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異世界転々  作者: 赤井天狐
異世界転々
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第百十七話


 コンコンと二度ノックして、僕は案内された病室に入る。そこには、随分熱心に短刀を磨くオックスの姿があった。

「朝飯買ってきた。お前も無事で何よりだよ、まったく」

「あざぁーす! いやぁ、病院のご飯なんて全然足んなくて足んなくて」

 手渡したトマトサンドに慌ててかぶりつきながら、オックスは笑ってそう言った。良かった。これが演技だとしても、そう出来るくらいには大丈夫そうだ。ミラと同じ無邪気な顔でご飯にありつく姿に、つい笑ってしまいそうになる。

「で、いつまでもいなくても良いっスよ。早くミラさんのとこ行きたいんでしょ?」

「……はぁ。オックスお前なぁ」

 ニヤニヤと、それはもうニヤニヤとヤラシイ顔でそう言うオックスに、僕は大きなため息をついた。この際だからはっきり言っておこう。決心を固めて、僕は食べかけのサンドウィッチをテーブルの上に置いてオックスと向き合った。

「はっきり言うぞ。俺に下心はある。それはもう凄い、凄いじゃ収まらんくらいにはある」

「い、いきなりなんなんっスか……そんな改まって……」

 まあ最後まで聞きたまえ。そう言ってオックスの冷たい視線をあしらった。僕のこんな話など聞いてはくれないかと思ったが、オックスも食べかけを一口に頬張って僕の言葉を待ってくれていた。切に思う。こいつは本当に性格も良いし、育ちも良いし、度胸も良いし、あと実家がなにより良い。三高ですよ、三高。え? 今は言わない? マジで?

「だが、お前も見たらわかるだろ。アレにそんなステキな情緒は無い。カケラも、微塵も、芥子粒すら全然巨大に見えるくらいこまかーーーい大気中の埃ほども無い。無だよ、無。小さいとかじゃなくて無。まったく意識なんてされてないんだよ」

「そ……そこまで言い切らなくても……」

 いや、断言出来るね。僕は踏ん反り返って腕を組んだ。だからこそ。と、前置きした上で、僕は本題を口にする。

「…………変な期待の一つも持てない以上、そこをほじくり返されると……ほら。俺も男だからさ……」

「憐れっスね……随分と……」

 うるせぇ! だが、悲しそうな目でオックスは、わかったっスよ。と、哀れんでくれた。哀れんで欲しかったわけじゃなかったが……どうしようか、彼の優しさに目頭が熱い。

「んでもミラさんのことは好きなんっスよ——」

「——家族として! 兄! と! して! な‼︎」

 そこは勘違いして貰っては困る。そりゃあ男の子ですもの、おっさんも。可愛い女の子が好意的に……そう言う意味で無いにしても、好意的に接してくれれば嬉しいですよ、好きにもなりますよ。だが、それはあくまで上司、隣人、友人、妹、そして娘としてだ。おっさんはその辺弁えてるから。勢い余った僕の大きな声にドン引きしながら、オックスは苦笑いを浮かべていた。

「……そんなわけでさ。アイツが危ない目に遭うのはやっぱり嫌だし、もちろんお前も。二人してこんなになって……何回吐いたかわかんないくらい参ってたわけだよ」

 咳払い一つして、僕はまた真面目な話に舵を取り直す。食べかけのチーズサンドを手に取って、昨日の……昨日と今日の間の二日間のことを思い出しながら、不甲斐ないことを口にする。

「だからさ、オックス。ゲンさんに習った事、俺にも教えてくれ。あの人は間違いなく信用……は、しない方がいい……かもしれないけど。信頼は出来る。あの人の教えなら、絶対に役に立つ筈だ」

「……先生の教え……っスか」

 不思議そうな顔でオックスはそう言った。あの人は碌で無いだが、強さと指導官としての実績は確かだ。オックスの放った飛ぶ斬撃の様な技も、アレをそのままは無理かもしれないが、何か役に立つ事の発想に繋がるかもしれない。だから、出来る限りでいいから教えてくれと僕は深く頭を下げる。

「それじゃ最初の話とあべこべじゃないっスか、もう。いいっスよ。俺でよければ、怪我が治り次第訓練に付き合うっス」

「本当か⁉︎ ありがとう、恩に着る」

 彼女を守ろうなんて大それた事は暫く考えない。せめて足手まといを卒業しよう。ミラばかりが危ない目に遭うなんて……と、さっき会った老夫婦の言葉を思い出して、奥歯を噛みながら自分の中に誓いを立てる。

「…………で、それはそれとして。オレとしてはアギトさんが言うよりも脈ありだと思うんスよね」

「………………おい、話聞いてたか? そしてなんでそこに戻る⁈」

 どうあってもそういうことにしたいのかお前は。怪我人だからと容赦はしない。僕はパン屋の紙袋を細長く丸めて、オックスの頭をそれで叩き続ける。

「いててて、痛いっス。でも、側から見てると仲が良いなんてもんじゃないっスよ? 普通はあんなにいつもいつも抱き付いてないし、寝てるからっておぶったまま動き回らないし。少なくとも、役所の上司部下なんて、旅の仲間だとしてもそうはならないし」

「それについては十中十アイツのせいだからな! 俺は! 一人で寝たいの!」

 えっ。あっ。という一音ずつが響いた後、暫く気まずい沈黙が続いた。完全に失言だ。完全に…………事案だ。

「…………ち、違うんですよ」

「よくもまあそれで言い逃れできると思いましたね……」

 誤解だ! 僕はあくまで一人で眠りたいのだが、アイツが寒いとか寝心地が悪いとかいろんな理由をつけて僕を枕にしたがるんだ! と、必死の弁明を繰り返す。誤解の部分はまあ良い。良くはない。だが…………通報だけは勘弁していただきたく……

「……まぁ、普段の距離感見てると納得は出来るっスけどね。アギトさんにはやたら近いんスもん、ミラさんも。逆も然りっスけどね」

「納得しないで! あと俺はそんな近く……え⁈ 本当に側からはそう見えてんの⁉︎」

 そりゃあもう。と、はっきりと言われてしまった。だって仕方ないじゃない! あの子が! あの子が近過ぎるんですもの‼︎ そしてオックスの口ぶりから察するに、僕のコミュ障も原因の一端になっていそうだ。ミラ以外との距離が遠いのだろう、それで余計に……

「もういっそモノにしちゃいましょうよ! ていうか、さっきからなんかいい匂いするし。ミラさんへの“レヴ”でも買ってきたんじゃないっスか? なんだかんだ言って抜け目ないっスねーこのこのー!」

「ち、違うわい! これはさっき道すがらお婆さんに! お前らの事心配してくれたお婆さんとお爺さん……が…………?」

 ふと何かが引っかかって僕は言葉尻をすぼませる。そんな僕を見てオックスは首を傾げて、アギトさーんと何度か呼びかけた。

「……今……お前なんて言った……?」

「へ? 抜け目ないって……怒らせたならすいません。もう突っつかないっス」

 いやそれじゃない。でも突っつかないのは是非そうして貰えると! 僕はさっきオックスが口にした単語を、頭の中で順に並べていく。

「…………レヴ……? オックス、レヴって一体……」

「……へ? あー……ああ、そういえばアギトさんはアーヴィン育ちじゃないんでしたっけ」

 胸がきゅうっと締め付けられるようだった。アーヴィンと関係しているのか? いつか感じた、忘れようと決めた街の人達の不審な行動がフラッシュバックする。あの機械的な少女が、ミラの姿をした少女の名乗る名前と同じものが。胸騒ぎがする。なにか……嫌なものを覗き込もうとしているのか……僕は……?

「レヴ・ケーゼって、贈り物のことっすよ。アーヴィンやガラガダの辺りでは馴染み深い独特な言い回しっスね。古い言葉なんすけど、包まれた木箱って意味らしいっスよ、元々は」

「レヴ・ケーゼ……それって…………っ。それってさ……」

 なにかがつっかえて言葉が出ない。それがなんなのか知ることを恐れているのか? だが……知りたい。知ってどうなるというわけでも無いが、あの疑問のヒントを一つでも多く……と、僕は詰まった喉で必死に言葉を絞り出した。それは、レヴというのは人の名前に使われる事はあるのか、と。

「んー……無くはないっスね。最近はもうめっきり聞かないっスけど、街のおっちゃん達が子供の頃はしょっちゅういたらしいっス。可愛い一人娘に名付けて、文字通り箱入り娘として可愛がられてたとかで。所謂親バカってやつっスね」

「箱入り……親バカ……って。なんだそりゃ……」

 想定外の緩い回答が返ってきた所為で、すとんと肩の力が抜ける。なんだ……別に悪い事柄じゃないの……かな?

「それを恥ずかしがって隠してる子も居たらしいっスね。聞いた話っっスけど」

「はは……そりゃ、当人には迷惑かもしれないしな」

 そうか。彼女はそれを、今時流行らない親の愛情たっぷりのアダ名を、隠す様にそこだけ端折っていたのだろう。姿も噂すらも分からないが、彼女の両親はしっかりあの少女を愛してくれていたのだ。だが……だがどうしてだろう。そんなにいい事を聞いたのに、それで今度からかってやろうと言う気持ちにならない。オックスにその事を話す気にもならない。まだ何か……引っかかっている。

 それがなんなのか分からぬまま、僕はオックスに追い立てられるように病室から出た。その事を抱えたまま、ミラの所へ行く為に。


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