表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転々  作者: 赤井天狐
異世界転々
101/1017

第百一話


 長身で帽子を被った、卵を売っている男。僕らはそんなあやふやな情報を元に、朝早くから人を尋ねて回った。もちろん、成果は芳しいものとは言えなかったが、それでも全く収穫が無かったわけではない。

「……ここも収穫無し、か。あんなもの売ってるなんて、術師が見たらすぐに分かりそうなもんだけど。ここらの魔術師は皆クリフィアに移住しているのかしらね」

「はは……それであの平均年齢か……」

 ふと魔術の街で出会った人々のことを思い出す。魔術翁は言っていた。もう若い術師はおらず、この街は死に行くだけだと。魔術師の街としての死とはきっと、術師の家系の途絶の事か。やはり、優秀で若い人間は皆徴兵されてしまったのだろうか。この街でも怪我の跡のある人や御老人ばかり。屈強な漁師でさえも、痛ましい義手や義足を隠さず生きている人を多く見かける。

「さて、そろそろお昼ね。ご飯食べながら情報整理しましょうか」

「賛成っス。もうへろへろで……」

 見た目通り食べざかりなオックスは、腹をさすりながらミラの提案に乗ってきた。収穫というのは、元はと言えばこのオックスの発言に起因するものだ。手近なレストランに入ってテーブルに着くなり、僕はそれについて疑問を口にする。

「なあ、あの二人組が言ってた西の港ってのは間違いなくここなんだよな?」

「そう……っス。そりゃあ山を越えた先にも港はあるかも知んないっスけど、そしたらもう北の港って言う筈っスよね」

 ごもっとも。やはり、彼らが言っていた場所はここで間違い無いとして……その上で考えられるのは、やはりそういう事だろう。

「……あの二人組が嘘ついてるとは考え無いでも無いけど。それ以前に、帽子の男は一箇所に留まって商売してるわけじゃないんじゃないかな? ミラが言う通り、見る人が見ればすぐに分かるような代物を売ってるんだとしたら、それはやっぱり危険と言うか……足がつくような事をしない人間なんだと思う」

「そうね……薄々感じてはいたけど、この街に魔力に起因する痕跡が全く見当たらない以上、もう問題の男はここには居ないと見るべきかもね」

 と、真剣な顔で話を出来たのも束の間。食事が運ばれてくると、ミラはいつも通り子供っぽい笑顔に戻って夢中でご飯にありついた。ご飯食べながら情報整理とはなんだったのか……

「ほら、アギト。冷めちゃうわよ」

「はいはい」

 バターの香りが食欲をそそる。僕もミラと同じムニエルにすれば良かったかな……なんて考えながら、僕も塩焼きにされた白身魚にかぶりついた。うん、やはり港が近いだけあって、嫌な臭いも無いしとても脂が乗っていて美味い。ではなくて。

「それでこの後どうする?」

「この後はそりゃあデザートよ。プリンが美味しいんですって」

 おーい、ちょっと食い意地に支配されすぎじゃないのかーい? 僕が訝しげな顔をすると、冗談よ。と言ってミラは笑った。冗談に聞こえんのだ、お前のそれは。

「また歩いてボルツに戻るのも無くは無いけど、なにせ丸一日かかっちゃうのよね。今からじゃとても、あの要塞にすら辿り着けないで野宿するハメになるわ。かと言ってここに居ないとすると、早いとこ後を追わないと酷い事になる可能性もあるし……」

「別に、馬車に乗れば良いんじゃないか……?」

 ミラはすっと目を逸らした。どうしたんだい? 昨日はあんなにお外見るの嫌がってたくせに。

「…………馬車かぁ……」

「そんなに嫌そうな声出さないの。もしかして、ガラガダの帰りの事?」

 相当痛めつけられたのか、まだ根に持っているようだ。まあ、おぶられていてもあれだけ苦しんでいたのだから無理も無い。だが、心を鬼にして説得しなければ。

「それはそうとして、本当に今から追いつけるんスかね? ここに来るまでに誰ともすれ違わなかったし……もしここを離れているんなら、もうとっくに遠くへ行ってしまってるんじゃ……」

 なるほど確かに。彼の言う事にも一理ある。となればほら、悠長に徒歩なんて言ってる場合じゃないだろう。ほらほら。

「しょうがない……わね。ともかく一度馬車乗り場に……あれ? オックス、今何か重要なことを言わなかった?」

「へ? 重要なことっスか?」

 キョトンとしたオックスにミラは詰め寄った。重要なことって、とっくに遠くへ行ってるかもしれないってこと? だから馬車にって……

「ここに来るまで誰ともすれ違わなかった…………そう、一度も馬車を見なかったわよね⁈ あれだけ轍があるってことは、あの道は馬車が通る道で間違いないって言うのに。それなのに一台も見かけないなんて、おかしいじゃない」

「それは……ええと、たまたま休みだったとかっスかね?」

 ここまで来る道には、確かに轍があった。と言うかそれを目印にここまでやってきたのだ。しかし、うん。交易に使われているであろう馬車が、たまたま二日とも休みって事はあるんだろうか。バスなら年中無休で出ているんだが……

「馬車を止めなくちゃならない理由があるのよ。それこそ、あの要塞の盗賊が邪魔で走らせられないとか」

「邪魔ってね……仮にも一宿一飯の恩が……」

 ミラは言いかけた僕の口に指を当てて制止する。おっと、これは忘れるべき事だったっけ。だが、もし盗賊が原因なら、それを一人で根絶やしにしたミラがいる。そのことを信じてもらえるかは別としても、交渉の余地はあるだろう。

「とにかく行きましょう。乗るってもう覚悟は決めたんだから、揺らがないうちに!」

「どんだけトラウマになってるんだよ……」

 僕は一発重たいボディブローを貰って出発した。町外れには確かに荷車の姿があり、馬小屋の様な建物も多く見られた。僕らは急いで馭者を探して回る。少しして人を見つけたのは、受付でも駅でも無く、ゴミが散らかったボロボロの小屋の前だった。

「すいません。馬車に乗りたいんですけど、今日は何時頃出るでしょうか?」

「馬車? 悪いなぁ嬢ちゃん。馬車はもう出ねぇだよ」

 もう出ない、というのは今日の便はもう出てしまったからという事だろうか? なら明日は何時頃に来れば乗れるのだろうか? 問い詰めるように質問を続けるミラに面食らいながら、無精髭の老人は答えてくれた。

「ちがうちがう。もう馬車なんてねぇんだて。馬をみな持ってかれちまっただよ。王都はまだまだ戦争を続ける気だ言うてな」

「王都に……」

 馬を持っていかれたと言うのは……うん分かるぞ、それはそうだ。戦争となれば多量の物資を運ばなければならないし、人も運ばなければならない。この世界の文明ならば、馬に引かせる戦車もあるだろうか。ともかく、人と同じくらいには重要な物資の一つだろう。だが疑問なのは、ならばどうやって魚介類を輸出しているのだろうかと言う点だ。

「すいません。魚を運んでる馬車とかももうないんですか? ボルツとは交易をしていた筈ですよね?」

「魚ぁ? そりゃあ今は海から運んどるでや。ボルツにはもう暫く馬車も出しとらんでのぅ……本当に申し訳ねだよ」

 そんなバカな! と、オックスは老人に食ってかかった。確かに彼の疑問の通り、僕らは新鮮な魚介類を多少だがボルツの市場で見かけている。ここから来ていないのと言うのならば一体どこから? あの辺りは干上がっていて、河川も見当たらないのだが……

「知らん知らんそんな事。ヌイの馬車はもう出とらん、嘘はついとらんよ」

 確かに馬は見当たらないし、お爺さんが嘘をつく理由もない。やはり歩いて行くしかないのだろうか。

「……海から運ぶって言うのは? 海の上を馬車が走っているの?」

「ミラ……? お前何言って……?」

 ああ、そう言えばこいつは海を見るの初めてだったんだっけ? ええとね、海の上は走れないし、走れても馬はいないんだよお嬢ちゃん? 海の上は船で移動するんだ。と、老人は孫でもあやすように説明してくれた。なんて優しい目だろう。そりゃあもう、こんな孫みたいなのが孫みたいな疑問をぶつけてくればそうなりますよ。ええ。だが、うん。僕も彼女が言いたい事は理解した。

「その船って、いつ出るんですか⁉︎ それに乗れば遠くへ行けるんですね⁉︎」

「船って……ミラさん⁉︎ 船なんて乗ったらボルツには行けないっすよ⁉︎」

 そう言ってミラの肩を掴んだオックスの姿に、どこか胸がモヤっとする。ち、違うやい! 嫉妬とかじゃ無くてこう……うちの娘はやらん! みたいな……

「考えてごらんなさい。その男ともすれ違わなかったんだから、きっとそいつも船に乗って移動したに違いないわ! べ、別に乗ってみたいだけとかそんなんじゃないわよ⁉︎」

「分かる。分かるぞミラ。楽しそうだもんなぁ船旅……」

 やっぱりアンタもそう思う⁉︎ そう言ってボロを出したミラに一発チョップをお見舞いする。だが、彼女の言い分はあながち的外れでもない。船で移動したとなれば、確かにすれ違わなかった事にも納得がいく。

「そうと決まれば港に行くわよ。おじいさん、ありがとう!」

 場所を聞いて、ミラは元気よく飛び出していた。分かる。分かりますよお爺さん。可愛い孫に見えますよね。僕らはニコニコ笑う老人に見送られ、港を目指して出発した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ