第三百八十六話【全部が終わって——】
翔くんを送り届けて、僕達は帰途に就いた。
お店に来てくれる、おもてなしをするって約束もした。
これで全部が解決、大団円……って、そういかないのは分かってる。
彼のこれからも問題だし、僕達のこれからも大問題。
はあ……どう説明しよう。
そして、どう謝ったらいいんだろう。
具体的には……
「……デンデン氏……そのさ……今日、なんか電子機器おかしくなったとかあった……?」
「ふむ? そうですなぁ……言われてみれば、通信障害は起こってましたな。はて?」
やっぱり……そうだよね……っ。
いや、でも。ミラの所為と決まったわけじゃないし。
たまたま全キャリアの基地局に異常が……うん。
た、たまたまこの近辺で異常気象が…………はい。
「……うう……多分、誰にも怒られないんだろうけど……この罪悪感に苛まれながら生きていくのか……っ」
「……なんだか分かりませぬが、そう気を落とさず」
「大丈夫、クラサガはいつ復帰しても楽しめますぞ。だから早いとこPC買い直しなされ、はりあっぷ」
あっ、その問題もあったわ。
ふぐぅ……マーリンさんめ……よくも僕の大事なPCちゃんを…………?
「……PC……いや、違う! そうだ! 電話!」
マーリンさん! そうだ、安否確認! と、結果報告。
大急ぎでスマホをポッケから取り出し……あっ、ちょっ、さっき着いてたのに電源切れてる。
ちょっと、これ本当に大丈夫? 挙動めちゃ怪しい。壊れてない?
やめて、今はやめて。いや、ずっとダメ。マジで機種変までは耐えて。
「……よ、よし。大丈夫……大丈夫だよな……? うん、動く。ふう……よ、よし……よーし……よ、よーし……っ」
「何やってるんですかな……? 電話ですか? そんなに気合を入れて、果たして誰に?」
気合も入るってもんだよもぉおん!
緊張する! 花渕さんに電話するの、めっちゃ緊張する!
いや、初恋じゃないよ。そんな綺麗なもんじゃないよ。
キモくないかな? ってのと、怒られないかな? ってのが、ね。
しかし……やらないとな、これは。
迷惑も心配も掛けてるんだし。よし……
『————もしもし、アキトさん⁉︎ ちょっと、今どこ⁈ 電話しても全然繋がんなくて……』
「も、もしもし。ごめん、その……ごめんなさい……っ」
ひぃん。早速謝る案件……っ。
ミナ? ミナ? と、電話相手を執拗に尋ねてくるちびっ子は横に退かして……退かし……邪魔! 電話中だから!
「えっと……とりあえずこっちは全部終わったよ。その、真鈴は? なんか……えっと……そのー……」
『あー、うん。言いたいことは分かってる。それについて色々聞きたいし、また部屋集まってで良い?』
うん、大丈夫。と、そう言うとすぐに電話は切れた。
ミナ? ミナ? と、まだ執拗に突っ掛かってくるちびっ子を横に……痛い! 噛むな! すぐ噛むな!
「むほほ、仲がよろしいようですな。結構結構。さて……それでは拙者はこれで。また遊びに来るでござるよ」
「え、なんでそんな、ここら辺の人みたいな……え? 僕達これから帰るけど、デンデン氏は帰らないの?」
帰りたいのはやまやまなんですがなぁ。と、氏はやや遠い目で言った。
え、何。何があったの? そんな帰れない理由とか……
「一応、仕込みの旅と銘打ってお店閉めて来てますからな……何か……何か仕入れて帰らなければという使命感が……」
「ああっ。ここにも。ここにも謎の罪悪感に苛まれてる男がっ」
そっか。お店休んで来てるんだよね、当然。
しかし律儀と言うか……いや、自営業だし、そういうとこはしっかりしないとダメか。流石。
「アギト氏、ミラちゃんを頼みましたぞ。ミラちゃんも、アギト氏を頼みますぞ」
「うん、分かってる……あれ? なんかふたり、打ち解けてる? いつの間に……」
ちょっと見ない間に。
まあミラの人懐っこさは、天性のものと努力の賜物のダブルパンチだからな、すぐ誰とでも仲良くなれ——痛い⁉︎
なんで⁉︎ なんで噛まれた⁉︎
見れば、こいつは正気かと言わんばかりに、目を見開いて困惑しているミラの姿があるではないか。
いや、困惑はこっち。ビックリしてるのもこっち。
「アキト……アンタ……アンタやっぱり……」
「ミラちゃん。しー、ですぞ。ふたりだけの内緒、ですな」
それでいいんですか? と、ミラは凄く不服そうな顔で、デンデン氏を見上げて首を傾げていた。
それでいい……とは。え? 隠しごと?
おま……ダメだぞ? うちの妹はやらんぞ。
ってか、うちの子に何吹き込んだの⁈ やめてよ! 教育に悪いこと言うのは!
「では、今度こそこれで。美菜ちゃんを待たせてはなりませんな」
「あの子は……アレですぞ。別にそういうフラグは一切存在しないですが、あれほど甲斐甲斐しい子も中々現代では珍しいですからな」
「心配掛け過ぎると、流石に拙者からも天誅と行かねばなりませぬ」
「うっ……分かってるよ……ぐすん」
フラグ……やっぱり立たないよね……っ。
いえ、違います。そういう目で見ているとかではなくて。
相手は子供、僕はおじさん。そこは弁えてます、ええ。
だけど……完全に無いって言われるの、凹むじゃないか……っ。
「よし、帰るか。ミラ……じゃなくて、未来」
「……ん」
まだ微妙にご機嫌斜めだけど、どうやらデンデン氏との件は納得してくれた……んだよね?
しかしなんだったんだろう。そんなにビックリされるようなことしたかな、僕。 ええ……? なんだろ……
帰り道には緊張感なんてちょっとしかなくて……うん、ちょっとだけある。
その……今から叱られるのかなあ……っていう緊張感……っ。
でも、行きよりずっとずっとのんびりしたものだった。
いえ、早歩きです。花渕さんより後に帰るとかあってはならない、サー。
だけど、線路のど真ん中に魔獣出たからね……っ。しっかり電車は遅延してて……
「ミナ! ミナ! えへへ、ただいま!」
「おー、おかえり未来。おかえり、アキトさん」
急いで帰って部屋に入ると、そこにはべちゃっと寝転んだ真鈴と、それを囲むように花渕さんと望月さんが座って待っていた。
遅れて申し訳ありません! サーっ!
「って、真鈴⁈ 大丈夫か⁈ なんか……こう……えっと……どうなって、こうなったの……?」
「……心配してるのかしてないのか、判断に困る反応だね君は。まあ、それも君らしさなんだろうけどさ」
いや、だって。
あっつい日のミラみたいに、力無くだらーっと床に寝そべってる姿は……普段のマーリンさんだな。
じゃあこれ別に何も無いな。
うん、いつものグータラだろ……とは問屋がおろさない感じです……?
「……えっと……さ。アキトさんは知ってた……んだよね。真鈴の……その……あの……えっと……」
「……えっと……? え、何? いつもの花渕さんからは考えられない歯切れの悪さ……」
いや、だって。と、花渕さんは凄く混乱した様子で……真鈴の頭を撫でた。
こらこら、和むな。説明して……説明するのは僕の役目か……っ。
ええっと……何を説明したらいいのかを説明して。
「……本来の姿に戻ったんだよ」
「ううん、より正確に言うのなら、君の知る最強のマーリンさんの姿に、だ」
「それで、この子達の前で大立ち回りさ」
「もっとも、最後の最後にはこの姿に戻ってしまったけどね」
「最強の……僕の知る……っ⁈ えっ⁉︎ ってことは……てことは……どゆこと?」
バカアキト。と、未来に背中をちょっと強めに突っつかれた。
さっきまでガブガブ噛んでてたくせに、ここへきて優しめのツッコミ。
反抗期が終わったのね! あ、はい。違う。そうですか……
「……この子、あんななんだね、本当は。小さかったけど、大人の人だったんだ」
「やたらエロい格好してたのだけ気になったけど、凄い……こう……綺麗でさ」
ふふ。と、嬉しそうに笑って、花渕さんは真鈴を抱き上げて頬を寄せた。
ああっ、そんなことしたら……っ。
当然、真鈴は顔を真っ赤にして逃げ……逃げ……ない?
いや、違う。逃げる体力もないんだ。
「ぴぃっ! 大人って分かったのに! どうして君は僕を子供扱いするんだ! わっ……あう……でへぇ……」
「んー。や、子供は子供でしょ。はー……癒し……」
私も! 私も! ミナ! と、そこに未来も混ざっちゃって……ああ、楽しそうだなぁ。
すっごく嬉しそうで、幸せそうだ。すっごく……すっごく……
「……それでさ。全部、終わった……んだよね? じゃあさ、また水族館行こうよ」
「ジュン……は、ちょい休み取ってで取れる仕事じゃないから……無理めだけど」
「でも、アキトさんと私は店長に頼めば良いし」
「今日結局全然遊べなかったしさ、今度こそちゃんと」
「それに、終わったんだったら、もっと未来の勉強だって見てあげたいし」
すごく……幸せなのに……
花渕さんは目をキラキラさせてそう言った。
だけど、未来も真鈴もしょぼくれてしまってる。
その温度差が分かんなくて、花渕さんも望月さんも困っちゃって……
「……ごめん、花渕さん。そこも……そこもちゃんと説明しないといけなかったんだけど……っ」
「……え? え? だ、だって、全部終わったんだよね?」
「で、そしたら……この子ら、アキトさんとこの子に……」
ミナ。と、声を掛けたのは未来だった。
ううん、違う。ミラだ。
魔獣と同じ、この世界にはあり得ないもの。
ミラ=ハークスが、泣くのを必死に堪えて花渕さんの手を握っていた。
「——私達はもういなくなるわ。魔獣を退治したら、次は私達がこの世界の異物だもの」
「だから……もう、これでさよならなの」
「……未来……? 何言って……いなくなるって…………っ」
「ああ、そっか。アキトさんじゃなくて、本当の親が……って……っ。そういう……話じゃない……の……?」
花渕さんは、どうやら悟っていたみたいだった。
何かを——この結末を、未来と真鈴の明日を。
だけど、それを認めたくなかった……んだよね。
でなきゃ、そんな顔にはならない。
ぎゅーって眉間に皺を寄せて、歯を食い縛って。
鼻も耳も赤くなって、涙が溜まり始めて……
「……そこってさ……電話もメールも無理なとこ……なんだよね……っ」
「なんかさ……もう、ホントに無理なんだよね……もう会えない……遊べないんだよね……っ」
「……うん。ずっと黙っててごめんね、ミナ」
鼻をすすって、そして花渕さんはミラを抱き締めた。
何も言わずに、ミラを……そしてマーリンさんを抱き締めた。
嫌だよ……って、そんな声が聞こえたかもしれない。
でも、彼女は言ってないのかもしれない。
それが分かんないくらい、花渕さんは声を噛み殺していた。
「……礼を言うよ、ミナ。それにジュンも」
「君達のおかげで目的を達せられた。この世界を——アキトを救ってあげられた」
「君達の助力無くしては、決して成し得なかっただろう」
「だから、星見の巫女……なんて肩書き、意味無いものだけど。でも、僕からしっかりとお礼を言わせて貰うよ。本当にありがとう」
「——っ。何言って……っ。真鈴……こんな……こんなちびっこいくせに……っ」
「なんで……なんでいなくなっちゃうの……っ」
ごめんね。と、マーリンさんは目を細めて、花渕さんのほおを撫でた。
恥ずかしがってないわけでもないけど、愛おしさが勝ってるんだろう。
いつも僕に——僕やミラに向ける、優しい目をしていた。
「ミナ。ミナは凄いわ」
「賢くて、真面目で、それに料理が特級に上手。それにそれに、教えるのが超特級に上手だわ」
「きっと素晴らしい賢者に……先生になれる。多くの子供達を導く存在になれるわ」
「だから、私の代わりに他の子供達にいっぱい教えてあげて」
「……先生とか……っ。そんなガラじゃ……未来……ホントに……いなくなっちゃうの……?」
ミラは目をキューっと細めて頷いた。
花渕さんはもう涙をこぼしてしまって、止まらなくなっていた。
でも、ミラはそれをずっと堪えていた。
もう泣かない、か。
きっとコイツの中で、何かが変わったんだろう。
フルトを出発する時と同じ、まだ凄く張り詰めてた頃の——だけど、怖がってるわけじゃない、とても良い精神状態なんだろうな。
「ジュンも、いろんなもの見せてくれてありがとう」
「アキトは全然頼りにならなかった……わけじゃないけど、いっぱいいっぱいだったから」
「ばいかーさんの教えを守って、私はどこにいても立派なヒーローになってみせるわ!」
「うん……うん! 未来ちゃんなら大丈夫、バイカーも超えるすごいヒーローになれます! 真鈴ちゃんも、秋人さんも!」
ぼ、僕も⁈ 僕も……か。そっか……うへへ。嬉しいこと言われちゃった、でへへ。
こら、ミラ。なんて顔するんだ。
アンタには早いわよって目をこっちに向けるな。やめろ、自覚はある。
やめてください、ちょっとくらい調子に乗らせてください。うわぁん!
花渕さんが泣き止んだら、僕達が何をしてきたのかを大まかに……その……あの……ね。
隠すべきところは隠し、隠せないところは……諦めて。大まかに説明した。
この時はそうするしかないって思ってたから。
まさか、あんなことになるなんて思ってなかったから。