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異世界転々  作者: 赤井天狐
異世界転々
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第百五話


 僕は、久し振りに夢を見た。随分楽しい夢だった気がする。随分懐かしい夢だった気がする。随分……随分寂しい夢だった気がした。目を覚まして背中の温度を確かめると、もうそれを思い出せない。とても優しい、残酷な夢を見た気がした。枕元に置いておいた懐中時計は朝を伝え、僕はミラをおぶってオックスと合流する。朝ごはんを食べるお金は無い。このままごった返していた役所に行こう、きっと今なら空いている筈だ。

「……ところでアギトさん? もう突っ込まない方がいいのかもしれないんスけど……それは一体どういう事なんスか? それで何も無いって言われてもっスね……」

「すまん、オックス。本当に俺にもどういう事か分からないんだ。そして何度でも言うが、何も無いんだってば」

 ミラは今朝も起きなかった。だから、これも恒例化してきたが、僕がおぶっている。そこの所まではもうそろそろオックスも諦め……もとい、順応してきている筈だ。筈なんだが……今朝も今朝とてオックスの距離が遠い。というのも……

「……むにゃ……アギトぉ…………」

 今朝は随分楽しい夢を見ているのか、それとも悪夢を見ているのか。随分甘えた声の寝言を発しながら、少女は僕の後頭部に頬ずりを繰り返す。僕自身、これを悪く思っていないからさしたる問題では無いのだが……オックス、遠いってんだよオックス。どう見たって、ただ寝呆けているに過ぎないでしょうが。別に、いつも二人の時はこんなだから、寝呆けてると地が出るとか、そんな甘い話は無いんだ。そう……無いんだよ……

「な……なんで泣いてんスか……」

「うるさいやい……」

 いつまで経っても抱き枕から昇格しない僕の評価に胸を痛めつつ、僕達は依頼掲示板を眺めた。なるほど、昨晩出会った男の言う通り、凄い量の依頼書だ。それに、全体的に報酬が良い。それだけ危険度が高いと言う事だろう。そう思うと足が竦む。何しろ、あの特大の大蛇の時の特別報奨と大差無い額の懸賞金がかけられている依頼がいくつか見られる。今の守銭奴状態のミラの事だ、間違いなくこれらを受けるのだろう。一度覚えてしまった大金の魔力に逆らえるだけの精神力を彼女に期待する他無いが……

「ん……んん…………あれ、ここ……」

「お、起きたか。起きたなら降りてくれ。背中が暑いんだ」

 寝呆け眼を擦ってまた眠りに就こうとするミラを半ば無理矢理降ろすと、少し不満げにこっちを睨むので鼻を指で弾いてやった。猛烈な反撃も覚悟したが眠気でそれどころでは無さそうだ。お前の所為でこっちは要らない誤解を受けるし、余計な心労もあるんだ。もう少し僕の精神に配慮してくれ。

「ん、流石に多いわね。話には聞いてたけど」

「前みたいに無茶はするなよ?」

 少しの間の半覚醒タイムを終えて、ミラは依頼書を見ながらそう言った。そして僕の心配に対して、分かってる。と、バツの悪そうな顔をした。僕は自分の身の安全をもう少し考えろという意味で言ったのだが……間違いなく分かってない。すれ違った彼女の返答は、多分僕の身を案じたものだろう。そりゃまたあんな痛い思いするのは嫌だけどさ……

「……二人共、もうちょっと寄りなさい」

 ああ、あんまり広がってると他の人の邪魔になるかな? と、ちらほら現れだした冒険者達に目を配る。だが、彼女の言いたいことはそうでは無い様だ。ミラの睨んでいる先に、僕らは昨日の黒コートの男を見つけた。確かに怪しい人物であることは確かだが、あまりにも敵対心が強過ぎる気も……

「おはようございます。朝、随分と弱いんですねぇ、貴女。今の姿が嘘の様に愛らしい寝姿でしたよ」

「それはどうも。タダじゃ無いわよ、いくら払って貰おうかしら」

 男の挑発まがいのからかいに、いつもなら真っ赤になっている筈のミラが顔色一つ変えず答えた。男の口ぶりからして、僕らの事を少し前から見ていた様だ。ミラの威嚇にも表情一つ変えない男に、僕もオックスも警戒を強める。

「……やれやれ、そう警戒しないで頂きたい。分かりました、正体を明かしましょう」

「必要無いわよ。胡散臭い男って事だけ分かっていれば」

 噛み付くミラに、男は笑って落ち着くようにジェスチャーをした。そして不審さを増していた黒いコートを広げ、中から多量の薬瓶を取り出した。僕はそれに見覚えがある。

「商人ですよ、冒険者専門の。血止め薬、解毒薬、ポーション。それから真水に保存食。危険を伴う冒険者稼業に薬は付き物でしょう? それも急を要する戦地でとなれば、多少法外な値段でも需要はある。そういう隙間に生きる、悪どい錬金術使いです」

「錬金術師……」

 男は自虐的に笑ってそう言った。そして、僕の呟きに首を振る。自分はあくまで“錬金術使い”だ、と。僕からしてみればそこに何の違いがあるのかは分からなかったが、ミラの手前そんな事を言うわけにもいくまい。多分、お説教から錬金術についての授業一時間コースがもれなく付いてきそうだ。

「いえ、失敬。そうですね……はい。ボルツから貴女達を尾けてきました。白状しましょう。ええ、そうしましょう」

「……そう、それはご苦労だったわね」

 ボルツから……と言うことは、あの時食堂で感じた視線はコイツの……? と、身構える間も無く、ミラは男を冷たくあしらった。昨日からずっと思っているのだが、幾ら何でも警戒しすぎでは無いだろうか。いくら怪しい男といっても、魔術翁やその御付きのノーマンさんを一方的に打ち倒すだけの力がミラにはある。彼が嘘を吐いていたとして、果たしてあの二人よりも強い意志と能力を備えているだろうか。街一つの為に全力を捧げるあの少年以上の覚悟が、僕らを貶める為だけに動くだろうか。

「二人とも行くわよ」

 そんな僕の疑問も口にする暇無く、ミラは僕の手を引いて受付に用紙を持って行く。自分達に付いて来れば容赦しない。と、昨日に続き、睨みつけて男を拒絶して。

 彼女が不機嫌なまま、僕らは街のはずれへとやってきた。もう既に出発した冒険者もいる様で、まだ新しい足跡が柔らかい地面に刻まれている。ガラガダの固くて滑る地面も厄介だったが、これもまたそれ以上に厄介だ。踏み締める足を飲み込む様に数センチ沈む地面に、目の前から目的地に続く長い登り道を苦しいものだと予想する。いや、間違いなくシンドイ。

「……二人共、絶対逸れないで。アギト、もし何かあったら逃げること。それから、魔弾の使い方、忘れてないわよね?」

 そう言って、ミラは僕の腰に巻かれたベルトをもう一度しっかり締め直した。そして僕に言霊を復唱させる。雷の射手(バラッド・ヴォルテガ)。そう唱え、引き金を引けば魔術が発動する。銃口から真っ直ぐに打ち出されるのは彼女の得意な雷魔術で、僕はそれを逃げ延びるために使う。くどいくらいに念を押す彼女に、やはり僕の疑問は大きくなる。

「なんだよ、今日は随分弱気だな。いつも通り、お前に守って貰うつもりだから。安心しろよ」

「…………当たり前じゃない」

 ずっと張り詰めていたミラの顔がようやく綻んだ。そして僕の胸を小突いてまた歩き出……オオォーーーーッッックス‼︎ そんな顔で僕を見るんじゃない! 分かってる分かってる分かってますよ! でも、お前も分かってるだろ⁉︎ この小ちゃいのがどれだけ頼りになるかって! しょうがないじゃない、まだ僕には力が無いんだもの!

「ふざけてないで、早く行くわよ! あれだけの数の冒険者がいたんだもの、早くしないと稼ぎが減るわ!」

「ちょ、ちょっと! すぐ行くから! 逸れるなて言ったのお前だろ!」

 ずんずん進んで行くミラの後を追いかけて、僕とオックスは走った。やはりと言うか、当然走りにくくて疲れ方も独特だ。下手な事をすると、すぐに膝が言う事を聞かなくなりそうだ。そういえば、ここでもクエストの監督役は居るんだろうか。もし居るなら、ご苦労様と言いたくなるな。

 それから、元気を取り戻したミラといつも通り三人で他愛も無い気の抜ける話をしながら歩き続け、僕らは目的地に——トグの大山の麓にやって来た。見上げる程に高い山の斜面は、話の通り確かに緩やかだ。幸いと言うべきか、踏みならされて硬くなった山道があって、ここからは足下の不安は軽減されそうだ。僕らの……と言うか、ミラの独断で受注した依頼内容は、大型の魔獣三種類の討伐。猪、蛇、熊。の様な魔獣。蛇型の、と言う文言を見つけた時の即決ぶりには、やはり彼女の強い恨みをひしひしと感じる。この世の爬虫類に幸あれ。だが、猪や熊の様な魔獣というのはまだ見たことも無い。山を目の前にして、不安に心が重くなる。

「…………なんて顔してんのよ。アンタを守ってんのは私なんだから、大船に乗った気持ちでいなさい」

「頼りにしてるよ、ほんと。ほんと……」

 駆け寄って来てバシバシ背中を叩く少女に、僕は情けない返事をする。和らぎこそすれ晴れる事のない不安を背負ったまま、僕らは真っ赤な大山へと脚を踏み入れた。


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