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異世界転々  作者: 赤井天狐
異世界転々
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第百六話


 山と聞いた時点である程度予想はしていたが、今回のクエストは少し苦しいものとなりそうだ。小型の蜂の様な魔獣を、一々蹴落とすミラの姿にそんな事を思う。彼女は今、切り札を封じられている。出発前からずっと感じていた不安が、ここへ来てまた大きくなって行くのが分かった。

「ミラ! 無茶すんな! 他にも冒険者はいるんだし、避けられる戦闘は避けよう!」

「分かってるわよ! ああもう! 鬱陶しいわね、この!」

 いつもなら殺虫剤よろしく火炎か雷撃か、あるいは合わせ技か。ともかく、広範囲をいっぺんに焼いてお終いとなる戦闘に苦戦している。ここは山中、周りは樹海。下手に炎魔術を使えば、本当に山火事を引き起こしかねない。そんな事になれば、ここにいる冒険者は勿論、街の住民にも被害が出てしまう。

「クソッ! アギトさん退がって! うわっ……このっ!」

「オックス! お前も無茶すんな!」

 バッグから取り出した少し幅広なナイフでオックスも抗戦する。やはりミラの範囲攻撃が必要だ。と、空を切るばかりの刃に僕は弱気になる。片手でナイフを構え、もう片方の手をホルスターの留め具にあてがったまま、僕は少しずつ後退しながら応戦する。だが、やはりと言うべきか、僕の素人体術では魔獣どころか普通の虫にすら攻撃など当てられる気がしない。

「……くっ…………アギト! オックス! 全速後退! ここら一帯を焼くわ!」

「バカっ! 後退はするけどそれはダメだ! 逃げてルートを変えよう!」

 とんとーんと身軽に跳ねながら魔獣と距離を取るミラに、僕は手を伸ばす。一度退こう。そりゃお金が無いと困るけど、身の安全に替えるものじゃない。と、歯噛みするミラを説得して、僕らは急いで山を降りた。そしてまた、さっきまでとは別のルートで進み出す。小型に対しては基本的に懸賞は掛けられておらず、どれだけ苦労しても大型を他の冒険者に倒されて仕舞えば全て徒労に終わってしまう。害虫を見逃すのは癪だが、生活がかかってるんだ。この際そんな事は言っていられない。

 進めど進めど見つかるのは魔獣の死骸ばかり。何度目かの撤退を乗り越えて僕らがようやく掴んだ登りやすい道には、冒険者の痕跡と功績が積み上げられていた。随分出遅れてしまった様だ。だが、大型が相手となればさっきまでとは話は別。彼女程高火力で有効打を多く持っている冒険者はそう居な……

「……ちょっと待てミラ。もし間に合ったとして、大型相手にどう戦うんだ? その……二次被害が出ない高威力な魔術とか魔具のアテは……」

「無いわ。腹を蹴破れば、みんな大体死ぬのよ」

 なんて物騒で野蛮な返事だろう。それが不可能で無い事は重々理解しているつもりだが、同時に如何に難しい事かも理解している。高火力魔術無しでいつかの大蛇を相手取っていたとしたらなんて考えると、背筋と言わず全身が凍りつきそうだ。

「——っ⁉︎ アギト!」

 駆け足で登ってきた山道を、ミラに引っ張られて一気に降り始めた。オックスも僕も状況が理解出来ていなくて、また小型の群れが出て撤退を余儀なくされているのだとばかり思っていた。それが姿を現わすまでは——

「————なっ⁉︎」

「なんっ——なんなんスかアレ……っ!」

 現れたのは巨大な魔蛇。山肌を突き破る様に地面から大口を開けたまま飛び出してきたそれは、いつか相手した特大大蛇に匹敵しようかというサイズだった。蛇の魔女然り、あの冷たい眼が体の自由を奪ってくる。蛇に睨まれた蛙はこんな気分なのだろうな。なんて、そんなことを考える余裕があるのは、ミラに担がれて一気にそれとの距離を離しているからだ。

「もうっ! ほんと、一気に焼いちゃいたい! アギト、安全圏まで離脱したら二人で小型の警戒してなさい。何かあったら、絶対……絶対に逃げるのよ!」

 見れば、大型の魔蛇には既に数人の冒険者が飛びついているのが分かった。彼ら毎焼き払うわけにも……と考えれば、ミラの苦悩が理解出来る。多分、山火事くらいなら彼女はどうにか出来るのだろう。多分。水は出せないと言っていたから、僕の憶測でしか無いのだけど。

「ミラっ……」

 僕らを安全な場所に連れて来て自分は窮地に飛び込もうとしている少女に、かける言葉すら無い。何度も何度も繰り返して来た事だが、何度目でもこれには慣れない。情けなさに奥歯が割れかねない程歯を食いしばった。せめて彼女の身の安全くらいは……

「……うん。待ってて」

 ミラは笑って、そしてすぐに振り返った。ばちばちと破裂音を残して蛇に向かって突進していく背中を、拳を握りしめたまま見送る。

「絶対に帰ってこいよ……」

 そして僕は彼女から視線を外した。信じよう。彼女は必ず帰ってくると、ただいまと笑って戻ってくるのだと。動く魔獣の気配はどこにも無かったが、立ち込める血の匂いと死臭に否応にも緊張が走る。オックスと背中を合わせて、周囲の様子を窺い続けた。

「大丈夫……なんスか? いくらミラさんだって……」

「大丈夫…………じゃ無いかもな。でも、信じよう。俺達のヒーローなんだから」

 がさがさと背の高い草を掻き分けて、豚の様な魔獣が姿を現した。背中越しにもオックスの緊張が分かる。きっと背後でも似た様なことが起こっているのだろう。構えていたナイフの切っ先をその平坦に潰れた醜い顔の中心に向けて、僕は覚悟を決める為に大きく息を吐いた。そして——

穿つ雷電(ピアード・ヴォルテガ)——』

旋刃一線(ソルダ・フーガ)!」

 下手をするとこれまた山火事に繋がりかねない大切な一撃を、僕は丁寧に丁寧に撃ち込んだ。眉間に風穴を開けて倒れる魔獣と、背後で鳴るかまいたちの様な鋭い音にふと視線をオックスの方へと向けた。

「オックスお前……」

「魔術師なんて……ミラさんみたいな立派な魔術は使えないっスけど、それでも戦う為の……先生に鍛えて貰う為の力くらいはあるんスよ! 先生直伝の魔術の刃、空気ごと断ち切るオレのとっておきっス!」

 見れば、両断されていたのは魔獣だけじゃ無い。草も枝も綺麗に切り揃えられ、木々の幹にも深い切り傷が付いていた。

「…………ず、ズルイ! 俺もそういうの欲しいんだけど⁉︎」

「ズルイって何っスか⁉︎ アギトさんには魔具があるでしょ⁉︎」

 ズルイズルイ! めっちゃかっこいいじゃん! そういうのは僕が使える様になりたいんだけど⁉︎ 近接戦闘のミラと遠距離攻撃の僕で……ほら、バランスが良いし! いえ、現実は全範囲射程圏内なんで、ミラ一人で良いんですけど……

「バカ言ってないで構えて! 来るっスよ!」

「ばっ——応!」

 さっきまでのゆったりとした動きでは無い、本格的に僕らを外敵として判断した魔獣どもの突進が始まった。そこまで機敏な動きでもなく、真っ直ぐ突っ込んで来るだけだ。落ち着け……落ち着け……

「やってやるさ……『穿つ雷電(ピアード・ヴォルテガ)』」

 今更こんな愚鈍な相手に気後れなどするものか、と言うんではない。足は震えているし、今にも心臓が飛び出して来そうなほど怖い。だが、もっと怖い思いをしている——もっと震えて、怖いと叫んで逃げ出したい筈の奴がいる。アイツの為に、僕は動かない脚を諦めて、動かせる頭と手で全力で生き残る。幾度となく貰っていた勇気を、その小さな背中に報いるために振り絞る。

「オックス! こっちは終わった! 手伝う!」

 もう一度振り返れば、僕の方などとは比べものにならない程の大群がやって来ているのが見えた。まだ遠く、突進の準備をしていると言う程度だが……この魔具の一撃なら届く! ナイフを遠くに向けようと脚を踏ん張った時、オックスの腕が僕の前方を塞いだ。

「……オレは大丈夫っス。そっちが終わったんなら、ミラさんの方心配しててくださいよ」

 顔を見ればニヤリと口角を上げて、それでも真剣に魔獣を睨みつける戦士の顔があった。より深く腰を落とし、脇に構えたナイフを持つ手に力が入っているのが分かる。そしてそれは、あの軍団に対するオックスの答えだ。

旋刃一線・弐式(ダズ・ソルダ・フーガ)‼︎」

 左から右。そして右から左に息つく間もなく振り抜かれた刃は、二度空を切り裂き大群を纏めて斬り伏せた。もしそれがゲンさん発案の必殺技なら、あの時教えてくれなかった事を取っちめてやりたい。オックスは、戦う力が——魔獣を打ち倒し、家族を守る力が欲しいと言っていたが、僕にはもう立派な戦士に見えた。その技の話では無い。まるでユーリさんに率いられていた騎士達と遜色無い、凛とした姿にだ。

「さぁ、どっからでもかかってこいっス‼︎」

 僕ももう一度背中を彼に預け吠える。どこからでもと言っても下からとか来られると困るんで、正面からゆっくり来て欲しいと言うのが本音だが、そんな情けない事を言わなくて良いくらいには僕の心は落ち着きだした。


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