第三百八十一話【場違い】
出てきた魔獣は合計で三頭。
そのどれもが、図々しくも線路のど真ん中に寝転ぶ形で現れた。
大きさは……かなりデカい。
豚みたいにまるまるしてて、だけど可愛らしさなんて微塵も感じさせないグロテスクなシルエット。
今から爆発でもするみたいに内側から盛り上がってる、不恰好な肉団子みたいな短足の魔獣——だった。
「——っしゃぁ! アキト! 行くわよ!」
「お、おう! 相変わらず仕事が早い……」
一頭は……こう、まっぷたつになってる。
鋭利な刃物で斬られたんじゃなくて、乱暴にも引き千切られて。
一頭は頭だった部分が吹っ飛んでて、最後の一頭はこんがり焼けて美味しそう……じゃないけど、ウェルダンになって転がってる。
あの……ごめん、ミラ。もうちょい静かに……現場を静かに、綺麗にして貰っていい……?
凄惨な事故現場なんだ、これ。
「——分かりやすくて良いわね。こいつら、ちょうど目指してる方向に現れた。向こうもこっちに気付いたか、それは関係無いのか」
「分かんないけど、とにかく近付いて欲しくないみたい」
「そりゃこんな暴れん坊に近付かれたら、誰でも嫌だよ……身の危険しか感じないよ……」
うるさい。と、脇腹を叩かれて、そしてそのまま担ぎ上げられる。
ごめん、それ以外の移動方法無いの?
ビリビリ痛いし、もう夏なのに風が冷た過ぎて痛いし、あと担ぎ方が乱暴で関節も痛い。トータル痛いとこしかないんだけど。
だめ……ですか。はい、これが最速ですね。うん……
「アキト、腹括っときなさい」
「もし今のが迎撃の為に寄越された魔獣だとしたら、こっから先はしばらくこんな感じよ」
「その度に足止めるのも癪だし、向こうの思う壺だから、アンタ背負ったままぶっ飛ばしてくわ」
「逆。理由が逆、自分の感情優先しないで」
「今、絶対めんどくさいが先に来ただろ。相手の手に乗らない為にって、絶対後付けだったよな」
うっさい。と、担ぎながら肘で脇を……ごふぅ……さっきから脇腹しか狙わないのなんなの……っ。い、息止まるんだけど……
「分かったらじっとして、口閉じてなさい。最大出力で行くわよ————っ!」
「最大——えっ——ちょっ——待——」
それは聞いてない——っ! いや、今言われたんだけどさ。じゃなくて!
最大出力って……もしかしてコイツ、こっちでもフルパワーで魔術が使えるくらいになったのか……?
で……それが嬉しくて……楽しくて……っ。
「————【Lightning drift full voltage】————ッッ‼︎」
「——は——しゃいでるだけ————じゃねえかぁ————ぁっ!」
お子様————っ!
殺される! 子供の好奇心と体力に殺される! はしゃぎ殺される!
さっきより更に速——いのかどうかは、もう僕には分かんない。
ただひとつ言えるのは、どっからどうみても不審な飛行(?)物体Aになったこのミラが、世間に大きな騒ぎをもたらすだろうという未来だけ。
どうやって収集付けるんだ、これ。僕には無理だぞ。
「——アキト、頭伏せて! っしゃぁああ——っっ!」
「ふ——せ——てる——っ。ってか——」
顔が上がらんわぁああい!
物凄い風圧で、身体が地面に押し付けられる感覚。
いや、地面じゃなくてミラにくっ付いてんだけどさ。それはよくて。
どうやら魔獣が現れたことは、ミラの言葉とその直後の地獄みたいな臭いと音で分かった。
今のミラがどのくらいの速さで、かつどの程度のパワーで蹴っ飛ばしたのかは知らない。
知らないけど……なんか……すっげぇデカい音した……っ。
で、血生臭いのと、めっちゃ古いレバー焼いた時みたいな臭いがした。ここが……地獄か……っ。
その後も何度も——数える余裕が無いのと、数え切れないくらいって意味で——何度も同じように魔獣を吹っ飛ばして、ミラは誰もいない車道を突き進み続けた。
目的地がどこなのかは僕にも分かってない。
ないけど、やはり魔獣はその地点を守るように配備されている……のかな。
「だんだん数も増えて、頻度も高くなってきた。探知した地点もそろそろね」
「アキト、こっからは探しながら進むわよ」
「むげっ⁈ ふぐぅ……だ、だからもうちょっと丁寧に降ろしてって……」
探しながら。と、その言葉通り、ミラは僕を叩き捨てて鼻をひくつかせながら歩き始める。
なんだってこうも乱暴なんだ。
しかし、やっとこのビリビリ地獄から抜け出せた。もう末端の感覚が無いよ。
あっ、待って。歩くのフラフラする。なんか平衡感覚ヤバい。フラフラする!
「すんすん……んー……匂いじゃ流石に分かんないわね」
「アキト、またちょっと離れてなさい。今度は範囲を絞って、精度優先で探知を掛けるイメージで……【Be unfadble lightning】——っ!」
「うおっ⁈ 離れろって言うならせめて離れるの待ってくれよ……もう……」
パチィ——と、強い光を放って、ミラの身体から魔力の雷が放出される。
スマホ大丈夫かな…………大丈夫じゃなさそうだな……っ。
もう、うんともすんとも言わない。
そりゃそうだ。だって、さっきまで思いっ切りばちばちしてたもん。
うう……こんなことなら置いて来れば良かっ……電源入った⁉︎ えっ、嘘ぉ⁈ 現代科学すげぇ!
「——あっちね。幸い……ううん、意図的にそうしてるんでしょう」
「人の気配はほとんど無い、魔獣を呼んでると思しきやつ……と、もうひとりだけ」
「もうひとり……? まあそりゃ通行人くらいは……っ! まさか……っ」
もしかして、ふたり組なのか……?
マーリンさんがこっちに来たみたいに、誰か悪いやつが——それこそ魔人の集いがこっちに来てて、そいつが魔獣を召喚してる、あるいはさせてるんじゃ……っ。
だとしたら……
「無くは無いでしょうけど……どうでしょうね」
「少なくとも、この近くに召喚術式の痕跡は無い。それにそもそも、あの術はそう簡単に出来るものじゃない」
「お姉ちゃんやマーリン様みたいな、飛び抜けた術師にしか成立させられないもの」
「向こうから来た誰かって線は薄い……んだな。とすると……」
やっぱり通行人? もしそうなら、絶対に巻き込まないようにしないと。
でももし、向こうがでっかい魔獣を——それこそ、強化魔術だけじゃ足りないような化け物を出してきたらどうすればいい。
いくらミラが全開で戦えたって、魔竜くらい硬いのが相手じゃ無理が出る。
「とにかく急ぎましょう。距離とこれまでの出現頻度的に、もう一度か二度は迎撃が来る。それも手早く片付けて————」
ピシャァ——っ! と、甲高い音とともにミラの姿が消えて、そしてまた焦げ臭い、生臭いニオイが漂い始める。
大急ぎで周囲を警戒すれば、既に倒れた二頭の魔獣と、そしてもう三頭の魔獣がこちらを睨んでいた。
どうやら、その一度目の迎撃というのがもう来たらしい。
「こいつら……音も気配も無く現れ過ぎだろ、もう! ミラ、まさかお前の鼻も掻い潜って……」
「直接ここに呼び出されてるんでしょうね。もう相当使い慣れてるわ、向こうも」
「でも、これだけ的確に現れたってことは、やっぱり本体がこの近くに潜んでると見て間違いないわ」
ミラは僕との会話の片手間に魔獣を蹴倒し、そしてすぐに住宅街から離れる方向へと走り出した。
人がいない方へ……じゃないんだろう。人がいない場所を選んだんだ、向こうが。
「……だとしたら……」
「ミラ、もしかしてさ。この魔獣を呼んでるやつ……」
「そいつのことを今考えても仕方がないわ。どのみちぶつかるしかない、止めるしかないんだから」
「見たらどんなやつかなんて分かるでしょ」
そうだけどさ。
ちょっとだけ予感がある。でも、それは良い意味での予感。
つまり、僕の勝手な期待である可能性が高い。
それは今は忘れて、危険を相手にしているとしっかり自覚しろ……って、そう咎められたんだろうか。
微妙に冷たい目で睨んでくるこの妹には。ぐすん……
「——っ! アキト! アレ! あのでっかい建物! 大してでっかくないけど、この辺だとでっかいアレ!」
「やめろ! 棘があるぞ、言い方に! アレだな! アレ……アレがどうした⁉︎」
やめろ。微妙にディスるな。
マンションの無い住宅街なんて、そんなに大きい建物無いのが普通なの、田舎だからじゃありません。じゃなくて。
アレアレとばかり繰り返すミラだけど、話の流れ的に、アレに原因となってるやつが潜んでるんだろう。
指差されているのは三階建てのビルで、一階はなにやらお店だった……らしい形跡だけを残している。
どの階にもテナント募集と貼り出されていて、なるほど隠れ家にはもってこいだろうという風貌だった。
「——っと、最後のお出迎えね。アキト、そのまま走って! 道は私が空けとくわ!」
「おう! 任せる! しか出来ないし!」
ぐすん。なんて無力。
コンクリートの地面から現れたのは、なんだか大きなナメクジみたいな魔獣だった。
驚くべきは、それが地面を掘って出てきたわけじゃなかったこと。
まるで水が浸み出してくるみたいに、それらはじわじわと地面から滲み出してきたのだ。
「特殊な召喚……なのか、この魔獣が変なのか」
「どっちにせよ——うっとおしいのよ! ふしゃーっ!」
ゲームだとこういう柔らかい系は打撃に強い……もんだけど、ミラのは打撃兼魔法だからな。
あまりにもあっさりと蹴り飛ばされたナメクジは、じゅうじゅうと湯気を上げながら動かなくなった。
今まで見た魔獣の中では比較的マシな見た目だったのもあって……こう……
「……ちょっと可哀想……」
「アンタはどっちの味方よ。ほら、そんなのほっときなさい。もう笑ってる場合じゃないわよ」
っ。ミラによってこじ開けられた道を走って、そして僕達はビルの目の前までやってきた。
この中にはどれだけの罠が、そして魔獣が待ち受けているんだろうか。
向こうがこっちを認識出来てるなら、相当しっかり準備もされてる筈だ。
気合を入れていかないと————
「——む——およ? およよ?」
「はて、こんなとこで何してるんですかな? お散歩ですか、アギト氏」
「——? え? ん? はい? お——えええっ⁈」
「で——デンデン氏⁉︎ なんでこんなとこにいんの⁉︎」
いえ、ですのでそれを拙者が聞いているのでござるが……
と、クソ間抜けなことをボケーっとした顔で言ったのは——ミラが感知してたもうひとりの人物。
通行人と思しきその人物は、背が高くて身体がガッチリしてて顔が良くて声も渋くて、なのにデュフフと笑う、僕の——秋人のオタ友達のデンデン氏だった。




