表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転々  作者: 赤井天狐
異世界転々
154/1017

第百五十四話


「どこにも異常は見られませんね。脚も、ギプスはもう必要無いでしょう。体は健康そのものです、異常な程に」

 飛び込んだ町医者の言葉に、僕らは絶句して顔を見合わせた。いや、でも! 現にミラは力が入らなくなって……立って歩くのも覚束ないくらいで……思いもよらない答えに、僕はしどろもどろに言葉を吐き出した。

「魔術を使おうとしたらいきなり崩れ落ちてっ……それで……これで何も無いなら、どうしてこいつは立てないんですか⁈」

「魔術……ね。なら魔力切れなんじゃないかなぁ。私は魔術には詳しく無いからなんとも言えないけど……商店を出してる優秀な錬金術師がいる。彼を訪ねて見たらどうかな?」

 そんな……そこいらの錬金術師が見て分かることをこいつがわからない訳無いじゃないか! なんて吠える度胸なんて無く、ミラに襟元を引かれて病院を後にした。診察代だけ取っておいて、なんてヤブ医者だ。

「魔力切れ……なんてね。アンタに強化をかけた時以来魔術もそう使ってないし、もしあの時私の思い違いでガス欠だったとしても……もう十分回復してる筈なんだけどなぁ……」

「とりあえず行ってみよう。当人じゃわかんないことってのもあるのかも知れないしな」

 力無くおぶさったままのミラにそんな言葉をかけたが、やっぱりそうは思えない。やはりあの男が関わっていて……医者にも分からない特殊な毒で——錬金術を使った毒で攻撃してきたのかも知れない。そんなものがあるのかは知らないけど。

「しかし、幸先の悪い展開になってきたっスね。アギトさん。狙われてるのがミラさんだって言うなら、オレが時間稼ぎますんで。いざという時は、連れて逃げて下さい」

「オックス……でもそれじゃお前が……」

 逃げるのは得意っスから。なんてオックスは笑うが……いざとなった時、きっと僕はまた動けないのだろう。ゴートマンの気配を感じるこの状況で、ミラの戦闘不能はあまりにも危険だ。紹介して貰った錬金術師に会ったら、食料を買い込んで早い所宿を取ろう。

 商店を出していると言っていた通り、立派な店構えの——それこそボガードさんの工房、元アトリエ・ハークスよりも大きな建物に辿り着いた。地術商エンエズと書かれたその看板を見ながら、ミラはそのことが悔しいのか、少しだけ不機嫌に見える。見える……が、立っていても仕方ない。とりあえず入ってみよう。

「いらっしゃい。ようこそ、冒険者の方かな?」

「はい。えっと……実は……」

 まだ若い青年店主に、僕は事情を説明した。背中の上の小さいのが、一体どういうわけか動けなくなってしまった。医者には問題ないと言われ、魔力切れを起こしているんじゃないかと紹介された。更には、錬金術で医者にも分からない様な毒を作れたりするのか、と。

「うーん……確かに、腕前の割には随分魔力量が少ない様にも見えるけど……動けないくらい魔力を失っているって感じでは無いよ。それから、そんな毒については聞いたことも無いし、理論的には不可能と言って差し支えないだろう。もしあるとすれば、単にまだ発見されていない病気を引き起こす、新種のウイルスって所だろうね。錬金術なんて、結局は自然を真似してるおままごとみたいなものだから」

「そう……ですか。すいません、お邪魔しました」

 やはり魔力切れでは無い、か。結局手掛かりは無く、心配する必要は無いなんて心配になる答えばかりを手に入れてしまった。頭を下げて店を出ようとした時、くいくいと服を引っ張られてミラに止められた。そして、いくつか棚の上のものを見せてくれとせがまれる。

「ミラ……? こういうのは自分で作れるからって……」

「…………これ、買っていきましょう。そっちの青いのも。あっちの棚も見せて」

 急にグイグイくるな……なんて思ってしまうくらい身を乗り出して、ミラは真剣な顔で品定めをしている。ミラならポーションでもなんでも作れるのだから……とも思ったが、もしかしたら錬金術も使えないんだろうか。だが、魔弾は確かに精製してくれて……三発確かにベルトの弾丸入れに……

「……うぐぐ……アギト! そっちのもよ! 早く!」

「お、落ち着けって……慌てなくても逃げやしないって」

 いてて、こらこら耳を引っ張るな、髪を引っ張るな。なんだ……どうしたことだ。なにやら焦って……いや違う。なんというか……この表情は見たことが無い。強いて言うなら、悔しそうな……いや違う。一度だけ見たことがある。確かにクリフィアで、魔術翁のことを語った時と同じ顔だ。それってつまり……

「はは、お目が高い。流石、一級の錬金術師なだけある。そんなにいい所ばかり買われると僕も誇らしいよ」

「うぎぎ…………お勘定を……」

 結局、ミラは僕とオックスの両手いっぱいに色々と買ってしまった。多分ポーションであろう薬瓶と、それから用途不明の道具が数点。あと……ナンダカワカラナイモノ。用途がわからないとかじゃなくて……なんなのかがわからない。なんだ……こう……い、いかん! 気が狂う⁉︎ もしやこれが名状しがたい……っ⁉︎ SAN値チェックだ⁉︎

「ありがとうございました。いっぱい買ってくれたし、珍しい同業者だ。少し安くしておくよ」

「あ、ありがとうございます……」

 店を出る少し前から、ミラは僕の背中に引きこもってしまった。顔を埋めたままうんともすんとも言わなくなって……こそばゆいから勘弁して欲しいんだけどな。爽やかな挨拶を受けてお礼の一つも言わない非礼ものじゃなかっただろうに。と、突っ込んでも大丈夫だろうか……? 僕の予想が正しければ……多分、突っ込んじゃいけないタイプだ。

「ミラさん? どうかしたんスか?」

「あっ……オックス……今は……」

 今はそいつに触れてはいけない。と、声をかけるのが遅れてしまった。分かっていた。こうなる事は予測出来た。だから……声を掛け無かったのに——いっっってぇ‼︎

「ふーーーっ‼︎ もーっ‼︎ 馬鹿にして! なーにが一級錬金術師よ! なーーーにが! 誇らしいよ! ふしゃーーーっ‼︎」

「痛いぃっ‼︎ いたいいたいいたいっ⁉︎ お願いだから噛むな! 八つ当たりをするなっ‼︎」

 血が出る‼︎ 肩の皮が裂けて血がっ……肉がッ‼︎ 肉が食い千切られるッッ⁉︎ どうやらあの錬金術師が相当な使い手であるらしいのは察していたが……この悔しがり様……間違いない。あの青年の方がミラよりも一枚上手なのだろう。うんうん、分かるよ。ミラは自信家だし、自信を持つだけの実力もあるし、そして負けず嫌いだもんね。ミラの気持ちはよーく分かるから……分かったから噛むのをやめてくれぇッ‼︎

 とりあえず収まったミラの怒りと収まりきらない荷物と、それからなんとか未遂で収まった食人事件と色々抱えて僕らは宿に入った。相変わらず二部屋。別にもう慣れたから良いんだけど……というか、むしろオックスを一人部屋にするのが怖いというか……そろそろ彼もこの状況に慣れて欲しいというか。

「じゃあお邪魔はしないんで、何かあった時は声かけて欲しいっス。あ、緊急時はこっちから飛び込むかも知れないっスけど」

「オックスさんオックスさん。もうそろそろ慣れよう。この先長いぞ? その調子じゃ保たないから、慣れよう。これは、枕に、八つ当たりしてるだけだ」

 はは。と、乾いた笑いと全く笑ってない冷たい目を向けて、オックスは自分の部屋に向かってしまった。そろそろこの誤解を解かねば……あ、もしかして寝ぼけたミラに噛まれるのが嫌とか。それは……うん。一人部屋欲しいわ。ごめんなオックス、気付いてやれなくて……

「……さて、まだ拗ねてんのか?」

「拗ねてないわよ……」

 そう言ってもぞもぞ動き出したかと思えば、真っ赤に歯型のついた僕の肩を舐め始め……犬か。いや、心配してくれるのはありがたいと思うが……それやったのお前だからな? 容赦無く噛みやがって、なんで噛む力は衰えないんだ。鍛え方が違うのか。

「…………アギト。少し予定変更よ。少しの間この街の様子を見ましょう。あの店主……危ないわ」

「危ないって…………っ⁉︎ まさか……」

 コクリと頷いて、ミラはまた僕の背中にうずまった。そうだ、そう言っていたんだ。あの男、ゴートマンは術師を——魔獣の卵を孵すだけの魔力を持った人間を探して……おそらく、餌か苗床として使っている。ビビアンと呼ばれた蛇の魔女も、あの時の魔竜も、元になった術師が……っ。

「結果生まれる魔獣の強さと術師の腕前がどれだけ関係しているのかは分からない。もし、比例するとしたら……彼だけは何があっても守らないと……」

「……違うだろ、そうじゃない。手の届く範囲はみんな守る。お前らしくも無い、変な弱気は吹っ飛ばせ」

 なにそれ。と、ミラは笑って、また……こそばゆいから舐めるな! さてはお前、ティーダが恋しいな⁈ 半日一緒にいて情が移りまくってたもんな! ただでさえ犬っぽいのに!

「…………ごめん、ちょっと寝るね。まだ眠れないならこのままでも良いから……ちょっとでも魔力を……」

「わかった。おやすみ」

 ミラはそう言って、ぎゅうとしがみつき直して寝息を立て始めた。寝やすい体勢でも無いだろうに、器用なもんだ。ああ、そういえば昨日はあんまり眠れなかったんだっけ。まったく、そんなんだと成長止まるぞ。

「……おやすみ」

 まったく……よく眠れて無かったのは僕も同じ、か。背負った湯たんぽの暖かさを差し引いても、異常な程に瞼が重い。エルゥさん……元気でやってるかな。願わくば……また……ふともも…………はっ⁈ ちっ、違うんですっ‼︎ 眠さで欲望がっ⁉︎


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ