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異世界転々  作者: 赤井天狐
異世界転々
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第百七話


 小型魔獣の残党をさくさくと退けようやく落ち着いた頃、ミラの方にも動きがあった様だ。明らかに消耗している魔蛇と他の冒険者に、戦闘の苛烈さを確信する。だが、一人元気に飛び回って身の丈の何倍もある蛇に徒手で挑み掛かるその姿は、間違いなく他の誰とも一線を画していた。彼女なら大丈夫。信じられるだけの根拠を、僕はこれまでに幾らでも目にしてきたんだ。

「——はぁあっ‼︎」

 狭い樹々の間を縫って蛇の太い尾を躱し、隙を見つけては猛烈な蹴りを見舞うその姿に、さしもの腕利き冒険者達も度肝を抜かれていることだろう。なにせ、随分一緒にいる僕でさえその光景は想定外で……

「う……嘘だろお前……」

「っしゃあああ!」

 彼女の一撃にその巨体が宙を舞う。そんな馬鹿な⁉︎ と、心の中で叫ばずにはいられない。だが、事実として魔蛇はのたうちながら地面に叩きつけられ、すぐにとぐろを巻いてチロチロと舌を出してミラの方を睨み返した。もう他の冒険者など眼中に無く、脅威としてその少女を警戒して威嚇しているようだ。

「ア……アギトさん? アレって……今朝寝ぼけてたミラさんっスよね……? 本当に同じ人っスよね⁉︎」

「気持ちは分かる……アレはまごう事なく、蛇の魔女を倒したミラだよ」

 優勢も優勢、もはや勝勢と言って過言でないくらいにミラが押している。他の冒険者が口を挟む余地すらない。だが、どうにも決めあぐねているようだ。決定打が、あの巨体を倒しきるだけの火力が足りない。鱗に覆われた、硬くしなやかで大木の様な太さのその胴体は、ミラの一撃をもってしても突き破れない。

「——っ! アギト、オックス! 撤退! 今すぐここを離れて! あんた達もさっさと逃げる!」

 彼女の発言に、僕らは勿論、競争相手に身を案じられた冒険者達も首を傾げる。確かに決定打に欠けるかもしれないが、押しているのはミラだ。撤退という事は何か不都合があって……もしかして魔力切れ⁉︎ と心配したのも束の間、まだまだ元気そうな姿で戻ってきたミラに担がれて、僕らは魔蛇から遠ざかる。

「いででででっ! 痺れっ——どうしたんだよミラ!」

「ちょっとうるさい! オックス、一回街に戻って……馬鹿。あの馬鹿ども……」

 振り返ると、弱った魔蛇に飛びかかる冒険者達の姿があった。当然だろう、ミラという最大の競争相手が撤退したのだから、今叩く他に無い。彼らにも生活があるのだ。それに、彼女のおかげでもう随分弱って……

「————逃げろって言ってんでしょうがっ‼︎ この三流冒険者——ッ‼︎」

 大声で中々聞く機会の無い暴言を叫んだミラのことなど御構い無しに、冒険者達は魔蛇を攻撃する。彼女程で無いにしても、僕やオックスよりもずっと強い、的確な攻撃を繰り返す彼らの一体何を心配して——

「なっ——」

 勇ましい男達の雄叫びは、一瞬にして悲鳴に変わった。一際大きな体をした大剣使いの冒険者が、太い牙に貫かれたのだ。だが、それは魔蛇のものではない。蛇の巨体に隠れていた大穴から伸びているその牙は……

「……だから……っ。ごめん、二人とも」

「分かってる。絶対に戻ってこい」

 悲痛な面持ちで彼女は飛び出した。穴から現れたのは巨大な猪……なのだろう。魔蛇と比べては小さな——だが、飛びかかる冒険者の倍はゆうにあるその巨体は、鱗の硬さではなく盛り上がった筋肉によって、生半可な刃では傷つけられなくなっている。ここからでは分からないが、体毛も鎧代わりになっているのかも。

「オックス、アレってもしかして……」

「多分さっきのが成長した個体っスよね。母親とでも言うべきか……」

 やっぱり……そうなるよな。ゴクリと乾いた喉に粘っこい唾を飲み込んだ。子を散々殺されて怒り心頭で現れたとなれば、その獰猛さは魔蛇の比では無いのだろう。ミラの心配も勿論だが、少し離れている僕らでさえ、その太い脚で一目散に突進されてしまえば逃げる事すら間に合わないかもしれない。汗でぐっしょりになったシャツの裾を握って歯噛みする。

「……ミラ……っ」

 絶対に戻ってこい。それは僕が安心したかったから、頷いて欲しくてかけた言葉だったのかもしれない。不安に駆られ、そんな弱気がよぎる。だが、やはりと言うか……頼りになるその背中は、どれだけ小さくなっても僕に勇気をくれた。

「……めちゃくちゃっスね本当に……アギトさん、またそっちは任せるっス。オレは反対とあのデカブツの突進に警戒してるんで」

「任せる。もし本当に来られたら、逃げられる自信無いけどさ」

 視線をまたミラから外す。いくらでも信じてやる。さっきまでより遠ざかっているとはいえ、ここは魔獣の巣窟と言っていい。今はアイツが帰って来る場所を……自分の身を一番に考えろ。べっ……別に本気にしたりとか……意識したりとかそんなのは無いぞ⁉︎ アレはアイツなりのその……寝ぼけて言葉が上手いこと選べなかっただけだろう、うん!

 後ろでバリバリ雷轟が聞こえる。間違いなくミラはさっきまでより出力を上げている。それこそ周囲に気を使う余裕など無いくらいに。不幸中の幸いは、二頭目の大型魔獣の出現で他の冒険者達の勢いが削がれたこと。ミラも、ある程度なら気兼ねなく魔術を使うことが出来る筈だ。決定力にならなくとも、目くらましや陽動、牽制と、器用な彼女なら立ち回りの幅を拡げられる。のだが……

「……アギトさん…………っ!」

「お前も思うか……そりゃそうだよな……」

 何かがおかしい。漠然とした不安ばかりが募る。何より一番気掛かりなのは、ミラが撤退を提案した事だ。事実として彼女は二頭を相手にも平然と立ち回っている。もしかしたらギリギリで、もうこれ以上は限界なのかも知れないが、僕にはそうは思えない。明らかに出力を抑えているのが分かるのは、これまでにそれ以上の苛烈な姿を見てきたからだ。となれば、やはり魔力切れの可能性を危惧して……?

 チラチラとだけ振り返って目にした光景では、やはりミラは優勢に見えた。見えたのだ。少なくともそれが聞こえるまでは……

「アギトさん! ヤバいっス!」

「猪か⁉︎ 一旦横に逃げ——」

 警戒を正面から背後。来ない小型から見えている大型二頭の方へ向けると、そこには魔蛇が元気一杯になって冒険者を襲い始める姿があった。

「なっ……んで! あいつさっきあんなにふらふらに……」

「むしろさっきより元気っていうか……様子がおかしいっス! こんなんじゃいくらミラさんでも……っ!」

 僕はその光景に、恐怖と、それ以上の違和感を覚えた。何かが……さっきからずっと、何かがおかしいと胸がつっかえている。ミラなら大丈夫、もし無理そうなら逃げて来る。と、呟いて気を紛らせても、不信が渦巻き続ける。自分の中にあるこの違和感に答えが出せないまま、僕の耳にミラの怒号が届いた。

「アギトーーッ‼︎」

 そしてすぐにそれは雷轟となり、突風が頰を掠める。背後で大きな衝撃が発生して土煙が上がる。急いで振り返れば、そこにはミラと、ミラに蹴飛ばされて体勢を崩した魔獣が居た。黒ずんだ茶色の体毛に覆われた、短く鋭い爪と牙を持つソレは、間違いなく依頼書に乗っていた三頭目。眼孔から、とても生き物とは思えぬ昏い光を放つ、熊の様な大きな四肢を持つ魔獣が立っていた。

「ミラっ……悪い、気を取られて……」

「おかしい……」

 おかしい? ミラの呟いた言葉に、僕は自分の中にあった疑問の答えを得た。そうだ、おかしいんだ。やっぱりおかしいんだ、ミラもおかしいと思っていたんだ! そうだ……コレは。この光景はあまりにもおかしい。

「そうだよ……っ。ここは、どいつの縄張りなんだよ……っ! こんな狭い範囲にこんな大きいのが三頭なんて……そんなのまるで……」

「……まるで私達を…………人間を殺すために共闘してるみたいじゃない……っ!」

 猪を潜ませて力を温存していた魔蛇。穴倉をふさがれて、ソレを突き飛ばすでもなくじっと待機して。蛇をかばい立てる様に冒険者を蹂躙した魔猪。そして、それらから逃げるものを討とうと、こんなところで待機していた魔熊。彼女の言う通り、まるで僕達を待ち伏せしていたかのような——

 僕の脳裏に、野盗が持っていた卵が浮かぶ。まさか——と、その最悪の可能性を僕は全力で否定し続けた。


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