第三百七十七話【襲来客】
朝ごはんを食べ終わってすぐ、お皿を片付けながら、真鈴が僕達にもう一度席に着くようにと声を掛けてきた。
いや、席って言っても、ちゃぶ台と座布団なのは変わってないんだけどさ。
「さて。また昨日のあの地下通路へと向かって、そこからもう一度探知魔術を展開する……予定なんだけど」
「その前にいくつか伝えておきたいこと、確認しておきたいことがあってね」
「確認……? えーっと……」
ふむ。と、真鈴は僕と未来の顔を交互に見比べて、どこか満足げな表情で頷いていた。
何が……? と、未来の方を見ると、まだなんとも理解が及んでないって顔で、首を傾げているではないか。
この期に及んで勿体つけやめなさいってば。
「まず、最終目的を再確認しよう」
「僕達の目的は魔獣を倒し、その原因を排除すること……じゃない」
「それはあくまでも、必要最低限やらなきゃならないこと、条件のひとつだ」
「僕達の目的は、この世界に不要な危険を排除すること」
「……えっと……それは……同じでは?」
君が一番理解してた筈なのに。と、真鈴は大きなため息をついて僕の膝を叩いた。
え? 僕が? 一番? ちょ、ちょっと待って! そういうことならすぐ思い出すから待って!
いっつも蚊帳の外、理解してない内になんとかしちゃうみたいなのばっかなんだもの。
そういうことなら、今回はちゃんと理解しておきたい……っ。
「……ああ、そっか! そういうことか! 魔獣の排除の為に僕達がやり過ぎたら意味無い……って話だな?」
「うん、その通り」
「ミライちゃんに魔術が戻った以上、この世界で一番危険な生き物は僕達かもしれない」
「そこをしっかり自覚して、必要なら誘導や避難を行う、戦わないという選択肢を取ることも考えておくように」
世界で一番危険な……そうだな。ぶっちゃけライオンより強いわけだしな、未来。
魔獣がそもそも、そこらの獣より好戦的で危ないんであって、それを蹴散らす未来が危なくないわけがない。本人は微妙な顔してるけど。
「さて次だ。たった今話した内容とやや矛盾するように感じるかもしれないが、そこはものごとを都合よく捉えておくれ」
「危険だと評したミライちゃんの力だが、しかし過信はしないように」
「魔術というのは、この世界に根付いたものではないからね」
「いつ剥奪されてもおかしくない、そういう気構えでいるように」
魔術が剥奪される……?
またちょっと分かんない話が出てきて首を傾げていると、今度は未来が納得した顔で口を尖らせていた。
不満そう、不服そう、それでも納得したって顔だ。
「とにかく、魔術ありきの立ち回りは極力しないように」
「強化魔術が無くても逃げられる状況でしか戦わない。攻撃魔術が無いと倒せそうにないやつには近付かない」
「本陣へ切り込むわけだから、どうしてもという場面はあるだろうけど。でも、可能な限りは避けて」
「分かったわ。もう完璧に使えるようになった……つもりではいたけど、やっぱり私の意識と式とに食い違いがあったわけだし。そういう綻びが原因で、咎められる可能性も高いわよね」
咎められる……って、誰に?
僕の疑問にはふたりとも答えてくれず、すぐ次の話題へと切り替わる。
むぐぐ……だからその蚊帳の外をやめてってば……っ。
「そして次は、最悪の状況を想定しよう」
「大元を叩けなかった場合。辿り着けなかった場合。魔獣による侵攻が始まって、街に被害が出てしまった場合」
「その時にどうするかの話だ」
「っ。それは……そうならないように全力で……」
頑張って、なんとかする。
そう言おうと思ったけど、ぺちんと真鈴にまた膝を叩かれて、ばちんと未来に背中を引っ叩かれた。
痛っ⁈ 未来お前……ツッコミの威力じゃないぞ今の……っ。
「いつか君に信号弾を持たせたのと同じさ」
「これは負けられない戦いだ。だからこそ、負けた時に何もかもが終わりになってしまわない為の策が必要になる」
「しなければならないから成すなんて、フリードの根性論だけで十分。悪い可能性は出来るだけ摘み取るべきだよ」
「うぐっ……そ、そうだな。うむむ……」
しかし……僕達が負けたらどうなるだろうか。
警察とか自衛隊とか、それとも軍隊とか出てくるのかな。
他の国の軍隊が出てきて、世界規模で問題になって……みたいな。
それは……物騒だし、嫌だなぁ。
「……残念ながら、僕達はこの国では単なる一般市民——いや、不法滞在者だ。ことが大きくなってしまってからは、もう干渉出来ないだろう」
「だから、ここの目的はただひとつ。アキトの生活を守る……という一点に焦点を当てよう」
「……僕の生活を? えっと……いやいや、なんでこんな時に自分のこと考えないといけないんだ。それを言ったらふたりだって……」
君が一番理解してた筈なのに……っ。と、真鈴はやや大袈裟に泣き崩れてそう言った。
な、泣かないでよ。泣くほどショック受けないでよ。なんなの、何が間違ってたの。
「ここは君の世界で、僕達の住む場所じゃない」
「成功するにせよ失敗するにせよ、僕達はこれで退去するんだ」
「そうなった時、アキトの生活が滅茶苦茶になってたんじゃ世話無いだろう」
「君が! 最初に! 気にしてたことじゃないか!」
「うぐっ……そ、そう言えば……そんなみみっちい話をした覚えも……」
みみっちくない、重要なことだ! と、真鈴はぺちぺちぺちぺちと執拗に膝を叩いてくる。ごめんってば。
でも……言われてみればそうだな。
全部終わった後に僕が捕まった……なんてなったら、兄さんになんて言えば良いんだ。母さんにどんな顔向けたら良いんだ。
「君は一度魔獣に襲われている、被害者として認識されているからね」
「しかし、それがまたしても被害のど真ん中にいたんじゃ、今度は疑われる」
「偶然似た事件に巻き込まれた……だなんてのは、論理的な思考じゃない」
「そうね。もし魔獣が暴れ回って、私達がそれを抑えようと戦っていたとしても。周りから見たらどっちも暴れてる危険なものにしか見えないでしょう。となったら……」
やっぱりお縄案件。
やめて、それは勘弁して。
そっか、思ったより重要な確認だったんだな。
でも……そうは言っても難しくない?
戦わずにやり過ごすにしても、どうしたって無視出来ない場面はあるだろうし。
「難しく考えないで。アキトはいつも通り魔獣に怯えて、死に怯えて、ひたすら逃げていれば良いんだ」
「君は臆病であればあるほど良いんだ。いつだってね」
「……う、嬉しくない……っ」
褒めてはないからね。と、真鈴は肩を落としてそう言った。
むぐぐぅ……今回は本当に褒められてもなかった……っ。
「……さて、それでだ。最後の話になるんだけどさ」
「いやはや、直前になってしまって申し訳ないんだけど……」
「なんだよ、また勿体つけて。いつも大事な話を直前までしないのがマリ——いたぁい⁉︎」
未来の拳が脇腹を抉った。
息が——止ま——っ⁈
うぐ……茶化したのは悪いと思うけど、ちょっと……もう少し手加減を……
「……うん、今回はアキトの言う通りかもね」
「ごめん、もうちょっと早くに気付けてたら良かったんだけどさ。星見は相変わらず気まぐれだから」
「星見? ど、どんな未来が見えたんだ? もしかして……もう魔獣が出て暴れてる……とか……っ⁉︎」
いや、だったらこんなことしてないで走ってるか、未来が。
真鈴は申し訳なさそうに、そしてどこか寂しそうに笑って口を開く。
「……今回、僕は一緒にはいけない。ごめん」
「もちろん、戦う力の無い今の僕じゃ、なんの役にも立たないとは分かってる」
「でも、やっぱり僕は君達の師だったわけだから」
「最後まで君達の隣にいてあげられないのが悔しくてね」
「……えっと……? ああ、危ないから、今の真鈴の身体だと無茶だからお留守番してる……みたいな……?」
僕の問いに真鈴は首を横に振った。じゃあ……なんで?
その……出来れば真鈴はお留守番してて欲しい、一緒には来ないで欲しい……って、僕も考えてた。
だって、こんな小さいんだ。
未来よりも更に小さい、すっごく弱い存在になってしまってる。
危ない目になんて遭って欲しくないんだ。
だから、それはいいけど……
「……答えがやって来る。アキト、ミライちゃん。後は任せたよ。僕は僕の戦いを全うしてみせるから」
「マリンの戦い……? 答えが来るって……すんすん……っ! この匂い……」
え、匂い? 誰か来るの?
答えを教えて貰うよりも前にインターフォンが鳴って、今までとはちょっと違う緊張感が僕達を包み込んだ。
来客を知らせるそのベルは、もしかしたら真鈴にとっては開戦の合図だったのかもしれない。
『——こんちゃー……や、朝か。おはよ。遊びに来たよー』
『——おはようございます、望月です。未来ちゃん、真鈴ちゃん。遊びに来たよ』




