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異世界転々  作者: 赤井天狐
異世界転々
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第百三十六話


「そうだ! そうだそうだ、そうでした‼︎」

 まだ起きないミラの寝顔を拝む会。もとい、僕の全力の弁解の場の空気を一掃したのは、素っ頓狂なエルゥさんの声だった。

「今日は皆さんに朗報を届けに来たんですよ! でへへー……いやぁ、良いもの見せて貰って、すっかり忘れてました」

「朗報……っスか?」

 良いものという単語と上がりっぱなしの口角は一度置いておこう。もう良いよ……ふーんだ。だが、彼女の言う朗報というのは気にかかる。まずそれが彼女個人からの情報なのか、ギルドからの情報なのかによってありがたみも変わってくるのだが。ギルドからだと、割のいいクエストが発注されましたー、なんてものの可能性もある。確かに朗報だが、今はそれどころで無いので……

「はい! 今日ですね、行商がこの街に着くんです! 王都から、大量の商品を積んだ馬車が何台もやってくるんですよ!」

「……行商……?」

 あれ? いまいち反応が薄いですね……? と、訝しがられてしまった。行商という単語に馴染みが無い所為で、いまいち盛り上がりポイントが分からない。行商と言ったらテンションが上がるのが普通なのだろうか。

「まあ、アギトさんは興味無くても、ミラちゃんにとっては大きなイベントですから。夕方には到着するそうですよ。それまでにはちゃんと起こしてあげてくださいね」

「流石にそれまでには……って! 起こしてるよ! 今朝からずっと!」

 にやにやと頰を抑えながらそんな事を言うエルゥさんの誤解を、なんとか夕方までには解いておきたいところ。結構恥ずかしい思いをしてまでミラとの関係性を説明したら、まるで逆効果だったなんて辛い思いまでしたんだ。こうなれば徹底的に……

「行商……っスか。今のオレ達が欲しいのは健康な体くらいなもんっスけどねえ……」

「物欲ねぇな、お前……俺は色々欲しいけど。手に入るかは別として」

 なんて殊勝な事を言うんだお前は。やれスマホが欲しい、ゲームが欲しい、PCとゲーミングマウスが欲しいと物欲にまみれている僕への当てつけか? この世界の行商が売ってそうなもので欲しいもの……時計は買ったし、カバンもある。ミラの時間潰しにも僕の興味的にも、読み物系の本が欲しいな。この世界の童話なんか面白そうだ。

「……ほら、それっスよ? そうやっていつまでも撫でたりしてるから、こっちも誤解だ誤解だって騒がれたって信じられないんス」

「…………へ? 撫で…………はっ⁉︎」

 オックスにとても冷たい目で睨まれてしまった。これは違うんだ! 手元にちょうどいい高さでいるから、つい……

「いいなー……私も恋人が欲しい……あわよくばそのまま結婚して、王都とは言わないからいいとこに家建てたいなー」

「結構強欲っスねエルゥさん……」

 そうかなー? そうっスよ。などと他愛の無いやりとりをする二人など御構い無しに、ミラはグリグリと頭を押し付けてくる。撫でるのをやめるとしばらくこうなるんだけど……なんて事を説明すると、多分また更なる誤解を招きかねないし……

「もうこの街に若い男の子なんていないし、冒険者の皆さんは自分の生活でいっぱいいっぱいだし。行商の荷馬車に潜り込んででも王都まで出向かないと、出会いも何も……」

「あー…………あ、そこに優良物件いるよ? まだちょっと若いけど、立派だし、実家は結構大きいし。性格も良いと思うけど」

 からかうつもりとかでもなんでもなく、僕は目の前にいた男の、僕が抱いた素直な感想を述べた。うん、それが間違いだったのだろう。オックスは、とても信じられないくらい冷たい目で僕を見ている。見ているだけで何も言ってやくれない。エルゥさんも押し黙ってしまって……沈黙という名の恐怖が部屋の温度を下げる。

「…………ご、ごめんなさい」

 耐えかねて、僕は自らその沈黙を謝罪で食い止めた。いや、食い止めようとした、その時だった。エルゥさんは一つ咳払いをして、受付で見せる少し背伸びをした大人っぽい笑顔で視線をオックスへと向ける。

「……オックスさん。不束者ですが……」

「ちょっと⁉︎ 本気にしないで下さいよ⁉︎ アギトさんもなに適当言ってんスか‼︎」

 それについては申し訳ない。が、大体事実だろ。そりゃあまだ十四ってことで、僕の中の常識ではまだまだ子供ではあるのだが、この世界基準ではどうか分からないし。背も高いし、体も鍛えてる。実家は間違いなく裕福で育ちも良い。やたらからかってくるのとまだちょっと子供っぽいところを除けば、性格もかなり良い。強いて言えば、人付き合い。選んだ師を間違えたくらいのもんで……

「おっぐずざぁん! オックスさんの好みに合わないって言うんなら、せめて誰か紹介して下さい‼︎ こっちはもう、本当に出会いに飢えてるんですっ‼︎」

「ちょ、ちょっと……分かりましたから! 近いっス!」

 おや、この反応……ははーん。さてはオックスも……って距離置きすぎじゃない? エルゥさん、可愛いと思うんだけど……そんなに嫌がる様な事だろうか?

「…………あれ? オックスがダメでも、ここにも若い男はいるんだけど……?」

「えっ……? アギトさんそれ…………サイテーです。ミラちゃんがいながら、他の女の子に手を出そうって言うんですか……そうですか……幻滅しました」

 誤解だッ‼︎ もっとひどい誤解を受けているッ‼︎ そんなこと無いっていうか、だからミラとはそんな関係じゃないと……あれ? もしかして僕、こいつの所為で出会いの可能性失ってる? ミラがいなかったら、もしかしてワンチャンあったりする? え?

「ちがっ……だからこいつは……」

「つーん。もうアギトさんとは口聞きません。まったく……信じらんない」

 僕の評価が急速に落ちていく! 墜落していく! なんとかして……なんとかして保たねば、最低限の高度を! どうすれば良い⁉︎ 誤解が解けないなら……どうすれば……っ!

「…………や、やだなー! 冗談だよ! 俺はミラ一筋さ!」

 よく分からない方に舵を切ったな。と、僕はこの時点でもう既に後悔していた。まったく、後悔の多い人生だった。今だけじゃない、これまでもずっと。後悔に後悔を重ねて、もう後悔したくないと慎重に選んだつもりの道でも後悔して。うん? 今なんの話してましたっけ? 僕の鬱スイッチ入った脳とは関係無い所で、体と口は勝手に動き出す。

「あっはっは! そりゃあこんな可愛いのが甘えてくれば甘やかしちゃうに決まってるじゃないか! あっはっは!」

「あ、アギトさん……? やばい、からかい過ぎて壊れたっス……」

 ぎゅうとミラを抱き締めてわしゃわしゃと頭を撫で回す。ああ……うん。オックスの言う通り壊れてしまった。壊れたのは……リミッターだけど。

「……うわぁーん! だってしょうがないじゃない! こいつ可愛いじゃん! こんなのがいっつもいっつも抱き着いてきたら、そんなの……そんなの甘やかしちゃうじゃん! 俺は何にも悪くないよ! こいつが撫でやすい位置に来るのが悪いんだよ!」

「お、落ち着いてアギトさん。分かりましたから。からかってすいませんでした」

 そんなこと言われたって……そんなこと今更言われたって! こいつが! ちっちゃくて! 撫で心地が良いもんだから! 止まんないんだよ! いっつも多少は我慢してたんだぞぅ! お前らの所為だ!

「二人だって見たら分かるだろ! こんなちっちゃいくせに強くて! 強いくせに泣き虫で甘えん坊で! ギャップが良いだろ! 一回抱きしめたら分かるって! もこもこだぞ!」

「あ、アギトさーん……? その……あんまり大声でそんなこと言うと……」

 うわーん! こうなったらもう止まるもんか! ミラの良いとこ可愛いとこ全部吐き出して満足するまでやめてやるもんか! やめられるものならやめたい! 正気に戻った時が怖い!

「ほら! オックスも撫でてみろって! やめろ! ミラを撫でて良いのは俺だけだ! こんな可愛い妹が——」

 壊れた僕の制御装置は、掌底によって顎ごと吹き飛ばされた。舌は幸い噛まずに済んだが……出来ればもっと早く、傷の浅いうちに。そして——もっと優しく止めて欲しかった。

「…………誰が妹よ。黙って聞いてれば好き勝手言って……」

「お、おはようございます……」

 天井にチカチカしているお星様を数えるより先に体を起こすと、そこには顔を耳まで真っ赤にしてシーツに身を隠すミラの姿があった。一応“恥ずかしい”みたいな感情は残っていたか。そうか。なら……

「…………朝はちゃんと起きて。お互いの為にも……」

「……善処するわ」

 朝っぱらから僕もミラも深い痛手を負ってしまった。オックスもエルゥさんもとても申し訳なさそうな顔をして……いえ、本当に。お見苦しいものをお見せしました。さ、行商の話を再開しようか。ほら、二人ともどうしたの? ちょっと記憶無いけど、何かあったの?


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