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異世界転々  作者: 赤井天狐
異世界転々
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第百三十二話


 はて、いつ僕は眠りに就いたかな。ふと気が付いた時、僕は薬品臭い病院のでは無い、カビ臭い自分の部屋のベッドの上にいた。二日間、結構ハードに動き回ったからなあ。と、アラームの鳴らぬスマホを眺めて思い返す。別にこの体には筋肉痛も、疲れさえも全く残ってはいないのだが、今日はバイトが休みで良かったと思う。精神的疲労が……

「……えっと、腰を落として…………っでぇええ」

 僕は、とりあえず昨日習った事を復習しておこうと狭い部屋の中で構えた。のだが……うん。自重の差が。筋力の差が。そして、モチベーションの差が凄い。一歩踏み出そうとした体は簡単にひっくり返って、情けなくドスンと尻餅をつく。なんて間抜けな絵だ。

「……ってて……二人がいない時間でよかった」

 午前十一時。昨日早寝だった割に随分遅い起床なのは、目が覚めた後にもしばらくの二度寝タイムがあったからだ。休日万歳!

 それからの僕は、もうそれはそれは堕落に堕落を重ねていった。違う。休息だ。コレはまだ慣れないアルバイトによる疲れと、別件での異常な精神疲労を回復する為の大切な行為だ。うん、そうなんだよ。だから……ちょっと昼寝したら夕方だったなんて事は瑣末さまつな……

「……は、早い……一日の消費がマッハすぎる……」

 どうした事だ。もしかして僕、バイトが無いとやる事ないのか……? いやいや、デンデン氏! リプ送ればデンデン氏が一緒に遊んでくれるでござる! デンデン氏と遊ぶ以外……は、デンデン氏以外と遊ぶ……くらいは。ゲーム以外の事は無いのかとかそんな事を考える必要は無い。だって、僕はゲームが趣味なのだから。趣味とは人生を彩る大切な要素であり、時間潰しであり、人生における唯一の目的と言っていい。過言だ。

「お、デンデン氏……」

『申し訳ござらぬ……拙者いま執筆で忙しいゆえ……』

 なんだって。僕に一人で遊べと申すか! って執筆? なに……レス? リプ? 荒らし? まとめサイトへのコメント?

『言って無かったですかな? 実は拙者、ケータイ小説を書いているのでござるよ、もう十年ほど』

 はえー初耳。そんな趣味が……そうか……デンデン氏は僕と違って有意義に時間を過ごしているのだな……っ。(卑屈)別にゲームが有意義で無いとは全く思わないけどさ。何故か劣等感を刺激されてしまう。何か……何か僕も他の趣味を……

『よければURL送るので、読んでみて欲しいでござる。そしてブックマークして欲しいでござる。更に高評価をして貰えると嬉しいでござる』

 そんな返信のすぐ下にリンクが飛ばされてきた。なになに……ほうほう。本当に結構昔からあるサイトじゃないか。意外というか……ふむふむ。ほうほう、異世界転生……とても親近感が湧いてくる響きだ。はて、十年となると…………ええと、もう流行ってたんだっけ? いかん、異世界転生モノが跋扈し過ぎててどこが初めか分かんない。まだそんなに流行っていない頃だっただろうか……? だとすれば、案外慧眼というか……

「どれどれ……ふふ、そうか。ドロシーってこれのヒロインのことだったんだな」

 読ませる文章というのでは無い。ストーリーが特別引き込まれるものというんでも無い。だが、何故かその世界が本当にあるもののように感じられて、僕は返信も忘れて読み耽ってしまった。あの世界を見ている分、簡単に作中の情景が目に浮かぶ。偶然だろうか、このデンデン氏の書いた小説にも王都と呼ばれる中心都市があり、モンスターを倒しながら主人公とヒロインが世界を救う為の旅を続けるというものだ。まるで僕と…………いや、この作中の主人公は普通に強いな。モンスターをばっさばっさと切り倒す、所謂オレツエーな展開だろうか。

「…………しかし……うん。愛が重いなデンデン氏……」

 流石に俺の嫁と豪語するだけの事はある。主人公とヒロインのドロシーちゃんとのイチャイチャシーンが多い。というか、ドロシーの事を事細かに書きすぎだろう、コレ。確かによく分かる。気弱で小柄な少女。白い肌に銀の髪。そして瑠璃色の瞳。華奢な体をダボダボのローブに包んだその姿を、僕は確かに頭の中で浮かべる事が……出来ていないな。僕が思い浮かべているのは、色だけ変えた地母神様だ。うん……僕が見た中で一番の美人で、一番こう……アレだよ。皆まで言わせるない。アレをアレする女性の姿は、どうしてもあの人なんだ。

「えーと……とりあえず二十話まで読んだでござる。ドロシーへの愛がうるさい、と」

『デュフフw』

 デュフフじゃないが。面白くないわけでは無いのだが、いかんせんテンポが悪い。事あるごとにドロシーが美人である事や可愛い仕草をする事ばかりが細かく描写されて……いやね。知り合いの絵師さんに描いて貰ったであろうドロシーちゃんは可愛いと思いますよ。うん、もうちょっとむっちり系が僕は好みです。ではなくて。

「これじゃ冒険の物語なんだか、ストーカーする物語なんだか……」

 心理描写なんかも、殆どがドロシーを見てときめく主人公というもので、どうにも感情移入がし辛い。別にしなくても面白いと思うんだけど。転生系って、めちゃつよ主人公に自分を投影するものって固定概念が僕の中で出来ていたから、こう……いや。これは僕の考えが凝り固まってるだけか。

『気に入って頂けたらでいいので、偶に読んで欲しいでござるよ。感想とかくれようものなら林檎券貢ぐまでありますな』

「買収じゃないですかヤダー」

 まあ……嫌いじゃないさ。さっきも言った通り、描写されている風景や場面を思い浮かべやすいというのは思ってもみない収穫だ。漁ってみるか……異世界転生モノ……と、第二の趣味への足掛かりを掴んだくらいには。

「……ん? 待てよ……? もしかしたら、僕にも書けるんじゃないか……?」

 ふといらん事を思いついてしまう自分の脳が憎い。僕は実体験として異世界に転生しているのだから。それも過去の話ではない、現在進行形で二日おきに旅立っているのだから……とてもリアルに世界を——あの美しくも過酷な世界を、御伽噺を引っ張り出した様な世界を描く事が出来るんじゃないのか?

「…………僕の実体験をそのまま書いてくだけでも十分だよな……だって、本当に異世界行ってるわけだし……」

 ええと、そうなれば書き出しは……ゲームしてシコって寝たら異世界だった。は、あまりにも締まりが無いな。どうだろう……交通事故とかで死んじゃって、そのまま異世界に飛ばされたとかにしてみよう。行ったり来たりを書くのも面倒だし、そもそも今の自分の事を客観的に書いていくのは……死ぬ。心と言わず、色んなものが死ぬ。

「で……嗅ぎなれない匂いに目を開けると……い、いかん。思い出したら……静まれリトルアキトよ……」

 ラッキースケベから始まるツンデレヒロインとの一つ屋根の下での生活。そして冒険。うん、これはいいんじゃ無いか? だってヒロインが可愛いもの。じゃなくて。

「…………これはダメだ。デンデン氏のこと全く笑えないや……」

 勢いに任せてPCのメモ帳に走らせた文字を、タブごと全て消す。僕には文才というものは無いらしい。思っていた通り、見てきた通りの世界を表現しきれない。あの少女の可憐さを描こうとすると、どうしてもヒロインの事ばかりを書いてしまう。これでは変態主人公のストーカー日誌だ。第一に……

「……顔合わせづらくなるわ、こんなの書いてたら」

 それが妄想や夢では無いというのが問題だ。今日は一日目。だから明日の晩を迎えたらまた背中にあの少女がへばりついているのだ。それを……い、いかん。変に出会いのシーンをしっかり思い出してしまったが為に……っ! 見た目通り子供っぽい……違う違う! 白とかじゃなくて! ああっ! 一度考え始めたらっ⁉︎

「…………べ、別のこと考えよう」

 大きく深呼吸を繰り返して煩悩を滅殺した。具体的に言うと、日課をこなしたとも言う。え? 具体的じゃないって? これ以上具体的な表現をして、一体誰が得をするってんだ。それは一度置いておいて。僕はなんだかんだと十年近く書き積み上げられてきたデンデン氏の力作を読み進めることにした。だって、デンデン氏遊んでくれないし。

「おお……おおっ! なるほど……そこでこんな伏線が……」

 読み進める程に感じる、デンデン氏の情熱と成長。文章力と言うのだろうか、次第にどんどん読みやすくなっていく文章と、比例して事細かに記されていくヒロインの情報。魔法使いで遠距離攻撃と支援が得意って設定は、この頃からずっと固まっていたのね。

「……僕らとは大違いだな、これ」

 ヒロインの援護を貰い、彼女を庇いながら戦う勇敢な主人公。うん。それは僕が抱く理想の一つだ。アイツはヒロインなんかじゃないけれど。僕は主人公なんかじゃないけれど。それでも……

「やっとくかぁ……恥じらう乙女の構え」

 出来る事は少しでもやっておこう。こっちにいる時はこっちの事を。向こうにいる時は向こうの事を。なんて線引きは、変に厳格化しない方がいいのかもしれない。だって、どっちも僕の大切な世界なんだから。


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