第百四十四話
さあ、もうお腹いっぱいでしょう? っていうか、さっきしこたまパスタ食べてたでしょう? だからもうその辺で。なーんて、僕のお財布への心配など他所に、ミラは運ばれてくるピザを貪り続けた。果たしてこの少女の体はどこへ繋がっているのだろう……と、不安になる枚数のシーフードピザをペロリと平らげたミラを連れて、僕は微妙に視線が集まる中で病院へと足を向ける。
「そうだ! 行商が来てるんだったわよね? 折角だから見ていきましょうよ!」
「いいけど……オックスの勉強は大丈夫なのか?」
ぐいぐいと手を引くミラに僕は尋ねる。オックスだって早いとこ強くなりたい筈で、ミラとしてもオックスには早く強くなって貰って安心して戦える様になりたい筈だ。僕の護衛的な意味で……
「オックスは少し真面目すぎる所があるのよね。だからこそ、ゆっくり休めって言われたらきっとちゃんと休んでくれるでしょうけど」
「…………? おーい? キャッチボール、キャッチボールしよう?」
まったく、鈍いわね。なんて、むすっと膨れて憤慨するミラに、僕も遺憾の意を覚える。お前はお前でものぐさが過ぎるぞ。説明がいつも一言二言、いやそもそも説明が無かったりもするし。
「魔力切れよ、今日は暫く魔術なんて使えないわ。本人はまだいけると思ってるでしょうけど」
「……あー、だからあんなに疲れて…………って、魔力消費の少ない魔術じゃなかったのか?」
魔力切れ、と言うのはあれだ。ミラがよくなるやつだ。その場にへたり込んで、全然動けないくらい疲弊した状態になるアレ。悪漢の相手をしている最中に魔力が切れたらどうするんだろう。と、少しくっころ的な不安が募るアレ。だが……本二冊流し読みするくらいの時間、大体二時間弱くらいしか練習していないのに、そんなので使い物になるの? という疑問も出てくる。
「上手いこと出力を調整して、必要最低限の消費にすることで燃費も良くなるからねー。練習段階の今はとりあえず垂れ流しになっちゃってるから、へばるのも早いのよ」
だから早く行こ。と言わんばかりに僕を見上げて手を引く少女に根負けして、僕も昨日立ち寄ろうとした荷馬車隊を目指す事にした。そうか……難しいんだな。頑張れよ、オックス。
昨晩ミラに殴られた苦い思い出のある交差点を超えて、もう随分人気もまばらになってしまったマーケットに僕らはやって来た。ミラも昨晩のことを引きずっているのか、少しだけ微妙な面持ちになっていたのは嬉しい様な、申し訳ない様な。
「いらっしゃい。おや、この街にもこんな若者が居たとはね。冒険者かい?」
「はは。まあ、そんな所です」
愛想と恰幅のいいおじさん商人は、豪快に笑ってオススメ商品とやらを説明し出した。だが……それは冒険者に向けたオススメ、というものであり……例えばポーションであったり、使い切りの簡易ランタンであったり、護身用の拳銃であったり。どれもこれも本職のお眼鏡に適う品では無さそうだ。興味無さげに雑貨を漁る少女の姿に、少しだけおじさんへの罪悪感を抱えながらそう察する。
「おっと……そうだよねぇ、そうだったよ。お嬢ちゃんにはこんな物よりそういう可愛いのが良いよねぇ」
「……へ? わ、私?」
多分、実用性を考えて小物を見て居たんであろうミラにおじさんは声をかけた。そして、裏の箱からいくつかのアクセサリーや髪飾りを取り出して彼女の前に並べる。うん……おじさん良いね、センスがとても良い。長くて鮮やかなミラの髪に、その群青のリボンはとても映えそうだよ。このおじさん、キャラクリとかさせたら凄そうだ。
「わ、私にこういうのは……」
「えー、似合うと思うけどなぁ……」
ぼそっと呟いたつもりだったのだが、いつかオックスに注意しようとしたことを自分で忘れていた。コイツは耳がとても良い。耳と言わず、目も鼻も。だから僕のそんな感想もしっかり耳に届いた様で、頰を赤らめて焦った様子でこちらを振り向いた。
「なっ……そ、そうかな……?」
「おふぅっ……その反応は想定してなかった……」
僕のハートにクリティカルヒット! え? 言い回しがダサい? ほっとけ! 嬉しそうに髪をクルクルさせながら髪飾りを眺めるミラの仕草が、とてもこう……キュンキュンしちゃう! えっ? 古い⁈ まじか⁉︎
「…………じゃあ……」
「お、毎度あり。こっちもオマケしとこうかな。仲良しは良いことだ、良いことだよ」
そう言って、髪飾りのリボンに縫い込まれた小さな宝石……だろうか? 安物だし、案外プラスチックかも。いや、そんなのがあるか知らんが。ともかく、綺麗な赤色のキラキラした飾りとお揃いの、小さな赤い石のネックレスを一緒に袋に入れてくれた。そ、それって……その、おじさんは僕らのことどう見てるんだ⁈ 兄妹だよね? お兄ちゃんっ子な可愛い妹だよね⁈
「えへへ……ほら、早く帰りましょ!」
「お、おう……」
大事そうに紙袋を抱き締めて、ミラは空いた方の手で僕を引っ張って歩き出した。おじさんにお礼を言って僕も彼女の後に続く。いや、その……さっきの反応はその…………そういうこととして受け取って良いの⁉︎ ねぇ⁉︎
病院へ戻ると、オックスはもうすっかり眠ってしまっていた。無理も無い、魔力切れと言うのなら相当な疲労感があるのだろう。活発なミラが指一本動かすのも億劫になると説明してくれたからこそ、彼をそっと寝かせたまま静かに立ち去る選択肢を選んだ。
「…………どう? ちゃんと似合う?」
「んふぅ——っ。に、似合うよ。うん」
それはダメだって! 言ってるでしょう! なんだ……これはどういうことだ……? 自分の部屋…………もとい、自分の病室に戻るや否や、ガサガサと袋をに手を突っ込んで、取り出した大きな群青色のリボンの髪飾りを頭にあてがって。クルクル回りながら、嬉しそうに感想を求める姿に……こう…………ダメだ! 出てくるなエルゥ! 特別って……僕が特別ってやっぱり……っ⁉︎
「えへへ……でも、これちょっと大きすぎたかな。戦う時邪魔かも……」
「オシャレと戦闘とで葛藤する女の子は初めて見たよ……」
えへへ、じゃないんだよ。あざといなぁ、もう。嬉しそうに、右にしようか、左にしようか。と、一通り楽しんだ彼女は、それを宝物であるかの様にじっと眺めて……そして……
「……うん。やっぱり邪魔になりそうだからいいや。しまっとこ」
「おい」
いそいそと自分のポーチにしまい込んでしまった。オシャレが戦いやすさに負けてしまった。ある意味彼女らしいといえば彼女らしいし……正直言って、普段使いされたら普通に気恥ずかしいから助かるけど。
「あんなに喜んどいて……着けないのもどうなの……」
「えへ、えへへ。いやぁ、こういうのってあんまり着けたこと無いし。それに、誰かに選んで貰うなんて初めてだったから……なんか勿体無くて。えへへ」
うぐぅ! いちいち出てくるなエルゥさん! 僕が普通! 貴女が脳みそピンクな恋愛脳すぎるの! だから……これはあれだ。そういうのと縁無く生きてきて、興味はあるけど今更……似合うかも分かんないし……みたいな。オシャレと縁遠く生きてきたから恥ずかしいみたいな、照れ隠しか何かなんだ! ほら、いつも男の子と遊んでたって言うし。初めて会った時こそスカート履いてたけど、基本的に少年チックな服装多いし!
「…………自分で選ぶしか……なかったから……」
「……ミラ?」
少しだけ寂しそうな顔を見せたのを僕は見逃さなかった。大慌てで笑顔を取り繕った辺り、きっと触れられたいことでは無いのだろうし突っ込むことはしないけど。どうにも、彼女の過去については不安や不信が募るばかりだ。
「ほら、アギト。アンタの分もオマケしてくれたんだし……あれ、何か入ってる? 領収書?」
紙袋からネックレスを引っ張り出したまま、彼女は固まった。何か入っている……とはどういうことだろう。レシートは袋の中にお入れしときましたー、的な? 袋をひっくり返して出てきたそれに、僕らの背筋は凍りついた。あの時と同じ。ついこの間と同じ……綺麗な手紙用の封筒が——ミラ=ハークスと宛名の書かれた手紙がその中には入っていた。
「まさか……っ! あのおじさんもアイツらの……っ⁉︎」
大慌てで僕らはその封筒を裏返して封を開ける。中から出てきたのは一枚の便箋だったが、以前とは違う……ただ数行だけ記された、メモの様な手紙だった。
「……東へ向かわれよ。キリエの街で待つ……」
「ミラ……これって……」
差出人の名前は無い。だがきっとこれは……あの男の……ゴートマンの……っ。
「……筆跡が違う……? もう一人仲間がいる……っ?」
もう一人……そうだ、そう書いてあった。魔人の集い——とは、間違いなくあの悪人が徒党を組んでいる証左にならない。あの手紙が真実であったなら、という不確かなものだが……そう思って警戒するに越したことは無い。
「…………アギト。封筒取って貰える……?」
「封筒……? いいけど……って」
僕の背中に、さっきまでとは違う緊張が走る。それはすぐにミラにも伝わった様で、欠けた封蝋を指でなぞって確かめる僕の横から顔を出したミラも、すぐに真っ青な顔になった。
「太陽の紋章……これって……」
「し、しまった……忘れてた……っ。ユーリさんに約束したんだった……」
それは騎士団の紋章。かつてアーヴィンを飛び出す前に、あの誠実な騎士長と交わした約束。ミラの体が良くなり次第王都に向かうと、あの時確かに……
「……う、打ち首とかないよね……?」
「…………大丈夫よ。多分」
すっかり遅くなってしまった。向こうからしたら、まさか徒歩で旅に出てるとは思わないだろうし。こんなに悠長に歩いて旅してるとか、思ってもみないだろうし! きっと、各方面へとミラの似顔絵と手紙を持たせた騎士を向かわせたのだろうな。本当に……本当に申し訳ございません……と、土下座すれば命は許して貰えるだろう……か?




