第百四十七話
「おっす、おっさん」
「おっさんはほんとやめて……結構堪えるんだよ……おはよう」
今朝の板山ベーカリーは随分賑やかだ。いえ、お客さんは居なくて、僕ら従業員の会話が弾んでいると言う意味でなんですけど。大丈夫か……? 持ち直せるか……この店……?
「おはよう原口くん。今日も張り切っていこうか」
「張り切っても掃除しかすること無いし。何するんですか?」
ああっ! 店長‼︎ 花渕さんの渾身のストレートが店長の心にクリティカルヒットした。多分、デバフもモリモリかかってるから、これは致命傷だ……
「……うん。それについて、ちょっと話があるから。原口くんも着替えたら集まって貰えるかな……?」
「は、はい……大丈夫ですか?」
はは……と、乾いた笑いを見せて、店長はふらふらとキッチンに向かった。どう見ても大丈夫とは思えないのだけど……
「……花渕さん。もう少しオブラートに……」
「包んでどうするの? 全然お客さん来ないけど、今日も頑張りましょう。なんて、いつまで言ってるつもりだし。もうそろそろ手を打たなきゃ、じゃん?」
うぐ……正論だ……正論だが、それでも言い方ってものをだね。はっきり言わなきゃなあなあで済ますし、二人とも。なんて、一方的に切り刻まれるだけの会話を楽しんで(?)僕は半泣きで控室に入った。歳が倍も違うってのに‼︎ 普通にレスバで負けてるんだけど‼︎
「……集まったね。うん、それでなんだけど……さっきも花渕さんが言った通り、この店の現状はだいぶ厳しい。正直言って、黒字転換なんて以ての外。あと何ヶ月店が保つか……」
「何ヶ月も店長の精神が保たずに店畳むに一票」
店長っ‼︎ だからもうちょっとオブラートにだねっ⁉︎ なんてもう突っかかる勇気も無い。巻き添えで僕までボコボコにされたらたまったもんじゃない。もう既にボッコボコのボコで板金総取っ替えしなくちゃなんないくらいには痛めつけられてるんだから。
「……で、逆転のアイデアを私らバイトに、それも揃いも揃って落伍者ばっかの私らに求めるって。考え無しに店開きすぎじゃん」
「ストップ! 花渕さんもうやめて! 店長⁉︎ 店長しっかりしてください‼︎」
容赦が無さすぎる。どうしてここまで酷いことが出来るんだ。あと、流れ弾がめちゃくちゃ痛い。店長は目を赤くして天井を仰いでしまった。もうやめて! 店長と僕のライフポイントはもうゼロよ!
「…………でも、そーゆうのは慣れてるし。いいよ、手伝う。今潰れられると私も困るし」
「おおっ……なんだ? なんだか異様に頼もしいぞ……一番年下なのに……」
おっさん連中が頼りなさ過ぎるだけだし。と、余計なことを言った僕共々店長にとどめが刺された。なんて頼りになる十五歳だ……ぐふっ。
「第一に種類多過ぎ。こんな要る? 全然売れてないパンとか一杯あるじゃん」
「うっ……でもほら、一杯あるとワクワクしない? パン屋さんに来たなー、って感じで」
えっ、店長そんな理由でこんな種類のパン作ってたの? まあでも、その意見には賛成である。ワクワクするし、ついトングをカチカチしちゃう。でも、花渕さんの言う通り、広い売り場に並べられた多種多様のパンのうち、全く売れずに破棄されてしまっているパンも多い。破棄って言っても、僕らが貰ったり店長が食べたりが殆どだけど。
「どれもこれも同じ様に並べ過ぎてて、これじゃお客さんが探しにくいだけだし。売れ筋のパンとかは、もっと大きくスペースとってもっと並べる。それが残ったんならしょうがないって言えるけど、売れないもん並べて売れ残ってるならタダのバカじゃん」
「うぐぅ……お、おっしゃる通り……」
そういえば、店長は憧れからパン屋を始めたんだっけ。子供の頃憧れた、沢山のパンが並んだ楽しいパン屋に。だからこそ気付かなかったか、気付いていても変えるのに躊躇してしまったか。ともかくこれは、花渕さんの言う通りになりそうだ。
「そんで次、ニーズを履き違え過ぎ。ここのお客さん、誰が来てるかちゃんと覚えてんのか疑問なレベルだし」
「うっ……うん、確かに子供向けのパンが少ないかな……」
なるほど、これも彼女の言う通り。この店は住宅街にあるだけあって、子供連れのお母さんなんかがよく来る。その次に学生さん。出勤時のサラリーマンも朝にはいるな。だが……需要にそんなに答えられていないだろうか? 甘い菓子パンも多い……キャラクターパンは無いけど。学生やサラリーマンの朝食にぴったりな惣菜パンも多くあるし、その惣菜自体が美味しいから割と人気もあると思うんだけど……
「違うじゃん! この店は! そもそも、バター不使用でアレルギーの子供でも食べられるってのを売りにしてくんでしょ? なら、一緒に脂質気にしてる女子も取りこめるじゃん。子供向けのパンと一緒に、健康志向のパンも置いとけばお母さんが取るじゃん。他のパン屋に無い強みを、もうちょっと推し出すし!」
「強み……ぐすっ……強みって言ってくれるんだね……」
一体何に感極まってるんだ店長。花渕さんの言うことも、まあ確かに。差別化を計ればこの店ならではの需要が生まれて、特定の客層を惹きつけられるかもしれない。子供向けプラス健康志向か……はて、それではさっきの種類削減と合わせて、学生やサラリーマンは減ってしまいそうだけど……?
「えっと……分かったんだけど、それだと子連れ以外のお客さんが離れちゃわないかな……?」
「大丈夫だし。男どもは大体同じパンばっか買うから、それさえ残してりゃ文句なんて出ないでしょ。多かろうと少なかろうと、どんなパンがあろうと基本的に選ぶもんは変わんないじゃん。朝の急いでる時間なんて」
ああー…………たしかに。選んでる余裕なんてないもんなぁ、朝来るお客さんって。すこし乱暴な言い方にも聞こえるけど、それは確かに的を射ている。分かりやすい場所に売れ筋を多く置くと言うのは、この時に一緒に買って貰いやすくなる効果も期待出来そうだ。へー、こんなのあったんだー。人気みたいだし買ってみるかの精神は凄くよく分かる。
「あとは米粉パン置くし。美味しいし、あれもグルテンフリーでアレルギー持ちに優しいし、あと美味しいから」
「…………それ花渕さんが食べたいだけだよね……?」
僕のツッコミは無視された。どうやら図星らしい。米粉パン好きなんだ……なんか意外と言うか……
「最後。おっさんに問題があるし」
「…………うぇっ⁉︎ ぼ、僕に問題が…………うん、精進します」
遅い、覚えない、要領が悪い。と、先日お説教された時のことを思い出す。ずびばぜん……がんばりまず……
「違うし。おっさん、子供相手の接客が特に酷すぎんだし」
「うぐぅぅ……」
子供相手……? 何か……何かやらかしただろうか……? いつか向こうでも迷子相手に苦戦したこともあるが……
「子供からしたらおっさんはデカイんだから、突っ立ってるだけで怖いじゃん。もう少し歩み寄らないと。関わらないよーにって離れてんの、バレてっからね?」
「ごふぅッ⁉︎ ば、バレてる……だと……」
そう、そうだ。僕は子供との接し方が分からずに……何かあってはまずいと距離を置くようにしてしまっている。普通にバレてたのか……恥ずかしい!
「私らのこと一番見てるのは子供だから、子供に怖がられたらもう来て貰えないし。大人は結局パンが美味しいかどうかを第一に考えるから、よっぽど酷くない限り私らなんて案山子かなんかだとしか思ってないんだから。子供は誤魔化せないよ? 普通にギャン泣きして店行くの嫌がったりするし」
「反省します……」
さっきから暴論が過ぎる気もするが……たしかに店員さんのこととかそんなに覚えてないかもしれない。え? そもそも買い物に出たこと無いだろって? バッカお前……オンラインと別世界では結構買い物してるし……
「とにかく、この店は改善点が多過ぎるし。取り敢えず、店の売り出しポイントが決まり次第ビラでもなんでも配んないと」
「…………店長? もしかしてチラシとか配ってなかったんですか……?」
いやぁ、開店の時には配ったんだけどね。なんて照れ臭そうに笑う店長に、花渕さんの眉間のシワは更に深くなった。怖い……この店の将来とか、いろんなものも含めて全体的に怖い……
「これからは近所の小学校や公民館に営業かけるし。ぼーっと待ってて売れるわけないじゃん。とにかく店の存在をアピールしないと」
「うう……僕も精進します……」
店長まで僕と同じようなことを……もう、花渕さんが店長で良いんじゃないの? とにかく、僕らのこのクソ暇な日常はここまでだ。今日は色々作って、明日か明後日か……とにかく早く売り込みに行かなくては。え…………売り込みに行くの…………? 知らない人がいっぱいいるところに……僕が…………?




