「えーっと……仕事とかあるだろうし、偉い人がミラ一人の為にそこまでしていて良いのかな、って。マーリンさん一人で行くなんて危なっかしいこと、ユーリさんがさせるとも思えないし……」

「ああ、そういうこと。それは大丈夫だよ、僕の仕事なんて適当に未来を見てオールオッケーって言うだけだから。それからもちろん、ユーリ達も……というか、連れていた小隊全員で向かうよ。ゴートマンってのが本当に危険な男なら、戦力を惜しむ理由も無いからね」

「適当…………って。いや……俺達としては有難いし頼もしいことこの上ないんですけど……」

 手厚過ぎて逆に怖いというやつだが、それは言わないでおこう。まさかとは思うが、ミラが可愛いから助けたいとかそんな馬鹿げた理由ではあるまいし、多分王都まで無事に連れて行きたいとかそんな理由だろう。まぁ、その王都に連れて行きたい理由が分からないんだけど。一目見てみたいってことでユーリさん達を派遣したらしいけど……

「……………………じゃなくって! マーリンさんは国の要人なんでしょ⁈ なんで俺達と同じ馬車なんですか!」

「えー、いいじゃない。もっとミラちゃんと仲良くなりたいんだよ」

 まさかとは思うが…………本当にそんな馬鹿げた理由で僕らに良くしてくれてるんじゃないだろうな……? べちべちと僕の膝を叩きながら、マーリンさんはまた悪代官の顔を近付けてきた。ミラに執着し過ぎじゃないかな……?

「……それで、次はどんな賄賂をくれるのかな? 正直今朝のが刺激強過ぎて頭パンク寸前だったから、今度は軽めのでお願いしたいんだけど……」

「……今朝のことは忘れてください…………」

 にやにやと頰を緩めるこのだらしない顔は、他の人には——特に騎士達には見せられない。なんとしてもこの人の威厳を保たねば……僕だけが知っているこのポンコツ巫女様を……

「賄賂って言っても……そうだな。ころころ表情変わるし、突飛なことするし。ただ見てるだけでも面白いですよ?」

「……珍獣みたいな扱いなんだね……君にとってのミラちゃんは……」

 おっとバレてしまったか。珍獣も珍獣、魔術やら錬金術を得意とする犬っぽい何か。餌代は高くつくけど、アニマルセラピーにはもってこいの人懐っこい人気の珍獣ですとも。ではなく。

「………………? なによ……?」

「……いえいえ、なんでも」

 問題のミラは窓から外を眺めながら首を傾げていた。なんというか……窓に写った自分の姿に戸惑う犬みたいだな、なんて言葉は飲み込もうか。マーリンさんとともにジロジロ見ていたのが気になったのか、彼女はこちらに振り返って訝しげな顔で近付いてきた。

「ストップ! ステイだミラ、それ以上はいけない。こっちから近くから、動くんじゃない……」

「……いいわよ、来なくても。ところで……その、エルゥが言ってたこと覚えてる?」

 こんな狭いとこで倒れられてもめんど……げふんげふん、危ないから。頭打ったりとか、危ないからね。マーリンさんに不用意に近付かぬ様に制すると、意外な名前が挙がった。エルゥさん? ああ、覚えてるよ。いつもいつも聞かされ続けて耳タコレベルだもの。僕とミラは側から見るといちゃついてるように見えるんだろう? まったく、お前が甘えん坊過ぎるのがいけないんだぞ。

「…………ここ。キリエ……よね? 話と全然違う……っていうか。湖に囲まれたオアシスみたいな街だって。砦も無い、平和な街だって……聞いてたのに……」

「…………違った」

 何が? と、尋ねられてしまった。ごめん、聞き流して。そう嘆願して、僕はフルトで聞いたキリエの情報を思い出す。そういえば……そんなことを言っていたな。でも実際は巨大な砦を構えているし、湖なんて来るときには見かけなかった。そりゃあお金持ちにとってはオアシスみたいな場所かもしれないけど……僕らはそうではない場所も目にしているわけで。

「…………そう、か。西ではまだ、キリエはそんな風に思われてたんだね」

「……マーリンさん?」

 振り返ると、マーリンさんは暗い顔をして杖を握りしめていた。なにか……嫌な思い出があるんだろうか。

「ここは確かにオアシスの様な、それはそれは綺麗な水の街だったよ。でも……もうその面影はない。今は湖も埋め立てられ、輸入に頼り切った物資は高騰し、貴族の元にばかり集まる様になった。昔、厄介な毒を持つ魔獣が出てね。その時に湖がダメになってしまったんだ。お陰で土壌も最悪。少し進むと見えて来るよ、草の一本も生えてない悲しい大地が」

 そう言ってマーリンさんは馬車の壁を叩いた。どうやら出発の合図だった様だ。がたん——。と、揺れて、蹄の音が聞こえ始める。本当にアーヴィンへ帰るのだなと、今更ながら実感が湧き始めた。

「……でも、そんな場所にどうしてこんなに大勢の人が……?」

「何も無い場所だから、だよ。お金さえあれば、高くついても輸入で大体の物は賄える静かな場所として人気になったんだ、貴族の間でね。それがいつの間にか住み着く様になって、そのおこぼれに預かろうとする貧民という図が出来上がった。今住んでる成金達は、ここがどういう場所かなんて知らない。ここに住むことが一つのステータスになっているんだろうね」

 それは……なんともおかしな話だな。マーリンさんの口ぶりから窺うに、初めにこの街にやってきた貴族達はもういないのだろう。なるほど、成金とはそういったところの皮肉なんだな。しかし……うん、やっぱり寂しい街だと思う。窓から見える砦がどんどん小さくなっていくのを見ると、路地裏で見かけた子供達の姿を思い出した。

「…………で、なんでマーリンさんはそんな所に?」

「……ちょっと、ね。罪滅ぼしみたいなものだよ」

 苦笑いしながら彼女はそう言った。罪滅ぼし、か。やっぱり何かあったんだろうな。詳細を聞いてみたいけど…………触れない方がいいんだろう。硬い床が跳ねる感覚に懐かしくなりながら、僕達はキリエを後にした。さて……………………オックス場所変わってくれないかなぁ。この人、目のやり場に困るんだよなぁ……ごくり。


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