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異世界転々  作者: 赤井天狐
異世界転々
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第百五十九話


 朝方、日の昇り始めた頃になって、やっと僕らは次の街に辿り着いた。街と呼ぶには規模の小さい、村というには栄えて見えるその街に、本来ならここら一体が比較的平和な地であると察することが出来る。

「流石に疲れたな。どこかで休んでご飯にしよう」

 オックスもミラもまだまだ元気一杯……というわけも無く、三人揃ってへろへろだ。徹夜で歩き通した肉体面の疲労よりも、ミラが戦闘不能という不安からの精神的疲労の方が僕は大きいが……

「二人とも、まだ大丈夫? 一休みしたら、ご飯の前に情報収集しておきましょう。この街にあの男が潜んでたんじゃ元も子も無いわ。不審な男を見なかったか、不審な生き物を見なかったか。って、そう聞いて回るだけでも、ちょっとは落ち着ける様になるでしょう」

「そうだな。何はともあれ、まずは安全確保、か」

 昨日の反省を活かさないでは、何の為の犠牲だったのかも分からなくなる。エンエズさんを救う方法を模索しないわけでは無いが、ミラが口にしない以上それは無理筋なのだろうと推測出来る。ならばこそ、これ以上無用な犠牲を出さない為に。守れた筈の誰かを見殺しにしない為の手は、打てるだけ打っておかなければ。

 僕らは街に入って適当な広場に腰を下ろし、ご飯にありつける店が開くのを待った。この際うまいものが食いたいなんて贅沢は言わないが……英気を養える食事を、ってのは贅沢だろうか? ミラの調子がおかしいのが体調面に起因しているのなら、しっかり食べて休むべきだし、単に魔力が底をつきかけているのなら、それまたたくさん食べて寝るべきだし。兎にも角にも食べて食べて、食べたら眠るしか無いんだ。もしも……もしもあのミラが関係しているんでなければ、の話だが。

「……? どうかした? 私の顔じっと見て……」

「…………いや、一晩でやつれたなって。お前もしっかり休まないと、身体保たないぞ」

 きょとんとしたミラの頭を撫でて僕はそんなことを言った。どうしても言えない。レヴの存在をこいつが認知していない以上、そのことは言い出せない。血色のいい桜色の頰が今は魚の腹みたいに青白くなって、可哀想なくらい痩せ細って見える。元から華奢ではあったが、元気が無くなって萎んでしまった様に感じるのだ。

「ん……ありがと。でも大丈夫よ。アンタよりはずっとマシだから」

 僕よりマシ、ってどう見たってお前の方が……と、口を開きかけたところでオックスにそれを遮られた。なんだ……二人してそんな心配そうな顔で僕を見て……確かに頼りないかもしれないけど。確かに……一番ビクついてたかもしれないけどさあ……?

「……もう一踏ん張りよ。店はまだ仕込んでる段階だろうけど、農作業に人が出始めてるわ。今のうちに聞き込みしちゃいましょう」

 そう言ってミラは立ち上がった。僕も随分重たくなった体に鞭を打って彼女に続く。道行く人、作業中の人に話を聞いて回って、僕らはひとまずの安心を手に入れた。どうやら、この街にあの男と思しき人間は来ておらず、同時に魔獣の目撃も無さそうだ。ほっとしたら……腹が……

「……ご飯食べてから、どうする? 本当はこのまま進む予定だったけど……私もあんなザマだったし、アギトもこんなだし」

「…………? 俺……? いやいや、俺は大丈夫。疲れたーって顔してたなら……ごめん。疲れてはいるけど大丈夫、まだ歩けるし戦える」

 はあ。と、二人はため息をついて辺りを窺い始めた。何かを探している様子だが……僕が一体どうしたと言うのだ。

「……ま、自分じゃ自分の顔は見えないっスから」

「しょうがないわね。じゃあはっきり言ってあげる」

 な、なんだよ。そんな言い方されると怖いんだけど……なんて怖気付いたのも束の間、ミラの両手が僕の顔に伸びて来た。ああ……やめろ……あったかい……眠た…………

「……こんなに冷たくなって。さっき私にやつれたなんて言ったけど、アンタの方がよっぽどひどい顔してるわよ? 真っ青で、クマも酷いし。この世の終わりって感じよ」

 そんなことを泣きそうな顔で言われて、否応にも目が覚める。ミラの体温が高いのでは無く、僕の体温が低くなっているのか。いや、こいつの手はいっつもあったかい気がするけど。だけど……そうか。僕は……秋人の精神は平気でも、アギトの肉体は徹夜に耐性が無いんだな。言われてみれば目はしょぼしょぼしてるし、まぶたも重い。平衡感覚は乏しくなってるし、接地感も薄れてふわふわした感覚が襲ってくる。

「だから今日は一度休みましょう。起きた時間次第で、間に合うなら今日中に次の街へ行くけど……出発は明日の朝って考えておいて。ごめん、ちょっと早計過ぎたわ。一晩でこれじゃとても身体が保たないもの」

 僕の頰を愛おしそうに撫で回しながらミラはそう言った。ここでも足を引っ張ってしまうのか。フルトを出るのが遅くなったのだって、僕に責任の一端がある。僕が強化魔術に全然適応出来なかったから……なんて自己嫌悪が湧いて出る。ミラが優しく僕を心配してくれる度に、それは胸の奥から襲ってきた。

「……ごめん。また俺の所為で……」

「アンタのせいじゃ無いわよ。アンタも言った通り私もちょっと苦しいし、大体が私の目算が甘いのが原因なんだから。そこはお互い様。安全は多少確保出来たんだし、今日はゆっくり休みましょう。ほんと……考え無しに突っ走るな、って。アーヴィン出たばっかの頃からアンタに言われてたのにね」

 そういえばそうだったな。なんて二人して笑って、三人一緒に空腹にお腹を鳴らして。三人それぞれ笑ったり嘆いたり照れたりして、僕らは休息を手に入れた。ご飯食べて宿に泊まって……朝っぱらから休ませてくれるんだな。割増料金とか無いだろうか……? ごめんなさい、こんな時間から……

「じゃあゆっくり休むんスよ、二人とも。ちゃんと体を休めるんスよ?」

「おう、オックス。やろうってのか? 何度言ったら分かる」

 変なからかい方をするんじゃ無い。見ろ、このチビ助のなんも分かって無さそうな顔。間抜けな寝坊助の顔を。もう疑問にも思わなくなってきた二人一部屋のこの状況に、どうにも倫理観に欠けてきたと思わないでも無い。

「……ったく。オックスはまだまだ元気そうだな」

「そうね。頼もしい限りよ」

 一度自覚したら眠気はどんどん強くなる。ミラの手を引いて僕はさっさと布団に倒れ込んだ。もう寝よう……今すぐ寝よう、なんなら歩きながらちょっと寝てた。ミラだって同じ筈だ。昨日はあんまり眠れなかったみたいだし、昼寝も中途半端な時間に叩き起こされちゃったし。午前九時なんて時計は言ってるけど……たまにはこう言うのも許してほしい。

「んん……もうちょっと向こう寄って。あんまり丸まらないでよ……」

「注文の多いこった……おやすみ、ミラ」

 背中にあったかいのがくっついて、もう睡魔は容赦なんて一切しなくなった。眠たいなんて考える間も無く僕の意識はぶつりと切れる。この幸せな温度に、僕は大切なことを忘れていたとすぐに思い知ることになる。


 バイブレーションと着信音に叩き起こされる。背中には何も無い。飛び起きた僕の目に飛び込んできたのは、11:09と言うデジタル表記の惨劇。着信は店から、板山ベーカリーからだ。ああ……そうだった忘れてた……

「——ッ‼︎ もしもし! すいません、寝坊しました!」

 切り替わりのタイミングだったんだ、昨日は。そう思いながら、昼間っから眠ろうもんならきっと真夜中に目が覚めるのだろう、なんて考えていたらあの事件が起きたんだ。そして、もう切り替わりのことなんてすっかり忘れたまま徹夜で行軍なんて真似を……

『ああ、よかった。事故とかじゃないんだね。今日は夕方に営業に出るから、ちゃんと顔洗ってゆっくり来なさい。お客さん来ないし、花渕さんもいるから』

「はいっ……すいません。失礼します」

 急いでシャワーを浴びて朝ごはん……ええい! もうこんなのちょっと早いお昼ご飯じゃないか! ともかく急いで支度して僕は家を飛び出した。どうしようも無かったとは言え大変なやらかしだ。せっかく皆で店を良くしていこうって決めたばかりだったのに。

 急ぐ傍、僕の頭は前々から立てていた仮説に確証を得る。どうやら切り替わりは、二度目の就寝によって引き起こされる。あるいは気絶でも起こるのかもしれない。二晩ではなく二回目と言うのが肝だ。そしてやはり、眠った時間と起きる時間は連動している。だが、一日に二回眠っても切り替わらない……のだろう。二日間はどうしてもこなさなければならない、と言ったところか。

「……やっぱり夜更かしはダメだな……」

 結局、それが分かっても何か出来るわけじゃないんだけど。こっちでは多少眠る時間を早めたり出来るけど、向こうじゃ僕一人の都合で寝るわけにもいかないからな。それに、一度眠ったらどんなに短くてもこっちで二日経過しないと起きないわけだし。多分……これまでの経験から言えば、短くても六時間くらいは眠ることになるし。仮眠で切り替わったりしたら大惨事だな。

「おはようございます! すいません、寝坊しました!」

「はぁ⁉︎ おっさんやる気あんのか! いい歳こいてなんてザマだし!」

 うぐっ。余計な考えごとをしながら店に飛び込んだ僕に、開口一番きついことを言ってくれる。そして普通に店長より先に。ほら、花渕さんが怒鳴るから店長怒るタイミング見失って苦笑いしてるじゃん!

「はは、おはよう原口くん。お客さんもいないのは見ての通りだから、ゆっくりで良かったのに」

 自虐気味にそんなことを言った店長と怒り心頭の花渕さんに頭を下げて、僕は更衣室兼控え室に飛び込んだ。僕は——秋人は、この平和な世界でやらなきゃいけないことがいっぱいある。やっぱりあの男のことは心配だから、明日は早く寝るとして……今日は失敗を取り戻す為にもしっかり頑張らないと!


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