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異世界転々  作者: 赤井天狐
異世界転々
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第百六十八話


 竜の警戒をしろ。と、ミラは言った。それはきっと方便だ。彼女にとって、どこまでいっても僕は保護の対象でしかない。どんなに頼りにしていると言っても、その根本で危険な目に合わせたくないとかそんなことを考えているんだろう。

「…………馬鹿野郎……」

 だから僕は、こうして歯噛みしながら彼女を待つしか出来ない。足を引っ張るくらいなら我慢する。情けないといくら言われても良い。それで彼女の負担が減るのなら……

「アギトさん。その……本当に大丈夫っスかね……?」

「大丈夫……じゃないかもしれないけど、俺達はここで待つしかない。何かあった時、アイツからの合図があった時すぐに動けるように」

 彼女は言った。第一目標は生存である、と。熱くなると歯止めが効かないヤツだが、僕らを放っておいて勝手に倒れるやつじゃない。と、信じている。なんらかの方法で僕らに窮地を伝えてくれる筈だ。私を置いて逃げろ、と。そんなバカな合図を。

「……緊張しっぱなしで喉乾いたな。オックス、お前は大丈夫か?」

 ミラが建物に潜入してから十五分程経った。まだ物音はしない。アイツのことだからいきなり特大の火球でもぶつけるだろうし、建物が吹き飛んだらどちらかが倒れているんだろう。ポーチの中から水筒を引っ張り出しながらそんなことを考える。色々買い込んでた都合、僕のポーチにも物が増えたな……

「オレは大丈夫っス…………? アギトさん、なんか落ちましたよ?」

「……? おう、ありがとう……」

 ほら……こういうことになる。竹で作った水筒の節に引っかかって、何かキラキラしたものが落っこちた。なんだろうか、魔具では無いし……かと言って、薬以外の物で僕のカバンに押し込まれるものと言うと……はて? 錬金術で使う小道具なら自分で管理するだろうから……

「……これ……露店で買った……」

 買った。と言うのはちょっと違うけど……それはフルトで行商にオマケして貰ったネックレスだった。

「あーあー……安物掴まされたっスね。石も取れちゃって……よく見ると鎖も欠けて……」

「————ミラ——?」

 ぎゅうと胸が締め付けられた。なんでだかは分からない。別にそれにアイツが何か細工をしたとかも聞いてない。安物なのは事実だし、落とした拍子か引っかかった時か。或いは無理に物を詰め込んだ所為か、いくらでも壊れるタイミングはあった筈だ。だから……それはミラとは関係————

「——っ! オックス! 行くぞ! 嫌な……なんか分かんないけど、嫌な予感がする……っ!」

「へ……? アギトさん……?」

 僕はオックスからネックレスをひったくって走り出した。嫌な予感がする、なんて気の所為だ。飛び込んだ先でまだ調査中のミラと出くわして、後で怒られるのが関の山だ。ああ、だから……それくらいなら幾らでも怒られてやるから……っ。

「静かに……でも急いでミラを、あの二人を探す。もしアイツが二人と交戦中なら、身を隠して機を待つ。そうでなければ……」

「ちょ、ちょっと待ってください。まだなんの物音もしてないんスよ? もし接触があったなら、窓の一枚くらい割れてても……」

 僕は首を横に振った。オックスの言いたいことは分かる。というか、僕もそう思っていた。ヘタをこいて僕らが捕まれば、そのままミラの窮地となる。ミラが一人で突っ込んで行ってやられる確率と、僕らが捕まって足を引っ張る確率。悔しいけど後者の方が可能性としては高いし、より危険だ。でも……

「……分かんない。分かんないけど……待っていたらもうアイツと会えない気がした……」

「アギトさん……」

 ゆっくり、静かに入り口のドアを開けた。何も無い綺麗な部屋があって、その奥に階段があって。物音なんてしない筈の二階からは激しい戦闘の様子が窺えるだけの足音が聞こえた。

「……っ! 静かに、身を隠しながら二階へ……」

 外にいた時は確かに何の音もしなかった。つまり、何らかの方法で音を遮っていたのだ。何の為に? 決まっている。ここはあの男の工房だとミラは言った。その研究を外に漏らさない様に、普段から対策していたのかもしれない。だが、それだけじゃない。僕らに——中の様子を、僕らに悟らせない為に……

「オックス、気をつけろ。多分……俺達が外にいたことはバレてる。今こうして侵入したこともきっと……」

「……っス」

一段、一段とゆっくり階段を上がる。声が聞こえる。ゴートマンと……もう一つ男の声。エンエズさん……だろうか。ミラの声は……ミラは……居ないのか……?

「…………ミラ……?」

 小さな——それはそれは小さな、今にも掻き消えてしまいそうな啜り泣く声が聞こえた。身を隠して機を窺おうって言ったのは僕だってのに、単純と言うか……ダメだな。頭ばっかり動かして体を動かさなかった僕には珍しい行動とも言える。ああ、そうだ。あの少女の言葉を借りたなら、頭でっかちだった筈の僕とは思えない行動だ。いや……そうでも無いのかな? 何度かこんなことがあったっけ。まあ……どれもアイツの絡んだ時なんだけどさ。

「——ミラ——っ!」

「……おや。おやおや、おやぁ。いけない……それはいけない。とてもいけないタイミングで……ああ、なんて嘆かわしい」

 気付いた時には飛び出していた。目の前にいたのはゴートマンと、真っ赤な鱗に身を包んだエンエズさんと思しき男と……

「……ミラ……っ。退けよ……ミラから! その足を退けろよ——っ!」

「……? ァア? 俺か……俺に言ってんのか……?」

 男に足蹴にされている少女の姿だった。弱々しく涙を流しながら何かを必死に守ろうとしているミラの姿に、僕の中で恐怖心というものが消し飛んだ。自分よりふた回りは大きい、怪物の様な姿になってしまった彼に対して、なんの物怖じもせずに吠え掛かる。

「……どうにも、足癖悪いですねぇ……貴方。ほら、退けてあげて。感動の再会なんですから」

「ゴートマン。お前は一体どっちの味方なんだ。ややこしいから口を挟むんじゃねえ」

 ミラは……気絶しているのか? 辺りに散らばっているガラス片や金属片を見るに、ポーチを奪われてしまったのだろうか。弱り切っているとは言えミラが負けた相手だ。そんな奴らから、どうやって彼女を取り返す……? 魔弾のことはまだこいつらも知らない筈だ。ただの拳銃と侮ってくれれば、もしかしたら一撃与えられるかもしれない。だが……散々魔具を目にした後で、術師には見えると言う魔術痕たっぷりのこの魔具をどうやって警戒させずに使う……?

「……ああ、そうだそうだ。ご挨拶しないといけませんよ。“貴方は”彼らに会うの、初めてでしょう?」

「要らねぇよめんどくせえ……どうせ纏めて殺してしまいだ」

 考えろ……考えろ……っ。ミラをどうにかして助けないと……気絶している以上、僕らのどちらかが彼女を抱えて逃げ出すしかないが……それはつまり、僕らのどちらかがこの二人を相手しなければならないと言うことだ。

「…………ミラを抱えて……逃げられるとしたら……」

「…………? アギトさん……っ⁈ バカなコト考えないでください!」

 引き止められると思ったさ。大体うまくいくとも思えない。でも……動かないことには……動かせないから——

穿つ雷電(ピアード・ヴォルテガ)——』

 僕は魔具を抜いて、ゴートマンに向けて魔術を放った。どんな硬い鱗も貫いた雷の鉾。男は身を翻してそれを避ける……が、やはりこの男は自身が戦うタイプでは無い。避けきれず太ももを掠めた槍は、そのまま床に小さな穴を空けた。まず一人遠ざけた。このまま……

穿つ雷電(ピアード・ヴォルテガ)……っ⁈ なんっ……魔力切れ……っ⁉︎」

「……茶番だな」

 槍が二度放たれることは無く、僕は魔人の尾に叩きつけられた。まだ……まだ残っている。もう一つの魔具が……っ!

「っ……ぐっ……この……ッ! 魔弾の射手(バラッド・ヴォルテガ)——っ!」

 構えた銃を尾で払われ、放たれた魔弾はその尾を掠めながら天井を吹き飛ばした。流石の魔人もその威力には肝を抜かれたのか、ぶち抜かれた大穴を眺めながら少しだけ焼けた尾を撫でている。だが……それだけだ。

旋刃一線(ソルダ・フーガ)っ!」

「……ああ、鬱陶しい。ゴートマン。何をおちょけてんだ。もういいだろう」

 僕の背後から風の刃が魔人を襲う。だがそれも意に介さず、エンエズさんはゴートマンに落ちてきた屋根の破片を投げ付けた。硬い鱗はオックスの魔術剣すら通さない。まだ……まだミラから足を……

「もう……風情の無い方ですねぇ。良いですよ、ただし……やるならその少女からだ」

「……い趣味しテるナぁ、ホント」

 みしみしとエンエズさんの体が膨れていくのが分かった。まだ大きくなるのか……? 既に人間の骨格からは考えられない大きさに膨れ上がっていたその四肢を、更に更に太く成長させていく。

「ほら、急いで急いで。早くしないとこの子、潰れちゃいますよ」

「……っ! 魔弾の射手(バラッド・ヴォルテガ)ッ‼︎」

 第二の魔弾は身を屈めて避けられた。モグラに撃ち込んだ一発。そしてこの二発。これで……終わり……? ミラに貰った魔弾はこれで終わり。もう手は無い……筈だった。

「…………レヴ(ミラ)……?」

 ホルスターから零れ落ちたのは四発目の魔弾。さっきまで放っていたのとは違う、少しだけ錆びついた弾丸。僕はそれを戸惑うこと無く装填して……そして、知る筈の無い魔術式を展開した。

『——起きろ、人造神性(コード=ハークス)————』

 身を屈めたエンエズさんは不思議そうな顔をしていた。何も起こらなかったことにゴートマンは笑うのをやめた。僕は……一つの確信を得た。その姿をもう一度目にするまでも無く、僕は……

「————承認——」


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