第三百八十話【雷轟】
「——マーリンさん——っ! もしもし! ちょっ……何がどうなって……っ」
電話の向こうには真鈴がいた。
花渕さんと望月さんがいて、三人で車に乗って水族館に行った……だけだった筈なのに。
僕とミラが憂い無く戦う為に、ふたりを遠くへ連れて行ってくれただけ……だった筈なのに——っ。
「……なんで……っ。まさかこれも星見で……?」
「そうだ……そうだ、言ってた。自分の未来を視るのに使うって」
「僕達でも魔獣でもなく、自分の未来を視て危険を回避する為に、星見の力は使うって」
「じゃあ……だったら……っ」
僕達と別れて何かと戦う未来を——現在を、あの人はずっとずっと知っていたのか……?
でなきゃ話が変だ、あんなこと言わない。
何かを壊す戦いだ——なんて、そんな物騒な話をあのふたりの前でする必要は無い。
じゃあやっぱり、マーリンさんはひとりで何かを倒そうとしてるんだ。
「————行かないと————っ!」
「勝算がある——その未来が見えてるって感じじゃなかった、それなら先にそう言ってくれた」
「この瞬間、戦うことだけが分かってて、どうしたら何が起こるのかは視えてないんだ」
「ミラ、引き返そう。僕達も急いで水族館に——」
「——行かないわよ! このバカアキト!」
ぼごっ! と、鳩尾に重たい衝撃が走って、そして激痛に耐えかねて僕はそのままうずくまっ……げほぅ……っ。
ちょっ……ツッコミにしては威力が……
「何を自惚れてんの、この大ボケアキト」
「小さくなって、いつもへにゃへにゃしてたからって、あの方を侮るなんて随分立派になったわね」
「アンタ、自分でその名前を呼んだじゃないの」
「だったら任せなさい。あの方に——マーリン様に」
「——っ。ば——バカ言うな! いくらなんでも無理だ! マーリンさんだって言っても、結局身体は真鈴なんだ!」
「未来が視えても戦えない、魔術なんて使えない」
「僕より更に弱っちい、ただの小さな女の子なんだぞ!」
この——大バカアキト——っ! と、次に繰り出されたのは鋭い回し蹴りだった。
うずくまってた僕の肩を蹴り飛ばし、そのままごろんと二回転ほど地面を転がされる。
だ、だから……もうちょっと加減を……ひぎぃ。
「——託されたのよ! この先を、この戦いの全てを!」
「勝算があるか無いかは関係無い、どのみち私達が失敗したら全部終わりなんだから!」
「マーリン様は、勝つか負けるかなんて最初から考えてない。私達が全部終わらせるまでの間、ずっとずっと耐え続ける戦いを選んだの」
「だから、ここで私達が止まれば全部が無駄になる」
だからさっさと行くしかないの! と、ミラは僕の胸ぐらを掴み上げ、ズンズンと前へと進み始めた。
ちょっ、ごめん、分かった! 納得はしてないけど分かったから! 首が! 息が!
「——ミラ……お前……」
「……いいから、行くわよ」
ぐいぐい引っ張る手が震えてるのが分かったから、僕はもう何も言わなかった。言えなかった。
こいつも不安なんだ。僕だけじゃない、ミラにも何も言ってなかったんだ。
何も言わずに——ううん、言わない方がいいって判断でこうした。
僕達の為に、僕達がちゃんとこっちでやるべきことをやれるように。
「……だから、不安でも任されたことをやる……ってのか。うぐっ……ぐ……うう……っ。確かに、その方が……」
「らしい、じゃない。そうしなくちゃ勇者じゃない。期待に応えないで、なんの恩を返せるってのよ」
「こうなったら私達に出来ることはひとつだけ。全部さっさと終わらせて、水族館でマーリン様とミナとジュンと一緒に遊ぶだけよ」
っ。ごめんって謝って、そして急いで自分の足で真っ直ぐ立った。
うん、やろう。任せてくれたんだ、マーリンさんは。
じゃあ、やる。みんなにも大見栄切ってるんだし、ここで戻ったらただの間抜けじゃないか。
それから僕達は出来るだけ急いで——体力の消費は抑えつつ、それでも可能な限り急ぎ足で、昨日の地下通路へとやって来た。
幸い今日も人通りは無い。ここでまた結界の魔術を展開して、魔獣の出所を発見する。
それが出来れば、あとは……
「……アキト。ちょっと退がってなさい」
「それと……その、すまほ。そういうのが壊れそうだから……って、アンタは気にしてたのよね。私が雷の魔術を使うの」
「え? あ、ああ、うん。やっぱり電化製品はそういうのに弱い……んだと思うし」
なんで弱いかは知らないけどさ。
ミラはふーんって顔で僕のスマホをじっと見つめて、それからちょっとだけ考え込んで、結局すぐに諦めたみたいなため息をついた。
「……壊れたら、ミナと連絡出来なくなるかもしれないわね」
「アキト、もっと退がってなさい。もっとも——どこまで退がったら平気かなんて、私も知らないけどね——っ!」
「——え——ちょっ——ミラ——っ⁉︎」
バチバチィ————ッ! と、突然ミラの身体が眩く輝き始めた。
ちょ——やるなら言って! 壊れ——てない、セーフ。
セーフじゃない! ちょっと待ってよ! 結界魔術だよね⁈ 昨日やったあの魔術を————
「——全部——私が照らし出す————ッ!」
「すぅ————【Be unfadble lightning】————ッ‼︎」
——昨日やった魔術なんて比じゃない————っ⁉︎
いや、今までに使った探知魔術のどれよりも激しい!
まるで攻撃魔術のそれみたいな激しい放電を伴いながら、ミラの身体はどんどん青い光を放ち続ける。
トンネルの中を全部照らして、多分外にもガッツリ漏れてて、と言うかスパークがコンクリートの壁をちょっと……結構焼いてて……っ。
待っ……スマホ無事っ⁉︎ で、電源!
よ、よし……なんとかまだ無事——圏外⁉︎ これ本当に大丈夫⁈
「————捕まえた————っ! アキト! 案内! あっちの方——ああもう、地図! 地図出しなさい!」
「ちょっ……地図たった今機能不全になった! 圏外!」
「なんか、全然電波拾えなくなっ……あ、そっか。地下だから……さっきまで通じてたよ! ここ入った直後は平気だったよ!」
「待って! マジでそんな——通信障害とか起きてないだろうなこれ⁉︎」
うわぁん! 昨日は何も無かったのに!
何がどうなったのか分かんないけど、ミラの新しい……いや、本気出力の探知魔術は、僕のスマホから通信機能を奪い去っ……あ、待って。
やばい、なんか挙動変。凄いカクつく。めっちゃガクガク動く!
「ああもう! 役に立たないわね! だったら走って行くわよ!」
「バカアキト、しっかり掴まってなさい!」
「へ——? 掴まってろ——って——おま——え、ま——さかぁあああ————っ‼︎」
揺蕩う雷霆——
頭の中で響いたのはその言霊。だけど、耳に届いたのは別。
多分英語……の、きっと同じ意味の言霊。
それがビリビリと身体を痺れさせ……てるわけじゃない。
痺れてるのは、バチバチしてる未来に背負われたからで——
「——のぉ——ぁぁあああ——っ! い——ででででっでっ⁈ し、ししししびびびっびびび——っ⁉︎」
「口閉じてなさいっていつも言ってたでしょうが! 舌噛み切るわよ!」
ばべべべべべべっ⁈ し、痺れる! 過去一痺れてる⁉︎
そして——過去一速い——っ!
車よりずっとずっと速い、青白い謎の飛行(?)物体。
やばい、ニュースになっちゃう!
なんて心配よりも先に、僕の命が保つかどうかの心配が——
「————っ! この気配——アキト、ちょっと寄り道するわよ!」
「最速でって言ったけど、見逃しちゃいけないものはしっかり叩き潰す! でなくちゃ——」
「よ——よよよよよよりりり——っ。まさか、魔獣か⁉︎」
「ぐっ……マーリンさんのこと考えたら、そんなの無視して解決最優先したいけど……っ。でも、それやっちゃったら——」
道の途中で急停止して、そこから急遽方向転換して再出発する超快速特急ミラちゃん号は、乗客一名を乗せたまま、どうやら魔獣の発生地点へと向かうらしい。
きっと、それは放っておいて、原因を解決する方が良いんだろう。
時間的にも、最悪の被害的にも。
だけど——うん。
それは、僕達の持ってる勇者らしさとは程遠いものだから。
「——着いた——っ! ここ——ら辺だけど……っ。アキト、ちょっと降りなさい。すんすん……ふんふん……」
「いってえ! ちょっ……おお……ぐっ……っ。び、尾てい骨が……っ。もうちょっと優しく降ろして……じゃなくて」
叩き落とされた……もとい、強制降車させられたのは、線路沿いの特に何も無い道のど真ん中だった。
あ、いや。一応何かはある。
駅だ、電車の。
各駅停車だけが停まる無人駅がある。まさか——
「人の気配……は、無い。じゃあ問題無いわね! アキト、暴れるから付いて来なさい!」
「あ、暴れないで……出来るだけ。最小限の戦闘で終わらせてくれ!」
任せなさい! と、ミラが啖呵を切るのが先か、それとも飛び出すのが先か。
或いは、魔獣が線路のど真ん中に発生したのが先だったか。
ともかく、電車の遅延の原因だったものが、またしても目の前で現れたのだ。
ミラは雷の強化魔術を纏ったまま、いつも通り勇猛に飛び掛かっていく。
う、上の架線だけ気を付けて……っ。それ切れたら電車止まっちゃう……




