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異世界転々  作者: 赤井天狐
異世界転々
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第百三十話


 魔獣の第一陣を退けた所で、僕らは一度足を止めた。ミラとオックスという二人の怪我人と、不慣れな監督役のエルゥさんに気を遣って大男二人が提案した事だった。意外と紳士的だな。とは、失礼かも知れないが他意も無くそう思った。

「ボウヤ良いじゃない! 良いお尻! んもう、そんなに誘われるとお姉さん張り切っちゃうわ!」

「ひぃっ……ど、どうも」

 ピンク坊主のお姉さん、もといオネエさんは、随分上機嫌で僕の方へと寄ってきた。身の危険を感じる。僕にそっちの気はないんだ! 夜を共にするならそれこそエルゥさんと!

「だっはっは! 確かに良い逃げっぷりだ! 一目散とはこの事だ! だっはっはっは!」

「う……ど、どうも……」

 それは……褒められているということにしておこう。バシバシと大きな手で背中を叩くスキンヘッドの冒険者の力強さに……そのあまりの差に、自分の非力さ無力さを痛感する。この位鍛えないと、普通はダメなんだろうな。ミラが特別なだけで。

「ぜぇ……ぜぇ……で、ではまた張り切って……」

「いや。いやいや。もうちょっと休んだ方が良いっスよ。膝ガクガクじゃないっスか」

 ふと眼をやれば、笑いに笑って大爆笑超えてもう酸欠起こしてる膝を踏ん張って、小刻みに揺れながらギリギリで立っているエルゥさんがいた。うーん……良い。この暑苦しい場における一服の清涼剤とでも言うべきか。うん。良い。

「アギ……ああああぎぎああいあいああアギト! けがっ……けけ怪我してない⁉︎ あわわわばわ……」

「お、落ち着きなさい……」

 それにひきかえ……うん。まあ、心配してくれる事自体は嬉しいんだけども。甲斐甲斐しいと言うんでは無く、単に過保護で、その過保護も過ぎてなんだか失礼なレベルで心配するミラの頭を撫でる。一度落ち着きなさいと何度言っても、震えが止まる気配は無い。もう少し安心して見ていられるように頑張らなくては……

「だっはっは! 妹には弱いか! だーっはっは!」

「はは……」

 誰が妹よ! と、突っ込むことすら放棄してアワアワしている姿に、こっちの緊張はお湯を撒かれた雪の様に溶けていく。え? お湯を撒いたらすぐに固まる? 固まりますよ、ええ。魔獣が現れれば、それはもうすぐにでも。っと、そんなことを言っている暇は無い。休憩の間に感覚を忘れてはいけないからな。腰を落として、へっぴり腰にはならずに……

「……でも見直したわ、ボウヤ。前言撤回はまだ早いけど、これならいくらか生きて帰る可能性も見えてきたじゃない。その暁には……今晩どう?」

「ひぃぃいっ⁉︎ え、遠慮しときます!」

 連れないわねぇ。と、ボヤくオネエさん……そういえば結局名前すら聞いていないな。ともかく彼……彼女…………? オネエ(三人称)の言う通り、これなら無事にやり遂げられそうだ。いえ、討伐数は稼げそうに無いんですけど。

「……でも、すいません。足引っ張っちゃってばかりで……」

「だーっはっは! 我らの前に、あの程度の魔獣など問題にならぬ! だーっはっは!」

 頼もしい事で。だが、確かにその通りだ。この二人に限った話では無い。あの時あの場に揃った冒険者のいずれもが、この程度の魔獣など片手間に相手取ってみせるのだろう。この場において、場違いなのは僕だけ。だからこそ、やはりミラの訓練を成し遂げる必要があるのだが……

「だっはっは……ふんむ。坊主はアレだ。良いな。我らは弱き者を救う義務があるが……弱虫は好かぬ。逃げ惑うだけの弱虫は救うに値せぬと、そう考えておる」

 ギクリとした。も、申し訳ないです。と、口に出そうとした瞬間に背中をまたバシバシと叩かれ、耳を覆いたくなる程のボリュームの笑い声が響いた。

「だーーーっはっは! そう縮こまるな! 坊主は良い! 逃げておらぬ! 逃げる事しか出来ぬという事実から、己の無力から逃げておらぬ! 逃げ惑いながらも、顔と心は前を向いておる! だーっはっは‼︎」

「そうねぇ……私にお尻が見えるって事は、猪にはお尻を見せていないって事だもの。ステキよ、ボウヤ。抱き締めたくなっちゃう」

 それは……嬉しいが、買い被り過ぎというものだ。それしか知らないから逃げるし、逃げるのに顔を背けるのは危険だと習ったから前を向いているに過ぎない。でも。

「……ありがとう。でも……これじゃ魔獣は倒せないから……」

 お礼は言っておこう。少しだけ気も楽になった事だし。もしかしたら、まだ固くなっていた僕をリラックスさせようと気を遣ってくれたのかもしれない。この二人は、見た目の豪胆さとは裏腹に繊細な優しさを兼ねて——

「だーーーーーはっはっは‼︎ 倒せなくても良いでは無いか! その分、我らが報酬を頂けるのだから! だーーーはっはっは!」

「んもう! そういうのは面と向かって言うもんじゃ無いでしょ! ごめんねぇボウヤ。でも、それが真実。ボウヤは危ない目に遭って、囮に使われて。それでも報酬は無し。他の冒険者からしたらいいカモなのも事実。みんな生活が掛かってるから、悪くは思わないで。あ、アタシは別よ? ボウヤのためならいつだって部屋の鍵は開けておくワ!」

……兼ねてなかった。いや、うん。オネエさんの言う通り、当然のことではあるんだけど。そうか……それも当然だ。そもそもゲンさんも言っていた。これは敵を倒す為の戦い方では無い、敵を倒して貰いやすくする為の逃げ方だ。今、ゲンさんもミラも居ない以上それは……ただボーナスを撒き散らす間抜けなサンタクロースの様に見えるのかもしれない。うん、でもそれは……

「ははは…………じゃあ、この後も引き続きよろしく。囮は俺がやるから」

「だっはっは! いい顔だ! 良い男になるな、坊主は! だーっはっは!」

 それはミラの助けにもなると言う事だ。それだけ分かれば今日の収穫としては……うん? どうしたミラ? 僕の服をそんなに引っ張らないでおくれ、伸びてしまうよ。

「ど、どうした?」

「…………報酬金……いやでも危ないし…………アギト、やっぱり一匹二匹くらい……いやでも……」

 現金崇拝が過ぎる。揺れている。この少女の中で、僕の安全とお財布の潤いとが天秤にかけられている。さっきまであんなに……泣きベソかきだしそうな顔で心配してくれていたってのに……泣いてやる!

「………………アギト。いい? 死骸を攻撃して、さも討伐しましたって顔するの。エルゥはまだこういうの慣れてないし、堂々としてればバレないわ。いい? 堂々としてるのよ? アンタは死骸じゃなくて、弱ってた個体を偶然見つけて攻撃したんだーって顔してれば……」

「セコい」

 なんてことを言いだすんだお前は。そしてしれっとエルゥって呼び捨てに……あ、もしかして僕らが戦ってる間に仲良くなってた感じ? ずるい! 僕も元気溌剌お姉さんとお近付きに!

「じゃあ……そろそろ……すぅ。行きましょう! ぜぇ……私のことなら大丈夫! ぜぇ……はぁ……大丈夫ですから!」

「お、おおー」

 エルゥさんの一声で僕らはまた山を登り始めた。その後も順調に……順調に逃げ回り続け、僕らは日の暮れぬ内にクエストを達成することになった。僕は結局一頭の魔獣を、それも二人が弱らせてくれたおこぼれだけを討伐して、報酬に銀貨一枚を受け取った。

「だっはっは! ではさらばだ! 我らハーグ・レイ兄弟! また出会えば必ず力になると約束しよう! だーっはっは!」

「んもう! 声が大きいのよあんたは! じゃあね、ボウヤ。また会ったら今度は一緒にお茶でも行きましょう。ハーグ・レイ姉弟って言えば北の方じゃそこそこ名前も通ってるから、何かあったらアタシ達の名前を出しなさいな」

 ハーグ・レイという名前だけ残して二人組は街を去った。北、と言うことは王都の方面だろうか。頼もしいのだが……出来れば厄介にはなりたくない。特に兄……姉……オネエの方には。

「はひぃ……お、お疲れ様でした。では私はこれで。ミラちゃん、早く良くなってね。お祈りしてるから」

「あはは、ありがとう。エルゥも無茶はしないで」

 ん……? やはり芽生えてる? 女の子同士の友情的な? お姉さんは早足に、ふらふらした足取りで出せる最高速で役所へと戻っていった。きっと今回のクエスト関係でまだまだやる事があるのだろう。お疲れさまです、ほんと。

「……じゃ、帰りましょうか。アギト、お疲れさま」

「おう」

 僕はミラに手を差し出したが、ミラは笑って、そんな余裕ある様には見えないけど? と、痛いことを言ってくれた。うん、全く。こんなちびっこの軽い体すら持ち上げる余裕も残ってやしない。いつも通りミラの歩幅に合わせて、いつもより遅い、長い帰り道を笑いながら歩いた。まあ……帰る先はまだ病院なんだけど。


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