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異世界転々  作者: 赤井天狐
異世界転々
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第百十五話


 さてと、どうしたものか。別に、泣き止んでもなお放してくれないミラの事じゃ無い。それについて随分ヤラシイ目を向けてくるオックスの事でも無い。ここに留まるべきか否か。また、ここを離れることが出来るか否かについてだ。正直に言って、このままここに居たんでは、いつまたあの帽子の男——ゴートマンと名乗る危険人物が、新たな魔獣を引き連れてやって来てもおかしくない。かと言って、ミラはとても無理させられる状態じゃないのは見た通りだ。オックスだって、出来る限りゆっくり怪我を治して貰いたい。さて、この話題をどう切り出したものか……

「でも感動もんっスよね、ホント。まさか、あそこから生きて戻って来られるとは。アギトさんさまさまっス」

 いや、さんと様被ってるし。とは突っ込むまい。彼の中でアギトさんまでで一区切りの単語なのだろうか。

「本当に……本当……にぃ……ぐすっ」

 あーあー、もう。いつまで泣いてるんだい、この娘さんは。ようやく顔を上げたかと思ったら、僕の顔を見てすぐにまた泣き出してしまったミラの頭を撫でる。出来れば姿勢だけでも変えたいところ。中腰前傾姿勢でとても膝にくるんだ、昨日の今日だから!

「でも、ホントどうやったんスか? あんな化け物相手に一人で」

「……ぐす。そうよ。逃げろって言っても逃げないで」

 ああ、えっとそれはね。喉の奥で何かがつっかえるのが分かった。なんだ、なにか腑に落ちない……違和感と言うか……

「……そうか、魔具っスね? あの銃を使って竜を追っ払ったんスよ! そうでしょう?」

「んー……どうだか。こいつの事だからどうせ、一発不意打ちで当てたところで調子に乗って、残りは外してるわよ。大方、近くに居た冒険者に助けられたんでしょ」

 引っかかる。引っかかるのは——

「……ああ、よく分かってらっしゃる。魔弾は一発だけしか当てらんなかったよ。たまたま凄腕の冒険者が通りかかってな」

 どうして僕は嘘をついた……? 嘘をつくつもりはなかった、と言えばそれは嘘だ。冒険者は皆食い殺された。と、彼女に言うわけにはいくまい。どうにかして取り繕わなければなるまいと考えていたのは事実だ。だが……だが僕にこんな。僕は……いつ、準備していなかった嘘なんてつける様になった……?

「……アギト、顔色悪いわよ? アンタも怪我してんだから、無理だけはしないでね」

「お……おう。分かってる」

 いつもなら口を滑らせていた筈だ。なにを言っているんだ、ミラ。昨日のお前は凄かったぞ。なにせ、あの竜をたった一撃で倒してしまったんだからな。そんな迂闊な事を考え無しに、誇らしげに口にしていてもおかしく無い筈だ。そして、こんな事を考えなくちゃならない原因にようやく至ったのは、二人に勘付かれない様に唾を飲んで手汗をズボンで拭った時だった。

——ミラは昨日の事を覚えていない——

 あれは間違いなく彼女だった。いや、まるで彼女とは違うと感じた。彼女では無い別の——だが確かに彼女の体で、ボロボロのその体で彼女以上の魔術を行使していた。その事を彼女が認知していないと言う事実を、僕は本能的に隠匿しようとしているのか……? なにか……それこそ、ミラの様に研ぎ澄まされた野生の感の様なものがあの窮地に目覚めて、これは触れてはいけない部分だと無意識に避けさせているのだろうか。

「無理は……無理しちゃ…………ダメだって……逃げてって……ひぐっ……言ったのに……」

「ああ、もう……ほら、ちゃんと生きてるって。だから放して……力よわ……調子狂うなぁもう」

 不安は拭い去れない。疑問も尽きない。が、それはそれ。あんまりにも普段と比べて貧弱な少女を振りほどく事が難しいのなんの。乱暴に頭を撫でてやっても抱きしめてやっても泣き止まないで、ああもう手のかかる妹だなぁ! 可愛い奴め!

「……それじゃ、オレはもう戻るっスね。お邪魔みたいっスから」

「いい加減勘弁してくださいよぉーうオックスさーん。って、お前からかいたいだけだろ」

 オックスは笑って、ひょこひょこ歩いて出て行った。からかい半分もありつつ、本当に体がしんどかったのかもしれない。そんな素振りも見せない気丈さは敬意を表するが……出来れば見せて欲しいところ。ほら、僕一番お兄さんなわけだし。頼って欲しいって言うか、甘えて欲しいって言うか?

「……まったく。お前もだぞ」

 背中をぽんぽんと叩いてやると、気持ちよさそうに擦りついてくる。その……なんだ。本当に申し訳無いがその気になるのでやめて頂きたい。犬とか猫とか、マスコットみたいだとか思ったこともあるがやはり……女の子なので。

「じゃ、俺もちょっと……放すつもりは無いと」

「…………ぐす」

 顔を伏せたまま首を横に降る少女にさすがに根負けして、ベッドに腰を下ろしその抱擁を受け入れる。抱擁……? うん、たぶんこれは抱擁なんだろう。泣きついているんではなく、怖い思いをした僕を慰めようとお姉さんぶっているんだろう。負けじと僕の背中をさする小さな手に免じてそういうことにしておいてやる。

「それにしても酷いやられっぷりだな。怪我もそうだし……その、魔力だって……」

「怪我なんて大したこと……無くはないわ。もうアンタに変な見栄張ってる場合じゃないものね。正直、しばらくは魔獣はおろか、飛んだり跳ねたり走ったりも難しそうね。我慢すれば、歩くくらいなら」

 大腿骨が砕けていると言っていた。無理も無い。彼女はこの小さな体に、どれだけの負担をかけてきただろう。走るのも跳ぶのも蹴るのも、全部普通の何倍速出しているんだろう。目で追えない僕にはきちんと想像出来ないが、脚への負荷はこれまで積み重ねた分を抜きにしても到底耐えられるものでは無かった。と、痛ましいギプスという結果が目の前でそう語っている。

「さて、朝ごはんの時間だろ、そろそろ。何食べたい?」

「…………いらない」

 そっか、いらないか。竜を目の当たりにした彼女の取り乱し方は、異様なものがあった。なにか……僕らの知り得ない何かが、彼女の心に深い傷を付けたのだろう。ご飯も喉を通らないくらいに…………?

「…………そっか……いらな…………いらない⁉︎」

「な……なんでそんなに驚くのよ!」

 大声を上げた僕にやっと顔を見せたミラは、真っ赤になって怒った。怒るのならその腕は放して……ではなくて。ご飯を! いらないと! お前が言うのか⁉︎

「どっ——どどどどっどどどうしようどうしよう⁉︎ ナースコール……ナースコール⁉︎ 無いわそんなもん! 待ってろ今先生呼んで……呼んでくるから! はな……放せぇー! せんせーーいっ‼︎」

「バカ! 病院で騒ぐんじゃないの!」

 だって! あれだけ大食漢キャラで定着していく予定ですみたいな食いっぷりだったお前が! 食い意地、張ってます。の権化みたいなお前が! よりにもよって、魔力を使い切ってヘロヘロになって、お腹ペコペコ〜ってなるべきお前がっ‼︎ 朝ごはんいらな……救急車‼︎

「お、落ち着きなさい! 私もよく分かんないのよ! でも……でもなんか……」

「なんか……? なんかって何さ……まさか内臓がボロボロにされて、食べたくても食べらんないなんて事……」

 違うわよ! と、頰を鷲掴みした僕の両手の親指に噛み付いた。どうやら食い意地はしっかり残っている様で、あんなに弱々しかったくせに噛み付きだけはまだ全然痛い……シャレになんないくらい痛い……

「ご、ごめん。その……自分でも信じらんないんだけど。魔力……全然減ってないのよ」

「ふーっ……ふーっ……って……そんなバカな。だってお前……魔力が切れたからあのやばい薬に手を出したんだろ?」

 言い方、もうちょっとどうにかなんないの? と、睨まれてしまった。はっきり言って、ヤバい薬という表現でも足りないくらいの副作用はあると見ている。だが……魔力が減っていない、と言うんでは無いが、魔力がまだまだあると言うのならば、僕には覚えがある。だがそれは……

「…………窮地を乗り越えた事で、秘められた力が解放されたようじゃな。ふぉっふぉっふぉ」

「そんな都合のいい事あるわけないでしょ。おっかしいわねぇ……確かにもうすっからかんな筈なんだけど……」

 まぁまぁ。と、訝しげな顔をする少女をなだめてまた抱きしめる。それは言えない。もし彼女がその事に気付いていないのなら……言ってはいけない事のような、触れてはいけない事のような気がして……


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