第百四十三話
別に寂しいとかじゃない。べ、別に、ミラがオックスに付きっ切りで指導してるから、一人疎外感を感じてるとか、そんなんじゃない。べっ……別に! 別に嫉妬とかでもないし! アイツが誰と何してようが僕には関係無いし! エルゥさんに変なこと言われたからって……べ、別に意識したりとか……そんなこと無いし‼︎
「おっ……おおっ……うおぉお⁉︎」
「そうそう、そのまま……もう少し魔力を細く出すイメージでも良いわ」
別に……二人とも楽しそうなのに僕だけ仲間はずれ、だとか思ってないし……ぐすん。
さて、ミラがいつぞや借りてきてとせがんだ錬金術の本、研究書? それを二冊読破してしまったわけだが。いえ、全然中身頭に入ってこなかったし、理解なんて以ての外だったんですが。もうそろそろお昼になるってのに、ミラはオックスにべったりで…………げふんげふん! な、なんだ一体。なんだこのモヤモヤは。まさか、本当にミラをヒロインレースの大本命として意識していると言うのか……っ⁉︎ いや、そんなバカな。エルゥさんが本当に余計な事を言ったせいで……ああもう!
「ふぃー……難しいッスね、コレ……」
「でも筋は良いわ。例えるなら……一枚の布団じゃなくて、幾重にも束ねた糸の様に。魔力を細く長く積み上げる様なイメージを持ってみて」
…………ぐすん。寂しいのはきっと、今まで僕にべったりで何をするにも一緒だったミラが、興味なんて失った古いおもちゃに目もくれないのと同じ様に、新しいおもちゃに首ったけだからだろうか。それとも、シンプルに疎外感からだろうか。どっちでもいいけど、本当にちょっと泣きそうなくらい寂しい。慣れていた筈の仲間はずれは、まだ僕の心にえぐり込んでくる。
「さてと……アギト……って、アンタ何してんの……?」
「お、終わった……?」
ミラはやはり僕のことなど気にもかけていなかった。だから、部屋の隅でずーーーっと縮こまっていた僕を見て今更そんなことを言う。だが、僕はそれを酷いとかそんなことも思わず、ようやく構って貰える……と、そんな…………あれ? もしかして、ペット枠って僕?
「そろそろお昼にしましょうか。アンタもお腹空いたでしょ?」
「…………うん。すぐ買ってくるよ」
使いっ走りの為に目を付けられただけだった。うわーん、本当に泣くぞ! 痺れた足も御構い無しに、僕はさっさと立ち上がってどやされる前に買い物に行こうとポーチに手をかけた。その時だった。
「私も行くわ。思ってたより大丈夫そうだし、リハビリも兼ねて歩いておかないと」
「ミラ……っ!」
女神がそこにいた。単純とか、簡単とか、ちょろいとか言うな! ミラもミラで、そんなに喜ぶほど心配してたの? なんてからかいながら笑う。心配はそれはそれ、うん心配でした。ではなく。だって、やっとぼっちじゃなくなるんだから!
「じゃあオックス、無理はしないこと。ご飯食べたら再開だから、それまではゆっくり休んでるのよ」
「了解っス……」
何やらオックスの元気が無いのは気になったが、ミラに手を引かれてそのことを尋ねる暇も無く僕らは病院を後にした。
「……なぁ、オックス随分疲れてたけど……」
「そればっかりは仕方ないわね。普段から使ってない筋肉を鍛えると痛くなるでしょ? それと同じ、魔力を短時間で消費するなんて彼には未体験だったんだから」
そう言うものなの? もっと手軽なものだと思っていたが……魔術と言うのも一朝一夕ではいかないのだな。繰り返していれば慣れるし、魔力量も段々と多くなっていくわ。と、ミラは随分嬉しそうに語った。むぅ……やはりと言うか……し、嫉妬ではないぞ!
「……なんだか久しぶりね。こうやって二人で買い物するなんて。ボルツでオックスと再開してからは、何だかんだずっと三人で。最近じゃ、ずーっとアンタ一人に任せてたものね……」
「っ……そう……かな。まあ、うん。久しぶりなのは同意だけど」
不意打ちをかけてくるのは本当に勘弁してください。どうせそんなロマンチックな意図は無いのだろう? ならもう本当にドキドキする様なこと言うのやめてください、身が持ちません。なんて情けないことを訴えるわけにもいかず、僕はふわふわした曖昧な返事をする。ミラと二人きりなのは別に久しぶりでもなんでもない。オックスは要安静だし、エルゥさんも普段は仕事があるし。なんやかんやとミラとは二人っきりで…………っ! 二人きりで……毎晩……抱き合ってっ⁉︎(誇張表現)
「ぬぉおお……」
「っ⁈ ア、アギト……?」
いかん! いかんいかん! 本当にエルゥさんは余計な事を言ってくれた! そりゃあそういう目で見ていた頃もありますとも。いや、今だって別に…………じゃないやい! 僕とミラはそういうんじゃない! なにかこう……熱い絆で繋がれた相棒みたいな。パートナー……そっ、ちっ違う! 生涯のパートナーとかそんなっ⁉︎ そんな事考えてっっ⁈
「…………アンタ、随分変わったわよね。初めて会った頃は、ずっと何かに怯えてた様に見えたけど。今はずっと前を見てる様に見えるし、頼もしくもなった。うん、私の指導の賜物よね」
「いつ俺がお前に指導を受けたよ」
なんでよ! と、食いつかれた。うん、お前に指導された覚えは無い。だが……それがあまりにも的外れなくせに核心をついているもんだから、ふざけてからかって、誤魔化さざるを得ない。僕はお前の背中を見て、追いかけて。必死に走って、ようやくここまで変われたのだ……なんて、恥ずかしいことを言うわけにもいかないし。
「まったく! もうちょっと感謝くらいしなさいよね!」
「はいはい、ありがとうありがとう」
もーっ。と、肩を叩いてくる小さな少女に、僕はあとどれだけ成長すればありがとうとちゃんと言えるだろう。これも目標の一つだな。いつか面と向かって自分のことを説明する。その上でキチンと感謝を伝える。ちいさいけど僕の最大の目標だ。
「……ふふ。オックスには悪いけど、どこかでご飯食べていきましょうか? 久しぶりの外出だもの、少しくらい良いわよね? 良いわよね!」
「まったくお前は……なら、俺はずっと気になってたパスタのお店があるんだけど……」
オックスには悪いが。オックスには悪いけど。二人して笑って、まだ病院で寝ているオックスに手を合わせてごめんと言った。まったく薄情な話だが、僕らは二人でちょっと良いものを食べに街を巡るのだった。
病院を出て一時間程、たっぷりこってりチーズのかかったデリシャスなスパゲティをたらふく食べて、僕らはオックスのもとへ急いだ。流石に待たせすぎただろう。というか、匂いでバレやしないだろうか? カモフラージュで匂いの濃いピザソースたっぷりの持ち帰り用ピザサンドを買ってはいるものの…………ミラがよだれを垂らしながらこっちを見ている! エマージェンシー! ミッション! 外敵から荷物を守り通せ!
「……お、帰ってきたっスね。どうでした? 久しぶりのデートは」
「でっ——ッ⁉︎」
人が必死でお前のお昼ご飯を守ったってのに‼︎ 部屋に戻るなり開口一番そんなことを言われて、僕は一人で泡食った。ほら! 見ろオックス! お前の言うロマンスの相手は、ピザの匂いに夢中でそんなのまったく聞いても無いんだぞ! 出来ればもうちょっとウブな反応が見たかったわ、僕だって‼︎
「〜〜っ! ほら、買ってきたから……ミラ。待て。待て、だ。ハウス!」
「犬じゃないわよ! あうぅ……じゅるり」
なんて我慢の効かない子だ。さっき山盛りパスタの山を食べてきたところじゃないか! オックスも、もう僕らがランチデート……もとい餌付けを終えてきたことを察している様で。それでも遅いとかずるいとか、何も言わないのは……どっちだ⁈ いつも通り僕らの間柄を勘違いしてからかっているのか、シンプルに育ちがいいからそんな言葉が出てこないのか。どっちだ⁉︎
「……半分食べるっスか?」
「えぅ……ダメよ、オックスも随分魔力を消費したんだもの……ちゃんと食べないと怪我も治らなくなっちゃうし……ごくり」
はあ。と、僕とオックスは二人して頭を抱えた。うん、さっきの疑問は多分両方とも正解が正しいのだろう。だったら僕が取るべき行動は……
「オレのことは良いから。ミラさんにも食べさせてあげてくださいよ」
「悪いな、オックス。訓練中に齧り付くとそれこそ怪我に響くし、ちょっとまた外すよ」
ほら、ピザ食べに行こう。と、頭を撫でてやれば嬉しそうに……本当にそれやめてって言ってるのに……口に出したことはないけど。ともかく嬉しそうに、僕の手に擦りついてくる様に黙って頭を撫でられているミラの姿に、オックスの顔が……ヤラシイんだよお前も! それはやめろってちゃんと口にしてるからな! 僕もちょっとびっくりしてるよ! 言われなかったら気付かなかったけど、こいつこんなに甘えてきてたんだな⁉︎
「ほら、もう。行くぞ」
もうおしまい。と、ぽんぽん頭を叩くと、身を屈めて、子供扱いしてっ! なんて睨んできたが……言葉に威厳が全く無い。本当……かっこいいって思ってたあの姿はどこに行ったんだ…………?




