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異世界転々  作者: 赤井天狐
異世界転々
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第百七十五話


「その…………大丈夫っスか……?」

「ああ、もう大丈夫だ」

 しばらくした後、アギトのデュアルコアシステムの復旧が成されると、僕らは立ち上がって奥の部屋を目指すことに……あっ、待って、歩くと揺れて……っ。うぐぅ……

「……お気持ちは分かります。ですが……巫女様は強情な方です。次は…………その、もっとひどい事になるやもしれません。ここは一度引き下がって頂きたい」

「もっとひどい…………ひぃっ」

 ユーリさんの言葉に、こう……ヒュンっとなる。これ以上ってなったらもう……コアの破損レベルじゃないか……え? 違う? 別ベクトル? ああ、うん……それならまだ救いが……

「でも……ほっとけないです。ミラは大切な仲間なんだ。好き勝手させるわけにはいかない……」

 僕はオックスに支えられながら、壁伝いに廊下を進む。ユーリさんも僕を止めるくらいわけ無い筈だが、黙って見守っていてくれた。口では色々言うものの、やはり彼は優しい人だ。その注意も、全部僕の身を案じてくれてのことだろう。僕と……僕の僕を。

 随分長く感じた廊下も終わり、僕とオックスは部屋の前に辿り着いた。ユーリさんは立場上付いて来るわけにはいかないのだろう。荘厳な漆塗りの扉を僕らだけで押し開ける。そこには、思ってもみなかった状況が待ち受けていた。

「…………でへっ……いやぁ……堪らん、堪らないよ……うへへ……っ⁈ のわっ⁉︎ き、君達は⁉︎」

「……な、何やってんですか……?」

 そこには、膝の上にミラを乗せて、とても偉い人とは思えない……とても臣下には見せられない顔をした巫女様がいた。革張りだろうか、結構豪華な一人掛けの椅子に二人で……百合なの? やっぱり……やっぱりそういうことなのっ⁉︎

「ユーリめ……あいつがお人好しなのは今に始まったことじゃ無いにしてもだ。最近はどうも僕への忠誠心がだな……」

「あの……マーリン様……? そろそろ離して……というかこれは一体……」

 成る程。全てを理解した。どうやらこの巫女様はガチだ。ガチのそういう方だ。尊い。絵面が尊い。ではなく。どうやら彼女はミラに用があった……というのでは無く、蛇の魔女を倒したという一行の中の、紅一点である少女に用があったのだ。

「……いや、これはね。こうすることで君のこれまでの旅がどんなものだったのかを見ているんだよ。それから僕の治癒魔術を全身から流し込むことによって、君の体の不調や傷なんかも良くなるし。溜まっていた老廃物なんかも押し出しながら魔力の流れを良くしたりなんて、ほら。体があったかくなったりしてこない?」

 それ以上は止せ。止すんだ……そのまま続けて、カメラちゃんと回ってるかー? げふん。全てを理解した。と言うのは別に、彼女がミラを求めたことでは無い。もっと根幹の……いや、もしかしたらこの状況を打開出来るかもしれないキラースポットに、だ。ただ……その為にはひとつだけ、確認しておかないといけないことがある。

「……巫女様。ミラを返してください。そいつは俺達の大事な仲間なんです」

「……っ! ダメだ。君らの様な粗暴な男どもの手になんて、この子を任せられない。それに待ちに待った美少女だ。手放すものか」

 おい、後半。思いっきり私情じゃないか。ていうか待ちに待ったってなんだよ。だがこれでは情報が足りない。もっと引き出さねば。この巫女様の本質……根源をなんとしても暴く為に。

「どうしてそいつなんだ。他にも女の子は居るでしょう。それに……もしミラが魔女を倒したから、戦力になるからって言うんなら…………俺はアンタ達を敵に回してでも奪い返す」

「っ‼︎ おふっ……ほ、他の子じゃダメだよ。この子が良いんだ。戦力になるならないは関係無い、この子である必要がある。君達男どもはアテにならないからね」

 おふっ……? 男どもはアテにならない、なんてあんなに屈強な騎士達を従わせている人間の言うことかよ。だが……どうやらミラへの執着心は本物だ。美少女だからとかでは無く、ミラに何か…………まさかとは思うが……ハークスが関係しているなんて最悪な展開はやめてくれよ……?

「……どうしてそこまで男を拒むんですか? 勇者様だって男…………あれ……お、オックス。勇者様って男の人だったんだっけ? 俺良く知らなくって……」

「ええ…………勇者様は男っスよ。当時はまだ、ちょうど今のアギトさんくらいの少年だったって」

 少年勇者か。成る程……ではなくって。今は勇者様はどうでも良いんだ。どうでも良いわけじゃないけど……鍵では無い。鍵は……この巫女様の……

「……男ってのにロクなもんはいない。思い知ったよ、あの旅で」

「…………巫女様……?」

 ふぅとため息をつくと、何かを思い出した様に……巫女様は怒り心頭といった表情で拳を震わせ始めた。

「…………どいつもこいつも……どいつもこいつも言い寄ってくるのは金と名声目当てのダメ男どもばっかり! 勇者も勇者で酷い男だったよ! あっちへふらふらこっちへふらふら、節操なんてあったもんじゃない! 結局、男なんてどいつもこいつも自分のことしか考えてない! フリードのアホなんてもっと酷い! あれはこの世の悪を集合させた魔物か何かさ! あんなのに……あんな馬鹿みたいな連中なのに! 行く先々で出会う女の子はみーんなあいつらに言い寄って! 騙されてるんだよ! 肩書きとか! 顔とか! 筋肉とかに! 僕は認めない! 絶対に認めない! あんな乱暴な連中に女の子を幸せに出来るもんか! 女の幸せは! 女にしか叶えられないんだ——っ‼︎」

「お、おう……」

 思ったより圧が凄かった。そうか……フリード? さんが誰かは分からないが……彼女の男嫌いは、どうやら性的な嫌悪感とか不信感とか、そういうのが原因か。となると…………背中を押す方向でいけば良いかな?

「…………ごほん。ミラ、ちょっとこっち来い」

「へ? いや、こっち来いって……」

 振りほどけるだろお前なら! いいから! すぐお返しするんでちょっと貸してください! と、僕はなんとか巫女様からミラを取り戻した。これでよし退散、なんてやっても表の騎士達の包囲網を抜けられない以上意味は無い。ここで取るべき行動は…………ズバリ、袖の下……っ!

「いいか、ミラ。えっとな…………ごにょごにょ……」

「…………ばっ……っ⁈ ば、馬鹿じゃないのアンタ…………そんな……ひそひそ……」

 じゅーう、きゅーう……と、子供じみたカウントダウンが聞こえる。拗ねないでよ、偉い人なんだから……っとと。作戦の全てをミラには伝えた。これで上手くいく。間違える筈がない。彼女は…………巫女様は、僕と同じなんだ。僕と同じ…………

「お、おかえりミラちゃーん。ささ、また膝の上に…………ッ⁈」

「よいしょ……えと……その、失礼します……」

 作戦その一。いや、これで全部だけどさ。うん、作戦とは……ミラのあのあざとさを利用するというものだ。

「のひょうっ⁈ な、何をして……っ⁉︎」

「行け! ミラ! もう一押しだ!」

 ミラに出した指示は二つ。一つ目は……さっきまでとは反対に、巫女様と向き合うように膝の上に登れ、だ。あ…………このアングル……ごくり。ではない! そして二つ目は…………いつも僕が食らってるやつだ!

「〜〜〜っ! 抱き……っ⁉︎ おほぉっ⁈」

「いいぞ行け! もっとだ! もっと抱きつけ! いつも通りあざとく擦り付け! べったり甘えるんだ!」

 オックスはとても怪訝な顔で僕を見ていた。ミラも真っ赤な顔で振り向いて、何か言いたげに睨みつけてきた。でも、実際いつもそんなだからな、お前は。そして……やはり効果は絶大だ! だって彼女は僕と同じ————ミラを抱き締めていた時の姿に確信した。ミラを離すまいとはしているものの、密着することには抵抗が……いや、戸惑いがあった。腰に回した手が、腕がミラに触れないようにちょっと浮いていた。ミラに触れないように自分の手と手を組んでいた!

 女の子に慣れていない——つまりは彼女は童貞なんだ——ッ‼︎

「ちょっ……ちょっと待ってミラちゃん⁉︎ そういうのはもっと段階を踏んで……」

「押せ! 押し倒せ! そこだ! いつもみたいに頭をグリグリ……」

 巫女様ことマーリンさんはきりもみしながら吹き飛んだ。魔術師はそんな脱出技持ってるのか…………そうか……すごいな……っ! ロングスカートが…………見え……見え…………っ!

「…………アギトさん……」

「……はっ⁈ ち、違う! 別にもうちょっとで見えそうとかそんな——」

 僕の鳩尾に鋭い飛び蹴りが飛んできた。何をさせる! とか、人聞きの悪いこと言うな! とか。色々文句を言いながら、真っ赤な顔でミラが突進してきたのだ。人聞きも何もいつも通りだってば。ではなくって、今は……

「……アギト? どこ行くの…………っ⁈」

 僕は慌てる二人を尻目に、巫女様の——ビクンビクン痙攣しているマーリン様のそばに歩み寄った。どうしてこの人は、姿勢を正して両手をしっかりまっすぐ体の横に揃えたままうつ伏せで気を付けしてるんだろう……? まあ今はこの人の姿勢なんてどうでもいい。ここからは……そう、越後屋の出番だ。

「…………もしも俺達の同行を承認してくれるのなら……ご用意致しましょう。これ以上の幸福な貢物(ラッキースケベ)なんてものを」

「ぐっ…………もうちょっと刺激の少ないのから、少しずつ頼むよ……」

 交渉成立、だな。ゆっくりと体を起こしたマーリンさんと僕はがっちりと固い握手を交わした。ここにはもう国の偉い人とか、汚らしい旅人なんて格差は無い。あるのは固い絆。持たざる者同士の美しい友情がそこにはあった。

 ミラとオックスはとても怪訝な顔をしたままだった。


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